聖女様が言っていた
BL要素あり。
浮気とかされるけれど、シリアルです。
夫の裏切りにあった。
半年前、夫は失踪した。
そして捜しあてた夫の横には見知らぬ女性の姿。
彼女はお腹に手を当て涙を流して私に訴えた。
彼との赤ちゃんがいます。
彼を愛しているんです。
どうか、どうか、彼を私にください。
まって……まってください。
泣きたいのは私の方だ。
夫とは幼馴染といわれる関係だったが、私の世界には夫しかなかった。
茫然とするだけの私の横で、高校生になったばかりの息子、友紀がなにか夫に叫んでいる。
瞬きを忘れた目からは何もでなかった。
ただ、ただ、何も言わない私を夫が見つめていた。
きびきびとした弁護士が次の日にやってきて慰謝料と口止め料が口座に振り込まれた。
私のプライドと友紀の将来では、後者に軍杯があがる。
夫が失踪した半年間、日夜捜索にあたっていたので貯えがないのだ。
大学をでてすぐに夫と結婚した私は、仕事をした事もなくアルバイト経験もない。
夫の裏切り、これからの生活。
夫を必死に捜していた時に感じた暗闇よりももっと暗い所に堕とされて、もう一歩も前に進めない。進みたくない。
ワーワー叫んで狂って全部逃げ出したい。
逃げたい。逃げたい。逃げたい。
そんな事を考えたから罰があたったんだろうか、気が付いたら友紀と並んで魔法陣の真ん中に立っていたのだ。
***
「おお、勇者様。どうかこの世界をお救いください」
ハリウッドスターの様な男たちが、私たち親子の前で平服していた。
私は横にいる友紀をかばう様に前に立つ。「……か、母ちゃん?」と焦った様に声を出す友紀を宥めた。
素人を巻き込んだ凝ったドッキリか何かか。
はたまた誘拐犯か。
私に沸き起こった感情は『怒り』だった。
私たち親子をいじめてそんなに楽しいのか。
先行き真っ黒で、でも息子がいるからこそ、その真っ黒の中の道を這ってでも進んでいかなくてはいけない。
何が勇者だ。夫に父親に捨てられた私たちをこうも馬鹿にするのか。
真っ赤に染まった目の前に炎が浮かび、大きな火をまとった鳥が現れた。
「お静まりください! 勇者様!!」
「なにとぞ! なにとぞ!」
「闘炎鳥をお納めください」
慌てふためく男たち。
チリチリと火の粉が舞う。
私には全然熱くない炎は目の前の男たちには苦しいようだ。
闘炎鳥と呼ばれた火の鳥がバサッと翼を揺らした時、私の腰に手がまわった。
「母ちゃん!! 待って! 落ち着いて!」
「……友紀」
「ああ、やっぱり母ちゃん……なんだよな」
ああ、やっぱりって?
フッと真っ暗になる意識。
最後に目に入ったのは、顔を青ざめた友紀と駆けつけてきたローブをまとった男。
次に目を覚ましたのは、柔らかい肌触りのベッドの上だった。
横には心配そうな友紀と先ほどのローブの男。
くらくらする頭を抑えていたら、背中を支えてくれた友紀が私が眠っている間に説明をうけていたようだ。
友紀の言うには、ここは異世界らしい。
「異世界トリップだよ! 母ちゃん! ほら、俺が読んでたラノベでよくあるやつ!」と興奮している。
この子は、夫が失踪して以来、私を支えてくれる良い子すぎる息子なのだが、アニメや漫画の影響を受けて中学生の時には、怪我していない右手に包帯をまいて登校をしていた。その右手には油性ペンに竜の絵を描いてあって「右手の封印が」「静まれ、我黒竜を」など言っていた気がする。
もしかして過度なストレスが息子をここまで追い詰めたのだろうか。
思わず、友紀の頭に手をやり撫でたのだが、違和感がある。
友紀を撫でている手がなんだか若いのだ。
「母ちゃん、ほら」
手渡された手鏡に映ったのは十代の頃の私の姿だった。
勇者は友紀ではなく私だというのだ。
力が一番発揮できる頃まで若返らせられた私は、勇者としてこの世界で魔王を倒さなければならないらしい。
「……魔王って何」
私の声が空しく響いた。
数週間が過ぎた。
若返った自分の姿を見て漸く友紀のいう事を真面目にきいた私は友紀を護るためにも“力”をつける事を第一とした。
衣食住の保証はされているが安全の保証はされていない。
ローブの男――ベルナルドが率先として魔術を教えてくれるが、剣術の方はからっきし。
昔、夫が子供の頃に遊んでいたRPGのように『たたかう・まもる・にげる』など簡単なコマンドがあるわけもなく、レベルアップなど目に見える成果もわからない。
手探りで日々過ごしていた中、唯一の救いが友紀の顔に笑顔が戻った事だった。今日も不自然なくらいベルナルドと一緒にいて笑いあっている。
そう、不自然なくらいに。
「……友紀?」
「あら、勇者様? どうかされました?」
そんな私の疑問に答えてくれたのは、聖女様だった。
【友紀視点】
「母ちゃんはさ、父ちゃんしか知らないから、うまくアドバイスできないと思うけど、友紀が幸せになるのなら、母ちゃん応援するよ。聖女様のいうにはこっちの世界では同性同士のお付き合いも珍しくないみたいだし。で、いつベルナルドのご両親に挨拶にいけばいい?」
母が、開口一番に言ったのがこれで、母の後ろで親指を立てているのが聖女様だ。
俺は知っている。
あの聖女様は腐っている。俺とベルナルドがよく一緒にいるのをみてはニヤニヤしてこちらを見ているのだ。
異世界にも腐った女子が生息しているとは思わなかったのだが、今はそれどころじゃない。
母の誤解をとかなければいけない。
ベルナルドはただ母に恋をして、それを俺に相談しているだけという事を。
俺と母が召喚され、母がブチ切れた時、ベルナルドは母の容姿と強さのギャップに堕ちたというのだ。
息子の俺が言うのもなんだが、今の母は虫も殺せないような可憐な姿をしているが、流石勇者という事もあってべらぼうに強い。
年は俺と同じ16歳らしいが、どうして16歳とわかったというと体に残った水着の痕というのだ。
「変な日焼けしているでしょ? これ、父ちゃんと高校一年生の夏休みに海に行って浜辺で初体験をした時にできたやつだから、中途半端に脱いだ水着の痕が二重についちゃって」
と、知りたくもない両親の初体験事情を教えられて白目をむいた。
どうして初体験がアオカンなんだよ。エロ同人誌の世界限定だろそういうのは!
なんとか母の誤解を解いたと思うのだが、安心はできない。
母は純粋だ。
すぐに人のいう事を信じてコロッと騙される。
幼馴染だったクソ親父を母は純粋に信じていた。母を一番愛していると公言していたが、下半身だけは別だったクソ親父は母に隠れて浮気三昧だったのを俺は知っている。
そんなクソ親父が失踪した半年間。
母はクソ親父の不貞を想像さえせず、怪我をしているのではないのか。事件に巻き込まれたのではないか。と憔悴しきっていた。いざ母がクソ親父を初めて見つけた時、小さい声だが「よかった……生きていてくれた」と言ったのだ。
結局は母が心労で体重を10キロ近く落とした半年の間、あのクソ親父は若い女とよろしくやっていたわけなんだけど。純粋すぎる母に俺は涙し、クソ親父はボコボコに殴っておいた。
母の心の傷も癒えないまま、異世界トリップで勇者として祭り上げられて、ボロボロのまま母は立ち上がり、言葉にはしないが世界の為じゃない。俺の為に頑張っている。
元いた世界の時よりも母は強くなった。もしもの為に、俺が還られるように権力者に頭を下げ、還られなかった場合の備えもしているようだ。泣いてばかりだったあの頃のと全然違う。
誰かが言った歴代の勇者の中で、彼女が一番美しく強いと。
それもそうだろう。歴代の勇者はたった一人で召喚され、見知らぬ世界を救うために勇者になった。
しかし母には俺がいた。俺を守るために、本気で強くならざる得なかった。
その本気が、この世界の人たちにはまぶしく映ったのだろう。
感謝しても感謝しきれない。月並みに社会にでたら親孝行を必ずするとかいう状態でもなく、今、ちゃんと俺がしっかりしていなければいけない。母の頑張りに感化され、俺も少しは大人になったと思う。
しかし、俺だけじゃない。魔王討伐パーティーも母の頑張りを、強さを、美しさを、全部みていたのだ。
その結果
「勇者殿、あの、ティーパーティーをするのだが、いかがだろうか?」
「これは、王子様。ありがたい申し出なのですが、私はまだ稽古がありますので」
「そ、そうか。次こそは必ずだぞ!!」
「勇者さまー!!! 僕と一緒に城下町に行きませんかー??」
「これは、魔術師くん。嬉しいんですが、私はまだ稽古が残っているんですよ」
「えええーーー。またですか! つまんないですぅ」
「ゆ、勇者様、そ、その、お、俺、いや、私と昼を、その」
「これは、騎士団長殿。申訳ないが、昼は息子ともう食べ終えまして」
「あ、そ、そうか!! いや、わかった。その、すまなかった」
「勇者くん。ご機嫌いかがかな? そろそろオレにより良い返事をきかせてくれないかい?」
「これは、子爵様。申し訳ございません。折角のお誘いなのですが、私には使命があります」
「……オレは諦めないよ」
「おい! 勇者! うけとれ!!」
「これは、盗賊さん。……? 犯行予告状?」
「ユウキに渡しておいてくれ。お前のハートを盗んでやるってな」
「あ、はい」
「いや!! 母ちゃん!! 最後のは拒否してぇぇぇぇぇ!!!!」
「友紀!」
慌てて母の元に駆け寄ると、エフェクトがかかったキラキラとした笑顔を俺に向けてくれる母に、ほら、外野の視線が痛い。
俺、息子だから! 殺意をまぜた視線を寄越さないで!
後、盗賊さんは俺に熱い視線を送らないで! 聖女様が歓喜の舞を踊りだすから! やめて!
最強の勇者と言われた母は、逆ハーレムをちゃんと作っていた。
こんな所までラノベ通りにいかなくてもいいと、俺は頭を抱えることとなるんだけど、母の笑顔が戻って、俺は嬉しいんだ。
【勇者視点】
とうとう魔王討伐の日がやってきた。
一緒に付いていくと聞かない友紀に根負けしたけれど「母ちゃんは、俺が護るからな」こんな言葉を息子からもらい泣きそうになった。母ちゃん、知っているよ。それだけが理由じゃないんでしょ?
本当はベルナルドが心配だから一緒に行きたいんだよね。友紀はベルナルドは親友だと否定していたけれど、照れ隠しって聖女様が言っていた。
瞬間移動の魔法などないから、旅は過酷だったがそれらは全部割愛する。
つらいこともあったけれど、パーティー全員魔王の本拠地にやっとの思いで到達。
そして、魔王と出会ったのだけど
「クソ親父ぃいいいいい!!!!!!!」
私が叫ぶよりも先に、友紀が叫けんでいた。
魔王は夫だった。
いや元夫だった。
「勇者、よくきたな。我は魔王……?! ゆ、勇者……その官能的な日焼けの痕は……俺たちの高1の夏! 俺たちのアバンチュール!! もしかしなくても智子なのか!!!!」
魔王軍と戦っていた私の上半身は、上手に乳房は隠して裂けていてあの特徴的な日焼けの痕を晒していた。
他のパーティーも似たようなもので、下半身の装備は無傷であり、友紀が「ご都合主義補正」といっていたのだがよくわからない。
私に気付いた魔王兼元夫は、魔王の椅子から立ち上がり、叫んだ。
「誤解なんだ! あの半年間は魔王として俺はここに召喚されて今のお前と同じ16歳頃に姿を変えられた。そこで俺を倒しに来た勇者に迫られてたんだ。勇者を抱かないと元の世界に戻れないというし……智子も知ってるだろ! 十代の頃の俺の止まることを知らない性欲と探求心。こっちの世界では触手プレイも普通にあるんだぞ? ……いや、それは、さておいて……半年もかかってやっと還れたと思ったら、あの勇者も一緒に元の世界についてくるし……しかも子供なんてできてもいないくせに嘘をついたんだ! 俺も被害者なんだよ! わかってくれるだろ? 俺の愛しているのは智子だけだ! さぁ、一緒に元の世界に戻ろう!」
「……闘炎鳥 ヤれ」
修行の成果はすごかった。
魔王城は一瞬にして燃え崩れ落ちた。
元旦那はあの日、やつれた私を見て罪悪感が沸いたが、嫉妬してくれなかった事に対して拗ねて何も言わなかったらしい。そして、無理矢理こっちの世界に舞い戻り魔王業を再開。こちらの世界に私たちを呼び寄せる予定だったと。無理矢理戻った為、魔王の力が最大にいかされるという若返りはなかった為にあっさりと負けたわけなのだけど。
子供のころからまったく性格が変わっていない。とため息をついた。
もし、こちらの世界に召喚されず、あのままあの世界にいたら……きっと、元夫の復縁の話に飛びついていただろう。しかし、もう夫と息子だけが私の世界だった頃と違うのだ。苦しいことも多かったが、あの時の暗闇だけだった世界よりも、明るい道に向かって走る生活は楽しかった。
だから
「元勇者さんを大事にしてあげて」
泣き叫ぶ元夫を縛り上げ向こうの世界に送り返した。
二度とこっちの世界に戻ってこないように、魔法陣に封印を施したわけだけど。
「友紀は本当に元の世界に戻らなくてもいいの?」
「……うん。この世界にはこいつらがいるし」
友紀の両隣には、ベルナルドと盗賊さん。3人は恋人繋ぎで固く結ばれている。
聖女様もこの展開には「3人おいしいれす」とおっしゃってたけど、友紀が幸せなら私も嬉しい。
向こうの世界だと、何も力がなかったけど
こっちだと世界を救った勇者。
――それに
何より息子を護るための力がここにはある。
数か月後、元夫が復縁を迫りにこの世界に舞い戻って来てヤンデレ化するんだけど、それはまた別のお話。
――【友紀がそうなった途中過程】
「友紀、昨日はごめんね。まさかあんたも大人の階段に登っている最中とは知らずに」
「あれは!! 盗賊の野郎がカギを閉めても忍び込んできて縛ってきたの! ベルナルドがいなかったら俺の尻がやばかった……なんなのあの男! あの色気……それに、ベルナルドも最近、おかしいんだよ。密着が多くなったというか……寂しそうな顔をするんだ。あんな顔させるなんて……俺、なんだか胸が痛くて」
「この世界は私たちがいた世界と同じものさしで考えたらダメだよ。友紀には、自分に正直になって後悔しない道を選んで欲しい」
「母ちゃん」
「ノンケは、イヤイヤいいながらも1度快楽堕ちすると吹っ切れるって」
「母ちゃん?!」
「聖女様が言ってた」
「やっぱりあの女かあああああああ!!!」