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1.なんでこうなった

「なー、姉貴。早く決めてくれよ。いい加減疲れてきた……」


 うだるような暑さの7月下旬、高校生になって2度目の夏休み。俺は姉貴の誕生日プレゼントを買いにぬいぐるみショップに来ている。

 そう、プレゼントをする本人と共に。


「なによ和真、『誕生日プレゼント考えるのめんどくさいから、直接選んでくれ』って言ったのあんたじゃない。まぁ、本人に選んでもらうっていう考えはあんたにしては上出来よ。去年のようなプレゼントを渡されるよりはね」


 ぐっ……。痛いところをついてくる。去年プレゼントした『鮭を咥えた熊の木彫り』(自作)の置物はお気に召さなかったらしく、当時相当お説教させられた。

 いくら姉とはいえ、女の子にそんな誕生日プレゼントはありえないと。だって仕方がないだろ? そのときはあまり金がなかったんだし。


 それに姉貴がぬいぐるみ好きとはいえ、流石にこの歳で一人ぬいぐるみを買いに行くのは恥ずかしすぎるし。

 だから今年は姉貴に直接プレゼントを選んでもらうことにしたのだ。


「お、この猫のぬいぐるみ可愛い! どうよ、和真! この子見てると胸がキュンキュンしてこないか? あ、こっちの鹿のぬいぐるみもいいな!」


「あー……、そだね、可愛いね。というか姉貴、20歳になるんだからもういい加減ぬいぐるみから卒業したら? 鳴神流闘剣礼法の後継者なんだから」


「あほ! 後継者は長男である和真のほうでしょ。まったく……、なにが『俺はイラストレーターになる!』よ。お父さんが嘆いていたわ。あんたが美少女アニメ好きのオタクになっていたことに」


「なにをー! 二次元を馬鹿にするなよ! ペンは剣よりも強し! 俺は絶対に後を継がないからな! 美少女イラストを描いて俺はエロゲー業界にデビューするんだばぁぁぁっぐふぇ!」


 突然腹に強烈な痛みが走る。気づいた時には吹き飛ばされ、お店の入口にある1メートルを越える巨大なクマのぬいぐるみへと激突していた。


「やめんか恥ずかしいっ!」


 数メートル先から姉貴の怒号が聞こえてくる。


 むしろこんな大勢の人がいる場所で暴力を振るう姉貴を持った俺が恥ずかしいです……というか、技の『みずち』を打つなよ……がくっ。



 ◇



 ぬいぐるみショップから出て、ジリジリと太陽が照りつける空の下を姉貴と並んで街並みを歩く。


「ったく、あんたのせいで大恥かいちゃったじゃないのよ。あー、暫くあのお店にはいけないわ」


 長い髪を揺らしながらがくりと項垂れる姉貴。直ぐに手を上げる性格をどうにかしたほうがいいと言いたいのだが後が怖いのでやめておく。


 姉貴の両手には1メートルを越えるクマのぬいぐるみが抱えられている。

 先ほど激突した際に俺の涎がぬいぐるみに付着してしまったらしく、買い取る羽目になったのだ。


 ああ、さらば2人の諭吉さん……。まさかぬいぐるみがこんなにも高かったとは……。


「ちょっと、聞いているの和真」


「はいはい、俺が悪ぅございました。取り合えず買うもの買ったし、あそこの喫茶店で休憩しようぜ姉貴」


 歩く先にお洒落な喫茶店が目に入ったので、休憩しようと促す。正直、喉がカラカラだ。


「あんたねー、姉の誕生日プレゼントを『取り合えず』扱いはどうなのよ……。はぁ、まぁいいわ。勿論、和真の奢りよね?」


「うえぇ!? 俺持ちかよ! いやいやいや、ここは可愛い弟の為に姉貴が――」


「その可愛い弟のせいで赤っ恥をかいたのは誰?」


 うぐっ……。


 姉貴は大のぬいぐるみ好き。ましてや、先ほどの店は姉貴がよく利用するお店。

 その店に暫くいけないと姉貴が言っている。ここで断ったら……あわわわわわ。


「――はい、喜んで奢らせていただき……ます……ううぅ」


「うむ。ほら、泣いてないで行くわよ――――ん?」


 先頭を歩き始めたと思った途端に姉貴が立ち止まる。その先の視線には骨董品屋のショーケースへと向けられていた。


「和真和真! これ見てみ見てみ! 可愛いな~。誕生日プレゼントぬいぐるみじゃなくてこれでも良かったな~。ちらっ」


 ガラスにへばり付く姉貴の隙間から覗くと、そこには赤い宝石で装飾されている指輪が一つ。


 おいおい、何を言っているんだこのバカ姉貴は。学生にこんな物が買える訳ないじゃないか。

 むしろ未来の旦那様に買ってもらえっつーの。あ、姉貴彼氏いないんだった、てへぺろ。


「おい、和真……。今お前失礼なこと考えていなかったか?」


「めめめめめ滅相もございません! そんな愚考を私がするわけ――」




 ――――見つけた――――




「へ?」


「え?」


 突然頭の中に聞いたことのない女の子の声が聞こえてきた。


 な、なんだ。暑さで頭がやられてしまったか? まぁ、確かに最近は同人誌活動(主にエロ)で寝不足ではあったが、幻聴を聞くほど疲れてたか俺。

 姉貴の方へ振り向くと、姉貴も何事かと驚いていた顔をしている。


 


 ――――やっと、見つけた――――




 まただ。今度ははっきりと女の子の声が頭の中に聞こえた。


「今の声は何? 突然頭の中に声が……」


 どうやら聞こえていたのは俺だけじゃないみたいだ。姉貴もこの声が聞こえているらしい。


「姉貴もこの声聞こえているのか?」


「『も』って……。あんたも聞こえてるの? 和――」


 突然、姉貴の足元が赤く輝いた。姉貴を中心に魔法陣のような物が描かれる。

 その魔法陣はより一層輝き、頭の中に『召喚を始めろ』という別の女性の声が聞こえてきた。

 不可解な現象に我を忘れそうになったが、嫌な予感に襲われ咄嗟に姉貴へと手を伸ばす。


「姉貴――!」


「和真――!」


 姉貴の手を掴んだ瞬間、視界は真っ白く染まり、そしてブラックアウトした。



 ◇



 とても深い暗闇の中を漂う。

 夢なのか現実なのかわからない。

 意識が朦朧としている。


 

 ――――、――――。



 声が聞こえる。

 何処からともなく声が聞こえてくる。



 ――――、――――。



 誰かが俺を呼んでいる。

 はっきりとは聞こえないが、俺を呼んでいるのは確かだ。


 何故そう思うかはわからない。だが感じるんだ。

 声が聞こえる方へ手を伸ばす。


 そして――――。


 


 目を開けるとそこには知らない天井が見えた。


 ここは……。


 ボヤけた意識のまま体を起こしゆっくりと辺りを見渡す。

 自分の部屋かと思ったが、やはり知らない部屋だ。部屋の中には小さな木製のテーブルとタンス、そして自分が寝ていたベットだけだった。


 随分と古めかしい部屋だ。開け放たれた窓から風が吹き込み、白いカーテンをなびかせている。

 窓から差し込む太陽の光りが部屋の中を明るく照らす。

 どうやら寝室のようだが部屋の中にある物がないことに気づく。


「蛍光灯がない……」


 このご時世、蛍光灯がない部屋ってのも珍しい。

 って、そんなことはどうでもいい! ど、どこだここは! 病院のベットではなさそうだし……。

 あっ! そうだ姉貴は!? 姉貴はどこだ!?


 先程、姉貴に降りかかった不可解な現象を思い出した。

 咄嗟に姉貴の手を掴んだものの、何故か気を失ってしまったみたいだ。


 ベットから立ち上がり、部屋を出ようとすると窓の外から女性の声が聞こえてきた。


「これは……歌っているのか?」


 柔らかい歌声に誘われるように、開け放たれている窓へと向かう。

 窓から差す太陽の光に目を細めながら、外へと見入やると一人の女性が真っ白いシーツを日干ししている。


 後ろ姿だけの判断だが、どうやら若い女性のように見える。ウェーブのかかった跳ねっけの茶髪。

 そして周りはヨーロッパの田舎のような風景、周りには何軒か木造の家に風車小屋がいくつか見える。

 小鳥のさえずりがどこからともなく聞こえ、女性の歌声に合わせているようにさえ錯覚する。


 そんな絵画から切り取ったような眩しい田舎風景に心奪われ――


「って、何処だよここ!? うおぉ……、何がどうなった!?」 


 おかしいだろどう見ても! さっきまで街にいたのに何処だよここは!


 一人混乱していると、外にいた女性がこちらに気づき振り向く。

 その顔は驚きの顔から、あどけなさが残る少女のような笑顔を浮かべた。


「――――おかーさん! 起きたよ! 眠り人さんが起きたよー!」


 その女性は走り出し建物の裏へと消える。それと同時に部屋の扉が開く音が聞こえ、振り向くと恰幅のいい中年の女性がいた。


「おやまぁ、やっと目が覚めたのかい。あんた、腹減ってないかい? 3日も眠りっぱなしだったからね」


 3日!? 3日も眠り続けていたのか俺……。


「あ、あの此処は――――」


 ぐ~~~~~……。 

 腹の虫が……。


「あっはっはっは! 体は正直だねぇ。こっちきな、今食事の用意をしてあげるよ」


 恰幅のいい女性は笑いながら部屋を出て行く。


 ぐぅ、恥ずかしい……。何がなんだかまだよくわからないが、ご厚意に甘えるか?

 まぁ……、背に腹は変えられない。そうしよう。


 俺は中年女性の後をついていった。



 ◇



 ――――パァンッ!


「ごちそうさまでした!」


 両手を合わせ、頂いた食事に礼を示す。味はヘルシーだったが、食べさせてくれたことに感謝感謝。


「あっはっは、流石男の子。すごい食欲だねぇ。ん? どうしたんだい? 背筋を伸ばしたりして」


「介抱して頂いた上に食事まで提供していただき、ありがとうございます。俺の名前は鳴神和真なるかみ かずまと申します」


「礼ならアタシの娘にいいな。この子が牧場の隅っこで倒れているあんたを見つけてきてね。あたしゃてっきり家畜泥棒かと思い衛兵に突き出そかと思ったけど、娘のエウレが引き止めたのよ」


 テーブルの右側に座っている女性へと視線を向ける。


「おかーさん、家畜泥棒かもと疑う気持ちもわかるけど、早々に決め付けるのは失礼よ。ましてや倒れていたのよ? あ、ごめんなさい。私はエウレと言います。ナルカミ……さん、どうしてうちの牧場で倒れていたのですか?」


 天使だこの子。俺が同じ立場だったら警察に通報するぞ。人を疑うことを知らないのか? でも、そのおかげで助かった訳か……。


 ぼーっと、エウレの顔を見つめる。


 しかしこの子、よく見るとあどけない顔して可愛いなぁ。

 俺と歳は変わらないくらいか?


「あ、あの、ナルカミさん?」


「はっ! すみません、ぼーっとしてて。えと、なんでしたっけ?」


「まったく、あんたが何故うちの牧場の近くで倒れていたかって話だよ。言っとくけど、うちの娘が可愛いからってぼけーっと見つめているんじゃないよ」


「え! ちょ、ちょっと、おかーさん! 何言ってるのよもうっ!」


 エウレは顔を赤くし、ぺしぺしと母親の肩を叩いている。


「ははは……」


 本当に見とれていたとは言えない。


 さてと、どうするか。俺自身、今どのような状況なのかまったくわからない。なんで気を失って此処にいるのかも。素直に話してみるか。

 その上で情報を聞き出さないと……。


 そう判断し、俺は身に起きたことを話した。



 ◇



「あんた頭大丈夫かい? 頭強く打ったとかで記憶がおかしくなってるんじゃないの?」


「お、おかーさん、失礼だよっ!」


 デスヨネー。普通信じないデスヨネー。


「まぁ、取り合えずあんたの質問にも答えるとして。ここはルーベンブルグ王国の領土内にあるイリカの村だよ。今は戦争中でね。王国の兵士が国境付近で戦をしているのよ」


「せ、戦争中!? え? 逃げなくていいんですか!?」


「王国が負けたら、どこへ逃げたって一緒さ。それにあたしら民の為に兵隊さんらが命を掛けて戦っているんだ。あたしらが逃げたら、誰が戦場で戦っている兵隊さんらの食料を生産するんだい? つまりはそういうことさね」


 ニカっと笑うエウレの母親。


 なんつー強い精神を持っているんだろう。エウレの方へ視線を向けると、「うんうん!」と頷いている。俺と対して歳が変わらないこの子まで……。

 いや、むしろ村人全員が強い意志を持っているんだろう。


「あんた本当は戦争が怖くて逃げてきたんじゃないのかい? 無理に隠さなくてもいいさね。相手は人間じゃないんだしねぇ……」


 へ? 今なんて言った? 戦争の相手は人間じゃない?


「どういうことですか……? 人間じゃないって」


「なんだい、あんた本当に何も知らないのかい? そういえばあんたの服装も変わってはいるが……、いやしかし、さっきの話が本当だとしたら……いやでもねぇ……」


「あの……」


「ん? ああ! すまないねぇ。話を戻すけど、相手は『凶禍』と呼ばれる異形の化物さね」


 え、なにそれ。

 このおばちゃんは何を言い出すんだ。戦争の相手は人間じゃなくて化物?

 いや、しかし現に俺はこんなわけのわからん場所にいるし、嘘ではないのか?

 だとしたら、此処は地球じゃない? いやいや、そんなエロゲー的な展開ありえねー……。


「あ、あの、ナルカミさん。これからどうするおつもりですか?」


「え? あー……」


 元の世界に戻りたいんだけど、これからどうするべきか。姉貴がこの世界にいるのかもわからないし。


「あんたこの村で少し働いていくかい? その話の信憑性は置いといて、旅をするにしても路銀がなきゃままならないだろ?」


「うんうん、ナルカミさんそうした方がいいよ!」


 エウレが激しく同意してくる。


「いいんですか? 介抱してもらった上に身分の分からない俺に仕事まで斡旋してくれて」


「あたしゃ長いこと王都で客商売をやってたからね。雰囲気でそいつがどうな人間かはだいたいわかっちゃうのよ。まぁ、ちょうど男手がほしいところだったしね」


 ニカッとまた笑うウエレの母親。


 ああ、なんていい人たちなんだろう。ここはご厚意に甘えさせてもらうか。


「有難うございます! 暫くの間お世話になります」


 深々と頭を下げる。


「そうと決まれば。それじゃ2人とも準備しな」


「ん? おかーさん何処か行くの?」


「はぁ……まったく鈍い子だねエウレは。村長の所にナルカミの事でご挨拶しにいくんだよ」


「あ、そっか。そだね。先ずは村長さんに報告しなきゃだね。……たはは」


 恥ずかしそうに頬をかくエウレ。母親は我が娘ながらどこか抜けているところにやれやれといった表情をしている。 


 席を立ち、俺は2人の後に続いて村長の家へと向かっていった。


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