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前を向いて。

姉者‥‥‥もうすぐだ。

俺たちを玩具にした人間たちを滅ぼし、姉者の仇を打つまで、もう少しだ。

オルリコも帰ってきたんだ、これで三人が一緒だ。

もう少しだけ待っていてくれ。



ここは旧大森林地帯から遥か南。

天にも届きそうな山が連なるムフマンド国と東西世界を遮る壁とも呼ばれる山脈、その最高峰の頂きである。

そこで、フェニックスともバジリスクとも呼ばれる魔獣が巨大な岩を見つめて想いに耽っていた。

三人が味わった不幸、悲惨、人間が嫌悪する凡ゆる苦惨を舐めて生きた二千年前を。

より良い国をと願い戦った二千年前を。

それでも、まだ三人が一緒なら良かった。

しかしオルリコがゾンモル帝国女帝にさせられてから更なる苦惨が始まった。


俺たちは何をしたかったのだろう?

奴らは何を求めたのか?

言われるまま戦い続けなければならなかった日々。

あらゆる戦場で傷つきながら戦い、最後に俺は限界を迎えた。

病を得た。

血と肉が腐り、皮膚は膨れ上がった。

ぶくぶくと膨れ、激痛が全身に走った。

姉者は進軍を中断して、本国に使者を送ったが、返答は俺の『廃棄』だった。

勿論、姉者は俺を見捨てなかった。

砦を築いて立て篭り隠し助けようとしてくれた。


だが‥‥‥俺たち二人、俺とオルリコが姉者を殺した、そして『化け物』へと変化させた。



オルリコが瞑想状態に入った時、バジリスクもまた哀しい思い出に浸っていた。

彼が、ゴブリンたちから奪い取ったフェニックスを使い、強制的に魔獣バジリスクへと変化させられた出来事を思い出していた。

思い出したくはない、悲しみしかない。

しかし思い出さねば、彼らを守り戦い続けた姉ネルグイに会えない。

やり切れぬ感情が、より決意を強固にする。

全ての人間を生贄にして姉ネルグイを復活させる。


もう少しだ、姉者。

待っていてくれ、もうすぐ誰にも縛られない安穏な世界で三人で暮らしていける。


そう願った時、自分を呼ぶ叫び声が頭の中で聞こえた。


「兄者、兄者、早く来てくれ!

兄者、助けてくれ、気が狂いそうだ。

私は悪くないんだ、見捨ててなんかいない!

助けてくれ、助けてくれ、裏切ってなんかいない、助けようとしたんだ!」


「すぐに戻る、気をしっかりと持て。

チィっ‥‥‥フィンケルとリバイアサンが来やがったか。」


自分と同じ四種二体の来襲に焦りながら思う。

離別させられた二千年の間にオルリコには何があったというのだ⁉︎

こんなにオルリコは弱かったのか⁉︎ いや恐れる存在など我らに同等の残り四種だけ。

一体、二千年の間に何があったというのだ⁉︎


それはバジリスクでさえ知らないこと、オルリコ自身が体験し自身の姉兄と同等の存在を失った苦しみ。

いや、その人は姉兄よりも遥かに弱く儚かった。

しかし温かった。

雄志を失った悲しみと苦しみがオルリコを潰そうとする。

潰そうとするのはオルリコ『自身』であり、仲間であり、同志。

兄の邪魔さえなければ完全に消去出来ると思っていた、でも甘かった。

彼女はオルリコ自身でもある。

彼女がオルリコを消せずに奥底に追いやったように、自分にも消去するなど不可能だった。

それを改めて知り、恐怖した。

突発的に感情の行き場を求めてハタンを暴行してみたが、やればやるほど罪の意識に苛まれた。

ハタンもオルリコ『自身』の一人でもある。

何をやっても自身に跳ね返るだけなのだ。


雄志に巡り合わなければ悩まなかった。

二千年の間に何万回も転生を繰り返しても、この世界には帰って来れなかった。

やり切れぬ気が狂いそうな、いや狂った状況の中で話を親身になって聞き救ってくれたのは雄志だけだった。

しかし最終的には見捨ててしまった。

その遺言すら守れなかった、雄志の妹を見捨てた。


『オルリコちゃん‥‥‥私は貴女を許さない。』


完全に蘇った。

蘇らせてしまった。

絵里や知津、美南そして私が願い育ってたものが目を覚ました。


勝てない、いや‥‥‥あれ勝とうなんて考えが自体が間違いだ。

あれは紗瑛であり絵里や知津、美南そして私自身だ。

そもそも、あれを利用して転生したのが間違いだったのか⁉︎


「早く来てくれ、兄者!

頼むから助けてくれ、気が狂いそうだ!」


念話で話していたはずが、恐怖から言葉にして叫び声を上げた時、救いの手を差し伸べる者が現れた、テムルンであった。

不機嫌そうな声を上げ呼びかけたのだ。


「おい、いい加減にしろ!

着いたぞ、さっさと遊びは辞めて降りてこい!

誰の頼みでやっていると思っているんだ!」


少しだけ冷静になれて馬車から降りたが、

暴行と恐怖に苛まれている間に全軍は移動を始め、目的地に着いていた。

そこは何もない黒焦げた大地が無限に広がるだけの場所だった。


「こんなところまで連れてきて、本当に大丈夫だろうな?」


「ここならウルバルト帝国軍得意の騎馬兵を最大限に活用して使い戦える。

お前らみたいな奴らに使われて戦うにしても勝利は得たいからな。

それにしても‥‥‥オルリコ、ちょっと待ってろ。」


今度はテムルンが馬車にズカズカと乗り込み、暴行されボロ屑となったハタンの胸元を掴み上げると頬を思いっ切り張った。


「なんだ、この有様は!

それでも、このテムルンとボルドの実妹か⁉︎

ウルバルト帝国女帝ともあろう者が情けない、殴られたら殴り返せ!」


オルリコに暴行されていた時、その前から無様に震えていただけなのだろう。

しかしテムルンに殴られたことで少しは自我を取り戻したのか、ハタンでは考えられない弱々しい呟きがあった。


「‥‥‥私は出来ないよ。

知津ちゃん、絵里ちゃん、美南ちゃん‥‥‥オルリコちゃん、ごめんなさい。」


これが本当に、あのハタンなのか⁉︎

強く傲慢であり、そして弱かったが、ここまで変わってしまうものなのか⁉︎


以前のテムルンなら、この場合には『だったら死ね!』の一声の後、見捨てるか斬るかを選択したのかもしれない。

しかし、今は『田中希枝』としての存在がある。

田中希枝は剣道を通して『指導者』としての面も持ち合わせていたから、掛ける言葉を探した。


「ハタン‥‥‥いや紗瑛か。

どんな過去があったかは私は知らん、興味もない。

勿論、オルリコやリーゼとの関係も知らん。

だが紗瑛は、今のままで良いのか?

傷つき泣いて塞ぎ込む、挙げ句の果てには『何も出来ない』と自分の価値を自分で勝手に決めて自分を落とし込む。

自分の価値なんて死んだ時に他人が決めるものだ、それで良い。

しかし紗瑛は、こんなことを永遠に繰り返すのか?

この世界でも前世と同じことを繰り返すのか?

紗瑛は『何も出来ない』ではない、『何もやらなかった』。

『何もやらなかった』人間は後ろだけを見ようとする。

『何かする』『何かしよう』とする人間は必ず前を向く。

後ろを見るのは死ぬ間際で十分だ。

紗瑛の前世は終わったから、この世界にいる。

この世界でも前を向くのが怖いなら私とボルドに頼ればいい。

前を向く手伝いくらいはしてやる。

紗瑛は私達姉弟の憎たらく面倒臭いが守ってやりたい妹ハタンなのだから。」


それだけ言うと馬車から降りた。


「何を見てやがる。」


テムルンと紗瑛の話を聞いていたのか、オルリコがジッと悲しそうな顔をし呟いた。

但しテムルンにではなく自分自身に語りかけるように。


「かっての私達も同じことを話したさ。

『前を向いて』か、何度話し誓い望んだか‥‥‥。」


かなり複雑な三人の関係、テムルンにはわからないと改めて思う結果となった。


「まぁ、お前らの内輪の話だ、私は知らん。

それよりも全軍に飯の用意をさせろ!

警戒などいらん、精々は偵察が来ている程度だ、放っておけ。

敵本隊は今頃、リューケからの話により作戦を練って悩んでいる最中のはずだ。

時間は十分にある、酒が飲みたい者には一杯だけ許可もする。

存分に英気を養っておけ。

それから幕僚長サラーナとボルドに本営まで来いと伝令を送れ、話がある。」


ウルバルト帝国軍全軍から煙が上がり、殺し合いへの準備が始まった。

その頃、テムルンが言ったとおり、ローヴェ連合軍では作戦会議の真っ最中であった。

議題は勿論だが戦力差を、どう覆すか?

バジリスクへの対応。

何より、このままウルバルト帝国の挑発に乗り戦うかであった。





とりあえずは東への進軍を決めた。

しかしゲーネル要塞付近まで、ローヴェ領土ギリギリまでの進軍であった。

放っていた偵察隊が帰還しウルバルト帝国の陣形もわかったが、それはローヴェ連合軍には厄介極まりないと判明もしたからだ。


『ゲーネル要塞から東へ20KM付近、旧大森林地帯に敵布陣。

中軍におよそ二十万強、左右遊勢におよそ八万ずつ、後勢におよそ八万。」


真っ向勝負を希望している、解り易い陣形だった。


対してローヴェ連合軍は精々が二十八万であり、敵中軍ほどの戦力しかないのだ。

真っ向から戦うと必ず左右遊勢から側面を襲われて崩される。

かといって敵左右遊勢と同じ兵数を配したところで敵中軍に対応出来ない、まして後勢まであるのだ。

つまりは八方手詰まりだった。

倍近い戦力差を有意義に使われては、どうしようもなかった。


「一番嫌な真っ向勝負ですか。

これは困りましたね。」


ローヴェ連合軍主要メンバーが馬に乗りながらの作戦会議でミュンやスノー、アルベルタすら困り顔である。


「せめて左右遊勢を抑えられればリスクも減るのですが、どうしたものか。」


「いっそ敵をローヴェ内まで引きずり込んで戦いますか?」


「いやいや、それでは被害が計りしれない。

あの敵軍は守銭奴のような輩達だ、全てを奪われてローヴェは滅亡、いずれ西方世界も壊滅しかねないぞ」


「いや‥‥‥まだある。

バジリスクをどうするかだ。」


どう考えても、ここで勝利しバジリスクを何とかせねば未来は無いという結論に至ってしまうが、その手立てがなかった。


そんな時だ。

テアラリ島三部族とバイエモ島三部族の族長六人が不思議そうな顔をして俺に聞いて来た。


「アベルさん、要は左右遊勢さえ叩き潰せば良いだけの話なのですよね。

簡単じゃないですか、何を悩んでいるのですか?」


あっけらかんとして言ってきた。


「いや⁉︎ こちらは敵軍中軍と後勢でほぼ互角なんですよ!

下手したら、向こうの方が多いかもですよ。

どう考えても左右遊勢に廻せる戦力が‥‥‥。」


話が聞こえていたのか全員の目が六人に向き、代表するようにスノーが言った。

しかし、それでも六人は、俺が忘れていたことを当然とした顔で話した。


「あの左右遊勢は我らで皆殺しにしてあげますよ。

左右合わせて十六万ほど、我ら二島の戦士達二万も居れば楽勝でしょう。」


あっ‥‥‥忘れていた。

テアラリ島三部族達は二百年前にイグナイト帝国八万を殲滅し、バイエモ島三部族は数年前にグレーデン王国相手に同様なことをやっている。

彼女達が八倍以上の敵をあっさりと壊滅することが出来る戦闘民族であったことを!


「やって貰えますか⁉︎

それなら勝算も出る‥‥‥あっ、まだバジリスクがいたか。」


そうなのだ。

ウルバルト帝国軍には勝算が出ても、まだバジリスク、触れてはならない五種の一つがいた。

あの鳥の羽ばたき一つで大森林地帯が壊滅した事実は脅威なんて言葉すら当て嵌まらない。


また誰もが口を閉ざしたが、再び疑問符を浮かべたリラが質問を始めた。


「先程から皆さんが話している『バジリスク』って何なのですか?」


「知りませんか、この世の触れてはならない五種の魔獣を?」


「いや知りませんね。」


六人が一斉に顔を振った時、タイミングよくバジリスクがウルバルト帝国軍の位置であろう上空に飛来した。


「ほら、あれですよ。

あれがバジリスクです。」


「へえ、大きな。

あんなの初めて見た。」


大きさには驚いてはいるが、恐怖した様子もない。

そんな彼女達を見て、ふと思った。

確か、北のフィンケル、南のマガー、東のヤハタノオロチ、西のリバイアサン、そして大森林地帯のフェニックスことバジリスク、これらを総じて『触れてはならない魔獣五種』と称されている。

南のマガーはベルン国、東のヤハタノオロチは神聖ヤマト皇国にいるのは聞いていた、そしてバジリスクは目の前で飛んでいる。

じゃあ北のフィンケルと西のリバイアサンは、どこにいるんだ⁉︎

それにおかしい。

フィンケルとリバイアサンを北方のバイエモ島三部族と西南のテアラリ島三部族が知らないはずはない。

島の位置からすれば、フィンケルとリバイアサンを知っていて当然のはずだ。


「噂を聞いたとか見たとかいう話はないですか?

フィンケルは巨大な狼でリバイアサンは巨大なイカらしいですが⁉︎」


「いや無いない。

でも確かテアラリ島の御伽話には巨大なイカの話はあったな。」


「バイエモ島も同じだな、御伽話に巨大な狼の話はあるな。」


「えっ、どんな話ですか?」


それから話してくれたが、俺いや、この場にいる全ての人の想像を遥かに超える話だった。」


まずはテアラリ島から。


「今より千年前、テアラリ島三部族の始祖三人が沈みゆく島から新たな地を求めて彷徨っていた時、美しい島を発見した。

そこは暖かな島、魚も獲れ農作業も出来、美味い果実も豊富、生活していくには最高の島だったが、その近海には主ともいえる危険で獰猛な巨大なイカが住んでいた。

我らの始祖は、安らぎの地を得るため巨大なイカと一月の間、昼夜を問わず戦った。

傷つき何度も駄目だと思ったか数知れず。

しかし、沈みゆく島で待つ仲間達を想い死力を尽くし戦い、そして勝利を得た!

その英雄たる始祖達が手に入れた島こそ、テアラリ島だ!」


そしてバイエモ島。


「今より千年前、バイエモ島三部族の始祖三人が沈みゆく島から新たな地を求めて彷徨っていた時、美しい島を発見した。

そこは涼しげな島、魚も獲れて狩りも出来、おまけに毛皮となる獣が豊富、生活していくには最高の島だったが、そこには主ともいえる危険で獰猛な巨大な狼が住んでいた。

我らの始祖は、安らぎの地を得るため巨大な狼と一月の間、昼夜を問わず戦った。

傷つき何度も駄目だと思ったか数知れず。

しかし、沈みゆく島で待つ仲間達を想い死力を尽くし戦い、そして勝利を得た!

その英雄たる始祖達が手に入れた島こそ、バイエモ島だ!」


巨大なイカと巨大な狼が入れ替わり、暑いか寒いかが違うだけで、ほぼ同じ御伽話だった。


しかし‥‥‥その巨大なイカと巨大な狼ってリバイアサンとフィンケルじゃないのか⁉︎


「もしかしたら、それらがリバイアサンとフィンケルかも‥‥‥。」


そう言った途端に六人が表情を変え、涎を垂らし始めた。


「ってことはアベルさん、あれも御伽話に出てくる魔獣の仲間なら上質でまろやかな美味ってことですよね⁉︎」


「えっ⁉︎ 上質で美味?」


「御伽話には続きがあって始祖達三人は、倒した魔獣を食べたんですよ。

その最高に美味、この世のものとは思えぬほどの上質な美味だったと!」


食べたって‥‥‥すっかり忘れていた。

彼女達は魔獣を食べる民族であるということを。


「よし、左右遊勢十六万を皆殺しにしたら、あれを狩るぞ!」


でも彼女達は忘れている、『あれ』が飛んでいる事実を。


「でもバジリスクは飛んでいますよ。

どうやって引き摺り降ろすつもりですか?」


「確かに、そこが問題だな。」


悩み始めたが、すぐに解決する者が現れた。

解決というよりも『乗った!』という方が適切かもしれない。

マヤータ族のアニラだった。


「我らマヤータ族のワイバーン隊が引き摺り降ろしてみせますよ。

でも、それほどまでの美味なら我らのことも御理解頂けますよね?」


「食い扶持は減るけど、あの大きさだ、大丈夫だろ。

よし、じゃあ決まったな。

皆様方、あれも我らテアラリ島三部族、バイエモ島三部族、マヤータ族で頂く! 方々、文句はありませんね!」


誰も文句なんて無い、だいたい食べたいとも思わない。


こうしてローヴェ連合軍の陣形配置が決まった。


しかし俺とメリッサには問題が残っている。

どうやってオルリコがいる位置に近づき、リーゼを助けるかだ。

敵兵に囲まれたら、とても近づくなんてのは話しにもならない。


どうやったら⁉︎

悩みに悩んでいた時、近づくには最適なものと協力者が現れた。


そしてゲーネル要塞近くにローヴェ連合軍は着陣した。

目の前にはウルバルト帝国軍が万全の体制で待ち構えている。


東西世界の戦いが始まろうとしていた。





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