不満と不安
佐藤巧也が死んだ。
一時の混乱が剣道界を襲ったが、直ぐに消えてなくなった。
二刀流、現在なら強くと志す猛者達によって手探りながら少しずつの真剣、直向きで懸命な努力によって極められつつある二刀流。
だが基本的に佐藤巧也の『二刀流』は根本的に違った。
剣のみで単騎にて敵陣営に斬り込み無慈悲に殺傷する、それだけを目的にした『二刀流』。
どうすれば無駄なく敵を殺せるか⁉
第二次世界大戦中に帝国陸軍によって試験的に考案された剣。
はっきり言えばキ○ガイにより考案され実践された剣。
無垢な孤児達を集め教え、常識とは掛け離れた世界で創り上げられた二刀流。
結局は体現も出来なかった、たった1人だけ生き残った『二刀流』である。
因みに考案者は敗戦早々に腹を切った。
根本的に剣道の精神とは掛け離れた佐藤巧也の『二刀流』。
それが不可思議な理由と名を挙げたい無名の体育大学の思惑によって表に出ただけ、それだけの話であった。
元々が強さは語るべきも無いが、話題に上らなかったのだ。
不細工な佐藤巧也よりイケメンの早宮静流である。
人々の口から早々に消去され『そんな人いたかな?』的扱いで佐藤巧也と彼の二刀流は消えた。
正に『臭い物に蓋をする』、そんな論理である。
これは平和を目指す日本には仕方ない事かもしれない。
だが忘れない者達がいた、早宮静流と鈴木美和である。
彼等は二刀流は兎も角も佐藤巧也の存在を残そうと非を鳴らしたが否定された。
「これからの日本の常識に逆らいたいのか?直ぐに忘れた方がいい!」
天才達ほど悲しいが『常識』には弱い。
彼等から見れば『大人』という第二次世界大戦という生命の危機の混乱を幾度も生き抜いた猛者には勝てなったのだ。
佐藤の二刀流、それがどこかでは剣道とは違うものとも勘付いてもいたから余計に拍車をかけたのだった。
だが天才にも『常識』なんて耳糞程度にしか考えない者達がいる。
「じゃあ『常識』を守るためには『事実』捻じ曲げるのですね、じゃあ事実を正当化する為に私達3人が声高だかに世間に叫ぶが宜しいか?
大ぴらにするというのだ。
慌てた者達が打開策を聞いた。
日本人特有の『提案』という名の『折り合い』についてである。
1.佐藤巧也の墓の建立。
2.佐藤巧也の没五十年までの墓地維持費や供養費などの経費持ち。
直ぐに折れた、一個人の墓の維持費用や慰霊費など安いものだった、それに美談なのだ。
本来なら無縁であるはずの者を供養してやるのだ。
だが常識は制裁を求めた。
本来ならば、その能力と天才で日本を導き動かすに相応しい3人。
旧帝国大学女子剣道部の部長、副部長、書記の3人である。
得意の策略により佐藤巧也のある意味での名誉は守れたのだ。
だが、これにより自分達の将来を棒に振ったのだ。
要は『世間』から睨まれたのだ。
後に部長は親が金持ちなだけで自分のプライドだけを横暴でアホ面で偉そうに語る政治家の私設秘書。
副部長は、しがない教師へ。
書記は五流私立大学の事務員へ。
自分の能力に相応しくもない屈辱を舐めて生きる事となる。
だが、何十年も経過した時に苦惨は終った。
連盟会長に選出された鈴木美和が彼女達を自分のブレーンとして呼び寄せたのだ。
彼女達の能力と活躍も加味され鈴木美和は清廉潔白な運営により、とある栄誉を陛下より授与されることとなる。
そして鈴木美和が世を去ったと同時期に彼女達も人知れず天命を閉じる事となる、九十七歳であった。
「私達の恩人を支えてくれてありがとう、更に恩人の恩人の名誉を守ってくれてありがとう。
生き返らせろ!以外なら王国の姫でも金持ちでもお好きのままに!」
有能人間適所派遣事業とかいう奴と通常人間精製処理事業とかいう奴が3人の前に現れたのだ。
そんな質問に3人は笑顔で答える事になる。
「別にいいですよ、前は結構面白かったから次も面白ければ、どんな世界でも良いです!」
そんな彼女達の希望は叶えられた、鈴木美和と同じ世界である。
転生したのだ、勿論だが前の世界の記憶はない。
旧帝国大学女子剣道部部長は、とある王国の女王に。
副部長と書記は転生した部長の双子の妹達に。
そして彼女達の、新たな世界での最大の戦いが始まろうとしている、大海戦である。
グレーデン王国女王ヨハンナ・グレーデル
、その妹達であるロハンナとミハンナ。
敵となった新イグナイト帝国女帝セシリア・ケンウッドという転生者を相手に大海戦が始まったのだ。
「良いか、はっきり言おう。
敵イグナイト帝国無敵艦隊は我が方では真面に遣れば勝てる敵では無い!」
総大将を務めるグレーデン王国女王ヨハンナ・グレーデルの口から当たり前のように語られた。
当然だ、敵は海軍兵力5万、こちらは小国群を合わせても海軍兵力2万弱である。
未だ到着していない者数人もいるが集まった諸将の項垂れる中でヨハンナと、その妹2人だけが平気で且つ強気に勇ましい顔をし叫んだ。
「だが諸君達、面白いじゃないか、3倍近い敵が死に来たのだ。
既に自分が棺桶に入っているとも気が付かずにな!」
聞いた全員の頭の中が疑問符が浮かぶ、当然ながら敵イグナイト帝国無敵艦隊の総数は5万、対して自分達は彼らの半分にも届かない。
「不安か?
しかし予測される海戦場所は誰の海だ?
ここは我らの海だ、即ち地の利がある!
無敵艦隊を名乗ってはいるが、地の利がある我らには勝てる論理が成立するはずは無いのか?
奴らは自分達の海にいれば確かに無敵、だが他人の海に来たらなら烏合の衆だ。」
だが小国群達の王や帝は3人を残しヨハンナの言葉を信用した顔は見せず半数の不満と半数の不安な顔を残したままであった。
「まあ焦ってみたところでイグナイトの無敵艦隊の来襲は決定事項です。
国を蹂躙されるか抗うか、よく考えた方が良いですよ。
それとイグナイトに降るかもね。」
笑いながら告げるヨハンナ・グレーデルの言葉により一旦の解散となった、小国群達離れて行った。
勿論、先の3人は見破られぬように若干の笑顔を残してだ・・・いやヨハンナ・グレーデルら3姉妹へのメッセージというべきか。
「あの3人、どこの国だ?」
「スキョール、ベリドッデ、デーンの国の姫達です。
彼女達は母親の代理ですね、付け加えると未だ独身です。」
「スキョールは陸海、どちらにでも戦闘を変換させるでしょう、ベリドッデは陸に特化、デーンは海に特化していますね。
大体の3ヶ国の戦力特化と能力的には、この辺が妥当かと。」
姉ヨハンナの一言に直ぐに察知し答えを出す双子であるミハンナとロハンナである、姉の聞きたい内容と答えを直ぐに理解したのだ。
「ではスキョールとは私自身が話を付けようか、ベリドッデはロハンナ、デーンはミハンナだ。
既に先を見通し理解しているはずの彼女達は望むだろうが、後は任せた。」
「では彼女達にも好みはあるでしょうから先王に使者を出し従兄弟達の準備だけは整えておきます。」
「それは任せる。」
「では‥‥念のためですが聞きます、残りの小国共は?」
「裏切らず信義を通した国には友好を、裏切った国は我ら6ヶ国の肥しにだ。これは当然であり勝者の処置だ。」
「では、全てはグレーデル王国女王ヨハンナ・グレーデルの意のままに。」
姉に平伏の態度をみせ、早々に立ち去る双子姉妹。
もう意志、主筋である実姉の意思は決定したのだ。
後は行動するだけである。
振るいは掛けたのだ、敵味方の選別。
いや、生死を共にするという無言の意思を笑いという行為で明らかにしたスキョール、ベリドッデ、デーンの姫達は信用にたる人材であり兵力なのだ。
だが根本的打開策は確保していない、勝利という難問。
相手はイグナイト帝国無敵艦隊、然もカルム王国侵攻戦の英雄セシリア・ケンウッドなのだ。
「やっぱり真面には戦えないか。
謀略しかないか・・・・、さて、どいつが一番セシリアに信用されているか?どいつが一番の知恵者か?」
セシリア一人で戦をする訳ではない。
当然だが彼女に従って指揮官級の人材が補佐に着いている。
「着目点はセシリア・ケンウッドが『旧カルム王国侵攻戦』の英雄と呼ばれるところ、当時従って戦った者達を率いていたら助かるな。
だが、こちらにも敢えて仕込みはしておきたい。
さてと‥‥誰にするか、適任か‥‥。」
恐らく海戦となるのは1カ月後辺り、時間は押しているが焦ると負けだ。
手堅く手を打ち勝てる論理と条件を整える。
その為には、まずはスキョールの姫と話し合いを持つ事から始めようか。
侍従を務め、自分達3姉妹の母親代わりとも呼べるシビラを呼ぶ為に胸元に付けた鈴を鳴らそうとした時だ、その彼女が意を察してかやって来た。
「シビラは相変わらず勘が良い。」
「そろそろかと思っていました。
それから‥‥普段から鈴をぶら下げるなど王の振る舞いにあらず、ヨハンナ様。」
「あ‥‥ごめんなさい。」
それ以上は何も言わずニコリともしないともしないシビラ。
彼女が自分達3姉妹の子守役でもあった女性だから、天才ヨハンナでも弱いのだ。
奇しくも前イグナイト帝国女帝エリザベートと前摂政と同じ関係ではあるが大きく違う。
ヨハンナは天才であり、シビラはマナーのうるさい凡人。
しかし能力を弁えた凡人、余計な事など一切喋らない凡人だった。
それは徹底しており、ある時の宮廷での晩餐会を催したのだが出されるメニューの選定にも口は出さなかった。
「自分よりも詳しく舌の確かな者は多数いる。
料理を作る者、専門家の意見を聞いて決めれば良い。」
専門ではないものには口を出さず、自分の職務外は責任が持てない、はっきりさせたのだ。
ただ、どうしてもと意見を求められると話す。
「参集される方々には年寄りの者、歯の悪い者もおられるでしょう。
出される料理は細かく処理する事が肝要。
丈夫な者には細かく処理していても然程の気にもならないでしょうから。
後は甘い菓子なども多数用意するのも忘れずに。
酒が飲めない者は総じて甘党ですからね。」
気遣いは忘れない、細やかな気配りこそ忠誠を引き出すのに必要だと3姉妹に語ったのだ。
だからヨハンナは絶対の信頼を寄せている。
自分の能力の限界を知る者は天才ではないが秀才なのだから。
だが、そのシビラが突然の進言を始めたのだ。
それは明らかに彼女の範疇ではない、外交である。
「ヨハンナ様、お願いの儀があります。
私に是非、ノースの女王との懇談の機会を与えて頂きたい。」
ノース、先程集まった小国群の中で真っ先に不安を表していた国である。
「このシビラはヨハンナ様の性格を重々承知。
恐らくの後の事も大体の予想はついております。
しかしながら不満と不安を同一視してはなりません。
不満は将来への裏切りに繋がり妥協すれば癖になるもの。
不安は将来への恨みに繋がります、しかし取り除いてやれば感謝をもたらします。
凡人は誰しも臆病で優柔不断、才ある者に比べ判断も遅れがち。
しかし一旦恩に感じれば裏切らず勇気を振り絞って共に戦ってくれます。」
自分はイエスかノー、白か黒、二つに一つ。
常に即時即断を追及してしまう、それが当たり前で最良だと考えている。
シビラの意見を受けた今も間違っているとは思えないし理解しようとも思わない。
しかし反対にすれば自身がそう思っても他者には難しいのかもしれない。
「ノースの女王と何を話すつもりだ?」
「単に茶飲み話などを。」
「茶飲み話か、では御機嫌伺いとか適当に親書を携えて行って来てくれ。」
「ありがとうございます、ヨハンナ様。」
直ぐに親書を用意しシビラに持たせ自分はスキョールとの会談の場を設け話し合う。
スキョールの姫の意見を聞き従兄弟との婚約の話まで纏めて10分程度で終了したのだ。
ヨハンナの考えを大体の予想し自分の考えを擦り合わせ示すスキョールの姫に仲間に引き入れるに十分な資質を見出し場を後にする。
帰ると双子の妹達もそれぞれの会談を終わらせ戻り、彼女達も自分と同様の手ごたえを感じていた事に改めて才能がある者達の即時即断の早さに手ごたえを感じた。
さて‥‥シビラの方はどうかな。
夕方になり夜になり深夜を過ぎてもシビラが帰って来ない。
「まさかシビラは手籠めにされているのではないか?」
「いや、それなら兵達の動きもあるはず、今のところ平穏だ。」
「今はシビラを信じよう。
だが万が一があれば‥‥分かっているな。」
陸戦に秀でたロハンナが、そのヨハンナの言葉が終わる前に場を離れた。
シビラの身に危険もしくは死がある場合は即ノース戦陣を襲撃するつもりなのだ。
自分達の母とも呼べる存在のシビラに万が一があれば作戦もへったくれもない。
作戦や陣容、未来は知恵でどうとでもする。
しかしシビラの命は返って来ないのだ、過去は血でしか贖えないのだ。
だが、そのシビラが平然と明け方に戻って来た。
然もノースの女王、更に不安を見せていたはず小国群の女王や女帝を引き連れて帰って来たのだ。
何故か全員が全員、安心したような表情を浮かべているのだ。
「ついつい茶飲み話に花が咲いて遅くなりました。
ついでに言うと、ヨハンナ様と今後の展開と課題を話し合いたいとの結論までに至ってしまいました、いや申し訳ない。」
トップダウン方式。
現在でも優秀な社長が取り入れる運営方式。
即時即断、企業の運営が一列の展開を見せる為、利益追求には効果的である。
しかし、これは部下にも瞬時な理解力を発揮してもらわないと素早い運営は出来ずに弱点を曝け出す。
一列の動きの中で意思疎通が完璧でないと波状しやすいのだ。
だから企業体において派閥が出来るのは、ある意味では仕方ない事かもしれない。
考えの違い、理解力の乏しい者を弾き出すのだから、部下にも優秀さを求めたのだから。
だが、これに反するものもある。
昔の日本の町工場なんかで伝統的に採用されていた方式。
焚き火を囲んで酒を飲みながら肴を食べ、ワイワイガヤガヤと雑談しながら案を出し合ったりする方式、一般的には井戸端会議である。
余計なものまで話題に登ったりするから長くなり中々纏まらない、時には殴り合いの喧嘩にさえ発展するかもしれない。
だが一旦、方向性が決まると矢が飛ぶように一直線に目的に向かって突き進む。
誰もが理解し一致した目標を持っているから間違えない、そこには後悔もない。
そんな井戸端会議をシビラはやったのだ。
初めはノースの女王だけだった。
だが不安を持っている者は多数いる。
不安だから他者が気になる、どう動くのか気になる。
「どうせなら他の人も呼んで楽しく話をしましょうか!」
早速、ノースの女王が使者を出した。
ほぼ小国群全てに出したが不安を持った国しか集まらない。
不満を持った国は既に自分達で集まっていたから、弱きに見えた不安者達にも疑念を持っていたのだ。
もしかしたら彼女達の間で先に話が纏まっていたなら不安者を仲間に引き入れるなどの行動もあるが、この時はまだ、然もそれさえシビラに先手を取られ潰されている。
不安を見せた小国群の女王や女帝がグダグダと不安を口し回りくどく話す。
本来、女は回りくどい生き物。
即時即断を出来る女は稀にいるだけである。
そんな女達一人一人の不安を丁寧に対応する。
不安は戦さを飛び越え国運営などに外れたとしても年長者らしく丁寧に真剣に聞いていく。
そうする事で信頼関係を少しずつ築いていく。
ゆっくりだが着実に積み重ね、完全なる手ごたえを感じたら最後に締める。
「もし宜しければ私と共にヨハンナ・グレーデル様に皆様の不安を直接伝えに行きませんか?
私の主ヨハンナ・グレーデルは、この戦さで総大将と参陣した身。
それは大国を統治する者としての責任、皆様の不安に対し答える義務がある。
今は明け方、寝ていたとしても私が叩き起こしましょう。
ですが既に私の主ヨハンナ・グレーデルには勝利の方程式も出来上がっておりますが。」
こんな感じで小国群の主達を連れて来たのだ。
「では総大将ヨハンナ・グレーデルより改めて皆様にお答えします。」
いきなりの振られたが意図は理解出来る。
最後の締めくくりをしろ!と言っているのだ。
理解出来る者達だけで作戦を進めようとした愚、裏切らなけば友好をなどと言っていながら属国にでもしようと考えていたのかもしれない自分。
考えてみれば小国群には敵が二つあるのだ。
イグナイト帝国とグレーデン王国、大国に挟まれたのだ。
能力ある者は才覚を発揮しチャンスと考えても普通の者ならピンチとしか思えないのだ。
それからはヨハンナら三姉妹、スキョール、ベリドッデ、デーンの姫達も改めて呼び、分かりやすく正直に話す。
現在の状況を包み隠さず話したのだ。
そして思わぬ形で作戦が決まった、いや策謀。
それは意外にもノースの女王からだった。