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今生の別れ

焦るな、待つんだ。

必ず機会は来る。

焦るな、絶対にやって来る。

必ず作ってくれる。


そう信じて何度も何度も心の中で繰り返した。

そして不思議と思う。

これを前の世界で出来ていたなら、この世界には俺はいなかっただろうと。

全てにおいて焦ってしまっていたのだと思う。

二進も三進もいかない自分自身と、その状況に。

目の前を、ただ過ぎていく『機会』を取り逃がしていたのだろうと。

形はどうであれ、助けてくれようとした人には目を背けた。

誰も信用出来ずに、そして誰からも信用されないようになっていった。


なら、この世界だけは『機会』を掴みたい、決して離さない。

俺を助けてくれる人達はいる、俺を信用し命を預けてもいいと思ってくれる人達がいる。

なにより、大切な妹がいる。

絶対に守ってみせる。


左右遊勢、敵軍と戦闘開始!


左右遊勢、圧倒的に有利!


敵左右遊勢、一旦後退!

軍陣再編の模様!


敵左右遊勢に凡そ各一万の援軍が向かった模様。


次々と敵味方の左右遊勢、テアラリ島三部族とバイエモ島三部族の戦況が伝えられて来た。

その勇姿に誰もが歓声を上げ喜んだが、肝心の中軍が一進一退の攻防を繰り広げ、中々チャンスが廻って来ない。

敵は入れ替わり立ち替わりに、一撃を与えては退き再び攻勢に転じるという波状攻撃を仕掛けている。

少しずつ削いでいくという感じで、こちらの布陣を観て戦法を変えてきた。

左右遊勢の戦況報告と自分の目で観た敵中軍の違い、兵士達の対応力が全く違うように思えた。

戦争は個人の武勇も確かにあるだろう。

だが、それは些細なもの。

どれだけ精密な連帯行動に徹することが出来るかに掛かっている。

いや兵士の質がというよりも、個々の頭の回転が違うように思えた。


しかし、こちらも負けてはいない。

重歩兵達が入れ替わり立ち替わりに対応している。

三回の波状攻撃に耐え生き残った兵士達と、後ろに控えた重歩兵達とを入れ替えるのだ。

休息と傷ついた装備を一新すると再び列を作り、新たな出番に備える、こんな繰り返し。

言うなれば、敵味方ともに膠着状態を作り上げていた。


逸るな、必ず、必ず、機会は来る、絶対に味方が作ってくれる!

俺は自身の気持ちを抑え、心の中で何度も唱える。


その時だった。

あれだけ激しく仕掛けていた敵攻勢が一斉に引き上げた。

騎馬兵達が一定の距離まで下がった時、代わりに十数個の巨大な岩がローヴェ連合軍に降り注いできた。

幸いにして大きな被害は無いものの、一時的な陣形の乱れが生じてしまった。


「すぐに陣形を戻せ!

敵攻勢が、すぐに来るぞ、急げ!」


マーク・ローグが乱れた陣を左右に行き来して大声で叫びまわり命令を出した。

急ぎ陣を再編する重歩兵達を尻目に突然だった。

敵軍から頭の中まで響いてきそうな金属音、ギャーン・ギャーン・ギャーンと三回響くと、続いて途轍もない怒号がローヴェ連合軍を威圧するかのように聞こえた。


ホルダン・ダウシフ!‼︎


重圧感と殺気を全面に出した槍を持つ騎馬兵達。

先程までの軽弓を持った者達とは違う、明らかに突撃特化の破壊力を持つ騎馬兵が突撃して来た。

よく見ると彼らの後ろには攻城機らしき物が十数機並び、突撃に合わせて再び岩を降り注いで来た。


波状攻撃自体が囮り、こちらが状況に慣れ始めたのを見届けてから攻城機で崩してきた。

混乱状態にしてからの本格的な突撃、今までの全てが連携していたのか。

こちらの陣形を城や要塞に見立てているかのような攻勢。


再編し始めていた味方の陣形が再び崩れた、死者はいなくとも心理面では大きな被害を受けた。


「立て直せ、すぐに立て直せ!

すぐに突撃して来るぞ!

弓隊は射ち続けろ、的なんていい、狙わなくてもいいから射って敵軍の足を止めろ!」


マーク・ローグが必死に指示を出すが間に合わない。

陣形だけではなく、岩のおかげで混み合い体勢位置が崩されているのだ。

なんとか射つ弓隊も、やみくも過ぎて足止めにすらなっていなかった。


槍を小脇に抱え突撃体勢に入った敵騎馬兵達が眼前に来た時、もう駄目だと思った時だった。


「今だ、萌黄の武勇を見せてやれ!」


勇壮な叫び声が響いたかと思った瞬間、崩されたマーク・ローグの陣形を隙間を縫うように副官セジル・アベンシス率いる萌黄二千が前に出た。

装備した短弓で次々と射抜き敵軍前列が崩れたのを見計らいタイミングを図ったキッカ・クック率いる抜刀隊千が斬り込んだ。


「馬だ、馬を狙え!

馬を斬ったら、すぐに離れろ、逃げろ!」


キッカ達抜刀隊が槍の一撃を躱し、馬の胴だけを狙ってヒット&ウェイをして逃げた。

勿論、これだけでは敵軍の勢いは止まらないが、それでも一旦の停止、そしてマーク・ローグが弓隊だけは再編に成功させる時間だけは稼ぎ出した。


「第三射目が来る前に、こちらも前に出るぞ!

乱戦に持ち込めば敵の機動力を奪うとともに岩の攻撃も防げるぞ!」


スノー・ローゼオの司令の元に満を侍したローヴェ連合軍の攻勢が一斉に始まった。

まずはシェリー・ヴェルデールの重装騎兵達が迫り来る敵軍に突っ込んだ。

先頭を切ったシェリーの大戦斧タイガー・テイルの一撃で一人が身体を四散させたのを皮切りに、次々と手や足そして内蔵をぶち撒けた死体を量産していった。

武功狙いの対象になったのか密集して来たが、彼女は『皆殺しの女神』なのだ。

当然、皆殺しにされていった。

続いて出たのがジュリア・ヴェルオールの軽装騎兵だったが、シェリーの重装騎兵達の一人一人を補うように接近戦と化した舞台の中で串刺しショーを演じた。


勿論、ウルバルト帝国側も逐次の戦力投入が行われた。


これが俺達が待っていた乱戦。

いよいよ待ち望んだ『時』が来たのだ。


乱戦状態で俺達転生者、ウルバルト帝国の軽装鎧、そして素顔で瓜二つの奴の名前を叫びまわれば確実にウルバルト帝国兵士達は混乱する。


「メリッサ姉ちゃん、今だ。 今がチャンスだ!」


「よし行くぞ、アベル!」


しかし俺が号令を出そうとした時、直前で止められた。


「我らが司令官マーア・インサイトより伝令です!

アベル様、メリッサ様、まだです。

今行っても敵中軍中ほどがせいぜい。

必ず敵は三万は投入してくるはず。

その時に我らも出る、暫し待ってから出られよ。

必ずや更に崩してみせるから、もう暫し待たれよ!」


さすがは元ゲンゲル王国オービスト大砦侵攻戦総司令官だ、俺達姉弟の焦りを読んでいたようだ。

乱戦は始まったばかり、マーアの伝令どおりオルリコまでは辿り着けない。

あれだけ心の中で念じたはずなのに‥‥‥。


少し沈黙が出来た間を利用してか、メリッサが言って来た。

それは別れの言葉だった。


「アベル、ちょうど良い。

おそらく、これが今生の別れだ。

この世界に転生してアベルとリーゼの姉になれて良かった。

必ずリーゼを救い出せ。」


「姉ちゃん、なんだよ‥‥‥今生の別れって⁉︎」


「私には分かる。

希枝‥‥‥いやテムルンはマーア殿が言われた敵中軍中陣にいる。

そして私を待っている。

テムルンと会えば前世の戦いの続きではなく、この世界でのメリッサ・ヴェルサーチとテムルンの戦いとなる。

どちらも相手の手の内が読めない、未知の戦い、なんでもありの単なる殺し合いだ。

『二人』にとっては初めての戦い、とても生きて帰れるなど思えない。

だから私に何があってもアベルはリーゼを救い出せ。

これが私達に仏様が御与えになった最後の勝負で運命、だから今生の別れだ。」


本来なら、嫌だ!とか、行かないでくれ!などを言って止めるべきなのかもしれない。

でも俺達は転生者だ。

何かの意味があって、この世界に転生してきた。

それはメリッサとテムルンにもある、そして俺とボルド、リーゼとハタンそしてオルリコにも‥‥‥。


「わかったよ、メリッサ姉ちゃん。

リーゼは必ず俺が救い出す、だから安心して戦ってくれ。

この世界の俺の姉がメリッサ・ストークス、そして山下花子さんで本当に良かった。

今まで、ありがとう。」


俺の別れの言葉にメリッサが見たことが無いくらいに優しく微笑んだ。

その笑顔が走馬灯のように想い出させた。


アルとヘレンから姉弟として生まれ、前世界の虐めから立ち上がる勇気を貰い、最初に剣を教えてくれた師匠でもある姉。

奴隷剣闘士に陥された時も、ただ逢いたいと願った姉。

互いの役目から戦わねばならなかった姉。

思い出せば、まだまだ想い出をくれた姉。


「私もアベルやリーゼが弟妹で良かった。」


それからは、ただ『山下花子』の顔だけになった。

敵軍を見つめ落ち着いた顔。

死を覚悟したとかではない、勝負に勝つとかでもない。

自分が歩んだ旅の終着地を見つけた、そう言いたげな表情だった。



「敵軍、更に三万ほどが前進。」


その伝令が持たらされると、呼応したマーア率いるゲンゲル軍五万が動き出した。


「女帝アルベルタ陛下にはゲンゲル人の勇姿を、東の蛮族にはゲンゲル人の恐ろしさを身に刻んでやれ、進軍!」


マーア・インサイトの号令にゲンゲル軍が、勢いよく駆け出した。

乱戦に加わりつつも、ゲンゲル軍から二万を中軍左側に展開させていた。

新たな敵軍三万をゲンゲル軍三万で抑えつつも二万で、今襲うぞ! というようにウルバルト帝国軍に陽動を仕掛けているのだ。

すると焦ったのか、その二万に向け更に三万が敵中軍から投入されてきた。

おかげで、あれだけ分厚かった敵中軍本隊が丸見えになった。

敵中軍が一瞬崩されたのだ、マーア・インサイト達ゲンゲル軍が宣言どおりにやってくれたのだ。


「行こう、突入するぞ!

全員、気張れ!」


俺の号令の元に真紅の鎧を纏った者達五千の代理司令官であるソニア・コルメガの一声が轟いた。


「天よ照覧あれ!エスポワール帝国と女帝アルベルタ陛下に栄光あれ!いざ出陣!」


ソニアを先頭に一丸になって真紅の軍が突撃し始めた。

圧倒的な破壊力で乱戦を更に乱戦にしていく。

その後を俺達が追いつつ叫んだ。


「俺はボルドだ! 退け、全軍退け! ウルバルト帝国に帰るぞ!」


「私はサラーナだ、幕僚長よりの命令だ。

退け、全軍撤退!」


「ゴンザ、ゴンザの命令だ。

退け、退くぞ!」


「摂政テムルンが命令だ、全軍撤退! 全軍撤退!」


この他にも走り回って混乱を誘った。

思惑通りに敵は一瞬疑問符を浮かべ、乱戦が混乱へと変化していった。

混乱状態に瀕した敵は容易である。

次々と味方が勢いよく前へ前へと進み、敵は後ろ後ろへと下がっていく。


そろそろ、突入だ!


そう思っだ時、敵軍から再び金属音、ギャーン・ギャーン・ギャーン・ギャーンと四回響くと、続いて途轍もない怒号が戦場に響いた。


「俺がゴンザだ!

そんな偽物に惑わさせられるな、死にたくなかったら前だけ見て戦ってろ、進め!」


クオンと瓜二つの男が馬上から叫んでいた。


「‥‥‥兄貴、メリッサさん、リザリーの姉さん。

どうやら俺の方が先に『因縁』とやらが来たみたいだ。

じゃあ行って来るよ。」


「クオン‥‥‥。」


「必ずリーゼを助け出すんだぜ、兄貴。

メリッサさん、リザリーの姉さん、兄貴を頼んだよ。」


クオンがゴンザに向かって馬を走らせた。

どんな宿命が彼らにはあるのだろう。

俺には分からない二人の因縁。

生き残ってくれ、それだけしか俺には願えなかった。


そして開戦に入る少し前の、いきなりの摂政への復職をボルドは命じられた。


※ ※ ※



「ボルド、今より私と摂政の交代だ。

ボルドの軍は今より私が預かる、我らに関係が無いスーラジは新たな摂政の副官として移動としておく。」


いきなりの摂政への復職と中軍司令官の交代であった。


「摂政とは常に皇帝の側に侍る者。

だったらボルドが一番相応しいからな。

今より私は一武将だ、そして自身の宿命に従わせて貰う。

たぶんだが生きて帰れない。

本当の『殺し合い』だ、花子‥‥‥メリッサ・ヴェルサーチは自身の命を捨てる覚悟で殺るだろう。

私も命は捨てる。」


「そんな、いきなり⁉︎」


「だからボルド、最後に『姉』として願いと頼みを残しておく。

我らが妹ハタンを守ってやれ、ボルドの宿命に従え。」


「テムルン姉様‥‥‥。」


「これが今生の別れだ。

お前には苦労ばかり掛けたが、私はボルドとハタンの姉に生まれたことを仏様に感謝する。」


「ああテムルン姉様が俺やハタンの姉で良かった。」


「それから従妹殿、貴女にも必ず『因縁』が訪れるでしょう。

後悔無きように。」


「従姉様、必ずや。」


「オルリコ、お前の御守りはボルドと交代だ。

死に様を観れずに残念だが、最優先にすべきものがある以上は仕方がない。

まぁ先は見えているがな、お前‥‥‥きっとハタンとリーゼに殺されるぞ。」


「‥‥‥勝手なことを抜かしてるな!

さっさと好きにやって死んでいけ。」


最後の嫌味を吐いた後だった。

ハタンが監禁された馬車に向かって大声で叫んだ。


「聞こえているか、私の妹ハタン!

姉から送る最後の言葉だ。

前を見ろ、顔を上げ前を見ろ。

どんなに辛くとも歯を喰いしばり、前だけを見ろ!

ハタンは私の妹だ、お前なら必ず出来る!

それだけだ‥‥‥では、さらばだ。」




それからはテムルンは振り返ることなく中陣に向かって行った。

先にボルド軍の司令の任とスーラジにボルドの摂政復職を話し副官として本営に向かわせた後、ゴンザ、超于晏、コンジェルに自身の宿命を話した。

内容としてはボルド達と大差はない。

しかし彼らは転生者であり、カミラの話から自分と瓜二つの西側の人間が同じ地にいることを知っている。


「テムルンの摂政様、ってことは俺も瓜二つの奴をぶっ殺してもいいですかね?」


「無理に戦う必要はないが、ゴンザの好きにすればいい。」


「じゃあ、そいつを発見次第に好きにさせて貰いますよ。」


「私達は、どうしましょうか?」


「同じだ、好きにすればいい。」


「では私達に中軍指揮はお任せを。

摂政様もゴンザも頑張って戦って来て下さい。」


「指揮を任せられるなら私としても憂いはないが、于晏もコンジェルも因縁に決着は付けたくないのか?」


「あの西側の女が帰ってから二人で話し合ったのですが、そのドミニクとかシラとかいう奴らと、あまり関わり合いになりたくないのですよ。

名前を聞いただけで不快感以外にも嫌悪感もあるので、本能的に関わっては駄目だと告げているのです。」


「そうか‥‥‥転生者の『因縁』にも色々あるようだな。」



転生者達の『因縁』への決着が始まろうとしていた。












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