愛し愛される者
大森林に囲まれた中に存在する少しの空間と壮大な絶壁。
その絶壁から勇壮に流れ落ちる滝の向こうの洞窟を潜ると大空間が広がり目の前には巨大な四角錐状の巨石建造物があった。
「この中でゴブリンは生活しているのですか?」
十分に生活出来そうな大きさに目を奪われゴブリン達に聞くと一斉に馬鹿にされた。
「これだから低能生物は!
これの下には更に50万のゴブリンが十分に余裕で暮らせる大きさの地下空間があるんだ。
俺達の生活はメインは地下なんだよ。」
「50万のゴブリンが十分に余裕で暮らせる大きさ⁉︎凄い!
じゃあ、この四角錐状の巨石建造物は一体何ですか?」
「出入り口兼外敵進入防止の砦だ。
こういうのが10ヶ所程大森林地帯にはあるんだよ‥‥‥‥あ、お前らが転生者だから喋っているだけで他の低能生物には絶対に内緒だぞ!」
自慢気に喋っておいて内緒か、まぁ良いか。
しかし、これ程の巨大建造物を建てる知識があるという事はゴブリン達の文明とは、かなり発達しているのだろうと想像したが、長く広い階段を100M程降りて行くと目の前には確かに巨大空間が広がっていた、おまけに地下水脈なのか湖や川まである。
だが文明というには程遠い粗末なテントみたいなのが広がっており、それらが各自の家らしい。
「地下だから雨や風も起こらないからな、これで十分なんだ!」
そうゴブリン達が説明してくれたが中央部を指刺し先程の四角錐状の巨石建造物の小型盤みたいな建物に『マリコ様』なる人物がいると教えてくれた。
ゴブリンの1人⁉︎がマリコなるゴブリンに連絡してくると言って走っていった間に残りのゴブリン達に質問をしてみた。
この地下巨大空間は階段を降りている時に、ざっと見ただけでオービスト大砦の2倍以上はあると感じたが、それだけの空間に、どうやって地上と変わらない明るさを保っているのか聞いてみた。
「上を観なよ。
この地下空間を支える岩盤を突き破り大森林地帯に樹生する木々の根っこ生えているだろ。
その根っこが理由はわからないが日中は地上と同等に輝いて夜になると消滅するんだ。
だから地上にいるのと然程変わらないんだ。農業も出来るくらいだからな!」
そんな生活状況と、これだけの規模の地下空間を所有していれば『ゴブリンの国』なんて呼ばれるはずだ。
ゴブリン達の生活と規模に感心と納得していると俺達が助けたゴブリンの子供が目を覚ました。
当然だが俺達が近くにいる事に怯えたのだが、ゴブリン達が説明してくれた。
「キキ、この低能生物達が助けてくれなかったらモーザに食われて死んでたぞ!」
「ごめんなさい‥‥‥でもマリコ様に野苺だけでも食べて欲しくて‥‥‥」
「なんだ‥‥‥マリコ様は、また食が進まないのか。
でも兎に角だ、こいつらが低能生物とはいえキキは助けられたんだ!
礼は言っておけ!」
そう言われたキキと呼ばれ何やらマリコ様の関係者だったらしいゴブリンの子供は礼儀正しく俺達に頭を下げて『ギャギャアアア』と耳には聞こえる礼を言った。
だが、頭の中に響く礼は違った。
「助けて貰ってありがとうございます、低能生物ども。」
何と無く、どこか許せない礼に俺達が苦笑を浮かべていると再び頭の中にキキの声が響いた。
何故かキキがミザリーの尖り帽子を見つめ不思議そうな顔をしながらである。
「しかし低能生物の雌は、こんな不細工な帽子を被るんだ。
やっぱり低能生物だけあってセンスは最悪なんだね!」
そんなキキの失礼な言葉に慌てるゴブリン達を他所にミザリーが、こっちでの言葉で話し掛けてきた。
「このガキ、もう一度モーザの群れに放り込んでやってもいいですか?」
慌てて怒れるミザリーを宥めようとした時、頭の中に声が響いた、流れるような女の声の念話だ。
「キキ、失礼な事を言ってはダメですよ。
彼らは『転生者』です、お前の念話は聞こえ理解もしていますよ。」
女の念話に慌てふためくキキを置いて一斉にゴブリン達が現れた赤いゴブリンに膝を曲げ礼を始めた。
「マリコ様、この低能生物達が『転生者』です。」
「これから彼らは私の客人です、丁重に持て成すように!特にキキ、わかりましたね!」
キキが項垂れながら俺達に頭を下げ、他のゴブリン達が再び膝を曲げた。
だが俺は、その時マリコなるゴブリンが背負う剣に目を奪われていた。
それはメリッサが持つ陸奥神威が作った鳳翼と似た形状、俺が年少の頃に見た彼が背負っていた剣だった。
「それは陸奥神威の剣・・・・・・」
思わず、ゴブリンと話すのに慣れてきた日本語で呟いた時、マリコなるゴブリンも俺に念話で話してきた。
「陸奥神威・・・・・あの人は陸奥神威という名だったのですね。」
「神威は、やっぱりここに?」
「ええ私の館に居ます。貴方達は彼を迎えに?」
「そうです、俺達は彼を迎えに来た者です。彼には愛し愛され待つ人達がいますから。」
だが、そう答えた瞬間だった。
マリコが人間の俺達でも分かる程の苦悶の表情を浮かべ始めた。
「・・・・・やはり撤回します・・・・・この低能生物達を捕らえ牢に押し込めよ!」
いきなりのマリコの前言撤回に俺達もゴブリン達も呆然となったが彼女の言葉は重要なのだろう、ゴブリン達が直ぐに俺達に槍や剣を突き付け威嚇を始めて来た。
「このマリコとかいうゴブリンを殺っちゃいますか?」
ミザリーが左手をブラっとさせながら俺に問うて来たが彼女自身も俺と同様に気付いていたのか単に指示を待つ、そんな問い方だった。
マリコもそうだがゴブリン達にも殺気を感じないのだ。
「すまない、お前らには恩もあるけど俺達にとってマリコ様の命令は絶対なんだ‥‥‥」
そんな言葉すら聞こえてくる。
「ミザリー争いたくはない。
大人しく従おう。」
そして俺達は捕まった。
しかし、いい加減な捕まえ方で目立つ俺の二剣カムシンやマウシム、ミザリーのフドゥは没収されたが、その他の物には手も触れなかった。
マリコにしても、念入りなボディチェックをしろ!なんて命令も出さない。
恐らくは、そう長い間は閉じ込めて置くつもりもなく、近い内に釈放するつもりかもしれない。
そう思わせた。
それから牢屋に入れられたが投獄されたのに、これで良いのかと思うほど快適だった。
マリコの指示もあるのだろうが、俺達を捕らえたゴブリン達が色々と差し入れを持ってくるのだ。
「すまないなぁ。これ良かったらウチの女房が作ったクッキーだけど食べてくれ!」
「すまないなぁ、これ家で作った酒だけど飲んでくれ!」
「寒くはないか?毛布を置いておくから適当に使ってくれ!」
などなど、俺達が遠慮するほどの差し入れを持ってくる。
更には牢獄内の食事にしては豪華なものまで運ばれて来た。
ただ、どう見ても魔物の肉‥‥‥姿焼きって感じの肉料理だった。
見張りのゴブリンに聞くと味は絶品らしい。
しかし、低能生物には食べる勇気があるか⁉︎なんて笑われたが俺達は元テアラリ島3部族共通騎士である。
こんなのは悲しいが食べ慣れているのだ。
食べてみると確かに味は絶品だった。
そんな絶品料理を堪能しているとマリコが申し訳無さそうな顔をしながらやって来た。
そして見張りのゴブリンに場を離れるように命令し、居なくなるのを確認すると牢屋内の俺達に土下座をして来たのだ。
「お願いします!彼を‥‥‥神威を連れていかないで!このまま何も言わずに立ち去って下さい!」
必死に頼んで来たので仕方なく問う事にした。
「それは神威も貴女と同意見ですか?」
俺の質問に絶句したマリコだったが暫くして質問の答えにならない答え方をした、だが言いたい意味は理解出来た。
「彼は西の方を見つめています‥‥‥いつも。」
「西の‥‥ここから西に行くと人間達の国であるローヴェがあります。
更にローヴェの首都ライトタウンには彼が愛し愛する人ミュン・ローゼオとスノー・ローゼオそして彼の娘達のエルとナルが帰りを待っています。
だから俺達は彼を迎えに来ました。」
「そうでしょうね‥‥‥」
「貴女と神威がどのような関係かは俺達には分かりません。
ですが、そういう事実を踏まえて考えて頂けませんか?」
そう説得するつもりで話したが、マリコは首を振りながら否定いや自分の想いを話し始め俺達を驚愕させた。
「あの人を連れて行かれたら私には何も残らない。
もう『勇人』の笑顔にも会えない。
これが『業の深き者』に生まれ変わった宿命か・・・・・・。」
勇人!?宿命!?何だそれは?と思った、それに『生まれ変わった』だと!
「マリコさん、今生まれ変わったって!?」
「貴方達『転生者』が過去の世界から生まれ変わり、この世界にやって来たように私達ゴブリンも過去の世界から生まれ変わってやって来た存在なのです。
正し私達は貴方達とは違い過去世界では重犯罪者。
罪も同時に背負ってやって来た『贖罪者』なのです。
謂わば愚かな罪を体現した姿、ゴブリンという存在となって現れた者達、そして私はゴブリンの中でもより深い罪を持つ存在、『業の深き者』赤い肌を持つゴブリン。
他のゴブリンのように罪を償う事も許されない、生きている限り罪の深さを背負い続ける宿命を持つ者なのです。」
「なんだって‥‥‥ゴブリンが転生者。」
それからマリコは過去の自分が犯した吐き気がしそうな罪や現在のゴブリン達の事などを教えてくれたが一つ腑に落ちない事があった。
どうして他のゴブリン達が肌が赤いというだけで、あれ程忠誠を誓っているかだ。
ミザリーも同じように感じたみたいでマリコに聞いてみると更に驚愕させる事が起こった。
マリコがミザリーの手を優しく握った時に起こった。
それはミザリーにとって辛く悲しい思い出。
「炎が渦巻く中、助けを求め逃げ惑う弱い人間達と狂気に捉われた兵士達。
小さな人間の女の子‥‥‥この子は貴女‥‥9いや10人の男の子達と一緒。
優し気な夫婦‥‥‥が地下室に、貴女達を隠した。
後は‥‥‥焼け落ちた家屋、黒焦げた人間達の無惨な死体‥‥‥‥そう‥‥‥小さな貴女が黒焦げの死体にしがみ付き泣いている‥‥‥貴女の辛く悲しい過去の出来事。」
苦悶の表情のミザリーがマリコの手を振り解き、泣き顔さえ浮かべ息も荒くなった。
それはミザリーがイグナイト帝国とセシリア・ケンウッドに復讐を誓った時、村を焼き討ちにされ義両親を殺された時だろう。
「マリコさん、貴女には他人の過去が見えるのか?」
「私は過去を見る事が出来る故にゴブリンから尊敬され恐れられる存在。
罪を背負った者程、過去は見られたくないですから。」
「そんな力が‥‥‥‥」
「心臓に近い位置から探れば生まれ変わる前の過去も見えます。
貴方も、お望みなら‥‥‥」
「いえ‥‥‥結構です。」
確かに俺達転生者やゴブリン達贖罪者と呼ばれる存在にとっては恐ろしい力だ。
しかしマリコの事情は分かったが、その事と神威の話は別である。
「兎に角です。
俺達も少しだけなら待ちますから一度神威と話し合って貰えませんか?
貴女の事情も分かりましたが、神威や彼を待っている者達にも事情がありますから。」
そう言うとマリコは頷きつつも項垂れたような感じで出て行った。
彼女とて頭の中では理解しているのだろうが過去と犯した罪に捉われた挙句に陸奥神威と別れられないのだろう。
これは長期戦になるかもな‥‥‥そう思った時だった。
漸く落ち着いたのかミザリーが俺に厳めしい顔をしながら聞いて来たのだ。
「アベルさん、いつものアベルらしくないですね。
何故か、あのマリコってゴブリンに遠慮しているというか、強く出れないというか。」
「俺もそう思うよ。
だけど何となくだけど彼女には納得して貰える状況にしてあげたいと思ってね。」
ミザリーには、そんな返答をしたが本当は違った。
何故かマリコなるゴブリンに強く出れないのだ。
アルベルタから与えられた期間もローヴェまでの距離を考えると今がギリギリであり猶予はないのだ。
尋問方式にマリコを責めれば神威を解放する事も可能だろう。
それに陸奥神威を奪取し逃亡する事も俺とミザリーなら容易であるが、やる気が起こらない。
どうしてマリコに俺は、これ程まで譲歩するのか自分でも不思議であった。
「しかし1年以上旅してたんですから、彼女の答えが出るまでは私達も休養にしますか。
ここは快適で御飯も美味しいですからね!」
ミザリーが俺に気を遣い言ってくれた。
「快適過ぎて太るかもな、気をつけろよミザリー!」
まぁ、今更色々と考えても仕方がない。
悠長に構えるのも悪くはないさ!
なんて考えたが甘かった。
その頃、地上ではケルベロスが2000頭のモーザを率いて『業の深き者』マリコとゴブリンの国を狙って攻め込もうとしていたのだから。