恐怖を越えろ
メリッサが俺やリーゼと同じ転生者だと判ってから心強く思う一方で残念な気分も続いていた。
メリッサは兎も角、リーゼまでフォ―スを使えるなんて・・・・・
ただリーゼの場合は無意識の状態からのフォ―スらしく、いずれは訓練も必要になるだろうとのメリッサの見解だった。
使いこなすとなると、まだ先の話だろう。
しかし、見た目で俺の恋人だったら嬉しいはずだったメリッサが同じ転生者で中身は87歳の婆だと知ってしまうとショック大だった
それでも見た目は12歳でも中身は通算87歳、その分メリッサには感心させられることが多い。
俺が全く注意していなかったカルム王国の外交・内政問題にまで精通していたのには驚かされた。
こういう情報も、それとなく王族に通じるダレン・イーシスに調べて貰っていたらしい、ダレン・イーシスが言った言葉の意味も分かった。
現在のカルム王国は近隣を見ると海を隔てた北側にあるイグナイト帝国と西南にケンゲル王国そして東のポテル山脈向こうにある16年程前に大商人達より結成された自由都市連合:ローヴェに取り囲まれた状況にある。
南のケンゲル王国とは同盟関係にあり2国でイグナイト帝国と相対している状況になっているが現在は休戦中である。
この3国中でイグナイト帝国が国土も大きく人口も多いが、カルム王国とケンゲル王国の両方を合わせればイグナイト帝国を若干上回るらしいが2国合わせても打倒するほどの勢力にはならず、謂わば三国志演義の『魏蜀呉』の関係に似ている状況である。
そして自由都市連合:ローヴェ(正式名:ローゼオ・ヴェッキオ自由経済特区都市連携相互性信用組合)は元々は5つの小国が覇権を争っていた地域だったが突然現れた2人姉妹であるミュン・ローゼオとスノ―・ローゼオを中心に集まった商人達が金の力にモノを言わせて打倒し作り上げた国である。
現在は他の諸国とも同盟関係ではないが友好を結び全ての大陸を結ぶ新たな流通経路の開拓発見や、それまでの流通システムの一新などをして財と兵力を蓄えた新興勢力として勇名と栄誉を馳せている。
現在、外面では比較的平和な状況のカルム王国ではあるが内面で見ると、そうではない。
先王のアレッサンドラ・カルムが3年前に崩御され孫のアルベルタ・カルム女王4歳が即位なされているが、文治派のアリダ・カルムと武断派のアイダナ・カルムが権力闘争を繰り広げている最中である。
しかもアリダとアイダナは先王のアレッサンドラの娘であり姉妹であり、互いにアルベルタ女王の伯母になると言う厄介な存在であり、どちらが何時クーデターを起こすかと噂されるほど険悪ムードが漂う様相である。
勿論、中立派であり女王派の忠誠心溢れる貴族たちもいるが幼王である事からごく少数である。
ちなみに過去にアルと手投げナイフ大会で決勝を戦ったヒラリー・ヴェルデ―ルは女王派であるらしい。
「アベルよ、カルム王国は残念ながら内面的には脆くなっている、内面が脆くなると外面は呆気なく崩れる!いつ戦が起こっても不思議ではない状況だ、身が守れるように自分を律し強くあるべきだ!」
メリッサの言葉に物凄く意義があり深みがあるのは俺でも解るが、残念ながら俺には剣術の才能が全くない。
アル達には朝の散歩と称して森の中で早朝と学校帰りの一時間にメリッサに稽古を着けて貰っているが全く進歩しない。
「アベルは才能がないのは勿論だが、まるで戦意を感じない!」
やはり武道一筋に生きてきた人には分るらしい。
俺は前の世界で虐められて引きこもりになった男だ。
殴られても卑屈に笑う事しか出来ずに更に虐められた。
怖いのだ・・・・・
頭の中で分っていても戦意溢れるメリッサの目で睨まれるだけでも身体が委縮してしまう。
自分でもどうしようもないくらいに震えてしまう。
「まずは心から入れ替えて自分に勝たないと駄目だな・・・・」
とメリッサに言われた。
そう言われた次の日、メリッサに昼の稽古を無にして修行をしている工房に連れて行けと言われた。
一度は俺の修行を見学してみたかったらしい。
学校が終わりメリッサを連れて工房に行き師匠に紹介したが、師匠はメリッサを一目見て呆然とした顔になった、まさかメリッサに一目惚れか?
辞めておけ!見た目は可愛い12歳でも中身は87歳の婆だ!アンタより歳上だ!
直ぐに元に戻ったがメリッサが俺に聞こえない様に師匠と話をしだし終わると俺の修行姿を見ずに帰ってしまった、何をしに来たのか分らない、しかし師匠が俺に聞いてきた。
「あの子は本当に12歳か?」
「そうですけど、何か違うように思いましたか?」
一瞬、メリッサや俺の事に勘付いたのかと緊張した。
「俺が神聖ヤマト皇国に居た頃に知っていた剣豪上位クラス達が持つ気風と似たものを既に纏ってるぞ!俺の勘も衰えたのか・・・・」
やはり分る人には分るらしい!
しかし剣豪上位クラスの気風って!メリッサは凄いな!
兎に角勘付いてはいないようだ。
しかしメリッサと何を話したんだ?
「ところで師匠、俺の姉ちゃんと何を話したんですか?」
「ああ、それは内緒だ!」
内緒か・・・・・師匠の性格なら、これ以上は話さないだろう、気になるが聞くのは辞めておいたおいた方がいいだろう。
「おいアベル、酒だ!酒を買って来い!」
また始まった・・・・・嫌だが教えて貰う立場だ、素直に従う!
「いつもの葡萄酒ですか?それともラム酒ですか?」
「どっちでもいい!いや、ラム酒だ!今日はそんな気分だ!」
「了解です師匠!では行ってきます」
10Lくらいは入る酒樽を、それ専用に作られたバックに詰めて背負って酒屋に行く!
ちなみにカルム王国は葡萄の産地だから葡萄酒の方が安い。
毎度の事だが酒屋までは距離が2kmくらいあり途中で坂道がある。
行きは上り帰りは下りになり、帰りの方が重量が重くなり坂道ではかなり苦労する。
一度だけ転んで酒をまき散らした事があったが普段は優しい師匠にこっぴどく怒られた嫌な想い出もある。
酒屋に着いて酒を注文しようとする酒屋のピア小母さんが困った顔して背の高いひょろっとした30代前半位の全身を赤と金の怒派手な東洋風の衣装に腰には片刃の剣を2本そして背中に布に包んだ剣を1本を背負った男と話をしている、その男の顔立ちはどことなく雰囲気的に師匠に似た感じだがニヤけた感じの悪い顔をしている。
「あ、アベルちゃん!良いとこ来たわ!ねえ、この辺でビゼンさんなんて御宅あったかしら?」
ピア小母さんは男から聞かれていたのだろう、俺にも質問を振って来た。
・・・・・実に面倒だ。
「いや、聞いた事無いですね!」
「そうよね!」
するとひょろっとした男は愛想笑いを浮かべながらさらに聞いてきた。
「いや、剣とか作ってる鍛冶屋でもやってると思うんっすけどね~」
実にチャラい感じの喋り方だ、虫唾が走るが男は容赦なく聞いてきた。
「でも、この町に鍛冶屋は俺の修行してる家庭用品専門の鍛冶屋だけしか無いですし、それに俺の師匠は
ビゼンなんて名前でもないです!」
「そうか・・・・あの人が家庭用品なんて作る訳がないからなあ・・・・・うーん・・・・・でも一応聞いておこう、君の御師匠のお名前は?」
「ベニカゼです!」
「ベニカゼって備前御師匠じゃないか!」
「いや・・・・だからビゼンじゃなくてベニカゼです!」
「あ、正確にはねベニカゼじゃなくて御師匠は『備前紅風』っていうんだけど今は紅風しか名乗ってないのかい?それに家庭用品専門って・・・・・あの御師匠がそんな物を作っているのか?」
実に雰囲気の悪い男だ!
俺が修行するものを『あんなもの』とは!なんて不届きな男だ!
俺の頭の中で警戒音がビービーとケタましく鳴り『パ〇ーン青、使〇です!」って声が聞こえているのを感じる。
だが男は、そんな俺の表情から読み取ったのか顔をキリッとさせ物腰も変えて俺に自己紹介を始めた。
「申し遅れましたが私は備前紅風の14番目の弟子にあたる『陸奥神威』と申します、お見知りおきを!」
俺の兄弟子にあたるお方だった・・・・・
それから陸奥神威を工房まで案内することになった。
陸奥神威は酒屋で最高級の葡萄酒とラム酒を買い俺の分のラム酒も軽々と持って運んでくれた。
俺の印象は180°変わった、実に良い人だ!
帰りの道すがら陸奥神威から神聖ヤマト皇国での師匠の逸話を聞いた。
神聖ヤマト皇国では名の知られた剣や槍の鍛冶師であった事。
弟子を陸奥神威を含めて20人いた事。
師匠の一番弟子にあたる長船厳馬という方が現在は神聖ヤマト皇国の専属の鍛冶で活躍されている事。
だが俺が師匠の家族について聞くと、ちょっと困った顔して言葉を濁した、聞かない方が良さそうだ。
工房の前に着く直前に師匠が出て来た、きっとアルコールが切れたのであろう!
「アベル遅いぞ!何やって・・・・・・」
師匠が陸奥神威の存在に気づき言葉が止まった。
「御師匠、お懐かしゅうござい・・・・・・」
陸奥神威が言い終わる前に師匠が顔を真っ赤にして地震でも起こしかねないような怒声を陸奥神威に発した!
「帰れーーー!」
だが少しも怯む事も無くシャアシャアと陸奥神威は答えた。
きっと、こういうのには慣れていたのだろう。
「これは手厳しい、ですが、この陸奥神威!御師匠の御元気な御姿に感動と感銘を頂きました!」
「誰が師匠だ!貴様は破門にしただろうが!」
「いやいや私こと陸奥神威は御師匠の永遠の弟子なれば破門などという言葉に枕を濡らした日々もありましたが今も御師匠をただただ御慕い敬うのみにて!」
「ふん、相変らず口の減らない餓鬼だ!」
本当に俺もそう思う!
でも、こういう奴が世の中あるいはどんな世界でも上手く渡っていくのだから不思議だ。
「それで何しに来やがった?」
「師匠が最も御興味のある事を掴んでまいりましたゆえに!」
そういうと陸奥神威は自分の腰に差した刀の柄をポンポンと叩いた。
一瞬、師匠が真剣な顔つきをし暫らく無言になりやがて一言だけ言った。
「蒼光の剣か・・・・・」
「お察しのとおりなれば」
「神威!中に入れ!それからアベル、すまんが用事が出来た、今日はこれで店終いだ、お疲れさん!」
「ええ、師匠、今日はもう終わちゃうんですか?」
「ああ、本当にすまんな、それから酒を買いに行って貰っている間にお前の姉さんから頼まれたものを作っておいた、簡単な作りで悪いが渡しておいてくれ!」
それは剣の形をした鉄の棒いわゆる剣擬きが2本だった、子供の俺には両手で持たなければならない結構な重さもある、腕力強化にでも練習の時にでも使うのか。
それから仕方なく家に帰った、何か師匠にも事情があるのだろう。
それに『蒼光の剣』って何だろうか。
家に帰るとメリッサがアルを相手に酒の酌をしているところだった。
「父ちゃん、あんまり飲み過ぎたら駄目だぞう~!」
少し可愛げなワザとらしくない笑顔をしながら酌を勧めるメリッサを見ていると痛々しく感じるが、メリッサは一瞬だけ俺の方をジロッと見て威嚇する。
「父ちゃん、飲み過ぎんじゃないよ!」
こんな感じにヘレンが釘を刺すが
「だってよーメリッサの酌なら父ちゃん何杯でも酒が進むから仕方がねえー」
いつもの調子でアルが返す、いつものとおりの平和な我が家だ。
だが、その日は違った!
メリッサが俺に近づき小声で尋ねてきた!
「アベルの師匠に頼んだ物貰ってきてくれたか?」
「うん、外の小屋の裏に隠してきたよ!」
「じゃあ早速に森に行こうか!」
そういうとメリッサは俺と散歩に出掛けるとヘレンに告げた。
森に着くと師匠に作って貰った剣擬きを1本を軽々と持ってメリッサが言う。
「この重さは良い!アベルの師匠は一流の鍛冶師のようだな!」
「メリッサ姉ちゃん、これで腕力でも鍛えるの?」
「それもある。だがこれはアベルを守る剣だ!これを取って構えろ。構えたら私はフォ―スも使ってアベルを殺す気でやる!だからアベルも私を殺す気で掛かってこい!」
「え?どうゆう事?殺す気って・・・・」
「アベルは、このまま生きても前の世界の恐怖に怯えたまま生きていく事になる!
平和や治安が約束された世界ならそれもいいだろう、だがこの世界は残念だが不安要素が多すぎる!
国に然り魔物に然り!それでは生きている意味が無い、どうやっても前の世界の繰り返しになる。
だったら恐怖に打ち勝て、恐怖に勝つにはより強い恐怖に勝つ事だ!」
言っている理屈は分る、確かに以前にメリッサが倒したコーネンラットなんて比じゃない魔物なんて、この森の奥に行けば幾らでもいると聞いた事がある。
それにカルム王国にしても休戦中というだけで平和なんて状態ではない。
いつ戦争が起こっても不思議ではないのだ。
「メリッサ姉ちゃん・・・・・宜しく御願いします・・・・・」
「ではアベル行くぞ!」
鉄の剣擬きは8歳の身体の俺には重くて使いずらいが俺に何故メリッサが持たしたのか理由が直ぐに分かった。
いつもの小枝にメリッサのフォ―スが加わると鉄製の剣擬きでさえ少し凹みを見せた。
普通に殴られたら確実に骨折くらいにはなるだろう。
「アベル殺す気でこい!」
そういうと構える俺の目線から一瞬で消え去り右方向から突いてきた、左にステップしたかのように見せかけての右ステップ、フェイントを混ぜて来たのだった!
突きが俺の胸に当たって後方に飛ばされた、しかし飛ばされたと同時に踏み込んでの頭に向かって狙いを定めたメリッサの『面』が飛んでくる。
幸いにして『面』は掠る程度で済んだが、胸を突かれたおかげで呼吸が上手くできない・・・・・
だが、俺の呼吸が乱れた瞬間を狙って左手の『籠手』が当たった瞬間、ボキっと音がして鋭い痛みが俺を襲った!
「うわああああああ、痛てえええええー」
あまりの痛さに地面を転げまわる俺にメリッサの蹴りが腹や肩、足に飛ぶ。
「起きろ!アベル起きろ!」
「もう嫌だ!助けて、止めて、お願いします、止めてー」
必死で泣いて頼むがメリッサの蹴りが頼んだ分だけ強くなった・・・・・
「駄目だ、お前・・・・・潔く死ね、アル達には森の奥に入って魔物に襲われて食われて死んだって事にしておいてやる!」
メリッサの目がボーっとした虚ろな目になったのが見えた、人を殺す時の目って言うのはこんな感じなのだろうか・・・・・・
そう思った瞬間、俺の頭にフルスイングでフォ―スを込めた小枝を振り下ろしてきた!
『面』とか『籠手』とか『胴』とかの狙う技ではない、単に頭を砕こうと振り下ろしているだけだ!
一回目は転がって逃げられた、モーションが大きいから逃げられたが逃げた時に手首の激痛が走る、そんな事よりも体は逃亡する事を優先事項にしているみたいに痛みなど気にならない。
ただ恐怖と絶望に似た感覚と呼吸が荒いながらもメリッサに殴られる為のカウントダウンのような規則正しい呼吸をするようになった。
「死ね、さよならアベル!」
そういうとメリッサが持つ小枝が青白き炎のように光り始めた。
俺の頭に小枝を振り下ろしてきた、だが何故か俺にはスローモーションのように見えた!
恐怖のあまりにこう見えるのだろうか?どうにでもなれ!そう思えた!
残った右腕で小枝を振り払うようにヤケクソで剣擬きを振るうと小枝がバキっと折れたのが見えた!
生き残ろうとする本能だろうか、次の瞬間に振り切った剣の反動に逆らわない様に転がって直ぐに起き上がりメリッサに向けて剣擬きで『突き』を放った!
だが残念ながら流石にメリッサも身体を捻って剣擬きを躱して攻撃に転じる構えを見せた!
ああ、死んだなぁ俺、ここで終わりかぁ・・・・・・
そんな事を思った時、メリッサがニコッとした笑顔で俺に言った
「よくぞ恐怖に打ち勝ったぞ!どうだ下らない虐めの恐怖なんかよりも死闘の方が怖かっただろう、しかしアベルは死闘を乗り越えた!もう大丈夫だ!」
そういえば身体は震えていない、寧ろ自分では気がつかなかったがメリッサに教えて貰った『正眼の構え』を右腕一本でとっていた。
「もう大丈夫だ、それに仏さまはアベルに御褒美まで下さったようだ!」
俺が持つ剣擬きが爛々と蒼き炎のように光っている。
「もしかして、これ・・・・・」
「間違いなくアベルのフォ―スだろう!恐怖状態から脱した時に覚醒したんだろうな!」
「これがフォ―ス・・・・・・って痛てええええええええー」
緊張状態が終わり自分から発生するフォ―スを見て安心して瞬間に折られた左手首の痛みも発生しだした・・・・」
「アベル、アル達には遊んでいて転んで骨折した事にしよう!」
メリッサは笑顔を無理やり作って俺に言った。
世話にはなったと思うし感謝もしている、しかし笑顔にはムカついた!
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