恨み
世の中には想像外な事が起こるものだ。
一瞬、頭の中が情報整理出来ずに別の事を考えたりしてしまう。
例えば、ここどこだっけ?俺何やってたかな?えーと俺の名前なんだっけ?
そんな単純な事すら思い出せず、焦りを感じたりする。
人はそれを『パニック』と呼ぶ。
そして俺は、今そのパニック中である。
「私、テアラリ島の騎士の推薦なんてグラーノに指示してませんよ!」
突然の日本語での言葉に、それだけでも焦りそうなのにミザリー・グットリッジをグラーノ・ヴェッキオは推薦していないとデイジー・ヴェッキオは言ってきたのだ。
「え!?デイジーさん、どういう事?」
「ですから私は騎士の推薦なんてしていませんよ!」
「でも推薦したのはグラーノさんですよ!」
「だから私はグラーノに騎士の推薦なんて指示していないし、そんな大切な事をグラーノも私の許可無くしませんよ!」
「あ・・・・・そういう事か!」
俺は大切な事を忘れていた。
生前のグラーノ・ヴェッキオは謂わば表の存在そして裏にはデイジー・ヴェッキオがいたのだ。
グラーノ・ヴェッキオの行動全てはデイジーの指示から発生したものであり、ローヴェ内乱前のグラーノなら外交に関わるような重要案件は独自の判断などするはずも無く、全てデイジーの範疇にあったはず。
そのデイジーがしていないのだ、じゃあミザリー・グットリッジって何者だ!?
「アベルさん、また訳の分らない言葉で喋っているんですか?今度はデイジーさん相手に。」
ムフマンド国で俺がコソベであるディンやエミリオと日本語で喋っているのを見ていたナザニンが面白がって話し掛けて来た。
「ナザニンちょっと教えて欲しいんだけどアッパス・ロムさんが作ったシャムシールで『マウシム』って知ってるか?」
「ええ知ってますよ、マウシムはセシリア・ケンウッドさんの剣ですよ。」
「なんだって、セシリア・ケンウッドだと!」
そうか、デイジー・ヴェッキオとナザニン・ロムがテアラリ島に来たら自分の正体がバレるから慰労会に来なかったのか。
これで2つを除き、繋がった。
凶暴病はソニアが話してくれた幻落丹の中毒症だ。
それを何らかの形で広めたのは治療に当たっていたミザリー自身で、あの戦士達に飲ませていた薬自体が幻落丹だったのだ。
今思えばミザリーに初めて会った時に感じた、どこかで見た事のある笑顔?と感じたのもウルク20匹と戦った時ジョン・ヴェルデールが死んだ時に見せたセシリア・ケンウッドの高笑いだ。
それなら俺のカムシンを見て笑い詳しかったのも頷ける、セシリアの欲しがった剣なのだから。
だが繋がらない、大まかな2つだ。
もしミザリーに指示を与え裏で糸を引くのがセシリア・ケンウッドなら何故同盟を結ぶテアラリ島3部族に狙いをつけたのか?
イグナイト帝国の貴族ならテアラリ島3部族の恐ろしさは知っているはず、そんな人間が危険を冒してまでするのだろうか?
もしかしたらイグナイト帝国に不利益をもたらす為に計画したのか?
なら何故常にイグナイト側の発言を繰り返した?
もう1つは何故戦士だけに狙いをつけたのかだ?然も若い戦士だけを狙っている。
若い戦士でなければならない必要があったのだろうか?
兎に角、繋がらない謎は残っているが今は一刻も早く700人の戦士達を救い治療しなければ!
俺はデイジーに今回の一件を全て話し協力を求めた。
そしてグラーノ・ヴェッキオをデイジーが影で操っていた事実を巧く誤魔化して貰いながら、騎士の推薦などしていない事を3人の族長達に話して貰った。
最初はミザリーを信用しきっていたのか疑心な顔をする族長達だったが、ミザリーが持っていたというグラーノ・ヴェッキオの推薦状を保管する3部族合同会館から持って来て貰い確認すると確かに字は似ているが別なものとデイジーにより明らかになったのだった。
そして俺は凶暴病即ち幻落丹の事を3人の族長達と2人の前族長達に話した。
「くそ、我らはミザリーに嵌められたのか!」
そんな怒りを見せる族長達を抑え、直ぐに戦士達の救出と治療の開始とミザリーの身柄確保の為テアラリ島全ての港の監視をするように指示を出して貰い、そしてソニア・テリクの即時釈放を願い出た。
「どうしてソニアを!?」
俺の願いに焦る族長達にソニアが幻落丹を教えてくれた事を話し彼女なら治療法も知っているかもしれないと説明し、納得したエリゾネから即時釈放が指示された。
それから慰労会は中止となり即時テアナ族3000人による戦士救出部隊が組織され海上封鎖をテリク族が陸上警戒と探索はテラン族が受け持ちミザリーの身柄確保に当たる事になった。
だが、それだけではミザリーの事を考えると不安過ぎた。
共通騎士にもなり、こんな計画を企てたほどの者だ、前もって隠れ家を用意し脱出路の確保をしている可能性もある。
そこで俺はゲイシーに頼みテアラリ島の男達、特に商売に従事する男達に協力を申し出た。
何処かに籠って隠れていても必ずミザリー自身は出て来なくても、彼女の仲間である10人の男達が買い物や情報収集の為に出て来ると思ったからだ。
「このテアラリ島にもイグナイトやエルハランの多数の商人達が来ているけど、その10人は堂々と振舞う商人と違って目立たないような態と取るはず、そういう奴を見掛けたら連絡が欲しい!」
そんな努力にも関わらずミザリーの行方は分からなかった。
はやり警戒態勢が布かれる事を予想し前以て食料などを備蓄していたのだろう。
だが幸運な事もあった。
700人の戦士達の無事が確認され保護されたのだ。
早速ソニア・テリクによる治療が開始された。
ソニアはティモシー・コルメガから治療法も聞いており覚えていたのだ。
「3人一組になり1人の戦士達に付き添え。そして酢を溶かした水を大量に飲ませろ、それからワカメを入れた湯を沸かして入浴させろ!後は必ず中毒症状が現れ暴れ出すが舌など噛まぬように気を付け隔離しろ!」
ソニアの不眠不休の治療が開始され、その治療に当たっている間はケイト・テリクとの一騎打ちは延期となった。
だが元々食事も水すら飲んでいなかったソニア自身の体調が崩れ始めたのだ。
俺が、どんなに説得しても頑として食事を摂らない。
仕方が無いのでメリッサに来て貰い説得して貰う事にした。
「ソニア、この治療と一騎打ちまでは身体は持ちそうか?」
「はい大丈夫です、メリッサ殿!」
「そうか、なら大丈夫だな!」
それだけ言うと2人とも何事も無かった様に顔を背けソニアは治療に戻りメリッサは帰ろうとする。
「姉ちゃん、何やってんだよ!?何のためにここに来たんだよ!」
「何って陣中見舞だ!ソニアが大丈夫と言ったんだ、他に何もやる事はないだろう!?」
「ソニアさんは食事も摂らず、その上不眠不休なんだぞ!このままいくと治療どころか一騎打ちなんて・・・・・。」
「アベル、私は戦では常に先頭を走り敵に斬り込むが、もし私が倒れれば誰が先頭を走ると思う?次はソニアが先頭を走り斬り込むのだ。私にはエド・デクーレンとソニア・コルメガの2人の副官がいるがエドは戦術が苦手な私の為に女王アルベルタ陛下が遣わしてくれた助っ人だがソニアは違う。私が私と同等の強さを持つ者を探し出し副官に任命した者だ。その者が大丈夫と言ったのだ、だから大丈夫だ。」
「信頼ってのかい?」
「信頼?ちょっと違うな『当然』と考えているだけだ、互いにな。」
納得したようなしなかったような気持ちになりつつ一週間が過ぎた頃、戦士1人が落ち着き始めたのを皮切りに一日経つと次々と正気を取り戻し、そして幻落丹が広まった経緯が明らかになった。
それはミザリーの、たった一つの言葉から始まっていたのだ。
美しく強くなれるぞ!
それは若い戦士達には魅力的な言葉であった。
成長途中の戦士は別に太っている訳ではないのだが多少はふっくらとし太ったような見える。
食べ盛りなのだから当たり前なのだが、自分はテアラリ島の戦士として魅力に欠けるのではないか?そんな疑問と恥じらいを感じていたところにミザリーの誘惑の言葉であった。
ミザリーから貰った幻落丹は気分まで高揚させ強くなった気にさせてくれ身体は痩せウエスト周りは締まったように錯覚させるのだから依存していく結果になり望めば幾らでも提供してくれた、ただ数に限りがあるから他の人間には内密を要求されたらしい。
そして真面な意識を失い考える事は『幻落丹が欲しい!』要は中毒症状を呈していったのだった。
だが若い戦士を狙い広まった理由は分かったが、どうして戦士なのだ?幾らでも提供したというところから金銭目的でも無さそうだ。
ソニアが言った幻落丹は東方の国からという事を考えても高価な薬であるのは確かだろう。
そんな薬を簡単に提供していたのだ、確実にそれに見合う目的があったはずだ。
見合う目的は何だ?戦士が必要な理由?
益々解らなくなった時、ソニアと供に治療に当たっていた戦士の1人が俺を呼びに来た。
どうやら正気を取り戻した戦士の1人が俺に話したい事があるらしい。
その若い戦士は最初に落ち着きを見せた者で、どうやら他の者に比べれば中毒症状が比較的軽く済んだらしい。
「意識を失う前ですがミザリーが『セシリア・ケンウッドに復讐を!』をとか男達と話をしていて・・・・・」
その言葉を聞いて解った。
ミザリーは何か事情があってセシリア・ケンウッドに恨みを持っており、その復讐の為に戦士達を必要としていたんだ、例えばセシリア・ケンウッドの屋敷を中毒症状を呈した戦士達に襲わせるとか!
そんな答えが出た時、ゲイシーの遣いであるテアラリ島の男が急いだ顔をしてやってきて、それらしい男1人を発見しゲイシーが監視中であると伝えて来た。
「どこにいたんだ?」
「それが全くの盲点でしたよ、3部族合同会館です。」
「なんだって!?なんでそんな所にいて今まで見つからないんだ!?」
「ですから盲点なんですよ、皆街中や山とか探していて、3部族合同会館の中なんて考えてもいませんでしたから、然も使われていない3階にいました。」
「なるほど・・・・兎に角、3部族合同会館に行こう!」
「はい、ここに来る前に陸上監視役のテラン族の方にも連絡しておきましたから、もう捕まっているかもしれませんね!」
「・・・・・だと良いんだが。」
何と無くだが嫌な予感がした、模擬戦とはいえリラと勝負し認められたミザリーを相手にあっさりと片付くはずは無いと思ったからだ。
そんな俺の予感は的中した。
3部族合同会館に着くと、さすがにホリー率いるテラン族の突入によりミザリーの仲間である男達10人は死体になっていたがミザリー自身はテアラリ島の男1人を人質にして立て籠もっている最中であった。
「ホリー、兵を引かせろ、それから船を用意しろ!」
そんな要求にホリーも怒りを抑えるのがやっとのようだ。
そこで俺が同じ共通騎士としてミザリーと話す事にした。
「ミザリー、アベル・ストークスだ!お前と話がしたい、良いか?」
「今更、お前と何を話すんだ?ふざけるな!お前が突然帰ってきたおかげで計画は台無しだ!」
「それは悪かった、じゃあ勝負しないか?共通騎士同士一騎打ちの勝負だ!
ミザリーが勝てば誰にも邪魔されずテアラリ島から脱出出来る上にカムシンのオマケ付きだ!
俺が勝ったらミザリーは死ぬだけだ!どうだ、テアラリ島3部族共通騎士として制約するぞ。
この状況なら可なりの好条件だろ?それとも怖いか?」
俺の制約にホリーが焦った顔をしたが説得し了承して貰った、それしか状況は変化せず人質の命も危なくなる一方だから。
俺の制約に納得したのか直ぐにミザリーは人質を解放し3部族合同会館から出て来た。
「ほう、さすがは共通騎士だ。潔いな。」
「アベルさんはどうして未だに私を共通騎士と呼んでくれる?」
「ミザリー間違ってたらごめん。お前イグナイト帝国貴族セシリア・ケンウッドの娘だろ?恐らく事情があってセシリアを殺す為に駒に出来る戦士達を必要とした。しかしイグナイト帝国自体には恨みは無く寧ろ愛国心すら抱いている、だから俺と議論になってもイグナイトを庇う発言をした、違うか?」
だがミザリーによって俺の答えは落第点とされた。
「セシリアの娘だって事は半分正解ですけどイグナイトには恨みしかないですね、庇ったのは私が戦士達を使ってテロを起こしイグナイト全土を恐怖に陥れる前にカルム王国に攻め込まれたら意味ないじゃないですか!?それに私はセシリアから生まれましたが、あいつにも認められていませんし私も母とは認めていませんからね。それが証拠に前にあいつを殺そうとして失敗したけど腹癒せにマウシムを奪ってきたんですよ。どうです、納得して貰えましたか?」
「そうか、もう直ぐ殺し合う予定だから悔いの無いように全てを聞いておきたいんだけど良いかな?」
「ええ私かアベルさんのどちらかが生き残って終わるんです、私は一向に構いませんよ。」
「ありがとう、どうしてセシリアに恨みがあるんだ?それにイグナイトに恨みって?もう一つ良いかな、あの幻落丹どこで手に入れた?高価な薬じゃないのか?」
「私はセシリアがケンウッド家を継ぐ前に遊びで出来た子供なんですよ、だから領地内の村人夫婦に預けられて育ったんですよ。でもある時流行病が村を襲って皆が苦しむ中、セシリアとイグナイト帝国が選んだのは村の焼き討ちでした。村の人々や父や母も炎に巻かれて死んでいきました。そして生き残ったのが私とそこに転がる10人です。セシリアとイグナイトはこれで良いですか?
それから幻落丹ですが旅していた時に東方の旅人と知り合いになって種を貰ったんですよ。
あれ植えると直ぐに成長する優れもので精製なんか簡単なんです。
あ、ホリー様、洞窟の隣りで栽培してたので後でクカの木と土壌も焼いて置いて下さい、あれ生命力強いですから!」
「そうか、そんな事情があったのか。俺もセシリア・ケンウッドには恨みがあるから良い友達になれたかもしれないな。」
「それは無理ですよ、私達は互いの剣の名が示す通り全く逆な存在ですから。
それから、この場だから言う訳ではありませんがアベルさんとの論戦は中々面白かったですよ。」
「俺も密かに楽しかったよ、じゃあそろそろ殺ろうか。」
「あ、私が勝ったらカムシンは貰いますけどアベルさんが勝ったらマウシムは貰って下さい。今更あいつに返すのも癪ですから。」
「ああそうするよ。・・・・・テアラリ島3部族共通騎士アベル・ストークス、テアラリ島3部族共通騎士ミザリー・グットリッジを誅殺する!」
そしてテアラリ島3部族共通騎士同士の戦いが始まった。