偏屈
約2年近くという陸奥神威の捜索を終え期限ギリギリだったが間に合った俺達がライトタウンに入ると既に大会議開催という名の祭り気分が蔓延していた。
色々な西方の国々の人々が集い各国の民族衣装が閲覧でき、何より路肩には南から北の各国のファーストフードというべきか屋台まで所狭しと立ち並び盛り上がり、やはり人が集まり賑やかになると所々で喧嘩が勃発し、それらに花を添える。
「アベル殿・・・・・どうしても行かなければダメなのか?」
「それが俺とミザリーの任務でしたからね。
神威さんをローゼオ姉妹に引き渡せば任務完了です。
もしかして娘さん達に会うのが怖いのですか?」
「いきなり娘、然も2人いるって言われても‥‥‥」
「神威さん、貴方がそういう行為をして貴方の種で出来た娘達です!
良いですか!
これからの神威さんには『独身主義者』なんて甘たるい戯事は必要の無い言葉です。
これからは『家庭人』『恐妻家』『良き父親』としての陸奥神威の新たな人生が始まるのです。
しっかり頑張って下さい、お父さん!」
俺の話に真っ青な顔をし項垂れた神威を連れローゼオ姉妹の邸宅を訪ねると既にミュン・ローゼオはボヌールタウンから帰還しておりデイジー・ヴェッキオもいて、更にはアルベルタや『ヴェルデールの4女神』そしてクオンも俺の一軍を率いて用意された宿営地に到着しているらしい。
だが残念ながらテアラリ島3部族もバイエモ島3部族も遠方ゆえ少し遅れているらしい。
「アベルさん、ミザリーさん感謝致します。」
直ぐにでも神威に抱き着きたいであろうミュンが俺達に丁寧な礼をくれ俺達も膝を着き礼を返した。
だが、おかしい。
ミュンは神威の両脚が無い事に対して驚いた様子を見せないのだ。
「神威、無事で良かった。」
「脚は無くなったけどね。」
「そう言えば無くなってますね‥‥‥でも、これからは常に私とスノー、エルとナル、家族一緒だから問題無いでしょう!」
そんな感じで問題視していない。
寧ろ、これで『逃げる』のは不可能になったから案外と喜んでいるのかもしれない。
恐ろしいが‥‥‥。
そんなやり取りの2人に割って入るように女の声がミュンの後ろからした。
「なんだ⁉︎貴様脚が無いではないか!魔物にでも食われたのか?情け無い!」
はっきりズバリと情け容赦の無い言葉を言う女は陸奥水無月、神威の妹だ。
「なんだ・・・・・水無月。
脚を失くし心が傷付いた兄に対して労わりの言葉の一つもないのか⁉︎」
「なんで貴様に、そのような言葉を言わねばならんのだ!
貴様のおかげで私が貴様の娘2人を育てねばならんかったのだ、寧ろ感謝しろ!
おいエル、ナル、こいつだ、お前達の父親は!」
水無月の後ろから隠れていたのか可愛らしい14歳位の女の子達が姿を表したが2人とも双子ではないのか?と思う程瓜二つだった。
「ほう!こいつが私達の父親らしいぞ、ナル!」
「みたいだな、エル!」
「父親だから敬まうぞ、ナル!」
「そうしよう、エル!」
「よく帰って来たな、ご苦労、父親!」
「初めて会ったな、ご苦労、父親!」
そんな奇妙な挨拶を受けた神威が度肝を抜かれ呆然とした顔になった時、直ぐに2人が笑い出した。
「冗談ですよ、父上。」
「エルが驚かせようって言うから父上が呆然としているではないですか!」
2人の笑顔に少し安心したような顔を見せた神威だったが彼が一番恐れた人物の事を遠慮気味に聞き始めた、勿論だがスノー・ローゼオの事であった。
「ところで・・・・・スノーはいないようだが。」
だがスノーの名前が出た途端にミュンが渋い顔を浮かべた。
「それがスノーは今、厄介事に対処していて‥‥‥」
厄介事?あのスノー・ローゼオに厄介事?
そんな疑問が湧いた時、その本人であるスノーが肩を落として帰って来たのだ。
「ミュン・・・・・全く駄目だ・・・・・あいつら金では動かない。」
そう疲れ果てたような顔で呟いたスノーが顔を上げた瞬間に、目の前には陸奥神威がいるのだから面白い!
「よう・・・・スノー・・・・久しぶり。」
「神威!お前・・・・・このクソ野郎!」
スノーが怒鳴り声を上げ神威の顔面を思いっ切り拳で殴ると同時に抱き付いた!
馬鹿野郎!と泣き叫びながらである。
そのスノーの泣き声に釣られたのであろうか、抑えていた感情が爆発したのかミュンや水無月、そしてエルやナルまで泣き出し、それに釣られてか神威まで泣き出した。
これで、この家族の新しい生活が始まるのだと思い俺もミザリーも貰い泣きしそうになった時、デイジーが俺達に言ってきたのだ、ローヴェの危機だと。
「アベルさん、ミザリー・・・・・予想だにしていなかった難問がローヴェを襲っています。」
項垂れるデイジーに、まさかテロもしくは戦争の兆しでもあるのかと思い慌てて聞いてみた。
「難問って・・・・一体何があったのですか?」
「実は・・・・・。」
それは3日前の出来事だった。
大会議に出席する大国や小国がライトタウンに集い、その前のレセプションパーティーを開いた時の事だった。
大国とはエスポワール帝国、ソビリニア諸国王連合、グレーデン王国、エルハラン帝国、イスハラン帝国の5ヶ国であるのだが、主催国のローヴェとしても細心の注意を払い各テーブルにミュン、スノー、デイジー更にはエルやナルまで駆り出し努力した結果、良い雰囲気の中で和やかに会話を楽しんでいたのだがイスハラン帝国女帝スフラとグレーデン王国ヨハンナが歓談を持った時に、それは起こった。
「実は我がイスハラン帝国で面白い見世物が流行っていまして。」
「ほう、それはどのような?」
「何やら今までに無い劇や芸、そして音楽や踊りなどを見せているらしいのです。」
「らしいという事は、スフラ殿は観た事が無いのですか?」
「お恥ずかしいのですが観た事は・・・・・何しろ金や権力などには見向きもしない輩でして。」
「ほう、その者達は一体何者なのですか?」
「名を劇団ニートと名乗る輩なのですが。」
「何と!その者達の噂は、このヨハンナも聞いた事があります、何やら面白い芸をして楽しませるとか!」
「おお!噂は千里走ると言いますが北方のグレーデン王国まで響いていましたか!」
「是非観たいものですね!スフラ殿!」
「それがヨハンナ殿、実は劇団ニート、このライトタウンに今来ているとか!」
「スフラ殿、誠ですか!ではミュン殿、その劇団ニートの劇や芸をローヴェの力で見せてくれぬか!」
「ならばデイジー殿、我も頼む!観れなかったのだ、是非ともローヴェとヴェッキオ商船の力で見せてくれ!」
この2人が絶叫し哀願する中、隣の席で歓談を持っていたソビリニア諸国王連合代表のロリサとエルハラン帝国女帝ファティマも加わり更には小国達の女王や女帝まで見たいと言ってきたのだ。
そんな声に応えるべくローゼオ姉妹とデイジーも大会議前でもありスムーズに進めたいとの思いから安易に引き受けたのだが、これが最悪だった。
最初は人を遣わし自分達の所有する会館での開催をして貰おうと金で交渉しようとしたが副団長という男に言われた言葉はこうだった。
「普通に定額の入場料を払って主催するテントに一般客と同じように並んで観に来い!」
彼らのいうテントとは、路上に建てた粗末なもので板張りの椅子を並べたような、とても女帝や女王を連れて行くなど出来るような場所ではなく、然も椅子に座れない場合は立って観ろと言ってきたのだ。
幾らローヴェの精神が平等を謳うものであっても来賓である他国の高貴な者達に、そういう事など強いるなど出来ず劇団ニートに更に金を積んで話を着けようとしたが頑として首を振らず、スノー自ら出張ってみても結果は同じであったらしいのだ。
「金じゃない、気持ちの問題だ!」
こう言われては、どうしようもないのだ。
「まさか、このような事態になるとは・・・・・。」
確かに彼らの言い分には非は無く身分に左右されず誰もが等しく自分達の芸を見に来て欲しい、ただそれだけを言っているのだろう。
それに拒絶している訳ではないのだ、しかし強要はされないのだ。
だが逆に言えば、それが困るのだ。
実に不合理だが、身分の高い高貴な者ほど現実問題そういう場所には行けないのだ。
「困った事になりました・・・・・我々にもどうしたら良いか。」
神威との対面が落ち着いたのかミュンとスノーも俺達に言ってきたが、知恵者である彼女達にもどうにもならないのだ。
「実は良い案が無いかとアルベルタ様の元にも帰る前に立ち寄り相談して来たのですが、彼女にも良い案が浮かばないらしく・・・・・・それを見かねたメリッサ氏とリーゼさんが交渉に出掛けました。」
「え・・・・メリッサ姉ちゃんとリーゼが!?」
「はい、ですが・・・・・。」
スノーの言いたい事は分った。
大して口の廻らないメリッサとリーゼでは無理だと言いたいのだろう。
案の定、1時間後に2人は結果報告にやって来た、泣きながらである。
「こんな屈辱は初めてだ‥‥‥」
俺と久々に会ったのに無視して大泣きするメリッサには話は聞けず、涙を溜めるリーゼには何とかだが話を聞く事が出来たが事態はより最悪だった。
まず2人が交渉に行くと副団長にこう言われたらしい。
「金や権力に屈するつもりはない!」
「そこを何とかならないのですか⁉︎
この大会議にはローヴェいや西方の国々の帝や王達が来訪され今後の民や平和の為に話し合いをするのです。
だから貴方達にも円滑な会議の為に御協力をお願い致します。」
そうリーゼが言葉丁寧に説得したつもりだったが副団長の返答は偏屈以外の何ものでもなかった。
「民や平和の為に会議を開く者達が何故、その民達と一緒に観覧する事が出来ないのか教えてくれ!」
「それは警備上の問題があって‥‥‥」
「なるほど、それは分かった!仕方ないな。高貴な人達の為に単独の開催はしよう。
だが一般の客達と同じように俺達のテントまで来てくれ!それ以上は譲れない!」
「それは‥‥‥」
「なんだ?来れない理由でもあるのか?
高貴の者達は民衆と同じ席には座れないのか?」
そんな偏屈を捏ねられリーゼが返答に詰まった時、メリッサが勿論だがキレた‥‥‥。
「ゴチャゴチャ言わないで、さっさと承諾しろ!」
だが、そんなメリッサのキレた言葉にも副団長は臆せず言い返したらしい。
「じゃあ辞めた!
この話は無かった事にしてくれ。
だが普通に一般客と同じように来てくれるなら拒否もしないし楽しんで観てくれ!」
「なんだと‥‥‥貴様!」
「確か、あんたメリッサ・ヴェルサーチさんだっけ⁉︎
新しく出来たらしいエスポワール帝国の『血塗れの女神』とか呼ばれている人だろ!
じゃあ根性出して俺を斬ってみろ!」
「なんだと‥‥‥⁉︎」
「俺達は自分の芸や劇に命賭けてんだ!
それを観に来てくれる客達の1人1人に敬意を払っているんだ!
その敬意に身分の上下なんて無いんだよ!
客達全ては対等なんだ!
それでも俺達に、特別に帝や王達の前で公演させたいなら俺を斬り殺せ!」
そんな副団長の気合いそして命懸けの言葉にメリッサですら圧倒された時、副団長が意気揚々と喋り始めた。
「かって俺達の団長は、たった1人で路上で芸をし初めの頃は誰にも見向きもされず相手にもされなかった。
だが雨の日も風の日も根気よく芸を披露し続けた結果、人々から賞賛今日の劇団ニートの礎となり基礎になった。
そんな団長が常々言う事がある。
『お客様は神様です!』『お客様、1人1人に感謝しよう!』『人々に笑いや感動を等しく伝えよう!』
神様に上下があるのか⁉︎
感謝とは身分の上下で差を付けなければならないのか⁉︎
笑いや感動は身分により伝わる度合いが違うのか⁉︎」
そこまで言われてはメリッサも呆然となり何も答えられなかった時、更に副団長の話は続き2人を圧倒して行った。
「その団長ですら運命的に出会った御方の言葉に感動し今日があるのだ。
その御方の言葉は団長に道を示してくれたのだ。
そして団長はコソベから立ち上がり更にはコソベだった我々に道を示してくれたのだ!
その形になったものが、あれだ!」
副団長が誇らし気に指を刺す先には何やら粗末な棚があり小汚い小さな皮袋があった。
「あの皮袋の中には団長のコソベから立ち上がる切っ掛けとなった、その御方から頂いたものが入っているらしい。
団長は朝起きると必ず皮袋に感謝し報告をする。
我々も見習って観客達に感謝し1日の感謝と報告をしているのだ!」
益々2人が呆然となった時、更に追撃の言葉は続いた。
「一般の民衆達と同列に席を並べ楽しんでくれるなら喜んで感謝し俺達は最高の公演になるように努力する事を約束しよう。
そして聞きたいのだが、あんたらの国、エスポワール帝国とは旧カルムの言葉で言えば『希望の帝国』って意味だろ⁉︎
その希望ってのは高貴な者達の為の希望か?
それとも民衆の為の希望か?
どっちだ?」
「‥‥‥民衆の為です。」
「じゃあ、お前らの話はおかしいじゃないか!
その辺を整理してから顔を洗って出直して来い!小娘!」
そして2人は泣きながら報告に来たのだ。
聞いていて思ったが、その副団長の話は確かに間違ってはいない。
だが、高貴な者達にも民衆とは同列に観覧する事が出来ない事情もある。
それは権威というものだ。
この権威が無ければ国の運営は出来ないし民衆も従わない。
権威失墜なんてすれば国の存亡の危機が訪れても不思議ではないのだ。
やはり元コソベなのか、そして転生者の集団である劇団ニートには、この辺の事情が理解出来ないのかもしれない。
しかし、各国の帝や王達の為に劇団ニートの公演は必ずやって貰わねば民衆の為の平和や商売上のルールを決めたとしても公演を観れなかった事で、主催国であるローヴェに対し希薄なイメージが付きまとい約定自体が無意味に成りかねない。
「ミザリー、もう少し俺に付き合ってくれ!ミザリーの助けがいる。」
「アベルさん、何か考えでも?」
「いや今は無いが、兎に角彼らを理解する為に劇団ニートに潜入してみよう。
その副団長や団長、御方とかいう人の事を調べて対策を立てよう。
潜入については考えがあるから任せてくれ。
それからスノーさん、大会議の開催予定日は?」
「テアラリ島3部族とバイエモ島3部族が到着して2日後を予定していますが‥‥‥。」
「じゃあ何とかなるかもしれないな。
それからリーゼ、クオンを呼んで来てくれないか。
今回は俺とミザリー、そしてクオンの3人でやってみよう。」
だが何故か俺がクオンの名前を出した途端にミザリーの目の色が変わった。
何故だろう‥‥‥。