一家団欒
俺達エスポワール帝国の者達が大会議を後にし建設途中の帝都ボヌールタウンに帰還し上々な結果に対しての宴会の最中の出来事だった。
突然の異変が東の空を真っ赤にした。
「何だ⁉︎
何が起こたんだ、何があった⁉︎」
俺達重臣達でさえ慌てる中、アルベルタだけは冷静な判断を下した。
「直ぐに使者派遣の準備を整えなさい!
あの方向はローヴェの方向、何かあったのかもしれない。
使者は念の為に3人を。」
このアルベルタの命令にシーダ・モンデルデンが動き自らの部下である文官1人と兵士2人が選抜され直ぐさまローヴェに旅立っていった。
だが、それから5日後であった。
更なる脅威がエスポワール帝国、いやストークス家を襲う事態が待っていた。
それは真昼間の出来事。
突然に建設途中のボヌールタウンが一瞬だけ暗闇に覆われたかと思うと直ぐに目が眩むような光に照らされた。
光というよう火、巨大な炎の塊だった。
出来たばかりの城壁に、その塊が舞い降りたかと思うと今度は鳥、炎を纏った巨大な鳥になった。
「魔獣の襲来だ!
直ぐに厳戒体制を整えろ!」
シェリーが叫び軍勢を急遽整え先陣し俺達も直ぐ様に直属軍を招集する事態に襲われた。
しかし急遽の事に招集ままならず、それでも集まった7千以下の全兵力にも巨大な鳥は城壁に佇んだままだったが、萌黄が到着した事で事態は急変した。
唐突も無く鳥が叫んだのだ。
ギャアーー!
広いボヌールタウンに響き渡った巨大な鳥の叫び声。
生きとし生けるもの全てがパニックを引き起こしそうな鳴き声。
だが不思議にも、その叫び声の意味は俺には理解出来た。
頭の中に響く感覚、それはゴブリンの念話のようなものではない。
叫び声の裏の言葉が頭に浮かんできた、そんな感覚だった。
「帰って来たのか憎々しき者よ!
お前が恐れ望んだ世界の始まりだ!」
誰しもが混乱の最中、俺には理解出来た。
憎々しき者?お前?って誰の事だ?
それに恐れた世界って‥‥。
そして巨大な鳥は北に向かって飛び立った。
「アベル、あれは一体何だったんだ⁉︎」
およそ7千人が呆然と化す中でメリッサが声を掛けてきた。
彼女も巨大な鳥の叫び声の意味が分かっていないようだ。
じゃあ何故俺だけには理解出来た?
もしかして巨大な鳥のいう『憎々しき者』とは俺自身なのか?
そんな疑問が大きく渦巻いた時、萌黄のいる方向から別の叫び声が起こった。
「リーゼ⁉︎リーゼ⁉︎どうしたのリーゼ⁉︎」
それは萌黄の副官の1人キッカが必死に叫ぶ声。
俺とメリッサが急いで向かうと、そこには俺の知らないリーゼがいた。
いや‥‥どこかでは見たような気もした。
「‥‥憎々しき者だと、只が鳥の分際で……。」
ボソッと呟くリーゼの顔は目を血走らせ口はニタぁ〜と笑い、まるで鬼の形相、そんな感じに変化していたのだ。
「ど……どうしたリーゼ⁉︎」
リーゼの顔に焦りのあまり発した言葉に反応し俺に振り返ったが、より一層の焦りを生み出す結果となってしまった。
俺に振り返ったリーゼの髪、見事な黒髪が何故か真っ白に見えたのだ。
更には‥‥。
「お前……私の姿を見たなああ!」
そのリーゼの叫びに身体が恐怖に包まれた。
逃げなきゃ殺される!
すぐそこにある死が差し迫る。
絶対的な死が目の前にある。
そんな感じの恐怖が俺を包み込んだ。
本能的なのか逃げ出そうと後ろを振り返った時と同時にパシッ!と何かが弾けたような音がし俺を落ち着かせ、リーゼを我を取り戻したようだ。
メリッサがリーゼを平手打ちしていたのだ。
「リーゼ落ち着け!」
平手打ちをし肩を揺さぶられ我を取り戻したリーゼだったが自分自身でも現状を理解しておらず俺とメリッサに聞いてきた。
「私‥‥⁉︎」
「リーゼ‥‥先程の事を覚えているか?」
メリッサの質問にも、やはりだが覚えていない。
自分でも理解不能な感じだった。
それから一応は3時間程の警戒態勢の後に魔獣の襲来危機は無くなったと判断され一部の兵力を残し解散となり俺達は出来上がったばかりのメリッサの家に帰る事になった。
帰宅して直ぐにリーゼは気分が悪いと寝込んでしまったのだが。
「アベル‥‥あの時のリーゼの顔、私は以前にも見た事がある。」
俺が恐れ慄いたリーゼの顔をメリッサは見た事があるらしい。
メリッサが言うには、俺達がコープ村からオービスト大砦に脱出しようとし俺がイグナイト兵士達に捕まって以後の事らしい。
「あの時のリーゼの顔だった。」
テームル川で追って来たイグナイト兵士を殺した時のリーゼの顔らしい。
思い出し考え込んだメリッサに俺も言った。
あのリーゼの髪が白く見えた事をだ。
しかしメリッサには白くは見えておらず黒髪のまま、どうやら見えたのは俺だけのようだが、気になる事を言った。
「リーゼと瓜二つとかいうウルバルト帝国のハタンとかいう奴が白髪ではなかったか⁉︎」
そうだ、確かハタンは白髪。
そして俺と瓜二つのボルドとかいう奴も白髪。
あの魔獣が言った『憎々しき者』とはハタンの事なのか⁉︎
もしかしてハタンと間違えてリーゼに向かって言ったのかもしれない。
そう俺は思ったが、それなら変だ。
ならば、何故あの魔獣の言葉にリーゼは反応した?
何故、俺にはリーゼの髪が白く見えた?
考えれば考えるほど不可解になっていった。
そんな1月を過ごした頃だった。
あれからリーゼは俺達姉兄が心配する中、職務は行うが今一つ体調が戻らない状況が続いた。
いや体調だけではない、精神的にもだ。
時折、ニヤついたりしたと思えば悲しげな表情を浮かべてみたりと不安定な日々を過ごしていた。
俺達姉兄も心配せずにはいられなかったが萌黄の連中もシェリー達重臣達も同じだった。
中でもアルベルタが一番に心配してくれ、そして俺達一家に10日程の休養をくれたのだった。
アルベルタのくれた休養をどうするかメリッサと話し合っていると調子の悪いはずのリーゼが言って来た。
「父ちゃんと母ちゃんのお墓を建ててなかったから建てない?」
リーゼの言葉に今更ながら気がついた。
今までが必死で俺達は両親の墓がなかった事実に気づいていなかった。
ここボヌールタウンは旧パースであり、コープ村も直ぐ近くにあるのに‥‥。
「そうだな、良い機会だ。
墓を建てに行こう。」
早速、3人で馬を跳ばしコープ村の我が家に向かった。
途中、ボヌールタウンの酒屋に寄り父アルの為に供える酒を買う事にしたが、そこで思いもかけぬ人物と再会することとなった。
酒屋の店主の女性だった。
代金の支払いをしようとすると、いらないと言うのだ。
そして代わりに俺の顔を涙ぐみながら見て言ってきた。
「アベルちゃん‥‥こんなに立派になって‥‥。」
そう言う女性の顔をじっくりと見て思い出した。
忘れていた自分が恩知らずと思う。
「もしかしてピア小母さん⁉︎」
俺が師匠備前紅風の下で修行していた時に、よく酒を買いに行っていた酒屋のピア小母さんだった。
懐かしい人物との再会。
色々と話し彼女の家族が、あのイグナイト帝国侵攻により四散し更には夫は戦死したが2人の娘は最近イグナイト帝国との休戦条件の履行により帰ってきて今は一緒に暮らしているらしい。
だが娘達はイグナイトの貴族の慰み者にされていた為、精神状態が不安定で未だ床に伏したままらしい。
「まだ生きて帰って来れたんだ。
アベルちゃん達が命を懸けて戦ってくれたおかげさ。」
あのイグナイト帝国の侵攻から捕虜にされた人達がスチュアート・ハミルトン達の尽力により次々と帰還しボヌールタウンの建設にも励んでくれている。
だが、その陰ではピアの娘達のように精神的に不安定な者達も多い。
アルベルタも、そういった者達への配慮は忘れず自ら足を運んでケアに努めているらしいが、まだまだ時間が掛かりそうだ。
「一刻も早く立ち直ってくれる事を祈っています。」
そう陳腐な慰めの言葉しか言えず別れる事になってしまったのだが。
そんな俺にピアは笑顔で手を振ってくれていた。
「国の復興は未だならずだな。
アベル、我々も尽力せねばな。
それが彼女達を救う第一歩なのだから。」
メリッサの言葉に改めて、そう思った。
それから直ぐに懐かしい我が家に着いた。
だが来なければ良かったと思うほどの状態だった。
あのアルやヘレン、ストークスの家族で暮らした我が家は見る影も形もなく荒れ果てていた。
形が残っているだけマシと言って良いのかもしれない。
直ぐに中に入り確かめるが家財道具は元より幸せだった生活が遥か昔だったのかのように荒れ果てていた。
俺とリーゼが想像はしていたが現実に観て愕然となった中、実姉メリッサだけは違った。
「父ちゃんや母ちゃんのおかげで我らは生き残った。
感謝し、何か遺品になるようなものがあるかもしれない。
探そう。
そんなのがあれば父ちゃんと母ちゃんの墓にも意味が出来るさ。」
3人で時間を掛けて探すとメリッサが取手の無くなったコップを見つけた。
それは最早原形すら留めていないが懐かしいコップ、変哲もない普通の木で出来た何処にでもあるコップだった。
「……父ちゃん。」
メリッサの不意な呟きと同時に薄らと涙を浮かべた。
その涙と同時に俺にも懐かしい、人としての生き方を教えてくれたアルの酔っぱらった姿が思い出された。
『母ちゃん、もう一杯だけ飲ませてくれよー、明日も俺一生懸命に耕すからさー』
そんな酔っぱらいの戯言。
今も俺の胸に残るアルを印象付ける言葉だ。
「父アルの骨身になる物は無いが、これこそ父の代名詞!父の魂じゃないのか?」
メリッサが自身の想いを語るように言った。
酒を飲み、その日、次の日を語る父。
そのコップは父アルを語るに相応しいかもしれない。
「これを墓に入れよう。
だが母ヘレンの物が無いが‥‥。」
そう、どんなに探してもヘレンの物が無かったのだ。
服の切れ端でもと思ったが考えてみるとオービスト大砦に逃げる時に服やら靴やら売れそうな物はあらかた持っていったから無かったのだ。
「これを供えよう。」
リーゼが呟いて差し出したもの、それは俺が必死な想いで掴み取りナザニンに頼み届けて貰ったヘレンのブローチだった。
「良いのかリーゼ?」
「母ちゃんも父ちゃんの隣りにいる方が喜ぶよ。」
そして一対の墓を建て供えた。
3人でピアから貰った酒を供え拝み、俺達も飲む。
「久しぶりの一家団欒だ。
酒を飲みながら思い出話でもしよう。
祈りの言葉より父ちゃんと母ちゃんには、その方が喜ぶだろう。」
長い時間墓の前での思い出話に託けての宴、ストークス家の宴となり酒を飲む。
何故かリーゼが嬉しそうにしていたのが印象に残った。
夜、屋根など無くなった我が家で3人並んで寝ていた時にリーゼが呟いた。
「やっと‥‥やっと家に帰って来れたね。」
そう俺達は、あの日からやっとのことで、死ぬような想いをしながら生きて帰って来れた。
俺達は幸運だったのだ。
我が家に帰って来れたのだから。
それからは残りの時間を何をするわけでもなく我が家で過ごす。
アルが耕していた畑を見に行ったり通っていた学校を見に行ったり、生きて帰って来れた近所の人達との再会もあったりと意外に忙しい休暇となった。
そしてアルベルタから貰った休暇が終わる前日に再び両親の墓に別れの挨拶をしに行った時だった。
「父ちゃん、母ちゃん我等はエスポワール帝国の為、民衆の為に働きストークスの名に恥じない生き方をして参ります。
どうか見守って下さい。」
長女メリッサが代表して最後の挨拶をする。
俺達弟妹も頭を下げて祈りの言葉を呟く。
だが同時にリーゼが悲しそうに呟いた。
さよなら‥‥父ちゃん、母ちゃん。
さよなら‥‥これから帝都に帰還するから、そう呟いたのだろうか?
何故か、そう疑問に思う。
そして俺達の休暇は終わった。
一家団欒が終わったのだ。
それは最後のストークス家の一家団欒。
もう二度と無い、俺、メリッサ、リーゼの3人の最後の一家団欒となった。