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100%の死

あれから一夜が過ぎた。

朝焼けが広い大地を照らし始めたのを合図にしたのか、味方と敵前衛がぶつかった。

ローヴェ前方指揮を預かるマーク・ローグが幾重にも槍隊を配置して真っ正面から襲い掛かった騎馬隊を防ぎつつも、すぐ後ろに配置した弓隊にも指示を出した。


「弓隊は真っ正面の騎馬兵には構うな、あくまでも後から来る奴らを掃討しろ!」


これは西側世界の戦いなら有効かもしれないが、敵ウルバルト帝国騎馬兵達は騎乗にあっても短弓を放ってくるから意味を為さない。

しかしマークも考えていたのだろう、槍隊は重装歩兵に槍を持たせ前面に配置して盾の役割も担っていた。

その隙間から本来の槍歩兵達が突き入れるといった感じに一進一退を繰り広げていた。

ローヴェ連合軍が守備主体、ウルバルト帝国軍が攻撃主体で始まった戦いで、俺達は未だ出方を伺っている最中である。

いや俺達だけではない。

メリッサの一軍もだ、皆が神妙な顔で敵の隙を待っていた。

俺達が転生者であるという利点を使える瞬間を、そしてオルリコの前まで辿り着きリーゼを助け出せる時をウルバルト帝国軍の軽装鎧を装備して待っていた。




『今からマスク・オブ・ニートの第二幕の始まりだ!』


ディンが何を言っているかわからなかった話から始まった作戦だった。


「これを使えば近づいて行ける!」


「これって、何に使うんだ?」


「ウルバルト帝国にはアベルの瓜二つさんがいるんだろ、確かレディー・ヘルスにも?」


「確かにボルドがいるけど。」


「私にもサラーナとかいう人がいるらしいですが。」


「他に誰がいる?」


「ああクオン‥‥‥エムマンにもいるらしいって、カミラが言ってたな。

メリッサ姉ちゃんにはテムルンがいるな。

後はドミニクとシラか。」


「六人か、ちょっと少ないな。

じゃあ転生者ってわかっているのは何人だ?

東にいるはずの瓜二つの人がわからなくてもいい。」


「それなら俺の軍千二百六十人全員が、そうだけど。」


「よし、いける!

その千二百六十人も今から役者だ!」


何か先が読めてきた。


「今から潜入しろって言うんじゃないだろうな?

もう戦さが始まろうとしているのに、それは無理だし今更無駄だと思うぞ。」


「いや潜入じゃなくて、突入だ。」


突入、その言葉でディンの言いたいことがわかった。

ウルバルト帝国軍の鎧を着た者達が瓜二つの名前でも叫びながら突入すれば敵は混乱する、その隙にオルリコに近づけと言っているのだ。


でも、これには三つの懸念があった。

一つはローヴェ連合軍への同意が必要な件。

戦争なのだ、勝手なことは出来ない。

一つは参加する転生者達の同意だ。

自分と瓜二つの者と出会う可能性が高くなる。

メリッサとテムルンの戦いがあった後では、その恐怖が知れ渡っている。

最後は、この鎧の山だ。

どう見ても破損したものが多い。

ディンの作戦を実行するにしても破損したものでは怪しまれる可能性が高くなる。


俺の懸念をディンも勘付いているのか、すぐに返事を返してくれた。


「但し、これは戦争だから俺には責任が持てない。

するしないはアベルが決めてくれ。

でも、これらの修理は劇団ニートが先行してやっておく。」


「やっておくって、今からか⁉︎

どう見ても千以上はあるぞ、それを六十人でか?」


少なく見積もっても一人で鎧二十を修理するだと⁉︎

時間が無いのに⁉︎


「だから頑張って一晩だけ戦さを伸ばして貰うようにミュン様に掛け合って努力してくれ。

一晩あれば出来る。

舞台前に小道具を作ったり直したりなんて劇団ニートには朝飯前だ、ハウル・ブロンソンもいるからな。」


「えっ、あの名工ハウル・ブロンソンも来ているのか?」


「何だ、その名工って⁉︎

まぁいい、ハウルなら絶対に見栄えを良くするだけは出来る。」


すぐに俺とリザリーはミュンの元に走った。

途中でリザリーが自分も参加すると言ってきた。


「私もサラーナとかいう人には会ってみたいですからね。」


「でも会えば、殺し合いになるかもだぞ。」


「そうなった場合は仕方ないですよ。

でも、ならないような気もするんですけどね。」


「どうして?」


「サラーナとかいう人は、どうやら私にとっては大切な人らしいですから。」


転生者の事情にも色々とあるようだ。

そんなことを話しているとミュンのいる本営に着いた。


最初、俺が話すことについて黙って聞いていたミュンだったが、いつものにこやかな顔で言った。


「確かにやって貰えるなら我々としては助かります。

『俺はボルドだ!』とか『サラーナだ!』とか敵の中で叫んでくれたら、かなり浮足立ちますよ。

でも‥‥‥。」


「でも?」


「確実に死にますよ。」


そうなのだ、一時的に敵は混乱し陽動になりオルリコに近づいたとしても、いずれは『本物』たちがやって来る。

本物たちと戦うだけならいい、その『戦い』にまで至るかが問題だった。

たちまち『偽物』たちは囲まれて排除され殺されるのは確実なのだ。

それでも俺はいい、おそらくメリッサも行くと言うだろう。

俺達にはリーゼを救うという最優先がある、しかし他の者達には、敢えて死地に飛び込む真似をさせるわけにはいかない。


「時間の方は私に手立てがあります。

敵軍全てとは言えませんが、今の状況を見る限りでは中枢にいる者にも何らかの事情がある様子。

でなければ、わざわざ敵の前で悠長に食事をしたりはしないでしょう。

ならば、その考えに乗せて貰えば良いだけですから。」


ミュンには思い付く何がある様子だった。


本営から出てから、他人を巻き込む可能性がある事実を改めて考えた時、リザリーが声を掛けてきた。


「もう一度言いますけど、私も面子に入れておいて下さいよ。

参加の旨はデイジー様に伝えてきますから。」


「‥‥‥死ぬかもしれないよ。」


「良いですよ、どうせ『共通騎士ミザリー・グッドリッジ』はテアラリ島で共通騎士アベル・ストークスに負けて死んだのですから、今更‥‥‥それにね。」


リザリーにも転生者としてサラーナと会う事情がある、それは俺では知り得ない彼女達の事情。


では。 

一言を残してリザリーが主たるデイジーの元に向かい、俺は自軍、転生者達がいる自分の陣へと向かった。


着くと皆が暗い顔、だが悲壮感の無い、なにか決意した顔をしながら俺を待っていた。

ただエリオだけは俺にニコっとした笑顔をくれた。


「皆、話を聞いて欲しい。」


俺から出た突然の日本語、皆が反応して顔が引き締まった。

シラが隣りに立つ、英語に通訳するためだ。


「もう気づいている者もいると思う、知らなかった者もいると思う。

だから改めて話す。

俺の妹リーゼは同じ転生者だ。」


それからリーゼについての全てを話した。

前の世界で一緒に死んだこと、現在の置かれた状況、なにより救うには俺達姉兄では届きそうにもないことを。

ディンの考えた作戦を話した。


「助けるには君達の協力‥‥‥いや命が必要だ。

敵の中に突入して俺や姉メリッサが瓜二つの者の名を叫び混乱を引き起こしてオルリコに近づいてリーゼを救う。

でも当然だけど、いずれは囲まれて‥‥‥。」


言いにくい部分に差し掛かった話の途中でエリオが手を上げ遮ってきた。

拒否されるかと思った時だ。


「軍司令官閣下、我々は貴方に救って頂いた。

この軍に入隊した時点で我々の命は貴方のものだ。

ならば二言だけで済む、『進め』と『戦え』、それだけです。」


「でも待っているのは100%の死なんだ!

戦場に生き残れという言葉を求める方がおかしいかもしれない。

でも、これからするのは100%の死なんだ!

俺達姉兄の都合の為に死んでくれって頼んでいるんだ!」


「100%ですか。

皆、100%だ、どうだ?

『いつも』の100%だ。

ベトナムでも湾岸でも、いつも100%だ!

リカルド、確かフォークランド紛争に参戦とか言ってたな。

どうだった?」


指名された一人リカルドが笑いながら立ち上がり語り始めた。


「駆逐艦に乗ってたんだ俺は。

アルゼンチン軍に撃沈された時は確実に死んだと思ったさ。

100%の死の状況で俺は生き残った。」


他の者達も笑いながら口々に前の世界で参戦した。

特別な作戦、極秘裏の作戦など色々あったが、どれもエリオと最後は共通点があった。


大切な戦友を死なせた、一緒に死ねなかった。

その後悔が彼らを転生に導いていた。


「救える者を救えず、愛する人を見捨て一人だけが生き残った、もう嫌なのです。

私達の後悔を絶つ為にも御命令を、軍司令官閣下。」


エリオ達の顔が悲壮と懇願を合わせたものに変わった。


「お願いがある‥‥‥全く以って勝手で強要な命令だ。

生き残って欲しい‥‥‥100%の死の中でも生き残って欲しい。 理不尽極まりない願いで命令をしているのはわかっているけど、それでも生き残って欲しい。」


俺の身勝手で身内の事情、それでも彼らは転生者としての事情の中にあっても、リーゼの為に戦ってくれるのだ。

命令でありながら土下座するしかなかった。

地面に額が付くほど頭を下げて懇願する俺に聞こえた一言、それは『イエッサー!』だった。


しかし、ここからが問題だった。

クオンは、すぐに『俺は勿論行く』と言ってくれた。

問題はドミニクとシラだった。

転生した際の出来事は未だ思い出せていないようだが、カミラから聞いた東の自分と対となる人物、超于晏とコンジェルの名前を聞いただけで震え上がっていた。

なにより彼らは俺の一軍には居ても文官系であり、本来ならアルベルタに預けようと考えていただけに頼むのを迷った。

そんな俺の心配を他所に聞いてきた。


「突入して私達は何をすれば良いのですか?

斬り合いでは役に立てそうにもないので、大声で叫ぶくらいしか出来ませんが、よろしいのですか?」


「えっ、一緒に来るの?」


「えっ、当然でしょう⁉︎」


「でも超于晏とコンジェルの名前を聞いただけで嫌そうな顔してたじゃないが⁉︎」


「いや‥‥‥あれから話し合ったのですが、話せば話すほど腹が立ってきましてね。

で、少しだけ思い出せたのです。」


「どんなことを?」


「前の世界で不倫をして殺されたのは朧げながら覚えていた、でもそれだけじゃなかったような気もするのです。

その超于晏とコンジェルが原因だったような。

そう思った瞬間、途轍もない怒りが起こりましてね。

だから一発くらいは殴ってやりたいと。」


確か、初めて会った時に不倫が原因で殺されたとか言っていた。

だったら殺した二人にも何かあって死んで、この世界に来た、それが超于晏とコンジェルか。

複雑すぎて、よくわからないが二人の参加が決定した。


それから俺は、再び本営に向かった。

勿論、先にアルベルタにも作戦を伝えたがミュンと同じ反応と言葉、この作戦への補正が行われた。


「せめて敵前衛が消耗し始めた時を狙って突入しなさい。

中軍を突破出来るように私達エスポワール軍が必ず崩します、任せなさい。」


「どうか、お願いします。」


ミュンに報告して色々と決める為、作戦会議が開かれた。

詳細を決めて確認する作業、あらかたが決まってくるとスノーとデイジーそしてノエミ・コミンがやって来た。


「準備が出来た。」


「じゃあ行きましょうか。

アベルさんも一緒に来て送ってあげて下さい。」


どこに? 送る?


疑問が湧きながら着いて行くと、ゲーネル要塞前だった。

そこにはデカい祭壇と幾重にも組み上げられた巻木の塔があった。

そして援軍に駆けつけた各国主要人物達の顔もあった。


「ではローゼオ・ヴェッキオ自由経済特区都市連携相互性信用組合(自由都市連合ローヴェ)の為、愛する家族、民の為に死んでいった勇者達の葬儀を執り行なう。」


巻木に松明が投げ込まれると油を染み込ませていたのか天にも届きそうな火柱が起こった。


ローヴェの主要な人物達は勿論、兵士達も祈りの言葉を捧げていた。


「国と家族、愛する人を想い戦い死んでいった勇者達に敬礼!」


スノーの一声により全員が敬礼し、ゲーネル要塞から発見された遺体達が投げ込まれた。


「本当なら家族の元へ遺骨を返してあげたいですが、今は戦時。

これくらいしか出来ません。

それに‥‥‥。」


「それに?」


「この遺体達が焼べられて燃え尽きるまで時間が稼げますよ。

何しろ彼らの御飯の時間をあげたのですから、これくらいは待って頂かないと。」


「待ってくれますかね?」


「待ってくれますよ。

撤退の意思を伝えてきながらの突然の反意です。

嵌める気ならアベルさんの知人を使者なんかに立てずに攻めれば良かった、でもしなかった。

向こうの司令官とてオルリコには従いたくはない、他にも何か事情があって従っているのでしょう。

せめて正々堂々と戦いたい、そう思っているのでしょうね。

だから、こちらの憂いを示せば待ちますよ。

ただ時間稼ぎは朝までが限界です。

彼らの兵隊系は騎馬隊主体、日が昇っている時間帯が威力を発揮する隊形。

朝が空ければ戦争開始です。」


ミュンがにこやかな顔をして言った後だった、表情が一変し膝から崩れ泣きだした。


「同志たち、すまない。

死んで尚、こんな役目を背をわせることを許してくれ

‥‥‥。

同志アビラ・サークル‥‥‥無能な私を許してくれ。」


周りを見るとミュンだけではなかった。

スノーもデイジーもノイエ・コミンも、ローヴェ全てが悲しみに暮れた。


大事な人達の遺体を犠牲にして時間稼ぎをするのだ。

それを強いたのは俺。

リーゼを助けるためとはいえ、彼らに強いたのだ。


これで良かったのか‥‥‥。

半分後悔と罪悪感に苛まれた時だった、誰かが俺の肩を叩いた。

ラウラだった。


「アベル、彼らの気持ちに必ず応えよう。

私はアベルをオルリコの下に必ず送り届ける。」


そう、オルリコの下にたどり着かねば愛する妹だけではなく、誰も救えないのだ。






現在俺は待っている。

チャンスが訪れるのを。

必ず皆が作ってくれる最高のチャンスを。

例え100%の死であっても。


だが俺には秘策がある。

使えば俺は、もう『アベル・ストークス』ではなくなるかもしれない‥‥‥。












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