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魂を置いて来た者達。

俺は生きていてもしょうがない。

誰だって、こうした落ち込みに瀕したことはあったと思う。

仕事や生活であったり、友人関係や恋愛関係なんて色々とあるけど、俺は自分の存在意義について落ち込んでいた。


転生者である事実は置いておく。

それが運命だったんだ、でも今は一生懸命に胸を張って生きているんだ‥‥‥そう思っていたはずだった。


崩れたのはメリッサ‥‥‥いや山下花子とテムルンの戦いが作り出した蒼い大渦に侵入してから。

二人の影響からか、前世の俺に一瞬戻りそうになった。

惨めで情けなく俯いた人生しかなかった俺。

今思えば、あの時、あの家、あの部屋から飛び出して自分探しの旅なんてものをすべきだった。

この世界でコソベ達に偉そうに『一歩踏み出してみないか⁉︎』なんて言ってはみたけど、どんなに難しく恐ろしいことであるかを忘れていた。

結局、過去を何も解決せずに一人よがりで生きているだけじゃないかと考えてしまう。

過去なんて振り返る必要はない、そう割り切ってしまえば良いかもしれない。

でも、そんなのが出来るほど強くはなかった。

それが証拠に転生なんてものは俺に起こっていなかったはずだ。

前世で上手く世間を渡って仕事に精を出して結婚し子供の将来に悩み楽しみ生きていたはずだ。

転生した意味、ゴブリン達と多かれ少なかれ同じ、前世の反省とやり直し、自分の弱さを知れ!という意味ではないのかと考えてしまう。

だったら俺には無理だ。

何も出来ずに惨めに殺されて来てしまっただけの俺なのだから。

そして今、リーゼがいなくなった。

この世界で、二刀剣を習得しようが、騎士になろうが、大事な妹すら守れなかった。

前世とは何も変わらない無能だった。

その現実は更に落ち込みを激しくさせた。


諸国から援軍の到着が始まっていた。

心強くなり歓声を上げる者達、皆が喜びに溢れていた時に俺は震えていた。

戦えるのか⁉︎ 怖い、思い出してしまった前世の俺自身。

勇気の無かった惨めな俺が、戦いになれば生き残れるのか⁉︎

考え悩めば悩むほど身体は震えを増した。

情けないが、アルベルタからも促された作戦会議にも出席出来ずにテントの中で震えているだけだった。


外からはラウラやレイシアが頻りに声を掛けてくれた。

彼女達の心配の声すら、こう思ってしまう。

『俺の何がわかる!』

心配してくれた人達を蔑ろにしてきた前世の俺が出現しようとしていた、怖い。


そんな時だ。

近づく足音が聞こえた。

一人だろうか、テントの前まで来るとラウラやレイシアと話しをして許可を貰うと中に入ってきた。

エリオ・パッカーレだった。


エリオは俺の顔を暫く眺めると話し始めた。


「怖いですか? 前世の自分と対面した事が。」


何故わかった? どうして?

疑問が支配する中でエリオの言葉は続いた。


「あの蒼い大渦が放った光、あれはどうやら前世へと誘うものだったようですね。

おかげで私達も前世時代が見えました。

そして私達は転生していながら転生していなかった事実に気づく結果になりましたが。」


「転生していながら転生していなかった事実?」


「そう、私達は戦場に魂を置いてきた者達だった。」


「‥‥‥置いてきた?」


「ベトナムや湾岸など、愛するアメリカ合衆国のあらゆる戦争に軍人として参加しました。

全てが過酷な戦場、共通点がありました。

常に生死を供にした頼もしい戦友達がいたことです。

でも、皆死んだ‥‥‥。」



「‥‥‥。」


「ベトナムではジョニーとグレイという戦友がいました。

ジョニーは戦争が終われば大学に入学すると期待に胸を躍らせて言っていました。

グレイは子供の頃からの幼なじみと結婚すると、いつも息巻いて彼女の写真を自慢げに見せては話していました。

三人は常に一緒。

戦うのも、サイゴン(現:ホーチミン)の町で馬鹿騒ぎするのも一緒でした。

でも‥‥‥ベトナムから生きて帰れなかった。」


「‥‥‥。」


「ジョニーは敵の狙撃兵に何発も何発もわざと苦しめるように撃たれた挙げ句に死にました。

助けようとしましたが狙撃兵の位置すらわからずに結局見殺しにしてしまった‥‥‥。

グレイは疲弊し切った部隊を逃がす為に、たった一人残って奮闘して死んでいきました。

飛び上がった救援ヘリコプターの中で最後に見た彼の姿は、笑顔で手を振った後に無数の銃弾を浴びて死んでいくところでした。

彼らを見捨てて私は生き残ってしまった。」


「そんな‥‥‥。」


「それからの私は彼らに報いる為、愛した国を守るために軍に残り戦い続けました。

何の因果か湾岸戦争では部下達の死を見送るはめになりました。

クラシックカーをカスタムするショップを経営したいと語ったマイケル、教師になって子供たちを導きたいと語ったリンダなど夢を持った多くの若者たちを戦地に送っては死なせました。

病を得たとはいえ故郷の地、私だけが温かいベットの上で死にました。

私は彼らを見殺しにして生き残った。」


「エリオが悪い訳じゃない、戦争が悪かったんですよ!」


「もう誰が悪いとか、戦争が、国家が悪いとかでは割り切れないのです。

今も、あのベトナムに私の魂はあるのですから。」


正直、言っている意味がわからなかった。

過酷な戦場で戦友達の死を見続けなければならなかった体験をした者だけが理解出来る話なのだろうと思うしかなかった。


最後にエリオは俺の胸に軽く拳を当てると言った。


「でも貴方は違う。

魂は、ここにある。

私達のような生ける屍になってはいけない。

後悔せぬように魂ある者の義務を果たしなさい。

魂ある者は魂ある者を助けなさい、そして導きなさい。

それが貴方の義務、我らが軍司令官アベル・ストークス。」


魂ある者は魂ある者の助け導くか‥‥‥果たして俺に出来るのか⁉︎

だが今の俺の後悔となりうるのは間違いなく愛する妹を助けられなかった場合。

小さな頃、生き別れた時、再会を思い描いた奴隷剣闘士時代、そしてメリッサと戦った時、などなど色々な経験にはリーゼの存在は大きかった。

リーゼを失うのか⁉︎ 前世のように虐めにあって苦しみ家族から見捨てられた悲しみを繰り返すのか⁉︎


絶対に嫌だ! 俺は繰り返したくはない。

俺は、あの時とは違う!


差し伸べられた助けを自分から拒んだ前世の俺じゃない。

今の俺は『助けて』と言えば助けてくれる仲間のいるアベル・ストークス。

今ならわかる、悩む暇があるなら、一言だけ『助けて』と。

それだけが俺が転生し学んだことなのかもしれない。

テントから飛び出してラウラとレイシアに土下座した。


「ラウラ、レイシア、頼む。

リーゼを助けたい、頼むから手を貸してくれ!」


「頼むって‥‥‥そんなのは当たり前のことじゃないですか⁉︎」


レイシアはポカーンとした顔をしながら言ってくれ、ラウラは呆気なく『こいつは今更、当たり前なことを言ってんだ?』なんて顔をしながら頷いてくれた。


俺が懸命に生きた現世の『アベル・ストークス』としてやってきたことは間違いじゃなかった。

ここには『当たり前』があるのだから。


遅ればせながら、作戦会議場のテントに向かうと、知った顔の者達が並んでいた。


「では揃いましたね。」


ミュンの一声から始まろうとした時だった。

二つの珍事が発生した。

一つは、思いもかけなかった援軍の到着である。

アマンダやディーナ達、マヤータ族ワイバーンを操る十人の援軍だった。

援軍の催促などしておらず、突然の援軍に皆が驚いた。


「どうして、マヤータ族が⁉︎」


アマンダが話してくれたが、ラクターシャの元にベルン国からの使者があったらしい。


「ベルン国の女王から使者があり、全てを聞きました。

まぁ女王もマガーからの依頼らしいですが。」


マガーとはベルン国が守護する『触れてはならない魔獣五種』の一つであるが、その魔獣自身がベルン国女王を通じて伝えて来たらしい。


「この世界の『最悪』が蘇えろうてしているから何とかしろ!必ず『最悪』を殺せ!という話でした。

とりあえずは援軍を出そうという話になり私達が来た次第です。」


十人とはいえムフマンド国からの援軍である。

思いもかけなかった国から援軍が来たのだ。

士気が上がらないはずはなかったが、不思議そうな顔をしたアマンダが聞いてきた。


「色々と話は聞かされたのですが、『最悪』と聞いただけで何のことなのかわからず‥‥‥。」


ミュンが代表し色々と説明したのだが、バジリスクとオルリコの説明になった途端にアマンダがおかしな話を始めた。

どうも何かを知っていたようだった。


「どうやら我らムフマンド国に伝わる『最悪』と関係あるようでしょうか。

あのネルグイとハトー姉弟の侵略と四獣の伝説に。」


「侵略? 伝説?」


「私達マヤータ族がムフマンド国に土着する遥かに昔の話。まだムフマンド国形成前、ベルン国領を含んでいた当時だったらしいですが、北からやって来た大遠征軍勢に攻められたことがあったらしいのです。

山が動くような大軍を率いた姉のネルグイと弟のハトー。

草木も残さぬ殺戮を繰り返し、誰もが諦めた時でした、突然進軍が止まりました。

彼らは大きな砦を築いて三年の長き期間を籠もり始めました。

何かをしているか、誰しもが不思議に思った時に突然砦が爆発し巨大な鳥が現れました。

初めこそ、巨大な鳥が自分達のために征服者達を滅ぼしたのだと思い感謝しましたが違いました。

今度は自分達を楽しむように殺戮し始めた。

結局、状況はより『最悪』へと変化しただけでした。

しかし絶望に瀕した時、東西南北から四獣達が現れ巨大な鳥と戦い始めました。

一年に渡る戦いの後、四獣達は勝利を収めたのですが、マガーは深く傷つき、現在のベルンの地で休息を得ることにしました。

人々はマガーに感謝し一人のベルンという名の少女を女王に据え労い讃える国を作りました。

それがベルン国です。

‥‥‥と、こんな伝説なのですが。」


おそらく北から来た大軍はゾンモル帝国、巨大な鳥はバジリスクを指しているのだろうけど、その姉弟は何者なのか?

なによりオルリコの名前が出てこない。

関係あるのか無いのか、よくわからなかった。


それからは一応の作戦会議、敵ウルバルト帝国の撤退の報があった以上、このまま推移を見守り警戒を維持するでまとまりかけた時だった。

一人のローヴェ軍兵士が慌てた顔をしながら飛び込んできた。


「敵方より白旗を掲げた使者来訪!

総大将に伝えたき儀があるとか!」


場に緊張が走った。

即ち、ウルバルト帝国撤退の撤回である。

それは的中することになるが。


兵士に連れられた革鎧姿の男が入ってきた。

彼は俺にとっては恩師、この役目には一番相応しくない人物。

リューケ・ガーランドだった。

リューケも俺には気がついたようだが、確認しただけで、すぐに役目に取り掛かった、あの礼儀も無い懐かしい口調で。


「俺はリューケ・ガーランド。

口下手ゆえ結論だけ話す。

ウルバルト帝国は予定を変更して、やっぱり戦うことにするらしい。」


あまりにも無寂な言いように誰もが呆然になった。

暫くしてミュンがやっと口を開いて変更理由を聞いたが、これまた無下な言いようである。


「よくわからないが、あのデカい鳥とオルリコとかいう奴のおかげで変更らしい。

戦わないと滅ぼすとか、それはここも同じらしいから戦った方がいいと思うぞ。」


戦いになるかもしれない。

誰しもが、どこかで可能性を感じてはいたが、そうなってしまうと残念、倍近い戦力差の大軍と戦うことを想像すると項垂れる他はなかった。

リューケ自身も、ここまで話すと口をつぐんだ。

余計なことは話さない、そう意思を示したのだろう。

その意思を感じ取ったミュンが別の話題に変えた。


「ところで貴方の名からして西方の人間のようですが、こちらに来て頂ける意志はありますか?

無いのなら、ただで帰れないとは気づいていますよね?」


「俺はウルバルト女帝の親衛隊長とかいう偉い人になっているからな、悪いが断る。」


「我々がウルバルト帝国の陣容を聞くために、貴方を拷問にかけたとしても?」


「痛いのは嫌だが、それは仕方がない。

ただ拷問にかけられても、俺は陣容なんて難しいことなど知らないがな、無駄だと思うぞ。」


「そうですか、正直な方のようですね。

だったらアベルさん、申し訳ありませんが、貴方の陣にて彼に労いを。 

私達は、これからを話し合わねばならないので。

アベルさんにも彼にも、言いたいこと聞きたいことがあるみたいですから。」


それからは監視も付けられることもなく、俺の部隊のいる陣へと向かい黙って二人歩いたが、不意に思い出したようにリューケが話し出した。


「あそこから生きて出られたようだな、アベル。

生きててよかったな。

それから摂政テムルンから伝言だ。

どうやら、アベルの妹がオルリコとかいう奴らしいぞ。」


リューケのあっさりとした言葉に、絶句しながら『やっぱり』という感想しかなかった。

頭に思い浮かんだのは、前世の俺に襲い掛かる狂気の顔をした黒髪の女の子だった。












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