元帝位継承順位3位
大移動、総勢48万の騎馬兵達が自分達の国に向かっての一応は華々しい帰還を始めた。
本来なら総勢53万であるが5万を占領した城塞に雷国と號国の侵攻に備え残しての帰還であった。
その全軍を前にして隣に新幕僚長を侍らせ女帝の一歩前に立ち、異様な仮面を被り紅い色の鉄と皮で作られた鎧を着こんだ新たな摂政となった女が自身の長刀を抜き放ち宣言する。
その宣言は合理的且つ将兵達には恐怖を与える内容だった。
「昨日も言ったが、略奪行為は勿論だが非道な行いをした者は即処刑する。」
略奪行為、この事は東と西、この世界では勝者の権利として当たり前の行為だが、それを禁じたのだ。
「我らウルバルト帝国は、これからは治政を行なう立場、生きとし生ける者を親が子を愛するが如く愛でる立場となったのだ。
それを理解出来ぬ者はウルバルト帝国には最早要らん、即立ち去り我らの敵となるが良い。
勿論だが情け容赦なく討伐する。」
明らかな不満が全軍から露わになった、これを楽しみにしている者も多くゾンモル草原で生まれた者には生活の一環としての仕事でもあるからだ。
だが直ぐに不満は恐怖に圧され消えた。
昨日、同じ内容を話したテムルンを無視し略奪行為に出掛け近隣の村を襲った兵100人を彼女は全て叩き斬ったのだ、そして、その直属の上官すら処刑したのだ。
勿論、殺される前に異を唱え当然の権利だと納得できず100人が叫んだのだが平然とテムルンは返答した。
「そうか納得出来ぬか。
ならば機会をやろう。100人全員で掛かってまいれ。
この命令を出したのは私摂政テムルンだ、その私を殺せば罪は無効となる。」
元来勇猛獰猛な兵達である、直ぐに剣を抜きテムルンに斬り掛かったが早々に縫うように100人の間を走り抜けた彼女に斬り殺され、逃げ出した者達も弓で射られ、更に遠くに逃げた者は騎馬にて追い掛けられた挙句嬲り殺されたのだ。
そして襲われた村には詫びとして遠征において食料として連れた牛や羊200頭を送り、村人達の目の前で100人の上官の首を刎ねたのだ。
「おい出来るだけ長い杭を101本用意しろ。こいつらの死体を晒すからな。」
その101本の杭の前でテムルンは全軍に話していたのだ、全ての将兵が恐怖した。
だが、そんな恐怖など歯牙にも掛けず最後の言葉を放った、それは前摂政とは違う言葉を平気な顔をしていったのだ。
より48万が凍り付いた、次の言葉にである。
「では女帝ハタンよ、ウルバルト帝国将兵達に御言葉を。」
女帝が言葉、全軍の前に立って言葉を放つなど今までは考えられない行為だった。
前摂政ボルドがハタンに強いる事も無く、常に奥深くに居る存在と全軍が認知していたから新摂政の言葉は驚き以外なかったのだ。
驚きに騒めき始めた兵士達の中を後衛、万が一雷国と號国の侵攻がある場合を想定し殿と先軍を兼ねた3万の軍から1人の鉄と皮で作られた黒の鎧を着た男が大慌てで飛び出してきた、先の摂政ボルドである。
「テムルン姉さま、ハタンを前に出す気か!?」
「当たり前だ、ハタンは女帝、このウルバルト帝国のNO.1だ。
当然だ、義務だ、それが皇帝という地位にある者としての仕事だ。
そしてボルド、現摂政は私テムルンだという事を理解して貰おう。
理解出来たなら持ち場に戻れ!出来ないならウルバルトから消えろ!」
さすがに唖然となり場に立ち竦んだが、暫らくして諦めたのか理解したのか自分の持ち場に戻ろうとするボルドだったが、そんな彼をテムルンが呼び止めた。
「せっかく来たのだ、前摂政として間近で女帝ハタンの晴れ姿を見守るが良い。」
そして明らかな不満顔を浮かべたハタンが初めてと言って良い、全軍の前に立った。
全将兵が注目する中で遂にハタンの言葉が語られた。
「ウルバルトの将兵達よ、大儀であった。
我等が悲願、嘉威国の殲滅、全ては其方ら勇猛なウルバルト将兵達のおかげと言って良い。
女帝、いや皇帝として全将兵に言葉を送ろう。
見事であった!
これよりウルバルト帝国遠征軍は帰還を果たす、胸を張ってゾンモル草原に帰るぞ!」
そして百鬼夜行を抜き放ち勇猛に、そして女帝として輝きながら叫んだ。
「ウルバルト帝国遠征軍、これよりゾンモル草原に向かって進軍!」
ハタンの言葉に全軍48万、サラーナの直属の11万の将兵達も含めて歓喜喝采であった。
ウルバルト帝国万歳!
女帝ハタンに栄光あれ!
などなどの喝采が起こる中で2人の男女が複雑な顔を浮かべた、ボルドとサラーナである。
ボルドは自身に凹み、サラーナは出鼻を挫かれたと思っていたのだ。
2人ともハタンが、このように全軍に士気を与えるなど出来ると思っていなかったのだ。
ボルドはハタンに人徳など無いと思っていた、しかし、それは今まで単にやらせず機会を奪っていただけだったと自分自身を恥じた。
サラーナはハタンが単に実兄ボルドに守られたお飾りの女帝だと思っていた。
だが、どうだ。
剣を取れば一流以上の動きを見せ全軍の前に立てば一気に将兵達を虜にしたカリスマ性、思い違いも良いところだと自身の浅はかさを恥じた。
仕方なかったのだ、今まで全てをボルドがやっていたのだから調べさせてもハタンは何もせず隠れているだけだという情報しか入って来なかったのだから。
そして2人にとって思い違いも良いところだった人物、テムルンである。
サラーナは兎も角、ボルドは勿論知っていたが、まさかここまでやるとは思っていなかったのだ。
それは帰還が発表された次の日の軍議の時だった。
ちなみに、この軍議には軍務に直接携わる者達だけで女帝ハタンの姿は無く、当然彼女を守る親衛隊の姿も無い。
「まず人事を発表する。
サラーナ旗下のペルジド、ホルローは私摂政テムルンの直属に転属とする。
この新たにウルバルト帝国支配となった地域と城塞の守護そして雷国と號国の侵攻の備えとする、だが聞けば直属に各々兵力1万と聞く、それでは少なすぎるゆえに新たに3万の将兵預け5万とする。
出来れば治安と内政もやって貰う、何故か2人とも怪我もしておるらしいから丁度良いだろう。
同じくサラーナ旗下のツォモルリグも摂政テムルンの直属として転属し摂政職務の補佐をせよ。
ペルジド、ホルローと同じく1万の直属軍を持っておるらしいから、丁度良い。
その1万を摂政直属軍とするゆえにツォモルリグには指揮も任せる、頼んだぞ、私は軍指揮は苦手だからな。」
この軍議にはサラーナを始めとする10狼女も参加していたが、真っ先に異議を唱えた。
自分達の13万の将兵が解体されるだろうとは予測は着けていた。
例え半分それ以下になったとしても勝てると信じていたから問題は無いと思っていたが予想外をされたからだ。
いざとなれば再び13万は集結し反旗を翻せば良い、そう言い含めてある。
そう考えていたが、まさか占領したばかりの地域を自分達に預けるとは思っていなかったのだ。
然も3万を追加され兵力を増やされてである。
下手をすれば、その3万を追加した5万が帰還する然も内はサラーナの直属11万を含んだ48万の後背を襲う事すら可能である。
「摂政よ、それは用心が無さすぎるのではないか?」
そんな変な言葉がサラーナの口から思わず出たが平気な顔をしテムルンが答えた。
「何を用心するのだ?
幕僚長、其方は何に用心しろと言いたいのだ?」
「いえ……申し訳ない。」
そのテムルンの質問は『用心』を聞きたいのではない。
牽制しているのだと思えたから何も言えなくなった。
次にツォモルリグの摂政補佐への就任である。
これにはサラーナが真っ先に異を唱え、その本人ツォモルリグも反抗の意を唱えた。
「ツォモルリグは知恵者と聞くゆえ私の補佐をして貰う。
私は知恵など持ち合わせておらぬゆえの人事だ。
いきなり摂政などという地位に置かれたのだ、言い出した本人には当然だが協力して貰うぞ。」
確かにテムルンを摂政と言い出し進言したのはツォモルリグであり、その彼女が仮面の奥から眼光を放ち威嚇しながら言うのだ。
さすがは元帝位継承順位3位……いや本来ならテムルン様こそ女帝になっていた方だ、なんて迫力だ。
反抗心など早々に削がれ頷く他は無かった、テムルンは当然の事を話しているのだから。
当然のように話すテムルンの言葉が続いたが、サラーナ達に更に予想外の言葉が出た。
それはボルドにとっても予想外、この人事自体を聞いてもいなかったから驚く他なかったのだ。
「しかし、このままでは東南の地において活躍しウルバルト帝国に貢献したサラーナの兵力を減らすだけとなる。
そこでボルド、スラージ、ゴンザにはサラーナ旗下に転属して貰う、元の直属に新たに1万を追加し3万でだ。
これでサラーナ直属は同じ13万、問題はないな。」
確かに数字の上では、そうだ。
だがボルド達を自分の旗下に送り込むという事は、監視されるという事だ。
監視されるとは予想もしていた、だがボルドだと!?
そこまでするのか!?
直ぐに怒りが込み上げサラーナが立ち上がろうとしたが、一歩遅かった。
もう1人も焦りと怒りから真っ赤な顔で速攻で立ち上がったのだ。
「何で俺が従妹殿の旗下なのだ!?
テムルン姉さま、理由を聞きたい!」
ボルド自身も聞いていなかったのか?そんな疑問がサラーナと10狼女達を覆い、更に彼の詰問が続いた。
まるでサラーナ達を代弁するように捲し立てたのだ。
「理由!?
私は摂政だ、何故現在一武将のボルドに私の決定を話せねばならぬ?
だが先の摂政の質問だ、答えてやろう。
私がツォモルリグを旗下に置いた以上はサラーナも助言をする者がおらねば困るだろう。
そこでボルドがサラーナに助言してやれ、そうすれば問題は無くなる。
なんせボルドは先の摂政だ、知恵もあるからサラーナも安心して聞けばよい。
なにより……お前ら婚約してただろう!?
丁度良いではないか、親密度を高め早く次の女帝を作って貰わねばならぬからな。」
「次の女帝って……。」
「我らが女帝は今のところ男に気を許すのはボルドかリューケしかおらぬからな。
まさかボルドを相手に近親相姦させる訳にもいかぬ。
ならばリューケをとも考えたが、あまりにも年齢が違いすぎる。
だったら万が一に備え次の世継ぎを考える事も摂政としての仕事だ。
なあツォモルリグ、其方も言っておったではないか。
我等が母オヨンとサラーナの母ボルテは実姉妹、元は一つ。
聞いていた思ったが、これほどの理想は確かにない!
勇猛なサラーナと知略のボルドから生まれる次世代の女帝、摂政いや叔母として実に心強い。
いや、めでたい。」
目が真剣なテムルンに3人が凍り付いた。
マジでか……本気で言っているのか!?
確かに、それはウルバルト帝国を考えた場合は理想的だ。
だが守ろうとするボルド、奪おうとするサラーナからすれば、それでは困る。
ハタンを守る為に俺は居るのだ、その俺に本気でサラーナと子など作らせる気か!?
冗談ではない、確かにボルドを部下にしてやろうと考えた、だがそれは飽く迄能力だけ、婚約にしても陽動だけの意味だ!
ボルドもサラーナも互いに敵だと認識しているが同一に近い考えを思った時、ツォモルリグは違う感想を持っていた。
本来なら、このテムルン様こそウルバルト帝国の女帝になられる方だった。
確かに継承順位1位と2位はいたが知勇兼備なテムルン様には遠く及ばないとの噂は幼き日に聞いた事がある。
その事実が目の前で起こっているのだ、然も全てが正論だ。
先程からのボルドの様子を見ると、どうやら仕込まれた動きではなく本当に知らされてもいなかったようだ。
とんでもない人を摂政にしてしまった、このままでは正論とウルバルト帝国という存在に我らは潰される。
直ぐにでも殺すか。
そんなツォモルリグの感想を見破ったのかテムルンが彼女の予想出来なかった事を命じて来た。
それは、まるで自分達の野望を達成しろとの後押しのような命令であった。
「よし人事も固まった。
それでは祝いとして今宵は摂政の名において宴など催そう。
女帝と新たな人事となった者と親衛隊長と侍従を摂政の名の下に招待しよう。
ツォモルリグ、警備は我ら摂政直属軍1万だけで十分だ、この先に確か川が流れ花が咲く景色の良い所があった。
そこで催そう、転属して早々で悪いが手配を頼む。」
本気で言っているのか!?
それではツォモルリグの1万で女帝ハタンを討ってくれと言っているようなものではないか!?
「どうした?早くしろ。
ツォモルリグ、初めに言っておくが私は行動の遅い者は嫌いだ。
それから我らが女帝は茶を嗜まれる、用意は忘れるな。
そしてリューケは羊は嫌いらしいから牛料理主体にする事も忘れるな。
勿論だが雪麗にも要望を聞くのは忘れるな、彼女は私の妹のような存在であり私の為に亡くなった恩人の妹だ、絶対に粗略にするなよ。
そういえばカチューシャ殿、其方は確かバラライカとかいう楽器を嗜むはずだったな。
武人には恥になるかもしれないが宴を盛り上げるために一役買って貰おう、良い曲を頼む。」
ツォモルリグが唖然とする中で即し更に招待客への気遣いも忘れない。
冷静に考える間も与えられぬままに次々と調べていたのか詳細に命じていく。
然も10狼女の1人でありルシアニア公国出身のカチューシャの事まで調べ趣味である楽器バラライカまで知っていた。
現に頼まれたカチューシャにしても自分の趣味まで調べられていたのかと呆然となった。
この人は、どこまで我らを調べて知っているのだ……。
これが脅しである事には気が付いた、もしかしたら殺すように誘う一方で逆に殺しに掛かっているのかもしれない。
「もう一度だけ言う。
これが最後だ、次は無い。
理解したなら早く行動しろツォモルリグ!」
「は、只今!」
勢いと迫力に押されツォモルリグが走り出した、もう考える余裕などなかったのである。
取りあえずは命令を遂行する、それだけであった。
10狼女の筆頭格であるツォモルリグが慌てた顔をして走り出したのを見て他の10狼女が呆然となる一方でサラーナの中で怒りが充満した、幼き日より供に苦労を分かち合ったツォモルリグが走狗のように良いように使われ、その実力が発揮出来ぬまま翻弄されているからだ。
ハタンの前にテムルンから殺してやる……。
だが、そんな殺意も感知したのかテムルンによって制された、但しこれはサラーナだけではない、ボルドもだった。
「それから幕僚長いや、この場合は従妹殿と御呼びしよう。
従妹殿は、何時からが良いのか教えて貰いたいのだが。」
奇妙な質問に疑問符が浮かんだ時、テムルンが恐ろしい話を始めた、それはボルドも同じであった。
「いや女の身体は微妙だからな。
排卵の時期関係など聞いて置かんと実弟を従妹殿のゲルに何時行かせて良いかと思ってな。
ああ、そうか従妹殿は実弟を幼き日より慕っていたのだったな、これは失礼した。
今日より寝床を共にされよ。
世継ぎ早い方が良いからな。」
「貴様……調子乗って……。」
「テムルン姉さま、まさか本気か……!?」
1人は腹の底から怒りが湧き上がり、1人は真青な顔をする中でテムルンの表情が一気に変わった。
「……調子に乗ってだと!?
幕僚長……まさか女帝の前で偽証したのではあるまいな?
あの言葉嘘か?
例えツォモルリグを庇う言葉とは云え偽証は偽証、然も偽証に使ったのは女帝の実兄、男とはいえ其方と同じ皇族。
まさかとは思うが偽りを述べたという事は無いだろうな?
女帝ハタンの御前にて!
もしそうなら万死に値するが……。」
やられた……自分の前からツォモルリグを排除してから些細な綻びを見つけ一気に万死という言葉まで持って行ったのだ。
ツォモルリグが場にいたなら、そんな綻びなどにも対応し言い返したであろうが、先に排除されてしまったのだ。
これが最初から狙いだったのか!
ならば、この場でテムルンやボルドを相手に立ち回るか!?
いや今は自分達皇族以外は軍議中の為に10狼女は武器を持っていない。
更には外には警備兵は勿論だが、多くの兵士達がいる、テムルンが一言叫べば殺到し自分達は捕縛されるのは目に見えている。
完全にやられた。
サラーナを守る為、9人の10狼女が身構えた。
自分達の身を捨てサラーナ1人を逃がす為だ。
だが、そんな危機が直ぐに終わりを迎えた。
テムルンの次の言葉がボルドにも向いたからだ。
「ふっ……失礼した。
東南部においてウルバルトに忠誠を誓い功を立てた従妹殿に失礼な言い様。
許して欲しい……しかし改めて摂政として命じるが今日より女帝の実兄であり我が実弟であるボルドとの寝屋は供にして頂く。
女帝に万が一があった場合を考慮し一刻も早く世継ぎを儲けねばならぬからな。
ボルド励めよ!
子は少なくとも5人は欲しいからな。」
そう命じられたボルドとサラーナが見たくはないが互いの顔を見合わせ蒼い顔という事実を確認するとともに『めでたい!』というテムルンの高笑いが仮面の奥から響き渡った。