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血の契約

 

 金の髪をした彼女の肌は真っ白だった。

 薄く開いた瞳は薄い翡翠の色。

 ひたすらにか細い手首と足首には深い傷が入り、頬は痩せこけている。

 

 低い寝具へと身体を預ける、そんな相貌の彼女の隣に一人の幼い少女がいた。

 少女は大きな葉っぱで作った器の中から小さな木の実を彼女の口元へと持っていき、ぐっと指で潰し汁を唇へと塗り付けるように押し込んだ。

 青白い顔色をした彼女は少しだけ微笑むと、あむあむとゆっくりと唇を動かす。

 ぱぁっと少女が笑顔に変わった。

 赤銅色の髪に黄金の瞳。まるで太陽のような笑顔。

 その時、バサリと部屋の出入り口に掛けられた刺繍の入った布が開いた。


「チャム」


 少女と同じ髪と瞳の色を持ち良く似た顔立ちの女性が纏められた紙を携えて入って来る。

 こてんと首を傾げる自分の娘の姿にふっと、笑いながら少女に滑らかな発音で言葉を紡いだ。それに少女は瞳を大きくさせ、喜びに満ちた顔をすると母親の持っていた冊子のように纏められた紙の束を受けて取った。床に広げて身を乗り出すように少女は熱心にそれをパラパラと捲り出す。

 そんな少女の姿を呆れたような困ったような表情をした女性は寝具に横たわる彼女の姿に悲しそな顔をし、ゆるゆると慈愛に満ちた表情で彼女の痩せた頬を指先で撫でた。


 生気もなく横たわる彼女に、少女と母親の会話は分からない。それでも何となく表情とニュアンスで何を自分に伝えたいのかは分かる。

 何と、優しい。優しい人たちだ。

 しばらくすると少女は母親の膝に乗り上げるように前のめりになり彼女へと向き直った。


「私、名前、チャム!」


 彼女は驚きに薄く開けていた瞳を大きくさせる。

 自分の生まれた国の言葉!どうして?遥か遠くの国なのに何故?

 彼女の表情の変化に側で見ていた女性が愉快そうに笑い、少女と同じように辿々しく話し出す。


「驚く、そう、理解ある商人、取引。国、簡単、同盟。こちら、宝石、布、ある。無理、無い。あちら、技術、学問、対価。安心する。あちら、国、遠い。来るまで、山賊、部族の間、争い、ある。来る、無い」


 そう言いながら紙を女性は彼女に見せた。そこには彼女の国の言葉とこちらの言葉と多分、発音であろう文字が書かれている。

 女性は少女に何かを言伝ると少女は頷き、いそいそと部屋を出て行った。


「娘、可哀想。愛しい、私の娘」


 少女にでは無く、自分へと向けられた言葉と眼差しに彼女は涙を流し始めた。涙を拭うように女性は手の甲を痩せた頬に滑らせる。


「愛しい、娘、望みある、無い?長く、生きる、出来ない。叶える、望み」


 小走りに少女が戻って来た。その小さな手に持っていたのは白い反物と筆。

 彼女の僅かにしか動かない手にそれを持たせて、少女は母から紙の束を返して貰うと分厚い絨毯と毛皮が敷かれた床にペタリと胡座になり、それを真剣に読み始めた。時折、辿々しく発音と文字の羅列を口に出す。


 涙で滲む視界に入るのはその二人の極彩色の衣装と輝かしいばかりの笑顔だった。

 望みは何でも良いのだろうか?

 一つ、一つだけ、どうしても。

 喉からはもう空気しか漏れず、何も口に出す事は出来ない。

 辛うじて動く手で筆を持とうとするが掴む力を込めることが出来ずに落ちる。何度かそうしていると、女性が端切れを持ちだし手と筆を括り付けた。


 白い布に文字を書く、ぐちゃぐちゃになりそうになりながら書き上げたそれを見て、女性と少女は嬉しそうに歯を見せて笑った。


【いつも、有難う】



 それから一年後、彼女は死んだ。


 吐いた血が白い布を染め、その指先は隣で見守る少女の頬を撫でる。

 あの女性が、あの日、彼女にしてくれた様に。

 少女の血で濡れた頬に透明な一雫の涙が落ちるのを、ゆっくりと手の甲を滑らせ。

 そして、ぱたりと落ちた。



 集落近くの崖の端から望む広大な空は橙色に染まり、その中に浮かぶ陽に両手を合わせ跪く。

 少女の背後で燃え盛る炎はその空へ、高く、高く、上がり、バチバチと木が爆ぜる音が聞こえた。

 遺体を燃やす炎の周囲には人々が集い、彼女の死に弔いを捧げ、空を朱へと染める太陽へと無事に登れることを祈る。


『チャム』


『母上』


 崖の端で祈りを捧げる娘の元へ来た母親は彼女の頬を染める赤黒い血を見て、頷いた。

 まだ幼い少女は母親譲りの小さな唇を噛み締め、瞳を閉じ、口を開く。


『血の誓約書を受けた』


『彼女の望み、読めるのか?』


 ふるふると頭を振り少女は今はまだその時でも無いと、答えた。


『強くなりなさい。賢くなりなさい。カーデートの姫君として、血の誓約書を受けた者として』


 少女が成人の儀を受けるまでは集落は出られない。

 血に染まる布を抱き締めて少女は祈る。


 その日、炎は太陽まで届かんばかりに高く昇った。

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