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近しき者

派遣した者達は確か3人。

だが帰って来たのは1人だった。


俺達ストークス家の休養が終わった2ヶ月後、一向に帰って来なかったローヴェ派遣の使者が漸く帰って来た。


早速、報告を始めようとした使者、3人の内の1人である護衛役の兵士だったが息も絶え絶えである。

その足腰も立たぬ様子からローヴェで切迫した事態があったと予想できたがアルベルタが使者を気遣い言った


「急がなくても良い。

まず、ゆっくりと食事と睡眠を取るが良い。」


だがアルベルタの言葉にも使者は頑なに拒絶し報告を始め俺達エスポワール帝国重臣、何よりストークス家を驚愕させた。


まず使者が最初に言ったのは想像だにしなかった大森林地帯の消失、そしてローヴェの東の要であり防衛を担うゲーネル要塞がウルバルト帝国の来襲を受け防衛戦の真っ最中らしい。

更にはリザリーが詳細を探る為に再び西のゴブリンの国へ向かった事が俺を驚かせた。


「大森林地帯が消失⁉︎

それにウルバルト帝国……それは誠か!?

ウルバルト帝国は東方の国だぞ⁉︎

確かにウルバルト帝国で間違いないのか?」


アルベルタが声を荒げ『ウルバルト帝国』と何度も連呼し重臣達は理解すら出来ずに呆然とし、そして俺とメリッサは俯いた。

何処かで何時か、ウルバルト帝国……いや俺とメリッサに瓜二つのボルドとテムルンに出会う機会もあるかもしれない、そんな予感めいたものと逢う事は無いという今までの常識が覆されたからだ。


「まだ不確定ながら……大森林地帯の消失は間違いなくゲーネル要塞方面の小国達の現状を加味し、見た事も無い鎧を纏った兵達……これは見知った者が居りましてウルバルト帝国ではないかと。

それらからのミュン・ローゼオの推察でございます。」


「しかし‥‥それは本当にウルバルト帝国か?

本当にミュン・ローゼオは敵がウルバルト帝国だと思っているのか?

東の国だぞ⁉︎

そんな事があるのか⁉︎」


誰しもが天才と認知するアルベルタが聞き分けのない子供のように何度も焦り聞くが使者の答えは変わらなかった。


「今、ローヴェ全軍がゲーネル要塞救援の為、ライトタウンに集結中にございます。

以後の経過報告は残り2人が手分けする手筈、詳細を‥‥お待ち下さい‥‥。」


最早気力だけで報告していたのか終えると使者が気絶した。


医務室へと運ばれる使者を心配しながらも重臣達を集めての軍議が始まった。


「しかし‥‥本当に東の大国ウルバルト帝国が⁉︎

大森林地帯があるのに?

一体どのような方法で二万もの軍勢を‥‥いや大森林地帯は消失したのか。

それでも今までが一年以上の走破期間、いくら消失といっても距離的に考えれば最低でも半年以上は掛かるはずではないのか⁉︎

ならばウルバルト帝国が何かしらの手段を使ったのか!?」


ジュリアが今までの常識を加味しながら言ったが早々にアルベルタは否定した。


「ウルバルト帝国がやった訳ではなく何かが原因で大森林地帯は消失したと観るべきでしょう。

しかし二万もの軍勢がゲーネル要塞に攻め込んだのも事実。

もしミュン・ローゼオの推察が正しく敵が東方最大の国ウルバルト帝国なら、その二万は様子見の前衛、必ず後詰めの大軍も存在するはずと考える方が無難でしょう。」


未知なる世界の未知なる敵国、誰しもが考えた事。

それはウルバルト帝国とは、どの位の勢力でどの位の兵力を持っているのかだった。

皆が思った内容を直ぐにアルベルタが口したが、想像したものを遥かに上回った。


「東方最大勢力と呼ばれるくらいですから、我らエスポワール帝国とイグナイト帝国そしてグレーデン王国を合わせた以上だと考えて間違いはないでしょうね。」


誰しもが絶句した。

それらの国々の通常兵力を合計すれば五十万を超える。

然も地方貴族軍を足せば六十万以上には届く。


「ウルバルト帝国が、どのような形態で兵力運用を行っているかは検討もつきませんが私の予想は三十万以上は動かして来ているでしょう。」


ここで問題となるのがローヴェの兵力だった。

計算では全軍を動かしているなら、約十五万ほどのはず。

いくら全軍といっても二万は治安維持に充てがうだろう。

そうなると精々が十三万となる。

エスポワール帝国にしても本来なら全軍二十一万は確保出来るが現在が旧カルム王国領と旧ケンゲル王国領の復興に兵士達すら当てがい従事中であり今直ぐに召集となると精々が九万程度である。


「とりあえずです。

今動かしうる九万内の万で七万で先発し旧ケンゲル王国領にて復興に従事するマーアらに急ぎ五万を率いて合流せよと使者を派遣せよ。

残りの一万は万が一のイグナイト帝国の動きに備えカルネを守備するエド・デクーレンに預け、残り一万は帝都治安維持に専念させよ。

その他の地域は地方領主達に任せる、ドーラにも伝えろ!

ローヴェとの約定がある以上、そして何よりエスポワール帝国の復興に手を貸してくれたローヴェへの義理は裏切らない。

それに大会議の成果もある。

グレーデン王国やソビリニア諸国王、エルハラン帝国やイスハラン帝国の援軍もあるでしょう。

敵が東方最大とはいえ十分に勝負になるはず!」


エスポワール帝国とローヴェを合わせ合計二十四万、ウルバルト帝国予想兵力三十万以上。

だが西方の大国達の援軍が来るとなると十分に勝機がある。

アルベルタの言葉に安心し、そして直ぐに行動を起こす。

大規模な出兵、然も急遽の援軍派遣である。

旧ケンゲル王国領の兵力五万を合わせた十二万、その補給や輸送などの用意もある。


「オービスト大砦内の全ての武具そして物資の開放を守備するパメラに伝えろ、直ぐに使者を派遣しろ!

我らは一月弱で出来うる用意を整え出陣する!」


アルベルタが指示し俺達も自分に出来る用意をし始めた。


しかし次々とエスポワール帝国が放っていた密偵やローヴェから帰還してきた使者二人などから最悪の情報がもたらされた。

まずはイグナイト帝国、セシリア・ケンウッドによる帝位簒奪と海を隔てた小国達への侵攻。

これにより小国達に影響力を持つグレーデン王国の来援は期待出来なくなった。

更にソビリニアはルシアニア公国と開戦間近との情報、エスハラン帝国・イスハラン帝国地域では領内にて大多数の魔獣や魔物達が暴れ出し現在鎮圧中との情報も入り、とてもローヴェへの援軍派遣は期待出来ない状況だった。


「これでは、とても勝負になりませんぞ。

残念ながらローヴェへの援軍派遣は一時見合わせ我らはオービスト大砦を守備に専念した方が良いのでは?」


「イグナイト帝国からの情報は兎も角、どうしてローヴェからソビリニアやエスハラン、イスハランの不利な情報が我らに伝えられるか考えてみなさい。

それは我らエスポワール帝国をローヴェは信頼し信用しうる友だと考えているからです。

友を裏切り生き残ったとしても信頼信用は失墜しエスポワール帝国の将来は暗いものになる。

だから例え私は一人になっても出陣する!」


各情報から、こういう悲観的な意見まで重臣から出されもしたがアルベルタの意思は変わらず援軍実施が決定され、そして俺達は出陣した。


リーゼの表情が苦悶に満ちていく事にも俺達姉兄は気付かずに。



※ ※ ※



四十八万の大軍が呆然とし、そして怒りに震えた。

大きな山が四つ、整然と並ぶ光景。

但し、その山は人間達の死体を積み重ねて作っていた。

最早、人ではなくなった腐乱し異臭を放つ四つの死体達の山の前で四十六万いや正確には東南部方面の兵士達を除く三十五万の兵士達が目に怒りの炎を燃やし誓った。


必ず敵を皆殺しにし仇を討ってやる!


「最悪の結果になったな、ボルドよ。」


紅蓮の鎧に身を包んだ現ウルバルト帝国摂政が実弟に向け呟いた。


「こうなると判っていたのに、どうして‥‥。」


嘉威国を滅亡させ帰陣途中にゾンモル草原本拠地から入った報告に急いだウルバルト帝国軍だったが思いも掛けぬ邪魔が入った。

敵ではなく味方であるはずの帝国内部からであった。


まず本拠地防衛を一任していたサングンの自害であった。

統制出来ず二万の軍勢を好き勝手にさせてしまったと気に病み責任を取る形で自害してしまったのだった。

直ぐにサングンの遺族に会い礼節を守り補給準備や嘉威国殲滅戦の負傷者達の処置などで忙しい中を手厚く葬儀を行ったが、これが不平不満を招く結果となった。

葬儀最中に東方に勝手に攻め込み、負けて命辛々に逃げて来た数十人が戻って帰って来たのだ。


「何故、サングンだけ葬儀なのだ?

我らはウルバルト帝国の為に東方を攻めたのに⁉︎」


サングンの命令を無視し勝手に東方世界に攻め込み、然も負けて帰って来た者達が葬儀を見て騒ぎ出した。

サングンは統制出来ず、本拠地を混乱に陥れたではないかと。


「貴様らはサングンの命令を無視し勝手に東方に攻め込み、然も負けた身!

何を好き勝手にほざいている!

よし分かった、ならばサングンと同じにしてやる。

同じように手厚く葬儀をしてやる!」


軍規違反、その事実を追求し処刑にする。

摂政テムルンが怒り狂い、その数十人を処刑しようとしたのだ。

報告を受けた幕僚長サラーナが直ぐに説得し事無きを得たが、これも不味かった。


完全に数十人の目には自分達を殺そうとしたのは摂政テムルン、救ってくれたのは幕僚長サラーナと映ったのだ。


「テムルン姉さま、どうされた⁉︎

このところ変だぞ!」


「すまない‥‥ボルド。」


あのサラーナとの一騎打ち以降、姉テムルンの中で何かが変わり始めていた。

理知的だったテムルンが姿を消しつつあり、代わりに恐らくは前世の彼女が姉テムルンを支配し始めている。

確かに以前にも軍規違反を追求し嘉威国侵攻戦でも兵士達を処刑はしている。

しかし今は、あの時とは状況が違う。

そんな事が理解出来ないテムルンではない。

転生者であるボルドには、そう感じずにはいられなかった。


俺もテムルン姉さまのように、いずれはなるのか⁉︎


興味であり恐怖でもある感情がボルドを覆い始めたが悩んでいるだけにも行かず、そして難とか出陣したのだった。

だが、そんな状況にも関わらず更に摂政補佐ツォモルリグから更に難問が寄せられた。


「アンフニャム様とバヤルツェツェグ様が女帝ハタンに謁見を申し出ております。」


アンフニャムとバヤルツェツェグは千人の兵、千戸の指揮官であるがツォモルリグは自身が一万の軍団を麾下にし万戸の司令官でもありながら、現在の身分では下となる彼女達に『様』付け、十狼女筆頭格が困惑顔である。

アンフニャムとバヤルツェツェグはペルジドとオルツィイの姉達であり旧ボルテ派の者達の首領格でもある。

以前でいうならサラーナ達に対しての人質の意味合いを兼ねた者達でもあった。

ツォモルリグにとっては父母が彼女達の母親よりも身分が遥かに下であった事実もあり大きく出れない嫌な存在なのだろう。

ペルジドとオルツィイにしても同様の条件だが苦楽を共にしたという友でもあるから気安いのかもしれない。


恐らくはサラーナが本拠地ゾンモル草原に帰還した事で強気に出て来たか。

いっそ‥‥二人とも殺すか。


そう考えたが戒めた。


以前なら躊躇なく実行した。

だが今はサラーナとの和解を選び、彼女を次期ウルバルト帝国女帝と現女帝ハタンは決めたのだ。

だから自分はサラーナを抱き彼女の自分に抱かれた。

全ては過去を流し恨を消しウルバルト帝国を一つにする為に。

互いに愛情などというものの無い、ただ将来のウルバルト帝国女帝を作る為だけの行為。


だから例え自分達の敵となるアンフニャムとバヤルツェツェグでも無理してでも融和せねばならない。


「判った、今の状態の摂政では二人の相手は無理だ。

俺が代理として女帝の前に二人に会おう。

ところでツォモルリグ、この先の砦は探らせてきたか?

それから西方いる『業の深き者』はどうなった?

捕らえたと報告は入って来たか?」


例え西方との戦さになったとしても元凶であるフェニックスを抑えねば意味は無いと考えた結果、東の『業の深き者』フトシがサラーナとボルテに話の中で言ったムツオの跡を継いだ『業の深き者』を捕らえ手段を講じる必要があるとテムルンとボルドは考えたのだった。


「報告は未だ。

しかし何故ゴンザ、そしてコンジェルと于晏の指名なのですか?

コンジェルと于晏は兎も角、そこにゴンザが入るとなると今はまだ連携が。」


転生者だからとは答えられず適当に誤魔化そうとツォモルリグに答えていた時だった。

軍勢の後方から慌てふためく多数、ほぼ全軍からの歓喜の声が聞こえて来た。


「この騒ぎは何だ⁉︎何かやっているのか?

行軍中だぞ、各万戸、千戸の長達は何をやっているんだ⁉︎」


ボルドとツォモルリグが率いる軍勢のだらしの無さに怒り後ろを振り返ると今度は大歓声が各所から響き渡って来た、全くの予想外。

特にツォモルリグは慌てふためく結果となった。


大軍の間を切り裂いて一頭の馬が女を乗せて走って来た。

いや奇妙な帽子のようなものを被った子供まで抱いている。

いや違う‥‥子供は子供でもゴブリンの子供⁉︎

然も馬を操っているのはサラーナだった!


「サラーナ様⁉︎

何をなさっている⁉︎

それに何ですか、その奇妙で破廉恥な格好は⁉︎」


そのサラーナは黒い麦藁帽子に黄色い裾の短いワンピースに左肩当に胴巻そして膝上までのロングブーツといった装い、然も東方の人間から見ればワンピースの丈はかなり短い。


我らの殺伐とした雰囲気を変える為に、あのような格好で余興を!

さすがはサラーナ様だ!

サラーナ様万歳!

ウルバルト帝国に栄光あれ!


兵士達がサラーナを観て歓喜の声を出した。


まさかサラーナの奴、叛意する気に戻ったのか⁉︎

しかし、それなら何故あんな格好を‥‥道化を演じるつもりか?

だが‥‥おかしい。

帰還しハタンとの最初の謁見の時は優美さと鮮やかさを演出し登場したサラーナには有り得ない格好だ。


そんな疑問がボルドを覆った時だった。

兵士達の歓喜の声を覆すような一つの大声が響き渡った、主はゴンザ、然もかなり慌てた様子である。


「ボルドの摂政様!ツォモルリグ!

そいつはサラーナの幕僚長様じゃない!」


ゴンザの必死な叫びに瞬時にボルドには答えが出た。

‥‥と、すれば‥‥こいつがサラーナの!


即時に牛頭を抜いて抑撃の構えを取ったがツォモルリグに止められた。


「ボルド様、今この場で斬りでもしたら!」


そうなのだ、例えサラーナの瓜二つの者でも斬り殺しでもすれば兵士達は絶対にボルドとハタン、テムルンに不信感を抱く。

この場だけなら、こいつはサラーナと兵士達には認知されているのだ。


「クソが‥‥だったら馬を狙う!」


馬の足に狙いを定め抑撃態勢を整えた瞬間だった!

サラーナの瓜二つ者の左腕がキラっと光り、そして鎖が飛んで来た。

確実に眉間に照準を合わせた鎖を牛頭で跳ね飛ばしたが、それは結果として脱出の機会を与え、馬がボルドの横を通って行く事となった。


だが予想が確定した瞬間にもなった。

横を通り過ぎようとした時、サラーナに瓜二つの者が驚きの表情で僅かに呟いた。


「え‥‥アベルさん⁉︎」


そうか‥‥やはりアベル・ストークスに近しき者だったか。


そして馬はウルバルト帝国四十八万を突破し西の方向に走り去った。


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