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分岐点

外側とは真逆に近い『赤色』が、内側では小さく次々と弾け飛んで消えていったが、直ぐに現れては無数に舞い続けていった。


作り出した者は、迎え撃つ合間に刃を向けることで、一つ一つに抑圧感を込めて隙を誘おうとしていた。

すぐに、お前に向かって斬り込んでやる、これが私の戦い方だ!

『見つけたら、即噛み殺してやる!』 

そう語るように、大胆且つ丁寧に対応していった。


切っ掛けを作り出した者は、より速くそして強く、一つ一つに威圧感を込めて容赦なく繰り出していった。

攻めて、攻めて、お前を攻め倒してやる、これが私の戦い方だ!

『先にある罠なんて、必ず喰い破ってやる!』

そう語るように、猛烈に攻め続けていった。


二人の間には、襲い掛かる鎖の流れと、薙刀によって繰り出される苛烈な火花達の舞いが起こっていた。

常人には、目で追いかけることなど不可能、光速のような動きだった。



沙羅と美紗の戦いは、いつだってこうなっていった。

母親達に似たのか、テクニックとパワーやスピードなど些細なものもあるにはあったが、そんなものなど超越した意地の張り合いに固執していってしまう。

それでも山下花子と田中希枝、二人のような殺意には満ちてはいなかった。

武道とは違いがあった。

卓球とは、その仲間としての意識をもって行われるべき活動である『スポーツ』なのだから。

だからこそ『試合』という観点で考えた場合、『勝ち負け』に対する渇望は二人すら凌駕していたのかもしれなかった。


だが、この時の二人には、初めての感覚が充満していた。

不思議にも『楽しい』である。

過去は、母親達に言われるがままで戦っていた。

顧問となったチャラ男に言い包められ嫌々だったが、ペアとして試合に臨んだ末に思いもよらなかった結果になった。

あれよあれよという間に卓球界の時代の寵児とも呼ばれて栄光を掴んでいた。

様々な諸事情から、無二の親友になった。

だからこそ『ダブルス』という観点で語るなら、卓球を楽しんだこともあったように思えてはいた。

だが、『シングルス』では、絶対にありえない。

どんなスポーツでも、『ダブルス』『ミックス』は『協力』し戦い勝利を目指すと意味してはいるが、『シングルス』は、単純に目の前にいる奴をぶっ倒せば良いだけと意味しているのだから。

スポーツにおいて、これほど明確に個人の優劣を付け易いものはないのだ。


余計な因果などはない、この異世界で純粋に卓球を楽しむ二人だけの時間を達成した瞬間だったが、同時にトラックに轢かれて死んだ間際に思っていたのかもしれなかった。


どっちが強かったのか、はっきりと決着をつけてみたかった!


ペアであろうと、母親たちの干渉があろうとなかろうと、生まれた時から戦うことを義務付けられていた、そんな二人だったのかもしれない。


まるで鎖の先にある鋭利な分銅を球に見立てて、卓球をするかのように勝負が続いていった。

通常とは違うところ、互いに相手の身体を狙い傷つけようとし、また斬りかかる機会を狙っているのだ。

そんな状態の『ラリー』が続いたが、武道でもスポーツでも必ず訪れる場面が存在した。

膠着状態に陥ることである。

膠着は、勝負の機会を得る手段を逃していくことを意味している。

いくら『焦りは禁物』という言葉があったとしても、動くところで動かなければ掴めはしない。

更に泥沼に嵌まり込んでいってしまう。


こんな不毛で下らない状況に嫌気がさしたのか、先に動いたのは美紗となっていった。

卓球的には戦っていても、鎖を操り分銅の動きを左右する主導権を握っていたのは美紗なのだから。

だが沙羅とて同じ、主導権を握らせてはいても、微妙に鎖の動きと分銅の角度が変化し始めているのには勘付いていた。

同時に頭の中で、幾つものシュミレートを始めていた。


鎖に大きな変化を入れてから、飛び込んでくるのか⁉︎

それとも引いた瞬間にタイミングを合わせて斬りかかるつもりか⁉

一度でも押し切られると起死回生は難しいかな‥‥‥それは美紗ちゃんも同じのはず。

なら、これをこれして‥‥‥などなどと予測と対策を練っていく。


沙羅は、この真剣での戦いを卓球選手としての経験と考えで補っていった。

体感速度100KM以上を2740MM×1525MMの狭い範囲で打ち合っているのと状況的には似ている感じだと考えてはいる。

しかし卓球なら手の内を知り尽くした者同士の戦い、一度スマッシュを放たれて防いだとしても、また次を呼び込む結果に陥りやすく、決定打を受け続けてしまえば覆すのは難しくなっていくだろう‥‥‥だが今は違う。


『私の方が有利だ!』


有利と考えた理由、それはゴンザの存在だった。

既に鎖術となら、『練習試合』は済ませていたのだ。

もっと語るなら、美紗に教えたのは彼なのだから両手と片手の違いがあるとはいえ、攻撃パターンに似たところがあった。

ゴンザを仮想対象に組み入れて現状を照らし合わせシュミレートを続けた。


なら、ゴンザには出来たが美紗には難しいことをやってみようか!

この世界での美沙は『西方』の人間であり、東方の武器、薙刀を知らないはずだ。


卓球だけに限らず他のスポーツでも他の武道でも、利き手ややりやすい方ばかりを使ってしまい、片方に依存してしまうことが多い。

要はバランスを崩しがちになってしまうが、薙刀は違った。

左右対象に扱うことが出来る。

体幹バランスにおいて薙刀ほど優れたものはないのだ。

対して美紗は左に鎖、恐らく右手は鞘にある剣を抜くために残してあるのだろう。

だから鎖の動きを最優先させる左偏位の構えを取っている。


なら左から斬り込んでみるか⁉

そうも思ったが、幾度のシュミレートを繰り返してみても気になることが一つ残った。

何故、『3Mしか使っていない⁉』だった。

美紗が使っている鎖の長さは、ほぼ3Mだけ、しかし腕に巻き付いた残った長さを目分すると5Mはあると伺い知れた。

残り2Mは何に使うのか⁉︎ 単なる延長としての予備? それとも何か他の意味があるから残しているのか?


‥‥‥わからない。

でも悩むだけでは、絶対に美紗ちゃんには勝てない。

じゃあ、やってみなきゃ仕方ないかな!


決心して、踵のみでジリっと後ろに下がり始めていった。

ほんの少しだけで下がったつもりだったが察知されていたのか、それとも身体が勝手に反応しているのか、美紗も同じように踵のみで後を追ってきた。

わざとらしくなく、じわりじわりと自然に、そうだ、私は今は追いつめられているんだ。

そう若干の切羽詰まったような演技と表情を入れながら下がっていき、『目的地』に辿り着いた。


そこは蒼い境界、すぐ後ろには左回りに強烈な『壁』が形成されている。

大軍を吹き飛ばすような大渦、その分銅と鎖が少しでも入ってしまったら果たして、どうなるのかな⁉︎


『壁』ギリギリまで身体を寄せていく。

鎧の背が、ほんの僅かに触れたような感触を合図にして沙羅が勝負に出た。

上半身を左に一瞬だけ泳がし、瞬足の速さで右に切り替える。

しかし美紗も反応し右、沙羅から左に分銅が追いかけてきた。


『勿体ないけど、美紗ちゃんに勝つ代償だと思えば安いものだな。

もっと楽しんでいたかったけど、でも‥‥‥!』


今まで弾くだけに終始していた防御が、一気に勝負に出た。

弾くではなく打って出た、但し鎖を狙った柄部分(拵)であり、刃ではない。

真っ向勝負でもなく、断ち切るでもなく、『巻き付かせる』を狙っていた。

これは、『練習試合』と同じ手段だった。

巻き付かせたことでゴンザは鎖の自由を奪われたが、即座に対応が出来た。

しかし、これは美紗には出来ない。

籠手に理由があった。

あの時、ゴンザは巻き付いた鎖を分離し同時に内蔵された刃を出し打って出てきた。

籠手の見た目から何処かしらの名工の作品、戦いというものを理解して作られているのだろうとは分かった。

だが美紗のは、ありきたりな籠手に鎖を付けただけ。

だから、瞬時に脱出と攻撃への移行は出来ないはず。

残した右腕にしても、身体を左に崩してしまえば対応は遅れ鞘から抜く行為すら難しくなってしまう。

なら、私は美紗ちゃんの左から斬ればいいだけ。

美紗ちゃんが抜く、振りかぶる、構える、防ぐ、この四つの行動をしなければならない間に、私は抜く、一歩をつめる、あとは斬るだけの三つの行動のみで終われる、これで勝った。


思い通りに狙い、巻き付いた。

若干の抵抗を感じた途端に、薙刀を犠牲にし最大限に両腕の力を発揮し『蒼い大渦』へと投げ込んだ。

そうなると当然、美紗の身体が勢いに引っ張られ左脇腹がガラ空きになった。


『これで貰った! 』

一歩を詰めた同時に腰にある剣を抜刀した!


『勝てた!』、‥‥‥嘘だった。

単に『勝った』という結果の話だけなら、前世界なら幾らでもあった。

だが、ここでは違う。

制約の無い二人だけの世界、二人だけの試合で初めての勝利だと思えた、しかし現実は違った。

『異世界』という現実にて、過去に起こっっていた『分岐点』が露見した。

生きてきた『道』の違いが出たのだった。

浮かび上がった者と浮かび上がれなかった者。

与えられたものによって対処した過程から起こった結果の『その後』だった。


『壁』に向かって思ったとおりに美紗の身体が引きづられ左脇腹がガラ空きになっていく。

そこに向けて予定通りの一撃が放たれた時、沙羅は見た。

『2M』を残した意味を!

左手首を回転させたと同時に鎖が一瞬緩み、『2M』という時間が出来た。

その瞬間を逃さないように右腕で鎖を掴みとり、そして向かいくる刃に縦に構えた、即ち盾として使ったのだ。

こうなると二人で蒼い大渦から逃れなければならないという皮肉が出来がってしまった。

鎖から走る吸引力が襲い掛かった、いや美紗の体重も加味し後ろには強烈な蒼い壁があるのだ、沙羅が追い込まれたのだ。

そんな時間を利用した美紗の呟き、それは沙羅からすれば自分は読み負けたという意味だった。


「‥‥‥やっぱり戦ってたんだ。

あの短気な『勇者』と『売られた喧嘩は必ず買う!』性格の沙羅ちゃんが同じ国で同じ場所で出会っていれば絶対に戦いになっているはずだと踏んで正解だった。」


「まさか、私の性格とゴンザの存在までシュミレートしていたって云うの?」


「うん。

でも、それだけじゃない。

私も『売られた喧嘩は必ず買う!』性格、この世界で戦ってきた『勘』と『経験』が教えてくれた。」


この『勘』そして『経験』とは、この世界でも戦った『記録』という意味だった。


「私は、この世界で沙羅ちゃんのよりも厄介な武器とも戦ったこともある!

用意周到に、手の込んだ二重三重の読み合いを仕掛けてきた相手とも戦った経験もある!

今の沙羅ちゃんでは、私には勝てないよ。」


美紗が『ミザリー・グッドリッジ』として歩んだ戦いの記録、この世界で『十人』を守りながらの数々の戦いがあった。

短槍であるジャベリンを自由自在に巧みに操り『テアラリ島三部族共通騎士』に相応しいかと試験されたテアナ族族長リラ・テアナとの戦い。

そして、二重三重に罠を張ったアベル・ストークスとの戦いでの敗北。

それら全てが『経験』として生きているのだと言っているのだった。

たった一人で戦い続けた経験であった。


同じ顔、同じ体格なのに、まるで違う。

いや、思い出せば前世から既に違っていた。

記憶が完全に蘇ったから、似たような境遇に違いがあったことを思い出した。

卓球部で指導した対象、部員達である。

沙羅は女子達を、美紗は男子達と単純に性別で分け指導したが大きく違いが出た。

女子達は短期間で市大会ながらも活躍する実力を発揮したが、男子達は勝利を掴むことすらなかった。

何故か⁉︎ ここまで大きく差が出ると謂わゆる『才能の差』というものが影響した。

実際、女子十人の中には市大会優勝者となった者もいたが、このような成績を残すには的確な指導も必要だが、その本人にも優れた才能がないと絶対にあり得ない。

そして美紗が指導した男子十人には勝利を残した者は誰一人いない。

これも珍しい。

練習は短期間ながらも行い、誰一人勝てていないなど、確率的にはそうあり得ない。

勿論、少しの練習程度で勝てるほど卓球は甘くはないが、それでも勝負にもならなかったが現実であった。

つまり、才能が無かったということだ。

ここからは、指導者としては方針が大きく変わっていく。

勝利から新たに生まれた試合への戦略と戦術を考察する監督的に動いていくか、敗北を見直し励ましながら基礎能力の向上を目的とするコーチ的に動いていくかである。


この世界でも卓球部での二人の前世が影響していたとするなら⁉︎

いや‥‥‥既に影響していたんだ。

確か、テムルン達の場合でも『因縁』を持ち込んでいると話していた。

その中に『経験』が含まれていたら⁉︎

‥‥‥含まれている。

沙羅には才能豊かで武勇に優れた『十狼女』がいる。

美紗には人間的には情もあり個性もあったかもしれないが、あまり活躍出来ずに死んでいった十人がいた。

十狼女達を従えて、幾多の激しい戦場を駆け抜けた『サラーナ』としての実績と経験。

仲間だった十人は死に、たった一人で死地を戦い続けた『ミザリー・グッドリッジ』としての実績と経験。


どちらが優れているとかの問題ではない。

沙羅は『司令官』として生きた比重が大きく、美紗は『戦士』として生きた比重が大きくなっているのだ。

万の軍勢を操る司令官としての戦いなら、圧倒的に沙羅が勝つだろう。

しかし、1対1の戦いでは戦士として生きた美紗には勝つなど覚束ない状態になっていた。

この世界で生きた経験が、二人を分けていた。


確かに美紗ちゃんはパワー・スピード型の選手だったけど、ただが環境の違いだけで大きく差が出るはずは‥‥‥この世界では同じ顔、同じ体格なのに違うだと‥‥‥ああっ⁉


確かに同じ顔、同じ体格ではある。

しかし着用しているものには圧倒的な差が出ていた。

神聖ヤマト皇国が外交交渉のために貢いできた豪勢な紺と赤色の甲冑、そして名高い名工の剣を帯びた沙羅。

黄色い裾の短いワンピースに左肩当に胴巻そして膝上までのロングブーツといった、粗末だが戦いには特化した容装の美紗。

基本は同じでも、この世界での『後付け』が全く違っていると物語っていた。

これが『選手』としてプライドが崩される結果に陥った。


1対1、シングルで私が負けてしまう⁉ この世界で生きて辿った道が違う、それだけで⁉

そんな他愛もないもののおかげで負けてしまう⁉

‥‥‥クソが、こんなことあって堪るか、許されるか⁉ 私だけが負けるという事実が残るなら無理矢理にでも納得はする。

しかし‥‥‥私を信頼し命を賭けて戦ってくれた者達、見知らぬ地で死んでいった者達に言い訳がつくはずはないだろうが!


ここで負けを認めると、この世界で『サラーナ』として生きてきた全てが無になる。

幾多の死線を潜り抜けてきた十狼女や東南部兵達が頭に仰いできた者が、『弱き者』ということになってしまう。

そのようなことなど許されるはずはない。


途端だった。


「なるほど、じゃあ『立場』の違いってやつを使わせて貰おうか。」


剣圧が増しギシキシと唸りを上げて名工:相州政宗の刃が鎖に食い込み始めた。


「一人で戦った⁉︎

私には掛け替えのない仲間がいる。

そんな下らない理由で負けて堪るか!」


鎖が断ち切られたと同時に向かいくる刃をバク転で躱すも、それまでの表情が互いに変化していた。


「結局、こうなったね。

でも‥‥‥これからが私達の本当で本気の戦いかもしれないね。」


「本当で本気、そうね。

ここからはウルバルト帝国幕僚長であり継承権第一位、そして東南部軍司令官サラーナとして戦う、『ミザリー・グッドリッジ!』」


その言葉に美紗が腰にある剣シャムシール『フドゥ』を抜き放ち答えた。


「ミザリー・グッドリッジ‥‥‥もう違う。

それは『一人ぼっち』で誰にも頼れなかった、無理していた頃の私の名前。

今は多くの人に助けられ支えられた『リザリー・グッドリッジ』だ。

だから『サラーナ』‥‥‥私は負けない!」


高橋沙羅と片桐美紗、前世界の戦いは終わりを告げた。

証拠に二人の顔はニタっと口を大きく開け目は楽しそうに、やや細め輝きを放っていた。


この世界での『転生者』としての二人の戦いが始まった。
















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