始まります
エーテル・フォレスターは死んだはずだった。わたしはそう思っていた。目が醒めるまでは。
意識はちゃんとしているし、体も見える。
しかしだ。人や壁はすり抜けるし、かといって触ろうと思えば触れた。
女性の肩を軽く叩けて、女性が後ろを振り返って怪訝そうにしていたから間違いない。服の布の感触と人の硬さが感じるのだ。
そういえば子供のする悪戯を精霊の戯れと言ったっけ。
話しが逸れたがさっきから目の端に映る、金に輝く髪が気になって鏡や水を覗いたが自分の姿が映らない為、今現在の姿が分からないのだ。
この不思議で奇怪な現象に眉を寄せるが、どうしようもないのでため息を吐く。
自分は幽霊にでもなってしまったのだろうか。
それならそれでもいいか。
退治されないように気をつけよう。
この世には魔物という人を襲う化け物がおり、それらをやっつける仕事をしている戦士達がいる。
剣や弓などの得物を持つ戦士、人体にある魔力を使う魔法使い。死霊や怨念などのアンデッド系のエキスパートである聖職者がいる。
わたしが殺られるとしたら、聖職者だろう。
そのために聖職者を避けつつ、家族を探そう。
辺りを見渡すが、知らない街だった。
レンガを積んで出来た建物に、賑わう人々。どの人も暗い表情の人はいない。
生前いた街とは建築様式が違うことからここは帝国ではないのかもしれない。
調べようにも学が無い為、人々の声を聴いて回るしかない。
前途多難な道のりに気が滅入りそうになって、いけないと首を振る。
とりあえず歌って元気を出してからにしよう。
選んだ曲は未来に向かって羽ばたく今歌うのにちょうどいい歌を。
『先に進むのは勇気がいる。
一歩踏み出せばすぐ羽ばたける
未来に向かって
決して明るいものではないかもしれない
それでも先に行ける
わたしには翼があるから
だから行こうどこまでも
先は見えないけれど、その分色んな未来が待ってる
前を向いて進もう
どこまでも』
歌っている途中から黄金の粒子が足下から湧いてきて驚いたけれど、それよりも生前より高く澄んだ声に気分が高まってそれどころじゃなかった。それに、暖かくわたしを包んで周囲に消えていくだけだから、害はないだろうと思ったから。
歌を清々しく歌えて満足だった。観客がいないことを除いて。
余韻に浸って一息つくと、ゆっくり歩きながら人々の声に耳を傾ける。
そしてわたしは息を吐いた。
薄々感づいてはいたが慣れ親しんだ帝国語じゃない。
これは確か王国語だったはず。
何故王国語だと分かったかというと、王国の歌の歌詞をある吟遊詩人に教えてもらったから時々聴き取れる単語があった。
そういえばその吟遊詩人は出身が王国だと聞いた。
もしかして彼と親しかったからスパイと疑われた?
彼は他の国の歌も言葉も分かっていた。彼から教わった歌がほとんどだ。
でもなんであんなに堪能だったんだろう。嫌な想像が頭をよぎる。
彼はスパイだったのでは?
なんてことだ。思わず顔を覆った。
いや、でもそうと決まった訳じゃないし、恩師に申し訳ない想像をする自分に嫌気がさす。
もうわかりようがない事は置いといて家族を探さなくっちゃ。
前向きにいかないとね。
単語は幾つか覚えているし、ついでに帝国以外の言葉も覚えよっと。
わたしは一歩前に進んだ。
それからあちこち回ってまたこの街に戻ってきた。
スウセルア王国の首都ガゼルへ。