守るべきものを守るために
同じ顔と体格、それ以上にクリっとした目が印象的な男二人が、傍目からすれば高速とも見える動きで戦っていた。
しかし片方は殺意を全開にしているが、片方はどこか遠慮気味、彼の最大の長所である弓を未だ使ってはいなかった。
腰にあったマチューテと呼ばれる鉈で飛んでくる鎖付きの分銅を防ぐに終始していた。
その防戦一方な態度に鎖を武器とする男が手を止めた。
「お前、やる気あるのか?」
「やる気⁉︎ ある訳無いだろう。」
「‥‥‥ふざけているのか?」
「いや大真面目だ。 だから来た。」
どうも噛み合わない。
鎖を武器とする男ゴンザからすれば、やっと見つけた仇であるクオンなのだが、どうもおかしい。
戦い方がではない。
その事については、弟子のような存在ミザリー・グッドリッジに聞いたか彼女と対策を立てて来てはいるのだろう。
自分の鎖を器用に躱すことで気がついてはいる。
こちらは未だ本気ではない、まだまだ大丈夫だ、手の内はいくらでもある。
だがクオン自身も本気ではないとも分かってはいた。
どうして本気でやらない⁉ 殺らないと殺られるだろう⁉︎ 何かしらの意図があるのか⁉︎
疑問が頭の中を支配し始めた時だった。
ウルバルト帝国軍中軍中央付近から蒼い大渦が出現した。
「へぇー、俺よりも二人の方が早かったか。
あれと同じのを出してみるか?」
「出来るなら避けたいな、俺は前世界の記憶を取り戻したいと思ったことは一度もないからな。
でも‥‥‥一つ質問をしてもいいか?」
「死ぬ前に聞きたいことがあるのか。
いいだろう、言ってみろよ。」
「アンタに対して不快感は確かにあるんだ。
遭わせないようにする壁みたいなものだと仲間から教えて貰ってはいる。
でも‥‥‥アンタに恨みも無ければ、他に浮かぶ感情も無かったんだ。
つまりなんだけど、どうしても興味が湧かないんだよ。」
「興味がないだと‥‥‥。」
「俺達の間には『因縁』だの『宿命』だのがあるんだろうが、だったら何らかの興味を持っているのが普通だろ。
でも俺には全くと言っていいほど興味がない。
だから、頼むから教えてくれないかな。
俺とアンタには、何が原因で、どんな因縁があるのかを教えて貰えると助かるんだけど。」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!」
「いや大真面目だ、だから来たんだ。」
「お前は、俺の‥‥‥俺の全てを奪ったんだ!」
「全てを奪った? 何を俺が奪ってっていうの?」
「それは‥‥‥夢や希望だったような気が‥‥‥。」
「リザリー姉さんから聞いたけど、お前『勇者』とか名乗っていたんだよな⁉︎ それってさ、どういう意味で名乗ってたの?
それから肝心なのが『スライム』なんだよ。
確かに心が躍るけど、それだけなんだよな。」
『勇者』という意味はなんとなしにはわかるが、この世界では『スライム』は謎の言葉だった。
ゴンザは確かに『勇者』と、この世界でも名乗っていた。
だが今となっては、どうして名乗っていたのかがわからない。
それに、その『スライム』だ。
おそらく『スライム』とはクオンのことだろうとはわかるが、何をされたのかがわからない。
奪われたのは間違いはない、しかし言葉の響きからして弱そうな『スライム』に何を奪われたのかがわからない。
「だが‥‥‥そうだ女神エリス様だ!
俺は女神エリス様の為に‥‥‥あれ、何で⁉︎
女神エリス様は女帝ハタン様で‥‥‥あれ⁉︎」
新たな単語が出たが、もはや完全な記憶が消去されてごちゃごちゃになっていた。
混乱し始めたゴンザを見ていてクオンが可哀想とでも思ったのか提案した、それは彼にとってはしたくはない選択だった。
「なぁ、提案がある。」
「何んだ? 妙な事だったら即ぶっ殺すぞ。」
「まず二つの整理だ。
一つは、どう話しても今のままなら俺とアンタでは前世界のことがわからない。
何故か? それは他の転生者達と違って、俺には興味がない事だ、だがアンタにはある。
もしかしたら前世界で俺はアンタに会っていない、もしくは認識していなかったんじゃないのかと思う。
もう一つは現在のところ、リーゼの身体がオルリコとかいう奴に乗っ取られて女帝ハタンは監禁されていると聞いている、間違いないか?」
「あぁ間違いない。」
「アンタは女帝ハタンには今も忠誠を誓っているのか?」
「誓っているに決まっているだろ!
ウルバルト帝国にいるのだってハタン様のためだ!」
「だったらだ、俺達の現在の共通の敵はオルリコで一致している。
ここだけを考えれば協力してリーゼとハタンを助けることが出来る関係ってことだよな。」
「なるほど‥‥‥って、えぇ協力だと⁉︎ 仇のお前とか⁉︎」
「仇といっても前世界だけの話だろ、現在じゃない。
戦うのは二人を助けてからでも遅くはないじゃないか?
とにかく時間がないのはわかるだろ、今言った事を考えて戦うか一旦協力するか決めてくれ。」
元々、戦いと悪知恵以外は頭の良くないゴンザからすれば究極の選択になった。
目の前に探し続けた仇がいるのに協力だと⁉︎
しかしハタンを助けるなら最良の提案であった。
先程まで互いに本気ではなかったにしろ、こいつが強いとはわかっている。
協力者としては、この上なく頼もしい。
俺は、どうしたらいいんだ⁉︎ と頭を抱えて悩みに悩み始めてしまった。
「仕方がないか。
おい、ナイフか何か持っているか?」
「あぁサクス(短剣)はあるけど。」
「じゃあ抜いてフォースを込めろ、俺はマチューテに込める。
俺は弓が得意、アンタは鎖だろ。
互いの得意分野で込めると裏切った時が厄介だからな、だからこれでやろう。」
「やろうって‥‥‥もしかして前世界の記憶を取り戻す気か⁉︎
嫌がっていたじゃないか⁉︎」
「俺には助けたい人がいる。
恩人だ、俺を外の世界へ連れ出してくれたアベル・ストークスを助けたいんだ。
その為なら前世界の記憶を取り戻すなんて大したことはない。」
アベル・ストークス、ボルドの瓜二つの奴の名前だ。
俺ならボルドの奴の為に、こんなことは言わない。
そう思ったゴンザだったが、逆にクオンに対して信用性が増した。
そしてサクスを抜いた。
「じゃあ、フォース全開でやるぞ!」
「あぁ、やるぞ!」
マチューテとサクス、それぞれにフォース(練氣)が注入され、全開になったところで交錯させた。
途端に二人を中心に蒼い大渦が出現した!
二人が蒼い光に溶け込むようになっていくと同時に記憶の扉が開いた。
だが、おかしい。
他の転生者達とは明らかに違っていた。
それは二部構成の記憶というべきものだった。
頭の禿げた四十代後半のおっさん二人が、今にも潰れそうなDVD屋にいた。
入り口付近には古びれたビデオが少数並べているが、絶対に怪しいと感じさせる暖簾を潜った先の商品群はマニアックなものばかり、ここは着エロDVDやエ◯アニメやエ◯PCゲームを専門的に扱うDVD屋だった。
如何にも自分の趣味を兼ねてます的な店長を囲み、おっさん二人が談笑していた。
一人は着エロDVDに対する愛を熱心に話し、一人はエ◯PCゲームに対する愛を大いに語っていた。
四十代後半で独身、寂しい人生だった。
中卒で社会に出て片方は型枠大工、片方はタイル職人になったが、どちらもひ弱でドモリ症。
当然、手早く作業することを求められるのには向いてはおらず、気の荒い職人達に蹴られ殴られ虐められ二年ほどでクビになった。
必然的に引きこもりになり親の金で生活する日々を送っていた。
そんな生活の中で唯一の他人と交流を持つ場が、このDVD屋だった。
オドオドしドモリ症の自分でも馬鹿にせずに相手をしてくれる店長と、名前は知らないが気を許して喋れる同じタイプと感じさせる似た年齢の男の存在が嬉しくて通っていた。
だが、ある日に終わりを迎えた。
「実は今日で閉店なんだ。」
寂し気に店長が言った。
時代は、こういう商品に対してはPCやスマホへダウンロードやストリーミングする事を要求し、購入者達も喜んで受け入れ始めていた。
誰の目から見ても『そういう店で、そういう商品を購入する』とわかる平成後期までの行為を堂々且つ恥を忍んで出入りする人間が少なくなっているのだ。
助けられる手段はないかと考えたが無職にはどうすることも出来ず、憩いの場所を失った。
それからは不幸の連続となった。
まず金銭面である、両親が死んだ。
気が付いた時には入院し呆気なく次々と死んだ。
自分の両親が歳を取り老いていくとは気が付いていなかったのだ、そして自分自身も。
引きこもりをしても時間は無慈悲に過ぎていることに気が付いていなかった、やり直すなど出来ない決定打になった。
生活出来なくなった、何をしていいのかわからない日々。
鏡を見ると頭の禿げたおっさんが一人、絶望感満載の顔をして映っていた。
多少は両親の残した金銭もあったが、微味たるものである。
いい歳した大人を年金で養っていたのだ、当たり前だった。
残してくれた家まで売ったが、破滅の先延ばしをしただけ、終焉は近づいていた。
勿論、仕事は探したが四十代後半のおっさんで職歴無しでは雇って貰えるはずもなく、生活保護の申請も年齢が若く働けると見なされ貰えなかった。
四十代後半、微妙な年齢だったのが不幸だった。
そしてホームレスになった、これが一番の不幸になった。
このような立場の人々にもっとも必要なもの、それは仲間意識と助け合いである。
コミニティーに馴染めないと生きてはいけず、コミニケーション能力が生き延びる手段となった。
どこどこに銀杏の木がある、あそこは空き缶が入っている率が高い、木陰が多くて涼しい場所だからダンボールハウスを作るには最適だ、など情報を手に入れなければ話しにならない。
全く出来なかった‥‥‥。
腹を減らして彷徨う日々、時折にヤバ目な若者達に襲われて殴る蹴るの暴行を受けた。
そして最期がやってきた。
腹が減ってフラッと意識が喪失しかけた瞬間に見えた光、突っ込んで来るトラックを、死んだ。
こんな同じような人生を歩み死んだ二人だったが、死ぬ間際に思ったことが違った。
一人は安穏な生活を送りたかった。
一人は人に囲まれて楽しく生きたかった。
エ◯PCゲームは二次元、着エロDVDは三次元、その差かもしれない。
そして転生した。
一人はスライム、一人は勇者であり、同じ世界に転生していた。
のんびりした日々、腹でも減れば適当に虫でも捕まえて食べる安穏な生活。
女神エリスに選ばれ頼まれ、頼もしい仲間達と世界を救う冒険を続ける日々。
こんな全く違う生活を送る二人が、『プレシアス・アスパイア・リバー』という名前の村で再び交わった。
「さぁ、いよいよ魔王城だ。
準備は万全だ、魔王を倒して世の中に平穏をもたらすぞ!」
万全‥‥‥この言葉がまずかった。
突然だった、女神エリスが微笑みながら現れた。
エロい恰好のエリスに前世界の記憶がさせるのか、仰々しい態度をしながらチラリズムを楽しんでいた時に神々しい声で言われた。
「勇者、まだ万全ではありません。
あと1ポイントでもあればLVが上がりますよ。
あら勿体ない。」
LVが上がる⁉︎
まだ万全ではなかった、あと1ポイントで上がるなら弱い魔物で良いか!
周りを見渡すと岩陰でスライムが虫を食おうと出て来たところを発見した。
あれでいいや、とりゃぁぁぁ!
聖剣による一撃がスライムに見事に決まった。
頭の中では『パラパラパッパッパー』という激励した音が鳴り響きLV上昇を告げた。
しかし途端だった。
いきなり多数の村人達に取り囲まれた。
「お前、なんてことしてくれたんじゃあー!
『駅長』を殺しやがって!」
この勇者が殺したスライムは『駅長』と呼ばれ村の観光資源とされるマスコットだったのだ。
生き返らせろと言われるが、勿論だが魔物である以上は聖なる治癒魔法など効果があるはずもなく、挙句に『偽勇者』と罵られる事態になった。
「使えねぇ勇者だな、クズが!」
村長らしき爺さんが言った瞬間だった、前世界の記憶へ刺激したのだろうか、頭の中で殴られ蹴られ罵られた出来事が浮かんだ。
お前使えねぇな、クズが!
唯一の社会に出た経験で、心の奥底に残る言葉と同じだった。
気が付いた時には真っ赤になり真っ二つになった村長がいた。
それから勇者から殺人犯に転落した。
怯え逃げる日々、そして川に落ちた。
沈んでいく最中に水面には女神エリスがいた。
「お前には失望した!」と最期に聞こえて死んだ。
しかし、これはおかしい。
魔王城の近くで、スライムを観光資源とする平和な村が存在していること自体がおかしい。
もっとも危険な最前線であるはずの村で村人は平和に暮らしているのだ。
勇者は知らなかった。
女神エリス自身が魔王であることを。
勇者を導き、最後の最後で地獄に突き落とし、悲惨さを眺めるのを趣味とする性悪であることを知らなかった。
女神=聖善とは、元いた世界では常識だが、この世界では決まっていないのだ。
実際、勇者が死んだ後には、腹を抱えて満足そうに大笑いしていたのだから。
忘れていた二つの世界での過去と記憶が明らかになった。
暫く呆然とする二人だったが、ようやくしてクオンが口を開いた。
「これってさぁ、明らかに俺の方が被害者じゃないの⁉」
「‥‥‥。」
「平和に虫食ってたら、罪もないのに殺されたってことだよね⁉」
「‥‥‥。」
「こんな状況で、なんで俺を仇だと思えたの?」
「‥‥‥。」
「アンタ、初めから女神エリスとかいう奴に騙されてたっていうことだよね?」
「そうだよ‥‥‥女神エリスが全部悪かったんだ!
俺もさ、あの女神は初めから怪しいと思ってたんだよ!
でもさ警戒はしてたけど、『勇者』とか呼ばれたらやるしかないでしょ⁉
仲間になった奴らも当然のように頭下げてるの見たらやるしかないだろ? それしかないでしょ、違うか?
A・B・Cの選択肢があったらボタンを押すのは、考えられる最適なのを選ぶでしょ⁉
エ〇PCゲームの愛好者だったら、この心理はわかるだろ⁉」
「いや‥‥‥それとこれとは‥‥‥。」
「よし決まった、行くぞ!
女帝ハタン様とリーゼとかいう女を助けに行くぞ!
今度こそ協力して俺達の『憩い』を守りに行くぞ!」
「いやいや、まだ話の途中で‥‥‥俺は被害者で‥‥‥。」
「お前も言ってたじゃないか⁉ 時間がない、早くしよう!
今度こそ俺達の守るべきものを守るぞ、早く行くぞ!」
「お、お、おおう。」
完全にゴンザに有耶無耶にされてしまった。
しかしクオンは思う。
そのおかげでアベル・ストークスに出会えて外の世界を見て、この世界での自分の道が開けたのだから。
女神エリスか‥‥‥もしかしたら、その女神エリスは俺に微笑んでいたのかもしれないな。
そう思ったクオンだった。
そして二人はリーゼとハタンを救うために走った、協力を誓って。
守るべきものを守るために。
蒼い大渦が消滅した。