理不尽な戦い
ハヌマーンとの戦いを経て童貞(殺し)を喪失した俺、奴隷になってから3年の歳月が流れた。
俺は、あれから9人の人を殺し4度の魔物との戦いを経験した。
そして14歳になった。
ヘレン側の血が影響したのか背も175CMになり見た目だけなら大人と変わらない様になっていた。
10人も殺すと、もうも可哀想とか慈悲などの感覚が皆無になっていた。
殺さないと殺されるのだ、それが当たり前の感覚になっていた。
流石に15戦も戦い生き残るとイグナイトの貴族からも騎士にならないかとの誘いもあったけど全て断っている。
嫌なのだ、ヘレンを目の前で殺されアルも恐らくは死んでいると思うとイグナイトの騎士だけにはなりたくはなかった。
そんな俺にジーナスは嫌味の言葉も言ってくるけど、それを決めるのは俺の権利と決まっているから言われる筋合いはない。
そんな俺の奴隷生活も随分と様変わりしていた。
そこそこの自由が保障され僅かばかりの小遣いすら貰えるようになった。
これは15戦勝ち抜いた者に与えられる権利らしい。
行動範囲はテールズ内で門限も夕刻5時までだが外出も許可された。
しかし逆に言えば、それを破ると即脱走とみなされ処刑という罰則もあるから厳しい。
だから俺の行動範囲は俺がいるジーナス所有の奴隷収容所兼訓練場の周りしかうろつかない。
そんな行動範囲でも嬉しい事が2つあった。
1つは近所に鍛冶屋があった事だ。
ここは奴隷剣闘士たちが使う武器や防具を専門に扱う鍛冶屋だが、その作業風景を眺められた事だ。
鉄を叩く音が実に心地よく、そして師匠との平和な修業時代を思い出させてくれた。
「ようマンティス!調子はどうだい?」
なんて鍛冶屋から気軽に声を掛けてくれるようにもなった。
ちなみに俺は最近『マンティス(カマキリ)』と呼ばれている。
二刀剣の俺のイメージからなのだろう。
それともう1つは、こんな行動範囲でもカルム王国の情報が入るようになったことだ。
5ヶ月前にオービスト大砦に侵攻したイグナイトイ帝国・ケンゲル王国連合軍20万に対し生き残りのカルム王国6万で立ち向かい大勝利したと、さっき聞いたところだ。
それによりイグナイトイ帝国・ケンゲル王国連合軍は生き残り僅か4万の大打撃となり折角のカルム王国侵攻以来の両国の同盟も破棄となり、また戦乱が予想されるとの話だった。
その戦いの際に『ヴェルデールの3女神』と呼ばれる3姉妹が大活躍し勝利に導いたらしい。
カルム王国の民としては歓喜したいところだが今の俺の立場では微妙なので隠れてガッツポーズした。
そんな生活の俺に今日、来月の戦いの予定をジーナスが持ってきた。
いつもと違いジーナスが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「アベル、今回は済まないが団体戦でやって貰うよ!」
団体戦?何だそれは?
ジーナスの話では大型の魔物に対し5人の奴隷剣闘士が束になって戦う事らしい。
主に大型の魔獣とはミノタウロスやオーガなどだが今回に限っては違うとの話だ。
今回はカルム王国の出身の奴隷剣闘士5人VSオーク20人の戦いらしい。オークとは豚頭鬼であり性格が残忍な魔物である。
本来は、そのような魔物なら通常は1VS1で戦うが今回に限り、とある貴族からの命令でやるとの事だ。
理由は1つ、ただの先月のオービスト大砦侵攻の失敗の憂さ晴らしだそうだ。
しかもオークまで貴族が用意しているらしい。
用意周到とは恐れ入る・・・・・
各ジーナスのような奴隷剣闘士たちを仕切るプロモーターたちに協力要請と言う名の強制があり仕方なく受け、それでも本来なら奴隷剣闘士5人に対しオーク30人でというところから20人で交渉し制限時間を設けて1時間で成功したらしい。
「こんなのは美しい奴隷剣闘士の戦いじゃないよ!虐殺だ!」
ジーナスが机を叩きながら怒った!
「アベル、こんな華の無い戦いで死ぬんじゃないよ!」
次の日、午前中訓練をしていた時、リューケから別メニューでしようと持ち掛けられた。
「これから来月まで剣での訓練はそこそこでいい、その代わりフォ-スを維持できる時間を延ばそう!」
リューケ曰く、魔物はフォ-スを警戒する本能がある。
今回の戦いは制限時間が設けられる以上は、攻撃よりも防御をし生き残る事を優先しよう!との事だ。
早速、一刀にフォ-スを集中させるとリューケが違うと言いだした。
「アベル、二刀に同時にフォ-スを送るんだ!だが出来るだけ最小限のフォ-スで長時間維持を心掛けろ!」
これがやってみると難しい。
これまで一刀交互はやってはいたが二刀同時はやった事がなかった。
かなりの集中力が必要とされ、二刀同時に出来たとしても直ぐに消えたりした。
結局出来るようになったのは前日だった。
当日にやっと控え室で他の4人と顔合わせをして早速驚く出来事があった。
俺はそれまで建て前的な規則、他のプロモーターの奴隷剣闘士とは顔を合わせる事も無かった。
そして今日初めて自分が殺し合う予定以外の奴隷剣闘士4人と顔を合わせたのだが、その中の1人にジョン・ヴェルデールがいたのだ!
あのヒラリー・ヴェルデールの夫だった人で先の戦いで死んだと思われていた人だ。
「やあ皆さん、ジョン・ヴェルデールです!宜しく御願いします!」
貴族らしからぬ態度に俺を含めた4人はビックリしたが本人は至って穏やかな表情をしていた。
聞くとジョンは今日が初めての奴隷剣闘士としてのデビュー戦となるらしく、それまではずっと幽閉されていて尋問の日々だったらしい。
これを企画した貴族のメインディッシュ扱いで出さされたのだろう。
俺を含めた4人は同じ顔をしていたと思う。
コイツ・・・・・絶対に死んだなと。
だが本人は陽気な顔し素晴らしいシャムシール(ミカヅキトウ)を持っていた。
恐らく貴族への配慮という事で自分の剣を持つことを許されたのだろうか?
それとも冥土の土産に持って行けという意味だろうか?
他の3人は槍使いのベンツ、俺と同じ二刀剣のゴーギャン、そして長刀剣のソレックそれぞれが10戦以上のキャリアを持つベテランだった。
「それぞれが勝手に戦うでいいか?」
長刀剣のソレックが皆に聞いて来た!
俺としても、その方がありがたかった。
下手にチームプレーを要求されても出来ないからだ。
皆が頷き了解した。
闘技場に入ると早速司会者の絶叫が始まった!
「紳士淑女の皆さま、お待たせしました!
本日のセレシア・ケンウッド公主催の特別イベント、カルム王国出身奴隷剣闘士5人VSオーク20人の一戦が始まります。
まずは先の戦いで亡くなった栄誉あるイグナイトの兵たちに黙祷!」
観客たちが黙祷を捧げる中で俺は貴賓席にふんどり変えるセレシア・ケンウッドを見ていた。
セレシア・ケンウッドは30歳位の金髪の女だった。
俺が奴隷になった時のカルム王国侵攻戦では最高司令官参謀を務めた女だと聞いた事があった。
恐らくは先の戦で負けた腹いせに仕組んだ一戦なのだろう。
顔からして嫌な感じがする。
「では皆さま、0から設置された1時間を表す砂時計反転させます!只今より開始のカウントダウンを始めます、9・8・7・・・・・・スタート!」
対面の壁が開き檻が吐出しゲートが開いた。
ぞろぞろとオークたちが出て来て辺りを見回して俺たちの存在に気づき威嚇を始めた。
「おい・・・・・あれオークじゃねえぞ、ウルクじゃないか・・・・聞いてないぞ・・・・・」
二刀剣のゴーギャンが引き攣った顔をして一歩後ずさりした。
ウルクとはオークが戦闘経験を積みより強力になり身体も大きくなった進化系である。
より残忍になり力も強くそして知恵も廻る最悪な相手だ。
しかも連帯攻撃を得意とするから集団になると最悪な相手だった。
「こんなのイカサマだ!条件が違うじゃないか!私の可愛い奴隷剣闘士を殺させて堪るか!」
ジーナスが叫び他のプロモーターたちも非難の声を叫んだ時、セレシア・ケンウッドが立ち上がり叫んだ!
「貴様ら、それでもイグナイト帝国の民か!先の戦ではカルムの残党に多くの栄光あるイグナイト帝国兵が殺されていった。その手向けを送ろうとは思わんのか!」
そう言われてプロモーターたちは黙ってがジーナスだけは違った!
「ふざけるな!これのどこが手向けだ!どこに栄光がある!こんなのはイグナイト帝国に泥を塗るような行為だ!」
だが、そんなジーナスの言葉も虚しく、ウルクたちが攻めよせてきた!
やはりウルクたちには分るのだろうか?
真っ先に怖気ついたゴーギャンが狙われ取り囲まれた。
ゴーギャンは叫び声も発せぬまま、あっという間にボロ雑巾のようにされ死んだ。
死んでもゴーギャンの死体は解放されず手足は千切られウルクたちが持つ槍に突き刺され飾り物にされた。
胴の部分は棍棒を持つウルクに殴り続けられミンチになった。
俺を始め皆が、その光景に呆然となった時1人が駆け出した!
「皆さん死にたくなかったら動いて一匹でも殺したほうがいいですよ!」
ジョン・ヴェルデールだった。
集団でゴーギャンの躯に気を取られているウルクたちの中に駆け込み剣を振るい始めた!
正確にウルクの膝やアキレス腱部を狙って2体を行動不能にした。
「良いですか、これはチャンスです!オークよりも頭が良い分警戒心も高い!だから最初は攻めて後は時間まで守りましょう!」
その言葉に俺たちは一気に攻めかかった!
虚を突かれたウルク一度陣でも立て直すかの散開し始めた。
ここで立て直される前に何匹かでも倒さないと囲まれて殺されるのを待つだけである。
俺は右の剣にフォ-スを込め逃げようとしたウルクの背中に向け一気に斬った!
フォ-スを込めた分切れ味は増し深く斬り裂き1匹のウルクを倒せた!
「ほうフォ-スをですか!やりますね!」
ジョン・ヴェルデールが褒めてくれたが彼は先程の2匹にとどめを刺しプラスして1匹の喉笛にシャムシールを刺しているところだった。
ソレックもベンツも各1匹を倒し俺もそれから逃げ遅れた1匹を倒し残り13匹となった時、ウルクたちが密集陣を完成させたようだ!
しかしあくまでジョン・ヴェルデールは冷静だった。
ウルクたちの行動を見て即だに俺たちに指示を出してきた。
「良いですか、ここから奴らは徐々に左右に広がり我々を取り囲もうとします。ですから我々は広がりきる直前に中央のウルクに3人で一気に攻撃を掛けます、中央突破という奴です!」
3人?どういう事だ?1人足りない!
「そこで二刀の少年、君に殿を頼みたい!君はフォ-スが使えるから奴らにとって一番の警戒対象ですから!」
なるほど左右に展開する敵の半月陣に対して4人で十字陣形をとって中央突破か!
「私が先頭、槍使いさんが右、長刀さんが左で、後方が少年で御願いします!」
ジョン・ヴェルデールがジッとシャムシールを構えたままウルクたちの動きを見ている。
勿論、俺たちも警戒態勢は崩さない!
「良いですか前の3人は一気にウルクを1匹仕留めて駆け抜け少年はフォースで威嚇しながら駆け抜けて下さい、出来るなら1匹でも殺して欲しいところですが!」
「分りました、やってみます!」
俺はジョン・ヴェルデールの合図を待った!
それと同時に二刀にフォ-スを送り込む、そして出来るなら1匹でも仕留めるつもりだ!
「よし!今だ!」
ジョン・ヴェルデールが走り出し中央のウルクに突っ込んだ。
サーベルを振るい斬りたてた。
しかし躱されるも右にいたベンツが槍で腹を突いた、その間にジョン・ヴェルデールが止めの一撃をウルクの心臓に放ち、そして駆け抜けた!
左にいたソレックも左からのウルクの攻撃を躱し駆け抜けに成功したがベンツの槍がウルクの腹から抜けずに一瞬行動が遅れた!
即、ベンツにウルクが殺到しようとした時に俺が右の剣で右側のウルクたちの攻撃を威嚇し次に左のウルクたちに威嚇のフォ―スを込めた一撃を放った!
それでも致命傷にはならなかったが1匹のウルクの顔面を捉え退かせる事には成功し俺も駆け抜けた。
「うわああああー」
ベンツの叫び声だった。
俺が時間を稼いだにも関わらず、槍が抜けなかったことに躊躇し俺よりも出遅れたのだった。
そして取り囲まれ捕まった。
目の前で6匹のウルクによるベンツの解体ショーが始まった。
だが残り6匹が残った俺たちを警戒しグルグルと唸り声を出していた。
ベンツを解体する6匹がベンツに飽きた時一気に襲って来るだろう・・・・・
そう思っていた時、ジョン・ヴェルデールが言った。
「少年、まだフォ―スは持ちそうですか?時間は残り25分程です!」
「まだ大丈夫です!」
「そうですか、では君を中央にして私と長刀君で左右を守りましょう!君はフォ―スで威嚇だけをして下さい!」
奇しくもリューケが言った展開になってきた。
「良いですか、時間が来ても気は抜かないでください、少なくても10分は余裕を見て下さい!」
確かに時間が来てもウルグを回収するなり矢で殺すなりする時間を見ろって事か!
「了解です!」
ベンツで遊んでいた6匹が飽きたのか、新しい玩具を見るように俺たちに視線を移し始めた。
残り時間15分そして警戒時間プラス10分、合わせて25分。
俺はリューケと訓練したとおり二刀の剣同時にフォ-スを最小限に送りつつ威嚇をし左右の2人は警戒し続けた。
ちょっとでも前に出ようとするウルクを牽制しつつフォ―スの維持に精神を集中させる。
それは途轍もなく長い時間に感じた。
そして砂時計が落ち切ったのを知らせる笛が響き渡った!
だが気は抜けないと思った時だった。
「やった、時間になったぞ!」
ソレックが喜びの声を上げた!
「馬鹿、まだ気を抜くな!」
と叫んだジョン・ヴェルデールだったが時すでに遅し、気を抜くのを待っていたウルクたちがソレックに殺到し一角が呆気なく潰された!
ソレックは棍棒を持ったウルクに顔面を砕かれたと思うと3匹のウルクに槍で一気に貫かれ持ち上げられた。
そして全身を引き裂かれ死んだ。
残りのウルクたちは俺に2匹、ジョン・ヴェルデールに6匹が殺到した。
「少年、絶対に足を止めるな、捕まったら終わりだ!」
言われなくても俺は必死で逃げながら戦った。
運良く棍棒を持ったウルク2匹だ。
棍棒を振ったと同時に躱し牽制の意味で斬りつけ時間を稼いだ。
そうこうするうちに俺とジョン・ヴェルデールを助けようと矢が放たれ、次々とウルクに刺さっていった。
そうなるとウルクたちは元いた檻に殺到し逃げ込み始めた。
俺は生き残る事が出来たようだ・・・・・・・
ジョン・ヴェルデールを見ると彼は生きてはいたが両足と左腕を棍棒で叩き潰され腹には槍が1本刺さった状態だった。
「はは・・・・・これではカルムに帰れそうにないですね・・・・・」
「しっかりして下さい、まだ・・・・・・」
「気を遣わなくてもいいですよ!」
「カルムに奥様と娘さんが3人待っておられるでしょう!こんなところで死んだら!」
「いやいや私には娘は2人だけですよ、それより・・・・・」
「はい・・・・・」
「あげますよ・・・・・もう私は使えないですから・・・・・」
そう言うと俺に残った右腕でシャムシールを渡してきた。
「これ・・・・結婚した時に妻が高名なアッパス・ロムに頼んで私に作ってくれたんですよ」
「でも、こんな・・・・・」
「そろそろダメにみたいです・・・・・じゃあ・・・・さよなら」
こうしてジョン・ヴェルデールは死んでいった。
俺の遥か後方ではセレシア・ケンウッドがジョン・ヴェルデールが死んだ事が嬉しいのか声高だかに笑っていた。