知りたい時が知る時だ
研究室、という感じだった。
僕と奈々ちゃんが連れられたのは、部屋から廊下を随分と進んだ先にある大きな部屋で、中には大小の数え切れないモニターやわけのわからない機械が所せましと置かれ、何語かわからない数式のような物が殴り書きされた紙が何百枚も床に散乱する、まさに絵に描いたような研究室、という感じだった。
「まあ、座りたまえ」
僕らを先導した戸倉さんが、ひときわ大きなモニターの傍らに腰かけ、長い足をゆるりと組みながら、モニターの正面に並べられた二つの椅子を指した。
「はぁ、失礼します」
(しまーす)
ここに来るまで、廊下では多くの人とすれ違った。皆早足で、緊迫した顔をして走り回っていたが、戸倉さんとすれ違う時だけ直立不動で敬礼していた。
戸倉さんは軽く手を挙げたり、頷いたりして返すだけだったが、その仕草はとてもさまになっていて、今さらながら「ああこの人は本当に司令官なんだな」と思ったりした。
「正直、どうだね」
戸倉さんが言う。よくわからないが、結構な緊急事態の只中のはずだ。にもかかわらず、戸倉さんはどこか楽しそうだった。にこにこと、余裕すら感じる。
「どう…といわれても…正直、わかんないです色々」
(私も先輩と同じです。死んだと思ったら目が覚めて、目が覚めたら先輩がいて、死んだけど光の玉で生き返ったけどもう一回死んで世界を救え、と。ええ、あれ? なんかあれですね、まとめてみると無茶苦茶すぎませんか? なんで私納得してるんでしょう)
戸倉さんが笑った。
「はは、そうだな。本来なら今日、ゆっくりとその辺りを君達には説明するつもりだった。そして残り二日を、大切に過ごしてもらうつもりだった。今もそのつもりだが、どうもな、今回は妙にバタバタする」
「八回目、って言ってましたよね」
戸倉さんが目を細める。
「ああ、そうだな。過去七回空から降った星の攻撃は、今回の君達のような尊い犠牲により、防がれた」
(それで今回は、私の出番というわけなんですねえ)
「ああ、そうだ」
「そもそも、なんなんですか」
星の攻撃だの。
人類を滅ぼすだの。
空から降るだの。
宇宙船だのと。
なんのリアリティもない話だった。
「細かい事は抜きにして、本筋だけ私から説明しようと思う。細かい事は、もう少ししたら適任が来るのでな、そいつが説明してくれる」
そう言って、戸倉さんは傍らの大きなモニターに手を掲げた。
「これが、星の攻撃だ」
モニターに宇宙が映った。
青い地球、彼方の太陽、大小さまざまな星。
(…ひと…?)
それは宇宙に浮いていた。
楕円形の玉から四本の手足が伸びているようで、それは見方によっては人間のようにも見えた。両腕の間あたりには、よく見れば小さなでっぱりが見える。あれが頭部とでもいうのだろうか。
人の形に似た、歪な、真っ黒な物だった。
「第七危機、我らはこれをそう呼んでいた。星から人類への七度目の攻撃だ」
「第七…危機…」
「これは、死と絶望の塊だと我らは認識している」
「死と絶望?」
聞き返す事しかできない。
理解のとっかかりが、なんでもいいから欲しかった。
宇宙に死と絶望が浮かんでいる、それは人類を滅ぼそうとする星の攻撃…そういわれても共感できる部分が一つもなく、どこから理解していいのか、わからない。
けれど、なぜだか。
僕は本当に心の底から理解不能だと思うのに。
どこか、納得しかけている。
あ、そうか。と。
なんなら、知っていた、とでも言いかけてしまうくらいに。
「地球上で起きた人の死を凝縮し、濃縮し、形を成し、そしてある程度の大きさまで成長すると、少しずつ動き出す。動いた際には体の一部が千切れて地球へと落ちてくる。それが、今襲来している十七個、我らはそれをカケラと呼んでいる」
「…」
「そして、一定の大きさを超えると本体が動き出す。カケラをまき散らしながら、ここを目指して一直線に――降ってくる」
(なんかこれだとよくわかんないんですが、この人どれくらいの大きさなんです?)
「第七危機は高さで七十メートル程度だったはずだ」
(おっきいんですねえ…それで? 降りてきて?)
「ほぼ直上から降りてきて、そしてここの最深部を目指す」
映像が、切り替わった。
夜の山間部だった。暗闇を煌々とした光の線が数え切れないほど切り裂いて照らしていた。夜の暗さ、山の暗さ、影、光で照らされたその景色の中。
光を浴びて尚、あまりにも黒い大きな塊と、群れをなして直進する虫の大群のような黒い点。その黒い点に四方八方から赤い明滅する光が交差していた。
「第七危機が襲来した、その時の映像だ」
赤い点が、画面の右へ向かい直進していく黒い点の塊を切り取っていく。右側の山肌からフラッシュのような光が連続で瞬き、黒い点の塊の周囲が光と煙で包まれた。その煙を中を赤い明滅する光が動き回り、だんだんと黒い点の数が減っていく。
その戦場の背後、それは地面へ降りた。
円筒に四肢が生えたようなそれは、二本の脚に見える部分で着地した。
その衝撃で身体から幾つものカケラがぼとぼとと落ち、空中で軌道を変え、また一直線に右を目指す。
そのカケラに赤い点が交差し、射線が集中し、また光と煙が舞う。
(あのおっきな人には…攻撃しないんですか?)
「ああ、カケラは衝撃で潰せばそれで終わるが、危機本体は、衝撃で千切れた部分が全てカケラとなる事がわかっている。さらに、大きすぎて集中砲火でも沈めることはできんのだよ」
「じゃあ…どうするんですか」
わかりきっている事なのに。
映像の中、その危機がゆっくりと歩き出した。
歩くたび、カケラがぼとぼとと落ちる。
ミサイルのように飛んでいく新たなカケラを、赤い点と射線が潰していく。
「あ…」
戦場の中、ゆっくりと進むそれに対峙するよう、右側から小さな白い点が現れた。
(あれが…私の、前の人…なんですね)
「ああ、そうだ」
戸倉さんは、頷いた。
黒い巨大な危機と、小さな白い点が徐々に近づいていく。
光と爆炎が苛烈さを増す中、黒い巨体と白い点は近づいていく。
爆発に照らされてなお漆黒であり続ける巨体と、閃光に簡単に飲み込まれてしまいそうな弱弱しい白い光。
両者が、重なった。
黒い巨体の胸のあたりに、すぅと白い点が吸い込まれた。
「これが、第七危機の顛末だよ。過去七回、ほぼ同じだ」
黒い巨体が動きを止めた。
直後、巨体の中心から白い閃光が幾筋も走り、画面が爆発したように真っ白になった。
「…」
徐々に画面に暗さが、景色が戻る。
そこにはもう、黒い物はなかった。
夜の闇、黒い山肌、照らす光、瞬く星の間をゆっくりと動く赤い光。
映像が、消えた。
「これが、全てだよ」
戸倉さんが立ち上がり、言った。
「これが、全てだ。人類は七度絶滅の危機に瀕し、七名の尊い犠牲により、その危機を退けている。そして――
いま空には、八度目の危機が形を成しつつある。
遠からず、それは落ちてくる。
ここを目指して、降りてくる。
岬奈々君」
(は、はいっ)
戸倉さんが、深々と頭を下げた。
「すまんな、口下手なもので、気の利いたことも思いつかん。ただ、すまん」
(いえ…なんか、不思議なもので…うん、まだちょっと、ちょっとじゃないな…いっぱい怖いんですけどね、でも、うん…なんだろ、あ、そっか、って。ああ、しょうがないんだな、って。何故だかわかんないんですけど)
「こんなの…」
口から声が漏れる。
「なんだね、杉本隆一君」
「なんか色々…こんなの、おかしいですよ」
無茶苦茶だ。道理も糞もあったもんじゃない。
地球が死と絶望を凝縮させる? 宇宙空間で? それが落ちてくる? なんでここなんだ? なんでここを目指すの? 地球の攻撃? 地割れでも噴火でも異常気象でもなんでも、もっと直接的で壊滅的な攻撃方法が地球ならできるんじゃないの? なんでこんな回りくどいの?
おかしいんだ。納得いかない。
ここの最深部を目指す? なんで? そしたらどうなるの? 人類が滅ぶ? 過去七回その危機があった? 全部退けたんでしょ? じゃあなんで滅ぶってわかるの?
ここの最深部に何があるの?
そもそも奈々ちゃんはどうして生き返ってるの? しかも光の玉で? その奈々ちゃんが危機と重なるとなんで消えるの?
「どうしたんだね、杉本隆一君」
最もおかしい事。
最も納得がいかないこと。
それを、目の前のこの人にぶつける。
「無茶苦茶なんですよ…無茶苦茶…なのに…」
一番怖いこと。
死ぬとか生きるとか滅亡とかそんな事じゃなくて。
そんな無茶苦茶を――なぜだか奈々ちゃんも、そして僕も。
「ああ、そうか…って、思えちゃう事…なんなんですか、これ」
「説明しよーう!」
突然の素っ頓狂な声。
びくりと振り返ると、入り口に白衣を着た女性が、妙なポーズで立っていた。
「来たか、三浦」
「来たともよ、とくねえ!」
眼鏡をくいっとあげ、その綺麗な女性は大声をあげた。
「ぬふふふー、会いたかったよー。うん、きっと私が一番君達に会いたかったと思うんだー。ぬふふふ、やっと会えたねえ。
さー、こっからは私が説明してあげよーう。
この宇宙船の事、技術の事、ここの最深部にあるもの、危機がここを目指す理由、新しい法則の事、書き換えられる世界の事。
そして岬奈々ちゃん、君の事もね。
準備はいーかなボーイあんどガール!
お姉さんは勿体ぶったりしないぞーっ!
ネタバレ 全! 開!
伏線? 引っ張り? 次週に続く? 続きはウェブで?
冗ぉぉぉぉぉぉ談じゃない!
知りたい時が知る時だ!
私は技術開発局長の三浦!
今から君達に、私が知っている全てを教えよう!」




