逃亡
手首をメリッサにブチ折られてから1年が過ぎ俺は9歳になった。
相変らずだが学校も鍛冶屋の修行もメリッサから教わる剣道の練習も順調だと自分では思っている。
フォ―スも剣道の練習に呼応してか少しだけなら維持する事も出来るようになった。
結局のところ俺の場合のフォ―スの発動は『毎日発動させて慣れていこう!』しかなくメリッサやリーゼのように自然な発動は努力しないと無理だと云う事だ。
変化と言えば陸奥神威が師匠の家で居候している事だ。
兄弟子にあたるのだが毎日散歩に行ったり近所の子供達と遊んだりしているだけだ。
師匠も何も言わないから俺も言わないが、ただ仕事の邪魔をしてくるからウザい。
「アベル殿は好きな子とかいるのかい?恋愛はいいよ!女の身体ってさ凹凸があってさ、それが芸術なんだよー」
早くどこかに行って欲しいと思うが師匠が何も言わないので俺も言わない。
一度だけどうしてメリッサに剣を渡したのかとも聞いた事もあったが理由は教えてくれなかった。
ただ一言だけ言った。
「彼女が鳳翼を選んだんですよ!」
・・・・・・訳が分からん、メリッサは断ったと言っていたのに。
それから師匠も変わった、変わったというかおかしくなった。
時々、ボーっとするようになったり槌で自分の手を叩いてしまったりするようになった。
それにあまり酒を買ってこいとも言われなくなった。
心配になって医師の診断を勧めた事もあったけどボーっとした顔で頷くだけだった。
何か悩んでいるみたいなので、あまり干渉しないようにしている。
そしてメリッサ。
現在、メリッサは学校を卒業し今は家事手伝いと言う名の無職だ。
成績優秀者だったメリッサは就職や騎士見習いの推薦もあったけど彼女の希望で家事手伝いをしている。
名目は家事手伝いだがアルやヘレンに隠れて森の奥深くで魔物を狩ったりして剣の腕を磨いている。
時折、陸奥神威を訪ねて来て鳳翼の整備や仕留めた魔物の牙や鱗などの売却、狩り用の防具の購入を頼んだりしている。
普通なら冒険ギルドとかも思うだろうけど元々の性格が孤独主義者であるらしく群れるのは嫌らしい。
そんな日々が更に1年が過ぎ俺が10歳になった頃にカルム王国において大事件が勃発した。
カルム王国において武断派のリーダーであるアイダナ・カルムの突然死である。
アイダナ・カルムが供5人を連れ王族専用の狩り場で狩りをしている最中に突然泡を吹いて亡くなったのである。
泡を吹いて亡くなる症状は神経毒に犯された時の症状である。
もしかしたら誰にも分らなかっただけでテンカン持ちだったかもしれない。
だが、その場にいた者達は誰もが『暗殺』という文字が頭に浮かんだ。
国を揺るがす大事件になり武断派の貴族たちは文治派のアリダ・カルムとその一党を疑い武具を整え弔い合戦の準備を始めた!
当然ながら文治派のアリダ・カルムとその一党は無実潔白を主張する一方で身を守る為に兵を集め武具を整え始めたから余計に収まりが着かなくなりヒラリー・ヴェルデ―ルら中立派が仲裁に入るも全く効果無しの状況となってしまった。
そんな時アイダナ・カルムの後を継いだアメーリア・カルムがヒラリー・ヴェルデ―ルを通じて声明を発表した。
「我が母の死は悲しみなれど、今戦いを始めれば国を揺るがし国力の低下を招く。それは我が母の願いとは程遠く大きくかけ離れる。この上は恨みを無きにして国を想い万進せねばならぬ」
それからは中立派が仲介し武断派と文治派は手打ちとなったが王宮での手打ち式の署名の最中に今度はアリダ・カルムが突然頭を抱えて苦悶しながら亡くなってしまった。
恐らくは偶々の脳卒中だったのだろうが時が時であり場が場である。
アメーリア・カルムの敵討ちだと誰もが信じ込んだ。
しかも手打ちを仲介したのが中立派である。
文治派から見れば中立派も敵に回ったと思われても仕方がないい状況になってしまった。
完全に勢力不利と感じた文治派が頼った先は、よりにもよってイグナイト帝国だった。
文治派の救援要請にイグナイト帝国皇帝:エリザベート3世は即断し休戦協定を破棄し船6000隻12万の軍勢を派遣し北東の街であるカルネに侵攻して来た。
そうなると武断派と巻き込まれた中立派も同盟国であるケンゲル王国に救援要請を出したが返答はNO、それどころか同盟を破棄し7万の軍勢でカルム王国領西方の砦サクルに攻め込んで来た。
こうしてカルム王国は全領土を巻き込む戦場と化した。
「母ちゃん、メリッサ、アベル、リーゼ、じゃあ行ってくる!」
コープ村が中立派であるブキャナン家の所領であり武器整備係の経験があるアルは徴兵に取られて王都に守備兵として行かなければならなくなった。
村の学校が集合場所になっており徴兵に行く事になった30人とその家族が集まっていた。
「父ちゃん、行っちゃあ嫌だ・・・・行かないでよ、父ちゃん・・・・」
6歳になったリーゼがアルにしがみ付き行かせないようにする。
「大丈夫だ、リーゼ、父ちゃんは必ず帰って来るからな!」
「本当に?」
「帰ったらリーゼと釣りでも行こうか?でっかい魚を釣ってやるぞ!」
「本当に?」
「約束だ!だから母ちゃんの手伝いとかするんだぞ!」
「うん、分った!」
「メリッサ、アベル、母ちゃんとリーゼを頼んだぞ!」
「はい、父ちゃん!気を付けて!」
「それから母ちゃん・・・・・」
「父ちゃん・・・・・・帰って来たら幾らでも酒飲んで良いから絶対に生きて帰って来るんだよ!」
「そりゃ絶対に死ねねぇなぁー」
そんな家族たちの気持ちを嘲笑うように時間の鐘がなり学校の先生のダレン・イーシスの声が響いた。
「では王都カルミニに向かって出発します、皆さん宜しくお願いします!」
アル達コープ村の徴兵者や近隣の村々から集まる総勢140人の指揮を執る事になったのはダレン・イーシスだ。
彼はブキャナン家の3女を嫁にしているから当然だろう。
彼はちょっと豪華な甲冑に身を包み馬に乗り一見すれば騎士ぽく見えるがその指揮能力は定かではない。
あまり期待は出来ないだろうと俺は思う、普段のダレン・イーシスを見ると戦闘向きだとは思えないからだ。
そしてアル達は王都に向かって出陣していった。
それからは大変だった。
学校は戦時中という事で休校となり3ヶ月後に鍛冶屋の修行も終わりを告げた。
理由は師匠が武器の製作命令を拒否し神聖ヤマト皇国が戦争に関係がなくとも元他国人と言う事で国外追放になったからだ。
「すまんなぁアベル、こんなふうになって、出来ればお前が一人前になるまで育てたかったが・・・・」
「師匠仕方ないです!でも残念です」
「なあアベル、俺はこれから東のウルバルト帝国に行こうと思うが、一緒に行かんか?お前1人くらいなら何とか出来ると思うが・・・・」
「いや俺は家族もいるので残ります!」
「そうか必ず生き残れよ!そしてまた会おう!」
「御達者で師匠!」
そんなやり取りを師匠としていると陸奥神威が横から口を挟んで来た。
「メリッサ殿にも話してありますが、もし切羽詰まった状況になったら自由都市連合:ローヴェにいるミュン・ローゼオとスノー・ローゼオの姉妹それから私の妹で陸奥水無月を頼って下さい、私の名前を出して下されば結構です!きっと力になってくれます!」
「ありがとうございます、神威さん!」
彼らはカルム王国から出て行った、勿論、見送りもし俺は師匠との別れを惜しんだ。
半年後、俺達家族に最悪な情報がもたらされた・・・・・・
王都:カルミニ陥落・アルベルタ・カルム女王は消息不明・城兵1人残らず全滅・・・・・・
どうやらアルが死んだ・・・・・クズな俺に常に優しく見守ってくれた父のアルが死んだ。
泣くヘレンとリーゼ、呆然とする俺、やはり年の功なのだろうかメリッサだけは冷静にいる。
「アベル、悲しんでいる暇は無いぞ!恐らくコープ村にも略奪を目的に敵が押し寄せて来るはずだ!」
メリッサはそう言うと今までは絶対にアルやヘレンに隠して見せなかった鳳翼と防具を身に着け始めた。
「こんな状況だ、今更隠しても仕方がない!必ず母ちゃんとリーゼは守るよ、アベル!」
俺も師匠に作って貰った剣擬きを持つことにした。
そうこうするうちにメリッサの読み通りに村長からイグナイト帝国兵10000が陥落したカルミニより
パースの街の方面に出陣したとの情報が告げられ各々でポテル山脈の麓にあるオービスト大砦まで退避するように指示が出た。
オービスト大砦はヒラリー・ヴェルデ―ルの娘であるシェリー・ヴェルデ―ルが守る自然の要害も兼ねた堅護な砦である。
それに砦の西側にはテールム側も流れているからいざとなれば避難者達が渡り次第焼き落とす作戦も出来る。
生き残った貴族たちもオービスト大砦に向かっているとの事だ。
しかし難問があった。
コープ村からテールム川までは約300kmはある、そこから100km行ってオービスト大砦である。
途中の村や街を略奪しながらの行軍で時間が稼げたとしてもそれ程の猶予は無い!
小さいリーぜを連れての避難だ、困難が予想された。
とりあえずアルが使っていた農耕馬に荷車を引かせ家財道具とリーゼを乗せて出発する。
俺とメリッサそしてヘレンは歩いて行くが10日目にヘレンの足取りが悪くなった。
太ったヘレンに足の膝が悲鳴をあげ始めたのだ、膝が熱を持って膨れ上がり曲げる事すら不可能になっている。
「もしイグナイト兵が来たら母ちゃんを置いてお前たちだけでお逃げ!」
まだ歩くと言うヘレンをメリッサが説き伏せて荷車に乗せ再び出発する。
15日目に漸く眼下にテールム川が広がった!
もう少しだ!
だが同時にイグナイト帝国の騎馬小隊10人に発見された。
急いで農耕馬に鞭を入れ走らせるが家財道具を積んだ上に4人が乗っているから、あっと言う間に騎馬兵3人が追い付いてきた。
「止まれー、止まらんと皆殺しにするぞ!」
どのみち止まったところで皆殺しか奴隷になるかである、無視して逃げる。
騎馬兵1人が荷駄を操るヘレンに向けて槍を突き立ててきた。
しかし次の瞬間に槍ごと騎馬兵の腕が飛んだ!
メリッサが騎馬兵の腕を斬りおとしたのだった!
だがそれが警戒を呼んだのか農耕馬とヘレンを狙って弓を撃ってきた!
俺はリーゼを守る為に伏せさせメリッサは必死で矢を鳳翼で落とすが多勢に無勢である。
何本かはどうしても通ってしまう、しかもイグナイト兵が矢を落とすのに必死なメリッサの隙を突いて両脇に馬を並べてきた。
「アベル、手綱を代わっておくれ!」
そう言われてヘレンを見ると背中に4、5本の矢を受けて腹には槍が刺さっていた。
「か、母ちゃん・・・・・」
ヘレンは俺の方を見てニコッと笑うと槍を突き立てた荷駄の左側にいた騎馬兵に向かって飛び降り巻き込んで落馬していった。
「母ちゃん、嫌だよ、母ちゃんーーー」
リーゼが泣き叫んだ・・・・・
「いいか!絶対に顔をあげるな!リーゼ!」
俺はすぐさま手綱を握って操るが農耕馬も2本の矢が刺さっていた。
そして俺にも右に着いた騎馬兵が槍を突き立てて来る!
剣擬きで手綱を操りながら振り払う。
「アベル、そいつを少しの間だけ抑えてくれ!他は何とかしてくる!」
メリッサがそう叫んだかと思う荷駄の左側に着こうとしていた騎馬兵に向かって飛び込み騎馬兵の後ろに乗ったかと思うと首を掻き斬り馬を奪い取った!
メリッサは直ぐに馬を反転させ弓を放つ騎馬兵に向かって突進し3人を一瞬にして斬り殺し直ぐに再び馬を反転させ俺に槍を振るっていた騎馬兵も斬り殺した!
そして残りの騎馬兵3人は逃げて行った。
助かった!と思った時ゆっくりとしたペースで荷駄のスピードが落ちて止まり農耕馬は死んだ。
きっと農耕馬も俺達を守る為に戦ってくれたんだ。
「アベル、さっきの騎馬兵の馬を拾ってくるから待ってい・・・・・」
メリッサの言葉が終わる前に再び矢は大量に飛んできて俺の右太腿とメリッサの左腕を貫いていた。
どうやら他のイグナイト帝国の小隊にも追いつかれていたらしい、しかも逃げた3人まで合流し13人になっていた!
「アベル乗れ!逃げるぞ!」
無理だと思った、1頭の馬に子供とは言え3人、逃げきれないと・・・・。
「メリッサ姉ちゃん!俺を置いてリーゼを連れて逃げてくれ!」
「何を言っている、早く来い!」
「兄ちゃん、そんなの嫌だよー、兄ちゃん・・・・」
イグナイト帝国の騎馬兵たちが俺達に向かって突進して来た!
一瞬悲しそうな顔をメリッサはしたが直ぐに決意したような顔になり荷駄から泣き叫ぶリーゼを右腕で抱え上げると俺の方を見て頷きテールム川に向かって走り出した!
そして俺はイグナイト帝国の騎馬兵たちに槍でボコボコにされて気を失って捕まった。
それでいい、俺がボコられている間はメリッサとリーゼが逃げられる時間が稼げるのだから。
すみません、「第一章」とかの区切り方って教えて貰えると幸いです。
アドバイスや誤字脱字等の指摘有りましたら宜しく御願いします。
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