一眼二足三胆四力
勝って相手の意思を変えさせろ!
どんなにテアラリ島に新たな文化が入って来ようとも、これだけは中々変えられない一番根底にあるテアラリ島3部族の常識の真理。
強い者が全てを決める、弱い者は従う。
やはり戦闘部族なのだと感じさせる単純且つ明解なルールである。
恐らく事前にテアラリ島3部族について調べ上げていたのであろうか、そんなルールを利用しての女王アルベルタの最終手段に俺は慌てふためき、メリッサは自らの剣である鳳翼に手を掛けた。
全ての件でと書いてあるのだ、正しく全てだ。
同盟外交もソニアの一件も全てメリッサが勝てば言う事を聞け!
負ければ同盟は無かった事になりソニアは殺される。
実に単純だが恐ろしい手段に俺は焦りを隠せなかった。
「誰方が相手になって頂けますか?」
メリッサは一応は尋ねる姿勢を示してはいるが目線の先は明らかに1人の人物を見ていた。
ホリー・テランである。
そのホリーも爽やかな笑顔で明らかに自分がやると言わんばかりにブレイドソード、名はサラーブに手を掛けた。
「ちょっと待ってくれ!これはテリク族の問題だ、メリッサ殿のお相手は私が務める!」
ソニアの件でテアラリ島3部族間に、これだけの騒ぎを引き起こした切っ掛けとなったケイトとエリデネの親子対立そしてテリク族の責任を感じたのかケイトが申し出たがホリーの言葉は爽やかな笑顔とは間逆な辛辣であった。
「『獣化』無しのケイトで勝てる相手だと思っているの?」
これを面と向かって言われたケイトは一瞬怒った顔をしたが直ぐに諦めたように頷いた。
「鬼気が去った今のケイトでは『獣化』出来ませんよ、それに1日一度なんですよ。」
そう教えてくれたリラも腰からサーベルを抜こうとし、自分が!というような態度を出したが、これもホリーに否定された。
「リラ、貴女は今『筆頭族長』よ、謂わばテアラリ島3部族の大将なの!大将は後ろでドッシリ構えて観てなさい!」
え⁉︎という顔をしたリラだったが諦めたのか一言だけ呟き引き下がった。
「クソ‥‥‥こんな時に限って筆頭族長なんて。」
悔しそうな顔のリラにホリーが笑顔で返事をすると次に真剣な決意したような顔をしテアラリ島3部族の戦士達全員に演説するように語りかけた。
「今、この場にいる3部族の戦士達よ聞いて欲しい。
このテリク族のソニア・テリクの一件だ。
このソニア・テリクついて我らは多種多様な意見に分かれ言い争いが発生している。
私は、その意見のどれもが正しく貴重な意見だと思う。
何故なら、今までのテアラリ島の常識を考えて意見を述べた者、変革により考え方が変わり意見を述べた者、ソニア・テリクの戦いにテアラリ島3部族の誇りを感じ意見を述べた者、この場で言い争う意見は全て正しいのだ。
古き考え新しい考えを加味し行動する、今までのテアラリ島には無かった事だ。
だが、現在の状況では裁定に辿り着かない事は明白だ。
そこで、この一件を私に預けて貰えないだろうか?
この一件、元は亡き母ノーマ・テランの独自の裁定から始めったもの。
その責任において娘の私がはっきりさせる。
幸いにして現在、同盟交渉中であり、その交渉相手カルム王国の女王アルベルタから具申が提出されたところだ。
『全ての件で文句があるなら我が臣メリッサ・ヴェルサーチに勝ってから言え!負けたらテアラリ島3部族の誇りに賭けてガタガタ言うな!』
このような内容だ。
一見すると無礼な言い様だ。
しかし、これはテアラリ島の常識を語りかけているのだ。
『勝って相手の意思を変えさせろ!』
我らテアラリ島3部族の伝統でありルールだ!
それに従い私はメリッサ・ヴェルサーチ殿と一騎打ちで勝負をしようと思う。
全ては勝った者が正しいのだ!決めるのだ!
全てを私に預けて貰えないだろうか?」
そう演説したホリーに全てのテアラリ島3部族の戦士達が歓喜の声を上げた。
一騎打ちによる裁定、単純で分かりやすくはっきりと形が着くのだ。
それに何より一騎打ちが観られるのだ。
全てのテアラリ島3部族の戦士達が賛成した。
「ホリー、長々と最もらしく語ったけど、結局のところホリーが戦いたい!それだけだろ⁉︎」
リラの口惜しそうな言葉に再び笑顔で返事するとケイトも少し呆れた顔をしホリーを見た、リラと同じ事を思ったのだろう。
そんな3人を尻目にメリッサがリラに話し掛けた。
「リラ様、願いがあるのですが。」
「願いとは?」
「その服を貸して貰えないでしょうか?」
「服って‥‥この服ですか⁉︎」
「カルム王国の軽装では露出が少ない分こちらが有利だ。ホリー様とは全てにおいて対等に戦いたいのです。」
テアラリ島3部族の『普段着』を着て戦うと言うのだ‥‥‥。
「やめてくれよ、俺が恥ずかしい!」
「なんだ⁉︎姉の裸が恥ずかしいのか⁉︎」
「いや、そう言う意味じゃないけど‥‥」
そしてテアナ族族長宅にリラに連れられメリッサが着替えに行ってしまった‥‥
『普段着』を着て帰って来たが、やっぱり恥ずかしい‥‥。
「中々似合っているじゃないですか!」
「いや着慣れていない性なのか‥‥‥‥スースーします。」
そんな親し気な会話を楽しむ2人だったが終了すると呼吸を合わせたように正眼の構えを取った。
俺の予想では先手の取り合いから始まると思ったが2人と微動だにせず突っ立ったままである。
1MMも動かぬまま10分が過ぎ、その場の戦士達が騒めき始め1人が耐えかねる野次を飛ばした瞬間だった。
2人の間で火花が3度散ったのだ。
何があった⁉︎さっぱりと判らなかった。
「同時に互いが剣を巻き込ませようとした!その接触の火花だ!」
リラとケイトが教えてくれた、俺には見えなくても2人には見えたらしい‥‥‥。
それでもメリッサもホリーも微動だにせず、互いに正眼の構えは崩さず再び膠着状態になった。
しかし10分経過した時、ホリーから攻勢に出た。
素早く正確に喉と胴に突きの2連打であった。
しかしメリッサは喉への攻撃は首を往なして躱し胴の攻撃は受け止め払い退けると今度は反動を利用し身体を横に一回転され袈裟懸けへの攻撃に出た。
しかし、これはホリーが受け止め2人の鍔迫り合いが始まるとギリギリと剣同士が音を立て、その剣技に差が無いと感じさせた。
だが、ここでホリーの身体が赤みを帯び始めたのだ。
『獣化』したのだ。
「イグナイトで『血塗れの女神』の名と活躍を聞いて以来ずっと憧れていた!やっと出会えた、剣と剣で鬩ぎ合いが出来る相手を!」
そう叫ぶと『獣化』の力をフルに活用したのだろう、鍔迫り合いの均衡は崩れメリッサを後方に弾き飛ばすと、そのままの勢いで大胆にも袈裟懸けに斬りつけてきたのだ。
これはメリッサがなんとか躱すも人間の身体能力を遥かに超えた『獣化』の力に防戦一方になり身体を左右に振られるメリッサに半笑いの状態でホリーが容赦の無い攻勢を繰り広げ潜在能力の差が誰の目から見ても明らかだと思われた時、ケイトが怪訝な顔を浮かべリラも怪訝な顔をしながら呟いた。
「おかしい‥‥、何故⁉︎」
「何がおかしいのです、リラ様⁉︎」
「ホリーの『獣化』した状態の、あれだけの攻撃が一度も当たっていない、それにメリッサさんの身体のバランスが崩れていない。」
確かにメリッサに致命傷どころか傷の一つも無く、一見見ると単に押されている、それだけに見えるが防戦の中でも、しっかりとホリーの驚異的な動きに対応し身体は攻撃の反動で左右に振られても円を描くように受け流し即座に立て直しているのである。
「まさかメリッサ殿はホリーが動く前に剣の軌道を予測して対応しているのか⁉︎」
ケイトが驚きの声を上げリラも頷き続いた。
更にはメリッサがホリーの『獣化』に合わせるように事前にそこに攻撃が来ると察知し躱したり防御し隙を探し手数は少ないが攻撃の一端を放ちに入ったのである。
だがホリーも負けていなかった。
恐らくだが予測されている、それは感じているのだろうが、それすら踏まえメリッサの予測対応以上の速さを越えようと『獣化』の力をフルに使い攻めていく。
そして最早、互いに一歩も動かず躱すという作業が難しくなったと誰もが理解出来るように2人の間で飛び散る火花が過激に多くなっていった。
その時ホリーの攻勢に対応しながらメリッサが俺と周囲の者達を驚かせる発言をしたのだ。
「お見事、たった1人で練り上げた剣と聞く。
これ程まで良く練り上げられた。
お見事としか言いようがない!」
メリッサが一旦無理矢理という感じに横一線の剣撃を放ち後方に飛び退いて間合いを確保し剣を正眼の構えに戻した。
「残念ですが同質の剣にて争えば、いずれは力押しにて確実に私は負ける。
しかし個人の戦いなら意地も通すが戦友ソニアの命と女王アルベルタ陛下の名誉が掛かった戦いに負ける訳にはいきません、これを不本意だが使わせて頂く!」
そう言うと、あのどこを見ているか分からない目とは違う、寂し気な目になった。
身体も独特の揺ら揺らとした動きは無く寧ろ自然体といった力の抜けた感じになった。
逆にホリーは得意のどこを見ているか分からない目になり動きも揺ら揺らとした動きなり『獣化』した事による潜在能力を全て集中させるように、その動きの速さが増した。
「互いに一撃で決める気だ‥‥‥。」
ケイトが、そんな一言を呟いたが俺には分かっていた。
どちらの剣も一撃必殺を信条とする剣である。
そう長く時間を無駄にする剣ではないのだ。
そして、やはりだが仕掛けたのはホリーからになった。
俊足などという言葉で形容出来ないような速さでメリッサの間合いに侵入し的の大きい胸を狙い突きを繰り出した!
だが、その瞬間だった。
メリッサが正眼の構えから剣を自分の胸元まで引くとホリーの突きに合わせ鳳翼の柄頭(剣の柄の頭の部分)をサラーブの剣先にぶつけ払いのけ流れのままで今度は咽喉を狙い突きに出たのだ。
しかしホリーも払いのけられた流れそのままに身体ごと飛び上がりメリッサの突きを躱し、奇しくも互いの態が入れ替わった位置になった瞬間だった。
互いに振り向き向かい合った時だった。
振り返ったメリッサは、どこを見ているかわからない目になっていたのだ。
互いに揺らっと一度動いた瞬間、得意技に出た。
互いに巻きこみ技であった、ホリーの場合なら神聖ヤマト皇国奥義昇竜である。
ただ、両者には違いがあった。
正眼の構えを崩しておらず両手で剣を持つメリッサ、突きを払われ躱す作業をしたために片手持ちのまま技を放ったホリー。
互いの巻き込み技が同じ角度、同じタイミングで激突したのだ、剣を離した方が負けになる。
キキーン!そんな金属音が大きく響き火花が散ったかと思うとキラっと何かが光高く宙に舞った、どちらかの剣が手を離れ舞ったのだ。
どっちの剣が飛んだ!?誰もが2人を見ず上を見て固唾を飲んだ時、5秒ほどして剣が落ち砂に刺さった。
ブレイドソード、名はサラーブであった。
メリッサが勝ったのか!と思った瞬間だった。
2秒ほどして、もう1つ砂に刺さった。
鳳翼も砂に刺さったのだ!
ここで漸く誰もが2人を見ると互いに膝を着き右肩を抑えて蹲っていた。
「互いに巻き込み技をした為に肩が耐えられずに脱臼したんだ・・・・・」
普通なら剣が耐えられずに折れるなどをしたかもしれないが、名剣と呼ばれる剣を持つ2人にとって意外な結果となった。
両手で技を放ったが相手が『獣化』という常識外れの力であった為に脱臼に追い込まれたメリッサ。
そして『獣化』していたとしても片手で技を繰り出す必要に追い込まれ脱臼したホリー。
どちちが勝った!?分かる事は利き腕を負傷したが為に、剣での一騎打ちは最早不能と言う事だった。
「リラ様、ケイト様・・・・・この場合は勝ったのはどちらですかね?」
「どちらなんでしょうね!?」
「どう見極めたら良いのでしょう!?引き分けとした方が良いのでしょうか!?」
俺達3人が、そんな話をしているとメリッサもホリーも負けを認める宣言を互いにしだした。
「メリッサさん、私の負けです。」
「いえホリー様の勝ちです。」
「メリッサさんの昇竜の方が確実でした。」
「いえ、その確実な技を放ったはずが結果は互角、ホリー様の勝ちです。」
互いに自分が負けたと言って譲らないのである・・・・・・挙句の果ては言い合いに発展していった。
そんな不毛な言い合いを2人が展開させていた時だった。
アンが説得するようにエリデネに語り掛けた。
「エリデネ、あの時のノーマの言葉を覚えているか?」
「あの時の?」
「そうだソニアがテアラリ島から逃亡した時だ。ノーマは『ソニアはテアラリ島3部族を裏切ってなどいない!』と言った。
そしてソニアはノーマの言葉を証明しテアラリ島の戦士達を救ってくれた!
更にはノーマの娘ホリーがテアラリ島3部族の威信を賭け戦った。
もう良いのではないか?まだ不服があるなら何時度やの勝負の続きを、お前に申し込む事になるが!?」
そう言われたエリデネも仕方なしという顔になった後、真顔になりソニアに言った。
「ソニア・・・・・お前が連れていった死んだ戦士達には子供がいると言ったな?全員女か?」
「はい・・・・姉様。ですが子供達には罪は・・・・・」
「罪はソニアと一緒に逃亡した戦士だけで十分だ!貴重なテリク族の未来ある子供達がテアラリ島にいないのが問題なのだ!私自ら早々に立派な戦士に育てねばならぬ!
それからソニアには世界にテリク族の勇名を轟かせる事を罰とする!
そして偶にテアラリ島に帰って来る事も罰だ!」
このエリデネの言葉によりソニア・コルメガの罪が許されたのだった。
だが、そんな感動的な瞬間を他所にメリッサとホリーは言い合いを終え剣術論議を展開させていた、何故『獣化』に対応か出来たかという事に終始していた。
「剣術には『一眼二足三胆四力』がございます。
これは、まずは洞察力、それに対応する足、そして耐えうる胆、最後に力という意味にございます。
私はホリー様には二・三・四は及ばぬゆえ、一に極力していたに過ぎず!
だがホリー様に覚えておいて頂きたい!
この『一眼二足三胆四力』は剣術だけに限った訳ではございません、全て!人間の生活上、国の運営にも通ずる言葉なのです!頭の片隅にでも留め置きたく存じ上げたく思います。」
メリッサの言葉にアフマド・ロム以外から聞く剣術の教えに感動するホリーが最後に聞いた、あの『不本意』と言った理由についてだ。
「あれは小虫が使うような下らない技に過ぎず、ホリー様を欺くために仕方なく使ったので早く忘れて下さい!」
そう言われたホリーは意味が分らず混乱していたのだが、勿論俺もだ・・・・・・
それからの1月を改めてカルム王国との同盟交渉に費やすことになったが、特に問題も無く交渉は進み同盟は結ばれた。
ただイグナイト帝国についてだが、勿論だがカルム王国が攻め込む場合は事前連絡をするという事になった。
そして俺は・・・・・テアラリ島3部族共通騎士を解任された・・・・・無職になった。