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姫君と前将軍

 緑に覆われた山々、その恩恵を受けた豊かな水源。

 そして、山の麓に広がる広大な国。

 数年程前に終わりを告げた戦の中で、勝者となり周辺国を属国としたその国は戦火の影響は無かったのも幸いと美しい水の都と歌われる王国となった。

 薄茶の煉瓦で統一された建物と白い路地と、街中に張り巡らせられたキラキラと煌めく水路。人々で賑わう市場と、昼から冒険者が騒ぐ酒場と、その中で時を刻む為に鳴り響く教会の鐘は平和の象徴のようだ。

 その中で紋章の入った馬車が人々の間を走り抜けて行く。

 前の将軍の紋章。戦場において時に若くもない将軍は、それでも兵士たちの先頭に立ち、雄々しく先陣を切り、敵の大将の首を落としていた。

 そんな彼の紋章入りの馬車が走るのは珍しく、多少の人の目を引きながら、それでも必死に今日を生きていく人々の記憶からはすぐに消え去る。


 王都の中心地、貴族の館が並ぶ地区。

 その中の一つである屋敷の中で、その主人である前の将軍は大事な客人である姫君を迎えた。

 シャランとその足に施された金細工で彩られた底と踵だけを覆った靴が、その娘が歩く度に音を立てる。

 全てに刺繍や飾り玉、金糸や宝石が縫われ編まれ飾られた衣服は王国のウエストをコルセットで締め、ボーンを入れ不自然なほどに膨らませたドレスとは全く違っていた。大きな布を手繰り寄せたようなスカートはその金細工に飾られた両足を晒す。

 それと相反するように幾重にも重なった色彩の布が彼女の上半身を隠していた。

 唯一、外気に晒しているのは、顔の上半分。

 ベールが鼻の半分から下を隠し、頭もストールにより覆われている。

 白い肌では無く健康的な赤みを持った黄色がかった肌を持った彼女の黄金の瞳は大きく開かれ、赤銅色の髪は金糸と一緒に編み込まれていた。

 恐ろしい程の力強さがそこにあった。

 彼女を出迎えた元将軍はその力強さに戦の女神を思い出し、我を思い出すように奥歯を噛み締めて微かに息を吐いた。


「ギルバート・ヒシュルフ様、突然の申し出に応じて下さいまして、大変有難く。我が王の言伝にて御座います」


 彼女の後ろから出てきた従者がそう言いながら身体を縮こませ、丸まった羊皮紙を将軍へと差し出した。

 王国を中心に広がった大陸の端から数ヶ月を掛けて訪れた姫はまるで異界からの来訪者の如く異質さを表している。


「いいや、同盟を果たした国こそ。力添えを出来る事を嬉しく思う・・・従者殿、周辺国が連なってカーデートを攻めたとは事実なのですか?」


「はい、元よりチャム姫と私めは成人の儀に従いエーデの森に向かっていたのですが途中で賊の襲撃を受けました。そしてカーデートの異変を察したのです。成人の儀がある故に未熟な姫は王の元へ戻る事は罷り成りません。王からの使者により、この文とこの国へと戦いが終わるまで身を寄せるようにとのお達しです」


 シエルド王国の元将軍の地位にいる初老の男は、少しだけ面影が残る懐かしい姫に微笑んだ。

 従者から手紙を受け取り、礼をする。


「これにて挨拶の儀を終える事と致します」


 従者の言葉に姫は耳に掛けられていたベールを外し、その顔を露わにした。太陽のような笑顔を浮かべ、ベールを従者へと放り投げるように渡す。


「やあやあ、あの頃も大きいと思ったが今も大きいな!!なぁに、老いすれども変わらずだな、将軍よ!!」


 張りのあるハッキリとした声とそれに続く笑い声は部屋に大きく響いた。


「立派になられましたね、姫君よ。あの頃はまだこの腕に抱えられる程でしたのに」


「十年以上も昔の話だろうが、良く覚えているものだ。すまぬがしばらくの間、世話になるぞ。王との謁見については?」


「滞りなく明日にもできましょう・・・それにしてもカーデートに攻め入るなど何があってそのような・・・」


 昔の将軍の任にいた頃に見た姫君の故郷を思い出し、軽く首を傾げるとクックッと喉で笑いながら逃れて来たとされるチャムがにぃっと口の端を引き上げた。


「ああ、なぁに。いかんせん、奴等は少々出過ぎた真似をしたまでよ。間違えた情報を流して攻め入る隙を与えてやったらホイホイと入り込みおって。今頃、母上や姉上らが喜々として刃を研いでいようぞ」


 前の将軍は小さく、おぉ、恐ろしいと首を竦める。多少なりとも安堵を含めた笑みを浮かべ、彼は彼女が連れた従者へと視線を移動させた。


「彼と会うのは初めてだ、姫君よ」


「これはシーオウだ。五年前から私の側仕えをしている」


 両手を合わせ、深く頭を下げる従者は頭をターバンで巻き、少し長めの黒髪が胸元まで伸びている。

 細く吊り上がった目も黒い。その顔にある人懐こそうな柔和な笑みは、やはりあの国の人であると思えた。


「お初にお目にかかります、将軍。シーオウと申します」


「ああ、将軍はもう辞めているんだ。姫君もだ、私の事はギルバードとな」


 ふむ、とチャムは腕を組み、黄金の瞳を瞬かせて笑みを浮かべる。

 ギルバードはそれを見て、彼女の母親である女性を思い出した。


「ふむ、そうか。では、ギル!あの女狐に連絡をしたいのだが」


「商会の方にも連絡が入っている筈ですので、彼女にもその内会えるでしょう。お部屋の用意は済んでおります。今日はゆっくりとお休み下さい」


「相、分かった」


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