彼女の手紙
私は不要な子供でした。
生まれた時はまだ良かったけれど、次第に周りがおかしい事を感じた。
屋敷の自室から私は出た事がなかった。
そう、そこだけが私の世界だった。
幼少期が過ぎ、少女の時代になるとそれを酷く感じることになった。
時折、訪れる母はその頃から私を恨みを込めた目で見ていた。
彼女に外の話をすると恐ろしい形相で顔を叩かれた。それ以来、話すのは止めた。
ある日の事だった。突然、人がやってきて母と大きな布を被せた私を連れ出した。
向かった先は何故か大きなお城だった。
母親は青褪めた顔をしてブツブツと何かをずっと呟いていた。私は何か恐ろしい事があるのではとずっと震えていた。
私はこの国の王子が、既に夫のある身であった教師に手を出して生ませた子供だった。
意味が分からなかった。
母はこの国の王子に無理矢理犯され、私を孕んだ所為で軟禁生活をしていたのだそうだ。
私は、何かしらに利用できるのでは無いかと彼女の夫に生かされていたようだった。
私が母の黒髪黒目を受け継がず、王子の金色の髪と翡翠の瞳を受け継いでしまったから。
最悪な事に、私の母を無理矢理犯した後に王子は妃を迎え子を成し、二人は非常に愛し合っていました。
母の夫がどう私を使おうとしたのかは分かりません。
只、紛れもなく彼は失敗したのでしょう。
何しろ大きな布を被された私の狭い視界に中には血塗れで倒れた男性と、それを見て悲鳴を上げて咽び泣く母の姿があったのだから。
母は私を睨み付けると言いました。
お前の所為だと、お前が生まれたから彼が死んだのだと。
そして、母はそのまま死にました。
それこそ王子の手によってでした。
彼は私に掛けられた布を乱暴に剥ぐと、舌打ちをして私を突き飛ばしました。
彼は私と同じ髪色と瞳と良く似た顔立ちで言いました。
全く厄介な存在がいたものだと、お前の所為で妃に嫌われたらどうすると。
彼は側にいた騎士に私を牢へと入れるように言い、そのまま去りました。
騎士は私へ大きな布を被せると何も言わずに私を牢へと運びました。
牢へと運ばれ、しばらくすると侍女姿の女性が現れました。彼女は私を憐れみ、食事を出してくれました。
此処で、私は気付くべきでした。
手が綺麗で、衣服に汚れのない侍女など存在しないという事を。
食事を終えてからの記憶はありません。
気付けば声は出ず、手足は動かせず、私は荷馬車の奥にいたのです。
彼女が誰なのかは分かりません。分かろうとも思いません。私が毒を飲まされ、手足の腱を切られ、尚且つ治療されていたのは紛れもなく事実ですが。
しばらくするとその荷馬車は襲撃を受けました。
そうして私は助け出されたのです、王子が差し向けた将軍によって。
彼は動けない私を見ると重く溜め息を吐き、大事そうに私を抱えて馬に乗り何処までも何処までも駆けていきました。
その先はきっと貴方も貴方の母上もご存知の通りです。
二カ月も掛かるだろう道程を無理を押して馬を潰し、そして寝ずに彼は私を運んでくれました。
将軍はしばらく滞在し、貴方の母上から私の髪の毛束を受け取ると帰って行きました。
彼は本当に良い人でした。
此処の人々は本当に良い人ばかりでした。
こんなにも大切にされ、こんなにも優しい、明るい笑顔を向けられたのは初めてでした。
一年前、私の国の言葉を学んでくれた時は泣いて私は喜びました。
私の命が短いのはもう分かっていました。
私は嬉しいのです。貴方たちと会えて。
私は悔しいのです。あの国に生まれさせられて。
私は憎いのです。あの国に生まれさせられて。
私は嬉しいのです、チャム。
私は悔しいのです、チャム。
私は憎いのです。
私が、私の、この憎いと悔しいと思う心が。
助けて下さい、チャム。
私の命が終わっても、私は憎いと、悔しいと、思うのでしょうか。
お願いです、チャム。
私の心を救って下さい。