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脱出行

突然現れた大きな蒼い渦、その光景に誰もが呆気に取られ暫くした時だった。

50Mの堀と30Mの壁を持つ要塞、その正面の大きな吊り橋が突如として勢いを付け制御を失った様に降りた。

支えていた二本の太い鎖を自ら断ち切ったのだ。

ドーンと野太い振動音を立てたと同時に幾千もの矢がほぼ平行に飛び真正面の敵軍勢を崩し、続けざまに約5千もの騎馬隊が勢いよく飛び出し、敵軍勢を蹴散らした。

ゲーネル要塞守備兵達の脱出が始まったのだ。


ウルバルト帝国軍が突然の渦出現に呆気に取られていたのもあるが、まさか劣勢に瀕した敵が出撃して来るとは予想しておらず意外だったのだ。

それは今までのウルバルト帝国の戦争経験によったもの。

防御を固めた要塞を落とすだけの定番と化した作業、偶に于晏のように知略を凝らした反撃はあったものの大胆に出撃して来るなんてものは無かった。

ほぼ確実に城を攻められた時点で敵は諦めモード、味方は蹂躙モードが常だったのだ。

完全に勝ち戦だと思っていたところへの突撃、自分達の常識を打ち壊した出撃、全てが騎馬、予想を上回られて完全に対応が出遅れた。

そうなると本来は個々重視の民族である、集団的にはパニックに陥った。

然も運悪く諸事情によりボルドが不在、スーラジとゴンザに一時的に指揮を任せていた状態である。

しかし任された二人の指揮が不味い訳ではない、むしろ冷静な判断よる即時対応をしようとした際に邪魔が入ったのだ。


「なんで異国人の指揮下に入らねばならないのだ⁉︎」


アンフニャムを始めとするウルバルト帝国生粋の万戸の指揮官達が拒否したのだ。

またしても融和が取れていないウルバルト帝国の弱点が露呈したのだった。

統制が取れず焦り激怒するスーラジとゴンザを尻目にアンフニャムらが勝手に動こうとしたが制する者が現れた、焦ったコンジェルからの伝令によりサラーナが体調を推して現れたのだ。


「いい加減にしろ!

今は戦時、それが解らぬアンフニャムではあるまい。

一旦、この場は幕僚長たる私が執る!」


アンフニャムらは勿論だったが、スーラジとゴンザも不満を覚える結果となった。

ボルドに後を任されていたのだ。

しかし現在のボルドはサラーナの組下である。

だが状況から鑑みてのサラーナへの指揮移譲は仕方なく思い直ぐに気持ちを押し殺したが、完全に戦意は低下した。

こんな指揮系統の乱れを引き起こしたのだ。

なんとかだが、あり合わせながら指揮系統を保ったが時は既に遅かった。

最前線から中央陣に至る全てが混乱に際し、サラーナの指揮伝達が出来ない状況に陥っていたのであった。


アビラ・サークルの策略であった。


「あいつらだ!

あの赤い大きな旗を振る兵達だけを弓隊は狙え、1人に対し2人で狙い確実に討ち漏らすな!

そうすれば、必ず奴らはカイナ達を無視しゲーネル要塞に殺到するぞ!」


アビラが観察しウルバルト帝国軍の利点であり弱点。

軍勢行動を早く確実化する為に、多くの伝令を担う旗振り役達と中央部の伝令役を担う太鼓の存在である。

謂わば予め決められた信号となる音と旗の動きで各部隊に合図を送り情報伝令を間違いの無いようにする利点がある。

しかし逆に見れば伝令出来なければ制約が無くなり、ただの野盗である烏合の集に戻ってしまう。


次々と旗振り役を撃ち殺し軍勢としての秩序を失わせ、目の前には西方世界の珍しく高価な宝があると思われる要塞が『口』を自らの手で開けたのだ。

ゾンモル草原に生きる者の本能、略奪へと導びかせた。


特に最前線は旗振り役を失い混乱に陥ったが、直ぐに収まり我先にゲーネル要塞に殺到していった。

秩序のない野盗達は更に左右に布陣していた軍勢にも影響し、直ぐに同じ展開へと変貌した。

宝を獲られてなるものか!

こんな感じに軍としての機能は失い、略奪者としての本能を剥き出しにしていった。

それがゲーネル要塞守備兵脱出隊には更に優位にさせた。

周りは略奪者の群れとなり、生死を賭けてまで戦おうとは思うものはいない。

脱出隊など無視されたのだ。

ウルバルト帝国軍の陣容にも問題があった。

バヤルツェツェグがサラーナ本隊であるコンジェルを除く十狼女と東南部兵達を引き連れていた為に余計であった。

冷静に軍勢構成を保てる民族がいなかったのだ。

指揮なく呆然とする烏合の集と化したウルバルト帝国軍勢中央部から後方部隊ら辺に、あっという間に到達したのだった。


「このまま疾れ!

なんとしてもローヴェ本隊と合流するぞ!

残ってくれた皆の為にも生きて合流するぞ!」


必死のカイナ・サークルの激が飛んだ。


しかし、ここまでであった。

漸く陣容を立て直したサラーナの指揮により、後方部隊への命令が伝わった。

勿論、殲滅であるが一歩違いで抜けたところ、そうなると追撃へと変化した。

約五万ほどの後方部隊らが追撃部隊と化し脱出隊を追って来たのだ。

元が個々の武勇に優れた民族、騎馬上から器用に矢を放ってくる。

走りきって逃げ切る事が難しくなった時であった、脱出隊後方から二百ほどの兵達がウルバルト帝国追撃部隊に向いて急旋回した。


「ローゼオ姉妹に良しなに!」


先頭を走る中年の男が和かな笑顔をカイナに残し突撃していった、カイナ達を逃がす為に僅かな時間を稼ぐつもりなのだ。


「ば、馬鹿辞めろ!」


突然の行動を起こした二百人に焦ったカイナが叫んだが、男達は笑った。


「今こそ、あの貴族達の圧政から救ってくれたローゼオ姉妹に恩を返す時!」


その言葉から彼らがローヴェ建国最初の戦い、小国奪取に参加した者達、もしくは救われた兵士達だとカイナにはわかった。

祖母だけではなく、あの奪取戦な参加していた全ての人がローゼオ姉妹を信用し期待しているのだ。

国の危機を救ってくれると。

それからも苛烈な追撃に七回、計千四百程の兵達が味方、カイナら味方を逃す為に旋回し敵軍に突撃し死ぬまで戦い時間を稼いだ。

だったら、彼らの為にも必ず本隊に合流する!

必ず、この娘をローゼオ姉妹の元に送り届けると、ゴブリンのキキを抱くカイナ・サークルであった。


そのキキを本来なら抱くはずである者、リザリー・グッドリッジは未だゲーネル要塞の外にはいたがウルバルト帝国軍勢の中央部にいた。

いつもの服装ではなくアビラらが先の戦いの戦利品として持ち帰った軽装鎧である。

リザリーは赤いゴブリン、西のゴブリンの国の長であるマリコ救出の為にキキをカイナに預け逃亡途中に紛れて一人で潜入していたのだった。


ウルバルト帝国の混乱が緩やかだが回復し始めた、拙いと思いつつもマリコの居所がわからない。更には違和感と不快感が身体を充満し始めた。

どうやら転生者としての習性が危機を告げ近くに対極にある者の存在がある事が分かった。

しかし興味深いがマリコ救出が最優先の課題であり、対応する手立てはある。

適当に慌ただしく動く兵士の一人に声を掛け、先に出会って隊長らしき男から聞いた言葉を出した。


「サラーナ様の御命令で赤いゴブリンを連れて来いとの事だ。

どこにいるか知っているか?」


「お前怪しいぞ。

命令を受けて場所がわからないはずはないだろう!」


少し鋭い男に声を掛けてしまったようだ、それでも慌てずに言葉を続けた。


「内密な命令だ。

私は『対等な日』を誓った同志だ。

皆まで言わせるつもりか?」


兵士は『対等の日』の意味を知っていたのか、すぐに真剣な顔になり教えてくれた。


「あのゲルを左に曲がって、すぐのゲルだ。

見張りが二人いる、親衛隊の奴らだ、気をつけろ。」


「ありがとう、念のためだが誰にも言うなよ。」


兵士が返答の代わりに右手を上げた。

内心は助かったと思いつつ、『対等の日』の意味が通じなかった場合は兜を脱いで『私はサラーナだ!』と言おうと考えていただけに面倒にならずに済んだ。


聞いたとおりに歩いてみると確かに二人の兵士が警備している。

先程の兵士とは違う少し豪勢な軽装鎧、兜には羽根などを飾っている。


「先程の兵士の感じからすると『対等の日』とかは通じなさそうだな。

では仕方ないか‥‥。」


兜を外し堂々と歩く、すると二人も気付き敬礼を返してきた。


「サラーナ様、お勤めご苦労様です!」


「ご苦労様、赤いゴブリンに用がある。

其の方ら、少し外せ。」


「ですがテムルン様とボルド様から誰も通すなと御命令が‥‥。」


「テムルン様とボルド様も同意の上だ、通るぞ!」


リザリーとしてはテムルンとボルドなる人物がサラーナよりも身分が上と二人の言葉から判断し敬称で話したが裏目に出た。

知らなかったのだ。

現在のウルバルト帝国内の序列を、ボルドがサラーナの下位にある事を、そしてサラーナがボルドには『殿』付けだと周知されている事を。


「ボルド様‥‥サラーナ様がボルド『様』と⁉︎」


しまった‥‥ミスったか⁉︎

二人が不可解な顔をし始めた、殺すか⁉︎


腰に隠し持ったナイフに手を向けようとした時だった。


「サラーナ様、どうされた⁉︎

もしや、この二人がサラーナ様に無礼でも働いたのですか?」


マリコの監禁場所を教えてくれた先程の兵士が心配して来てくれたのか剣を抜き叫び始めたのだ。


「己ら‥‥サラーナ様は帝位継承権は第一位の御方、その御命令を蔑ろにする気か?」


迫力に推されたのか二人が頭を深く下げ早々に退散した。


「さっ!

サラーナ様、ご随意にどうぞ!」


やはり彼らにとって『対等の日』が余程に重要なものなのか、サラーナと勘違いしていても重要視しているとだけは理解出来た。


「すまんな、迷惑をかけた。」


「いえ礼など結構でございます!

初めから身分を御明かしにしてくだされば。」


「いや、すまん。

『対等の日』を忘れていないか試してみただけだ。」


「勿論でございます。

私達には、それだけが救いですから」


救い⁉︎

『対等の日』とは、そんなに大事なものなのか?と不思議に思うが関係もないので、深く考えずゲルに入いるとマリコが未だ背から湯気、バジリスクの影響を受けて苦しみ倒れた状態を見る事になった。


「大丈夫ですか、マリコさん⁉︎」


意識朦朧なのかマリコが何度目かの揺さぶりに目を覚ましたが言葉も出す、以前よりも遥かに衰弱しているのが分かった。


「さぁ逃げますよ、マリコさん。」


マリコを背負うとしたが、その彼女が拒否し伝言を頼んで来た。

アベル・ストークスにである。


「私は残ります、やらねばならない。

でもアベルさんに伝えて下さい。

ボルドという人とは絶対に戦わないように‥‥。

バジリスクが笑っている‥‥喜んでいる。

もう二人の『姉』が戦行きタガが一つ外れた。

これで二人の『兄』まで戦ってしまえばオルリコが‥‥オルリコが蘇る。」


あのゴブリンの国から逃げる時にすれ違った白髪の奴がボルドか⁉︎

オルリコが蘇る⁉︎

どんな関係なんだ?


まだ聞きたい事もあるが、ゲルの周りが騒がしくなって来た。

二人がいるゲル自体も蒼い渦がより勢いを増したのか大きく揺れた。

そして外のウルバルト帝国兵士達の騒ぎ声が聞こえた。


『女帝ハタンが怯えになられている。

親衛隊からの応援要請だ、千戸を警備に廻せ!

ボルド様を呼び戻せ!』


女帝ハタンが怯えているから慌てているのか。

女帝なのに存外情け無い。

そう思った時、マリコもまた苦しみ始めた。


「わからない、どっちがオルリコ?

どちらに転生していた?」


どっち?

確か以前のアベルの話では女帝ハタンと妹リーゼは瓜二つだと言っていた。

ではリーゼにもオルリコである可能性がある。


「気をつけろ!

兄ちゃん、いやアベルさんに伝えて下さい。

さぁ早く行って!」


マリコの力強い眼差しに推され、救出を諦めた。

マリコにも役割りがあるのだ。

恐らくボルドというアベルと瓜二つの奴にバジリスク からの播種した事実を話すのだろう。


「マリコさん、必ず再び迎えに来ます。

それまでは!」


マリコが頷き、そしてリザリーはゲルを出た。


外に出ると先程の兵士が見張りをしてくれていたのか槍を持って立っていた。


「ご苦労様だった。

お前のおかげで助かった。

これは褒美だ。

それから馬を頼む。」


懐から金貨二枚を出して渡した。

兵士がすぐに馬の手配をし、そしてリザリーはローヴェ本隊に合流するべく駆け出した。


※ ※ ※


その頃と時を同じくして黒髪の女が苦しんでいた。

皆が蒼い渦に注目し気づかぬ中で必死に戦っていた。

身体の内から湧き出る衝動を必死抑えようとしていた。


「殺してやる‥‥私から『全て』を奪った奴ら‥‥絶対に皆殺しに、根絶やしにしてやる‥‥。」


狂気を持った得体の知れない何かが出現するのを必死なって抑えた。


時折、僅かに黒髪が白髪へと変化を繰り返しながら。









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