遭遇
東西を分け謂わゆる隔絶した世界を作ったマーヤ大陸中央に位置した大森林地帯。
東西其々の者達が往き来するには知識と体力、何より運が必要だと言われていた。
それらを兼ね備えた者達でさえ抜け出るには1年を要し、必要が無ければ侵入するなどとは思わない、そういう場所だった。
勿論だが慣れていない、知識の無い者が侵入した場合には大概が死ぬ。
しかし、だからこそ商売の種になる。
危険だからこそ別地帯の品は高く売れ、それらを運搬し時には人々の道案内する事で生活を営み生き残りの手段としてきた東西の民族がある。
東のウグリル族と西のカザリア族である。
2つの民族は東から西、西から東へと大森林地帯を往き来し時には協力、時には出し抜きなどをしながらも生存してきた。
東側の品を西側に売りたい場合には、まずウグリル族に話しを通し更にカザリア族に交渉して貰う、そんな感じである、逆もしかりだった。
例えばローヴェだ。
いくら商人連合を形成していようと東の品を手に入れたいなら嫌でもカザリア族に話を通さねばならない。
それが、この世界の必然的なルール、暗黙の了解だった。
だから両民族は横柄で高圧的態度だった。
自分達がいなければ東西の往き来、品は手に入らないのだ。
ローヴェに対しても高圧的、東側最大勢力となったウルバルト帝国にすら、そんな態度は崩さない。
全ては大森林地帯が存在するからである。
しかし、その暗黙の了解が消えた。
突然、大森林地帯が炎に包まれた。
いや、包まれたではなく炎により一瞬で消滅したが適切な言いようだ。
ピカっと光って無くなったのだから。
後に残ったのは黒こげの大地のみとなったのだから。
そんな事態を受け早速に両民族は各々の判断の下に元大森林地帯の探査に出る事したが不幸、東西世界、世界を巻き込んで戦争の火種が発生してしまったのだ。
各々偶々同数百人からなる兵力での探査隊を編成しての調査だったが数も悪かったが異様な遭遇が起こった。
ほぼ同時期に出発したはずの両民族が約1ヶ月ほどで遭遇してしまったのだ。
以前なら抜け出るまで知識ある者でさえ1年、それが2ヶ月という事になる。
然も障害も危険も無い、只の平野部と化した大森林地帯。
1年を要した距離が、どういう理由かはわからないが
、その気になれば誰でも安心して往き来出来る地帯と化した元大森林地帯。
最早彼等の存在意義は無いという意味だった。
両民族は即座に理解した。
少しでも自分達の民族が有利に生き残るには片方を潰さないと絶対にダメだ。
今迄が西側世界の商人連合ローヴェに対しても高圧的、東側最大勢力のウルバルト帝国にも高圧的。
それは全て大森林地帯が存在したから!
大森林地帯が無くなれば自分達は弱小民族である。
遜ってでも生き残らねばならない!
自分達には農耕技術も産業も無いのだから。
だったら似たような敵は少ない方がいい。
しかし、それでも両民族の隊長、副長を務める者達は、まだ冷静だったのだが更に不幸が始まった。
まずは一本の矢がカザリア族から放たれた。
その矢は、これから起こりうる現実に焦り憤った1人の少年が無我夢中で放ったものであったが不味い事に命中、然もウグリル族の探査隊副長を務める男の頭に命中してしまった。
これにより最早冷静などというものは両民族から飛んで無くなり乱戦が始まった。
但し、いきなり副長を殺られた事から謂わば仇討ち的な要素も絡まりウグリル族側の圧倒的な勝利となった。
カザリア族の生存者は僅か15人とかいう散々な敗北である。
しかし、これだけでは終わらなかった。
カザリア族の族長が大いに怒り自ら全軍五千を率いウグリル族に進軍中との報告が入ってきたのだ。
ウグリル族側も当然ながら全軍四千を直ちに整え抑撃態勢になったが、どうも心許ない。
報告通りなら兵力に千人の差がある。
負ければ滅亡の事態である。
直ちに援軍の派遣を要請する為に使者と貢ぎ物が用意された。
頼った先は同盟を結んでいる訳でもない、今まで大森林地帯の存在に託けて高圧的に接していたウルバルト帝国である。
一番近くにあり全軍六十五万という途方もない兵力があったからだ。
この時のウルバルト帝国は女帝ハタン自身が四十万、東南部方面軍サラーナ指揮の十三万、合わせて五十三万の大軍で、かっての東方世界最大勢力の嘉威国を滅亡させ號国と雷国の抑えとして五万を残し四十八万の兵力にて本拠地ゾンモル草原に帰還途中であり、さしたる重臣達の居ない状況ながら、それでも防衛の為に三万が守っていた。
他の兵力は各地広大な領域統制の為に散っていた。
そんな状況のウルバルト帝国にウグリル族から援軍要請が来たのだ。
しかし先の摂政ボルドから本拠地防衛を任された人物がサングンという文官であったのだが、それが不味かった。
彼は文官であり軍政務を仕切る為に麾下には奴隷剣闘士上がりの者3人が補佐していたが、その補佐達がサングンの判断と命令を無視し逆らい且つウグリル族から送られた貢物に目がくらみ勝手にウグリル族の援軍に二万を率い赴いてしまったのだ。
そうなると五千と二万四千の戦いになるはずだったのがカザリア族の族長は全軍に撤退命令を出し逃げたのだ。
当たり前の判断であった、完全に勝負にならないのだ。
真面に当たれば約5倍の兵力差であり、そんな馬鹿な戦いは出来もしないし、やる気も無い。
当然ながらの撤退である。
本来なら、ここでウルバルト帝国二万も援軍という目的を果たした為、撤退であった。
実際、サングンの補佐であり奴隷剣闘士上がりの3人もウグリル族の貢物に見合うだけの働きはしたと思い撤退の命令を下したが予定とは大きく変わっていった。
彼ら3人はウルバルト帝国の性質を理解していなかったのだ。
ウルバルト帝国全軍六十万、その大半は東南部兵力を収めるサラーナ軍を除けばゾンモル草原に暮らす民であり略奪を生活の手段とする獰猛な者達である。
略奪という成果が上がらねば生活できないのだ。
今度は3人の命令を無視し略奪の為に進軍を始めたのだ。
野盗のように行動を開始し焼き尽くされた大地を進軍し始めたのだ。
そしてウルバルト帝国の弱点が露呈した。
ハタンという恐怖、ボルドという統制が無くなり自分達では制御不能と理解した3人は逃げた。
残ればボルドに処刑されるのは見えている、当然の判断だった。
彼等に忠誠心などという文字は無かったのだ、単にボルドに買われただけ、それだけだったのだ。
人材不足という弱点が露呈した。
だが野盗と化した二万の中にも幾人かは理知的な者達もいたから、これは不味いと感じ状況説明に帰った者もあり、そしてサングンから帰還中でありテムルンの命令によりサラーナを抱いていたボルドに使者が送られ報告が入ったのだった。
「サングンは何をしていたのだ!?
あいつの役目はゾンモル草原を守備する、それだけだったはずだろうが!」
事の途中だったが報告が入り怒り狂うボルドを現摂政テムルンが窘めた、お前の判断が甘かっただろうと。
「彼サングンは確かに信用に足る人物だ。
だが軍務能力はない。
それを理解しながら任命したボルドが悪いのだ。」
そう言いながらもテムルンは思う、元来ウルバルト帝国は大きくなったとはいえ常に綱渡り状態なのだ。
信用できる人間など数は多くないのだ。
だからボルドは何でも一人でやって来たのだ。
サングンに守備を任せた事も仕方の無い事情であり、こんな事など起こるなど予想外であったのだから。
「兎に角だ、直ぐに追い掛け兵士達を止めよう。
大森林地帯が無くなり我々には西側はよく分からない状況。
未だ號国と雷国という不安要素もある以上は東への出兵など論外だ。」
「だが今から追い掛けたとしても三カ月近くの差が出来るぞ、その間に西側の大国辺りと戦さでも始めていたら⁉︎」
「その時は‥‥仕方あるまい。
一戦し勝利し交渉などをして退却しかあるまい。
だが‥‥すんなりさせてくれるかだが。」
一戦して退却か。
素直にはさせて貰えまい。
一度戦端が開かれれば当事者達の思惑通りには行かない。
そう思うボルドだったが二万の兵士達に好き勝手にさせる訳にも行かない。
ましてや二万の兵士達を見捨てる訳にも行かない。
見捨てるとは二万の兵士達が西側に敗北する事だ。
東側と同じ調子、然も歴然たる司令官の居ない状況では、いくら精強で獰猛なウルバルト帝国兵であっても負けてしまう可能性が高い。
いや負けるのは良い。
万が一にも全滅してしまった場合には更に不味い事態になる。
二万の兵士達はウルバルト帝国の民達でもある。
皆民兵士である以上、今率いる兵士達の中には二万の兵士達の身内達も多くいる。
必ず仇討ちと叫び出し戦さは泥沼化していき収拾がつかなくなる。
これがフェニックスが言った火種か。
そう思うボルドだった。
しかし、そうは思いながらも半々だろうとも思っていた。
さすがに西側の大国とは戦さにはならないとも思っていたが、また甘かった。
実際に西側の大国ローヴェとの戦端が開かれてしまっていたのだ。
この時ローヴェ東の最大規模の砦、ゲーネル要塞を守備していたのはミュンやスノー、デイジーの同志でもあるカイナ・サークルであったのだが彼女には特に目立った軍功は無いがカザリア族と少しは交渉出来るという事で要塞司令官に任命されたというだけの人物であった。
要はカザリナ族の居住地にゲーネル要塞が近いから任命された、それだけの話だった。
そのカイナを1人の者が大森林地帯方面の様子を心配したスノーの命を受け偶々訪ねて来ていたのだ。
カイナの祖母アビラ・サークルである。
彼女はミュンやスノー達との最初からの同志であり武勇優れた人物である。
そのアビラが訪ねて来てカイナと茶を飲みながら話を楽しんでいた時だ。
「心配せずとも、何かあればカザリア族から報告も来るでしょう。
探査を行うと使者も来ていましたから。」
カイナが呑気にアビラに言った。
知らなかったのだ。
カザリア族から探査は自分達がすると連絡もあり、まさか慣れた者でも1年は抜け出る期間が必要な大森林地帯が完全に消滅し僅か2ヶ月要せずに行けるようになったと知らなかったのだ。
「だと良いが、あの光は異常だったからな。
一応、兵士達には警戒態勢は怠らせるな。」
自分の祖母の命令である。
仕方がない、そんな気分で手勢三千に指示を出した。
このゲーネル要塞、本来なら1万以上の兵力があったがローヴェ主催の大会議もあった事もありライトタウンに七千の兵を引き揚げさせていた。
理由はライトタウンでの大会議開催中のテロ防止と西側各国の要人警護の任の為だった。
もうそろそろ大会議の働きにミュンから労われた休暇も終わり帰還して来るはずである
大会議は上々に終了し今は危険もないだろう。
仮にゲーネル要塞を攻められたとしても高さ20Mを誇る城壁と50Mの堀がある。
多少の兵力では落とせはしない。
デイジーの城塞都市が良い例だ。
下手な軍勢如きでは不可能なのだ。
まともに考えれば、そんな馬鹿な事など起こるはずはなかったからだ。
但し、これは今までの認識であり、そこには東側世界から攻めて来るなんて認識はなかったのだ。
だが攻め込んで来た。
いや正確には逃げ込んで来た者達と追い掛けて来た者達である。
必死に叫び逃げ込んで来る百人ほどの者達と、それを追う一万の兵達である。
あれからカザリア族は撤退し逃げたのは良いが野盗と化したウルバルト帝国兵士達に追い掛け回され居住地すらも蹂躙され悉く殺されたのだった。
ちなみにウグリル族もウルバルト帝国兵士達によって既に壊滅され皆殺しになっていた。
理由は単に見返りが少なかったからである。
出陣した半数がウグリル族の居住地にとって引き返し襲ったのだ。
手っ取り早く儲けを出す、獲物は近くにもいる。
それだけの理由でウグリル族は全滅させられていたのだ。
今までが大森林地帯を往復するだけを生業にした者達である。
大森林地帯という守護が無ければ存在価値など無い輩である。
そう判断され皆殺しの挙句に蹂躙された。
そして過去のウグリル族居住地でウルバルト帝国兵二万は見てしまったのだ。
西側世界から輸送されてきた西側の品、東側では高価な価値のある品物が多数あったのだ。
『こんな高価な品が多数ある、もっと東に行けば生活は更に楽になるぞ!』
単純思考であるが尤もでもあった。
確かに東に行けば西側では高価で庶民には見る事すら生涯無い物が溢れているのだ。
略奪を生活の糧とする者達からすれば当たり前の判断だった。
1人のウルバルト帝国兵士が叫んだ結果が古今東西で最初の世界大戦を呼びこんでしまったのだ。
そして進軍、整然でもなく単に狩猟のような獲物を探すだけの進軍が始まりゲーネル要塞に辿り着いたが正解だった。
だが必死になって助けを求めるが騎馬に長けたウルバルト帝国兵士達に捕まり嬲り殺しにされていった。
報告を受け城壁の上から観ていたカイナらゲーネル要塞守備兵達の目の前での虐殺である。
然も虐殺が行われたのは自分達の勢力内だ。
「貴様らはどこの者達だ⁉︎
ここは自由都市連合ローヴェの勢力内!
勝手な振る舞いは許さない!」
直ぐに主要門閉鎖と応戦態勢を命じつつカイナが叫んだが、それはウルバルト帝国兵士達には誘いでしかなかった。
その声の元には堅固そうだが立派な砦がある。
かなりの金と労力を費やして作り上げたのだろう。
だったら、その先には高価で夢のような宝があるに違いない!
一万からなるウルバルト帝国、カイナ達には全くどこの者達なのかわからない状態での偶発的というには浅はかな城塞戦が始まってしまった。
次々と見た事も無い、だが軽装鎧とかいう事は理解出来る鎧を着込んだ者達が次々とゲーネル要塞に襲い掛かってきた。
更に続々と攻め入って来る。
「兎に角、ゲーネル要塞を守り抜け!
絶対に城壁には近づけさせるな!」
必死に叫びカイナが指揮、戦さなど慣れてはいないが必死になって叫ぶ。
こうしてウルバルト帝国二万、ゲーネル要塞守備兵達三千による戦さが開始された。
いや世界大戦の最初が始まった。