卓球ペア 3
これで2度目か……。
その目で眺める母の死体。
母の両脇に並べられたペルジドとバヤンの母達の死体、狙いすましたように咽喉を斬られた死体、2人共にほんの一瞬の出来事だったのだろう、その表情には笑顔さえ見て取れた。
そんな冷静且つ単純な思考の元に運び込まれたボルテの遺体を眺めるサラーナがいた。
斜めに一線の斬り込み。
見事なまでに左上から右下まで胴を斬られた母の遺体、その目は怯えてもおらず何かを掴もうとする、そんな感じに見開いた目。
前回よりは恐らくマシな遺体なのだろう、前はもっと酷かったような気がする。
私を最後に思ってくれたんだな……。
ボルテの半開きの口元が物語っているような気がした。
そんな感想を頭の中に思っただけだった。
「サラーナ様、今直ぐハタンを討つ命令を!」
ホルロー、オルツィイの母達が声を張り上げ自分に即している、それは理解出来た、だが同時に無駄だと思った。
ここまで武勇優れ者と称されるペルジドとバヤンの母達がいる状況で3人同時にあっさりと殺されたのだ、然も敵はかなりの手練れを使い確実に主から狙い、自分の予測の先を動き行動を開始している。
卓球なら5手も6手も先を読んで行動しているのだ。
既に試合の流れを支配された。
その試合は負けと云って良かった。
事実、十分に警戒していたはずのホルローの母親も、あっさりと1カ月せぬ間に同じように殺られた。
縦に真っ二つに斬られた、それだけの違いだった。
「無念だが、この勝負既に負けだ。
流れに逆らわず大人しくしよう。」
敵になる者、邪魔になる者、全てを先読みし敵は排除に掛かっている。
こちらが判っている事実、敵が誰だか分からない、それだけだった。
女帝ハタンは現在3歳、とても指示し命令を下したとは思えなかった。
ハタンの実姉テムルンにしても数カ月前から病に臥せり寝たきりと聞いている、ではボルドか?
いや……確か7歳、そのような者に出来るはずなど考えられない、まるで霞でも相手にしている。
正に、そんな状況、されるがままだった。
だが、そうなると幼き幼馴染達を守る義務が自分には出て来る。
幼馴染と同齢とはいえ自分は元中学生なのだ、この世界で生きた年齢を足せば成人しているのだ。
「後少し……後少しでゾンモル草原の民達をフェニックスから救えたものを。」
母ボルテの側近で文官であるオルツィイの母が泣きながら叫んだ。
恐らく母ボルテから、ある程度は聞いていたのか納得はしていたのだろう。
ハタン自身が言い伝えのオルリコと同じ白髪、忌み子が皇帝の地位にあるのだ、直ぐに納得したのだろう。
「サラーナ様、せめて地位の維持、ウルバルト帝国の皇族としての地位と誇りのみは守れるようにし機会挽回を待ちましょう!」
そう勇気づけてくれた彼女も、その3日後に、やはり何者かに殺された。
そして後日7歳のボルドを摂政にする、ハタンから文官達が居並ぶ場で突如の発表があった。
「おふざけを!只が7歳の子供、女帝の兄とはいえ務まるはずは無い!」
文官達の半分ボルテ派だった者達が笑い中傷すると直ぐに単純に排除された。
3歳の女帝ハタンの一言によってである。
「衛兵、今笑った奴は全て殺せ!」
突然の幼き女帝からの命令に一時は戸惑う衛兵達が悪鬼にでも魅入られた様に殺戮を開始し全てを殺し排除した、邪魔な奴らを皆殺しにしたのだ。
出来上がった血の海に幼き女帝が立つと再びボソッと顔は面白くも無さそうに呟いた。
「誰が皇帝か理解しているのか?」
この言葉により女帝は恐怖を植え付け地位を確立し実兄ボルドの摂政就任を確定させたのだった。
更に3日後、土下座するサラーナを前に一つしか年齢が変わらない新摂政が幼き女帝ハタンを背にして見下ろしていた。
ボルドだった。
「従妹殿、血の繫がりがあるとはいえ初めてお会いする。
私がボルドだ、良しなに。」
鋭い目で自分を注意深く観察している、額を地べたに付けた状態でもボルドの殺気がヒシヒシと伝わってくる。
殺すつもりか!?
いや事前に話したツォモルリグの両親の読みではボルドは殺すという手段を絶対に選択する事は無いという判断だった。
そう穏やかに安心させようと自分に言った身分の低いツォモルリグの両親、しかし彼らの判断には説得力があった。
「恐らくサラーナ様に叛意があるかどうかと貴女の能力を見極めたいだけ。
もし殺す意思があるなら、必ずボルテ様の次に殺していたはず。
ならば出来るだけ遜り屈辱に塗れても挺身低頭でいて下さい。」
「次に殺していたはず!?
お前達はボルドが母達を殺したと言うのか?」
「恐らく……実際に手を下した者は別に居ましょうが命を下し操ったのはボルドで間違いないでしょう。」
「しかし彼は7歳、そのような事が出来るのか?」
そんな当たり前な疑問をツォモルリグの両親にぶつけると平然と答えを言った。
「それは分かりません。
しかしハタンと同じ白髪を持つ者である忌み子、3歳の忌み子ですら邪魔者を躊躇なく殺害して退けた。
その同じ白髪を持つ忌み子、然も7歳なら、もっとえげつない手段を獲っても不思議ではないでしょう。」
「そうなのか……。」
そうか……ボルドが母を殺したのか。
悲しくはあったが不思議と恨みなどはなかった。
彼とて母を自分の母に殺されたのだ。
母を殺られたから母を殺した、それだけだと思った。
自分は異世界とはいえ母に再会を果たしたのだ、しかし彼は二度と会えない。
そう思うと逆に申し訳けない気持ちになった。
そんな想いに捉われた時、再びツォモルリグの両親が口を開けた、サラーナが生き残る手段を話し始めたのだ。
「兎に角、泣き喚き怯え無様な振りに徹して下さい。
良いですか、サラーナ様は皇族。
ボルドにとってもハタンを除けば、ただ1人だけの血の繋がりがある身内。
これからのウルバルト帝国を考えれば外交手段の一つに使いたいと考えるはず。
良いですか、外交手段の駒が有能であれば価値はありません、無能な駒の方が扱い易く良いのです。
臆病な無能な小娘を演じて下さい!
そうボルドに思わせれば、後は機会を待つのみ。
機会は必ずやって来ます、我慢強く待つのみ!」
そして演じた。
睨み7歳とは思えない殺気を放つボルドの前で6歳の少女らしく直前まで我慢していた小便まで垂れ流し泣き真似をしてまで無様に演じてみせた。
後に思えば、互いに転生者同士とは気付いていない滑稽な行為であった。
「従妹殿‥‥機会があればだが近い内に我ら兄妹と食事などを致そうか。」
サラーナの肩に手をやり、そして2人は離れて行った。
この瞬間、ボルドはツォモルリグの両親に負けが決定したのだ。
見事に嵌められたのだ、何事も最初の印象が大事であり後から変えようとしても中々変わらない。
後にボルドがサラーナに兵を与えたのも、この印象が少なからず残っていたからだった。
あいつなら無能だから安全だ、大丈夫だろ!
同時にサラーナは命を繋いだ。
「さて、これで当分の間は大丈夫でしょう。
これから先は機会が来るまで待っていましょう。」
ツォモルリグの両親が笑顔で言った。
その夜だった。
不意にフトシが現れたのだ。
「ボルテが殺されるとは‥‥当分は百鬼夜行は無理だな。
しかし、どうする?
仇を討ちたいなら手伝ってやるぞ、ボルテには世話になったからな。」
「いや‥‥仇討ちは良い。」
「じゃあ‥‥ハタンを殺さねばフェニックスがゾンモル草原を襲うが⁉︎」
再び洗脳されてである。
今度は西方にいる一緒に死んだ者だけでなく母ボルテを含めた言い回し更に加え正当化するように洗脳された。
それからはボルドがツォモルリグの両親に嵌められた件に続いていく事となる。
ただ敵国軍師に身分を悟られる事なく情報を提供していたのはツォモルリグの両親であり、最初に反乱を起こそうとした1万の者達も彼らが誑かした各地の野党達や溢れ者達であった。
「私達の言う通りにすればウルバルト帝国の兵士になれるぞ!
単に普通に入っても下っ端から、然も粗末に扱われるだけだ。
だが反骨精神を見せれば、きっと優遇されるぞ!」
時を捉えて彼らを唆し、反乱分子らしく操ったが真相であった。
実際、ボルド自身も、その時は弱気になっていたから彼らを優遇していたのだった。
そして『暗示術』も同時にフトシから教わり、東南部に侵攻して行く事となる。
※ ※ ※
一つのゲルの中。
ナーガとフトシを倒した日の深夜、そのゲルの中には5人が集まった。
転生者であるボルド、テムルン、ゴンザ、そしてサラーナとコンジェルである、ぎこちなく不器用な敢えて日本語での話し合いが行われていた。
ただコンジェルだけは現状が、いきなり進みすぎて未だ自失呆然である。
「そうか‥‥そういう事だったのか。」
ボルドがサラーナから全てを聞きツォモルリグの両親に易々と良い様に嵌められていた事に項垂れた。
何よりボルテを実際に殺したのはテムルンであるが指示したのはボルド。
自分が殺したと発覚していたのだ。
「そうだ、俺がボルテいや伯母上を殺した。
どうするサラーナ、俺を殺し仇を討ちたいか?」
無抵抗に殺される覚悟さえしたボルドから聞かれたサラーナだったが黙っていた。
答えられなかったのだ。
「……いや違う。
伯母上ボルテを暗闇に紛れ殺したのは私テムルンだ。
指示したのは確かにボルドだが手を下したのは私だ。
殺したいなら私を殺せ!
勿論、殺されるつもりはないがな。」
ボルドを庇うつもりは無いが、テムルンが口を挟み真実を話すとサラーナが呟いた、それは恨みや仇討ちなどではなかった。
「従姉殿、母ボルテの死に際は、どんな感じだった?
何か言葉を残したか?」
サラーナの質問が意外だったのかテムルンが片眉を僅かに動かしたが、直ぐに思い出したように話し始めた。
「『まだ死ねぬ』……その一言だけ。
死者に御世辞ではないが伯母上は強かった。
前世で武道でもやっていたのだろうな、あの捌きと動体視力、今思い出しても見事であった。」
あの時、確かにテムルンはボルテを一撃の元に倒したが、実際は『一撃』を決めるまでが苦労していたのだ。
一般に卓球は屋内競技そして温泉などで気軽に楽しめるイメージ故に軽く見られがちであるが、実際は違う。
卓球のプロ同士が試合をしたなら体感速度100KM以上を2740MM×1525MMの狭い範囲で打ち合っているのだ。
それは秒などでは語れない感覚であり、それ故『最速のスポーツ』と呼ばれているのだ。
男子ならスマッシュを放った場合は180KMを超えるのだ。
テムルンいや田中希枝が死ぬまで修練した剣道にしても『最速』が支配する勝負である。
本来は成立しないがコンマという時間の単位で戦ったならテムルンが苦労したのも当然の話だった。
どちらも『最速』という瞬間の中で勝負してるのだから。
「そうか……『まだ死ねぬ』と言ったか……。」
娘かフェニックスか、どちらとも付かない言葉を残し母は死んでいたのだ。
最期に自分を思って死んだと思いたいサラーナだったが現摂政は考える時間さえ与えなかったのだ。
「で……どうするサラーナ。
ここにいる我らは転生して来た者。
似たような立場上、協力はしたい……しかしだ……恨みとは甘いものじゃない。
外に出て答えを出そうか。
私とサラーナが斬り合い、どちらかが死んで決着を付ければ済む話だ!」
どちらかが死んで終わりにせねばならないか!
互いに『やむ無し』といった表情を浮かべゲルから出ようとした時だった、ボルドが真顔、表情を変えずに2人に言った。
「2人とも待て。
コンジェル落ち着かないところで悪いが直ぐにツォモルリグ、ペルジド、ホルロー、オルツィイ、バヤンの5人を呼んで来てくれ、頼む。
それと各々の武器は携えて来いとも伝えてくれ。」
ボルドから頼まれたコンジェルが、少しだけ『助かった』という表情を浮かべ5人を呼びに走った時、それまで黙っていたゴンザが不意に口を開いた。
「ボルドの摂政様……これからどうするんだよ?」
どうする、それは自分達が転生者であり隠していた事が各々に露見した以上、どうするのかを聞きたいのだった。
「どうする!?何もするつもりは無い。
俺はボルドであり、お前はゴンザだ。
前の世界の事なんて知らん、だが……。」
「だが……?」
「長い間1人悩んでいた事がある。
そこでサラーナに1つ聞きたい。
お前をゴンザが間違えた『ミザリー・グットリッジ』という西方の女、前の世界で死んだ時一緒だったかもしれない女について今どう思っている?」
唐突なボルドからの質問に少し焦った表情を浮かべたサラーナだったが直ぐに答えた。
ただ、それはボルドの予想内と予想外を伴なってだった。
「その名前を聞くと何故か不快になる、しかし……一方で逢いたい、愛おしい気持ちもある。
会って話もしたい。
いつも夢の中に出て来る女の子だ、顔は霞でも掛かったように分からないが。」
不快という感覚は理解出来るが愛おしいという感覚は自分はアベル・ストークスには無いのだ。
ただ会うだろう、必ず殺し合う、そういう敵対心に似たようなものしかなかった。
それはテムルンも同じのようだった、でなければ以前に『目的を果たす為に西方に行く。』などとは言わないだろう。
「そうか……俺達とは少し違うが『不快』は同じか。
なあサラーナ、これは俺の予想だけの話だが、その『ミザリー・グットリッジ』なる女は、もう1人の俺と近い者だと思う。」
「もう1人の俺?近い者?どういう意味だ?」
「そうだ、もう1人の俺。
アベル・ストークスという西方にいる俺と瓜二つの者だ。
然も、そのアベルの実姉メリッサ・ヴェルサーチ、実妹リーゼ・ヴェルサーチは俺の実姉テムルンと実妹ハタンに瓜二つ、東と西で鏡合わせにしたように存在するのを確認している。
リーゼ・ヴェルサーチにはルシアニアで実際に我ら姉弟は出会い、共にナーガを倒したからな。
髪色と性格以外はハタンと瓜二つであった。
こうやって我らが鏡合わせのように存在し、そして我らの近くに転生者であるサラーナがいる。
とすれば、その『ミザリー・グットリッジ』もアベル・ストークスの近くに居ると俺は思う。
これはゴンザとコンジェルにも言える事だが……。」
納得したのかしなかったのか、そんな表情をサラーナが浮かべた時、慌てた者がいた。
ゴンザであった。
「じゃあ俺にもいるって事か?
西方に俺と瓜二つの奴が!?」
「ああ、恐らくな。
前の世界で何か事情の有る人物なんだろうが。」
誰だ、それ?
ウルバルト帝国に来る前なら兎も角、記憶が消去された状態で分かるはずも無いがゴンザが必死に考える時、コンジェルに連れられたツォモルリグ、ペルジド、ホルロー、オルツィイ、バヤンの5人がやって来た。
各々に武器を携えてである。
「さて……前の世界の話は一度終わりにして今の世界の話をしようか。」
ボソッと呟き5人を前にしたボルドが二刀を抜いた。
「ペルジド、ホルロー、オルツィイ、バヤンに言う事がある。
お前達の母を殺したのは俺ボルドだ。」
いきなり発覚した事実。
然も事実上、母達を殺した本人から聞かされたのだ、当然ながら4人が一斉に剣を抜いた。
「そう焦るなよ。
俺とて、お前達の母に母オヨンを殺されているらしいからな。
そこでだ!
親の仇討ちと行こうか。
俺はペルジド、ホルロー、オルツィィ、バヤンの4人と戦う。
テムルン姉様はサラーナとだ。
ツォモルリグは悪いが今まで5人と一緒に居たんだ。
サラーナを手伝ってやってくれ、その方が良いだろ。
お前達が勝てばサラーナがウルバルト帝国女帝になれば良い、後は好きにしろ。
どうだ⁉︎単純且つ正々堂々、然も兵達を巻き込まないで済む。」
かなりの譲歩した条件に戸惑う6人だったが、やはりツォモルリグだけは冷静に考え聞いて来た。
「かなりふざけた条件、いくらボルド様もテムルン様も強いといっても我等6人を相手に勝てるとお思いか?
第一に、この仇討ちに女帝ハタンの意思は無いが?」
「ハタンの意思か‥‥そんなのは知るか!
今までハタンを守って来たのは我等姉弟だ。
お前達の母を殺したのもハタンの為だ!
この位の事でハタンに文句を言われる筋合いは無い。
俺達が死んだら後は知らん、当然だ!」
「なるほど‥‥確かに単純ですね。
考えてみると、これもゾンモル草原で生きる者の流儀か。
だが後悔されるなよ!」
「お互いにな。」
こうして1対4、1対2、単純且つ明確な『親の仇討ち』が始まった。