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心・技・体

1頭の馬に追い掛けるのは7頭の馬。

少女2人を7人の大人の男が追い掛けている、片方の少女には左腕に矢が突き刺さっていた。


「止まれー、止まらんと殺すぞ!」


追うもの達は義務のように同じ言葉を繰り返し叫んでいる。


「姉ちゃん、戻って兄ちゃんを助けに行こうよ!」


自分の前で必死に馬の立髪にしがみ付く少女が叫ぶ。


馬を必死に右腕一本で操る少女が口で咥えていた剣を一瞬だけ手綱を離した右腕で持ち直し幼い少女に言った。


「舌を噛む!黙ってろ!」


その怒気にも似た返答に少女:リーゼは泣きそうになりながら耐えた。


メリッサも出来る事ならそうしたいと思った。


しかし、それが右腕一本で幼いリーゼを連れた状態では叶わない事は判っていた。

それに自分の身を挺して死んでいったヘレンや捕まったアベルの為にも自分の責務はリーゼを守る事が最優先事項なのだから、自分しかリーゼを守れないのだから!


「おい!2人ほど先回りして橋を押さえろ!」


「了解」


追ってくる騎馬兵2人が離れていくのが見えた。

チャンスかもしれない!

直接追ってくるのは5人、先程から戦ったイグナイト騎馬兵達のレベルと同等なら右腕一本でも皆殺しにすることも可能だ。


「よし!リーゼ、絶対に立髪を離すんじゃないよ!」


テールム川岸手前に葦林が見えた、多少は泥濘があるかもしれないがあそこなら戦えそうだ!

メリッサは馬を葦林に向け走らせそして突っ込んだ、また追う騎馬兵5人も釣られたのか追い掛けてきた。


葦林は思った以上に高く5M程あり密集して生えていた。

直ぐに馬を降りリーゼを抱え身を隠しながら葦を分け奥へ進んだ。


イグナイト帝国の騎馬兵たちも馬から降り散開して追ってきたがメリッサには大馬鹿だとしか思えなかった。


1人1人殺せば良いだけだ。


ふと思った、そして不思議に思った。

転生前の自分なら、こんな事が出来ただろうか?

人を殺すという行為を今の自分は躊躇のなくやってのけた。

転生前の自分は指導する弟子たちに常に『心・技・体』を教えてきた。


要は『健全な肉体には健全な魂が宿る』ってやつだ。


それがどうだ、実際に真剣を手にして戦えば健全な魂どころか欲望に支配される。

生前に願った事、自分の技が果たして実戦で通用するのか?

十分に通用した!しかも、この身体はまだ成長途中だ!まだ体格的にも体力的にも大きくなれる。

まだ強くなれるのだ!喜び以外はなかった。

老いた自分が衰え、剣道や弓道の団体から『師範』などと祭り上げられ煽てられた。

そんなものは興味がなかった、ただ絶対的な強さだけが自分の全てだった。


この世界は、そんな自分が望んだことを叶えてくれた最高の世界だ!

剣一本、弓の腕、それで成り上がれる世界なのだ!


「メリッサ姉ちゃん・・・・」


リーゼが不安そうな顔をして自分を見ている。

リーゼの言葉に我に返った。

自分は血に酔っていたようだ、戒めなければ!


「りーゼ、ここでジッとしてるんだよ、アイツらを始末して来るから!」


リーゼはコクっと頷き身を伏せた。


メリッサは葦林の中を匍匐前進しながら騎馬兵たちの背後に廻った。


あまり頭の良くない奴らのようだ。

自分達で「居たか―?」なんて声を出してわざわざ位置を知らせてくれた。


自分から一番近い騎馬兵の後方に音を立てずに近づき剣の間合い入った瞬間に「おい!」と小声で囁いた!

「ん?」と振り向いた時には騎馬兵の咽喉元から横一線に切口が走り『ピー』と口笛のような小さな音を立て騎馬兵は血を吹き散らしながら絶命した!


「なんだ、どうした?」


騎馬兵が1人死にに近づいてきた、これも同じ手で殺す、あと3人。


流石に2人の気配が消えた事に気づいた3人が大声で各自に警戒を呼び掛け始めた!


「おい、2人殺られたぞ!気を付けろ、隠れて襲ってきてるぞ!」


これでいい、恐怖に駆られれば一瞬の行動が遅くなる、一気にいく!


斬り殺したばかりの騎馬兵が持っていた槍を拾い鳳翼は口に咥え身を気配を消して動きだした。

騎馬兵たちが横一列に近い位置に移動してから槍を置き小石を拾う。

彼らの後方に小石を投げて『バサっ』と音がし意識と目線が集中する瞬間を狙って一番近い騎馬兵に目掛けて走り咽喉元に槍を突き入れ、次は口に咥えた鳳翼で怯えた騎馬兵を一気に袈裟斬りで仕留めた!


だが流石に奇襲はここまでだった。


3人目は突きを入れようとした際に泥濘で足を取られて身体が崩れ狙った咽喉への突きが逸れ首を掠っただけになってしまった。

すぐさま体制を整えて反撃に備えようとしたが泥濘に足が嵌まって抜けない、しかし騎馬兵は怯え逃げだした!


しくじった・・・・


後の2人と合流されても厄介だ、本隊と合流されるともっと厄介だ、絶対にここで殺す!


何とか泥濘から脱出し、すぐさま葦林を掻き分け後を追う。

しかしメリッサに前方から男の絶叫が聞こえてきた!


「ぎゃあああ、やめてくれ、たすけてくれー」


メリッサが絶叫が聞こえた場所に行くと、そこには逃げた騎馬兵が既に死んでいた。

しかも、その騎馬兵の上に跨り、死んだ騎馬兵が持っていたのであろうか、ナイフを何度も突き立てるリーゼがそこにいた!


「死ねええええ!この野郎!死ねえええ!」


メリッサには目の前で起こっている光景が信じられなかった。

夢でも見ているのか?


いつも可愛げなリーゼが自分の目の前で敵兵とはいえ目を血走らせながらナイフを突き立てているのである。


呆然と見つめる中でアベルから聞いた話を想い出した。


15・6歳の黒髪の女の子が中年男性をナイフで何度も突き刺して殺し、それを見ていた自分にも襲いかかって来て追い掛けられた結果トラックに一緒に轢かれて死んだ、その時の女の子が転生したのがりーゼだ。


アベルの話からすると、リーゼは前世の記憶は無いと聞いていたが、今ここにいるリーゼは正に話の女の子じゃないか!


「リーゼ・・・・もういい、やめろ!」


やめさせようと声を掛けるとリーゼが鬼のような形相で振り向いた。


「おい、お前見たなああ!」


「お前も死ねえええ!」


リーゼがメリッサにナイフで襲い掛かって来た!


「やめろ、リーゼ!」


「死ねえええ!」


この子、転生前の黒髪の女の子に戻ったのか?


ナイフを鳳翼で跳ね飛ばし、そして鳳翼を地面に突き刺してからリーゼに平手打ちをして落ち着かせる。


「リーゼ、リーゼ!」


暫らくボーッとした顔のリーゼだったが、やがて泣き出した。


「・・・・・メリッサ姉ちゃん」


そっとリーゼを抱きしめて落ち着かせながら聞いてみる。


「リーゼ、今の事を覚えているか?」


「ううん、何も・・・・・」


「そうか・・・・・・それならいい」


リーゼが殺した騎馬兵を見ると、右の太腿に槍が刺さった跡があり、それから馬乗りになり咽喉を狙って突き刺したのであろうと判断できた。

槍は自分が殺した騎馬兵の槍であろう。

冷静に相手の動きを奪ってから肌の露出した咽喉を狙っているのだ。

殺しの経験のある人間のやり方だ・・・・・そう思った。


それから死んだ騎馬兵の馬の中で一番体格の良い馬を選び2人分の食料と薬、弓一式を積んでオービスト大砦に向け出発した。


途中で待ち伏せているはずの騎馬兵2人は、他の騎馬兵が来なかった事を警戒してか本隊に戻ったようで難なく渡る事が出来た。


だがオービスト大砦までは約100KM、これから先は大森林地帯だ。

カルム王国が健在な頃と違い警備まで手が廻っていないだろう。

だがイグナイト帝国の略奪兵どもも、ここまでは来ないだろう、少しは安心出来るだろう。


「リーゼ、父ちゃんも母ちゃんも生きてはいないだろう、アベルも死んでいるかもしれない。

だが私達は3人のおかげでこうして生きている、だから生きねばならん!分るな!」


「うん・・・・メリッサ姉ちゃん」


リーゼは涙ぐみながらもしっかりと答えメリッサを見た。


「それが分れば良い!」


「あのね、メリッサ姉ちゃん」


「なんだ?」


「リーゼにも剣の使い方を教えて欲しいな・・・・」


メリッサはリーゼの意思に関係なく武術を教えようと考えていた。

この子は私やアベルとは違い『業』を背負って転生している。

それは仏さまが、この子に与えた試練なのかも知れない。

もしかしたらアベルだけではなく、この子に何かを伝える為に自分も転生したのかも知れない。

だったら、自分に出来る事は何か?

かっての自分が弟子たちに教えた『心・技・体』しかない。

この世界に来てから、すっかり忘れてしまっていたが、今一度生前の自分に戻ろう。


そう誓いながらメリッサは馬を進めた。

アドバイスや誤字脱字等がありましたら御指摘宜しく御願いします。

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