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暴虐

しばらく後、輸送船の甲板に説教使に連れられた三人の少女の姿があった。船はゆっくり上下に揺れている。すでに輸送船はAO次元に入っていた。現在は、前回の開拓軍が到着した地点目指して海上を航行中だった。

輸送船の上部装甲は放熱の為、展開されている。通常、次元間を航行する際には、乗組員を苛酷な環境から防護するため船体内部は密封されている。今は生存可能環境と判断され、上部構造は露出していた。

無骨なものものしい構造物のはざまで、説教使と三人の少女は歓声を上げた。一週間もの間、狭い艦内の、しかも限られた区域しか行動できなかった彼女たちの眼前には、広大な紺碧の海がはるか彼方まで広がっていた。

空中に支えられた巨大な装甲板によってさえぎられがちだったが、空は透き通った青緑色で、真っ白な雲が日光に輝いている。進行方向には、まばゆい砂浜が白く目を射た。

生暖かい湿った風が、彼女たちを包み込んだ。草と科学物質の異臭が混じった濃厚なにおいがたちこめた。

マリアアリスが嬌声を上げる。ピンク色の髪が、湿気の多い風になびいた。甲板の端に駆け寄る。手すりの無い床のギリギリに立った。足元には、流れる水面が見えている。次元航行船は通常の船舶と比較して数十倍の大きさを持つ為、水面からの高さは百メートルにも及んでいた。実際は水に浮いているわけではなく、質量反応場エンジン(ヘネラドール・デ・グラヴェダート)が生成する斥力波オーラ・デ・レプルシオンによって推進していた。景色に見入るマリアアリスは、背後の説教使たちに振り向いた。

「おお~! マジひでー! ヒデーよ、これ! スッゲーいい眺め!」

説教使は驚いたような声を出す。

「危なです。落ちたら死んでいまいますよ!」

「んなわけねーよ! このくらいヨユーだし!」

マリアアリスは景色に向き直り、両腕を左右に広げた。その背後から、フィオナナンシーがさりげなく近づく。両手でマリアアリスの背中をひょいと押した。

「ほらあ!」

「うおっ?! 落ちる! マジ落ちるって!」

バランスを崩したマリアアリスは前のめりに上体を倒した。両手を激しく回転させる。二人の様子を見ていたさなええりなが悲鳴を上げた。

「うっそー! やだー!」

ほくそえんだフィオナナンシーは、素早く後ろに下がろうとする。そのスカートを、マリアアリスの手がつかんだ。ファスナーが壊れた。ずるりとスカートが下がる。フィオナナンシーは脱げそうになるスカートを両手でおさえた。

「ちょおっとお! いやあん!」

「ヤッベェ! オメーがんばれ! がんばれよ? おい!」

ほとんど空中に転げ落ちそうになりつつ、マリアアリスは必死の形相で声を張り上げた。フィオナナンシーは体ごとスカートを引っ張る。悲鳴のような声で抗議した。

「離してよお! へんたあい!」

「バァカ! そんなんじゃねー!」

ずるずるとフィオナナンシーの体が甲板の端へと引きずられていった。二人は今にも甲板から落下寸前の体勢になった。息を呑んださなええりなが叫ぶ。説教使が顔色を変えて駆け寄る。

「本当にマズイよー!」

「なんということ(ディオス・ミオ)! 危な危なデース!」

猛然と駆け寄った説教使は、長い腕を伸ばして二人を捉えた。軽々と引っ張り上げる。説教使は、甲板にしりもちをついた。両腕には、危ういところで助かった二人が蒼ざめた面持ちで抱きすくめられている。

その場の四人が深々とため息をついた。

「大丈夫ー? さな、ほんとにびっくりしたー!」

泣き出しそうな顔で、さなええりなが二人に声をかけた。

マリアアリスの紫色に褪色した唇がぷるぷると震えた。ぎろりとかたわらのフィオナナンシーを睨む。

「テェメっ……! っっとにフザっけんなっよっ! コラァ!」

フィオナナンシーの頭を、マリアアリスの手がぐりぐりと押した。フィオナナンシーはマリアアリスの手を払いのけようとする。

「ごめんなさあい! ちょっとシャレのつもりだったのお!」

「もー! またケンカー? よしなよー!」

さなええりなの制止をよそに、マリアアリスはフィオナナンシーに怒鳴りつけた。

「二度とすんな! 今回だけはカンベンしてやっから!」

「あいこだもおん。マリだって、フィナのスカート破ったもおん。勘違いしないでくれるう?」

マリアアリスは音高く舌打ちした。説教使の腕から身を乗り出し、フィオナナンシーにつかみ掛かる。フィオナナンシーも応戦した。二人は激しく揉み合った。

「死ね! オカマ(マリコン)!」

「そっちが死ね! ヤリマン(ラ・プタ)!」

さなええりなはあきれたように二人を見る。

「バカ(トンタ)!……」

「オーウ……」

説教使は困ったように腕の中で暴れる少女たちを見下ろした。

「『人、その友のために己が命を捨つる、これより高き愛はなし』と守の児はおっしゃっておりマース。仲良くしてねー」

マリアアリスとフィオナナンシーは説教使の笑顔を不機嫌そうに見やる。

「つか、こいつが先に!」

「でもお、あやまったしい」

「腹立つ、わ(あ)かります。だったら、わたし(センセー)なぐれば? ガンジョーだから、痛くないよ」

フィオナナンシーは気が差したように押し黙る。マリアアリスが不思議そうに首を傾げた。不服そうにつぶやく。

「んなので、マリの正義の怒りが収まると思ってんのぉ? 甘くね? センセー。でもそこまで言うんだったら」

マリアアリスはなでるようにそっと説教使のほおに手のひらを当てる。降参するように両腕を挙げた。

「やっぱ、無ー理ー! できるわけないじゃん!」

「なら、気は(あ)済んだよねー。じゃあいい子いい子です」

マリアアリスとフィオナナンシーは居心地の悪そうな顔で互いを見た。

「完全、赤ちゃんあつかい」

「なんかへんな感じい」

さなええりなが口を挟んだ。

「幼稚なことばっかりしてるからだよー!」

「『ばっかり』はなくね? 言い過ぎだっつの!」

「失礼だよお。さなも、最近調子乗ってんじゃないのお?」

「あー! ごめーん! うそうそー!」

説教使が三人の話に割り込む。

「せっかくなのでーみんなさん? これから、写真をとりましょー!」

三人は期待に満ちた目を説教使に向けた。教師は、褐色の指にはまった金色の指輪を三人の前に示した。

「これは小型のカメラなのデース。拡張知覚に、リアルタイムで映像送りマース。共感エンパティアしてくださーい」

三人は肩を寄せ合う。口々に言った。

「センセーも入んなよ」

「一緒に写ろー! センセー!」

「ねえ、センセー、フィナの横に座ってえ」

説教使は意表をつかれたように三人の少女たちを見た。

「いのですか? ちょとまってててね」

説教使は指から、金色の指輪を抜き取った。床に指輪を置く。一見、宝石のように見える、角張ったレンズを三人に向けた。

少女たちの視界に四角い枠が出現し、説教使のカメラから送信された映像が映った。彼女らは、自分の映り具合を確認し、それぞれに手櫛で髪を整えて表情を作った。その背後に、説教使が腰を下ろす。

「じゃー撮りますよ。はい、じゃがいも~(パタタ~)」

拡張知覚の画像が静止する。同時に、画像ファイルとして拡張知覚の記憶部位に保存される。

三人は画像ファイルを閲覧し、はしゃいだ声をあげた。説教使は満足したような面持ちで、指輪を拾い上げる。

甲板が白くかすんだ。むっとした湿気が肌をじっとりと濡らす。輸送船は、海に落下した雲のような白い霧の塊にすっぽりと包まれていた。水面上に、もやが発生していた。甲板上での視界が、白く煙るほどの濃度だった。

説教使が言った。

「これでは(あ)、もう写真はやめたほうがよさそですねー」

さなええりなが不安げにつぶやいた。

「あんな晴れてたのにー! すっごく不思議―!」

船内にサイレンが響き渡る。アナウンスが流れた。

?:『あと十五分ほどで、目的地に接岸します。各自、持ち場について、待機してください。繰り返します。……』

説教使と三人の従者は、船内に戻った。


説教使と三人は愕然と立ちすくんだ。

彼らの前に、高い柱が佇立していた。DT次元人の背丈の倍程度ある木柱の先端に、車輪が掲げられている。車輪架であった。車輪には、中身の詰まった大きな荷袋のような物体がぶら下がっている。真っ黒な染みで汚れきった物体から、吐き気すら催すほどの濃い甘ったるい臭いが発散されていた。一帯はすさまじい異臭に包まれている。説教使は厳しい面持ちで車輪架を見上げた。

そこは、開拓軍の到着した砂浜だった。開拓地は、果てしない砂漠と球状に密集した植物が点在する荒涼とした平野だった。

黒い物体は、DT次元人の死体だった。第二陣開拓軍に同行した説教使、カルロススハイツ使の変わり果てた姿だった。

胴体は、上下逆にはりつけられていた。両手両脚は車輪の縁あたりでちぎれている。頭部も外縁付近で切断されていた。骨が粉砕された頭部は内容物を失い、口元しかないゴム製のマスクのように皮膚が垂れていた。その下に、黒い汚れで覆われた車輪架を模した首飾りがぶら下がっていた。車輪架の根元は、流れ落ちた血液が腐敗し、黒変していた。

車輪架の根元から少し離れた場所に、HF次元人の女性が、座り込むように足を折って、仰向けに倒れていた。燦ディアゴゴンサロ学苑の制服をまとい、全身砂ぼこりにまみれている。染色した緑色の髪の毛が、風に吹かれて揺れていた。

マリアアリスはうめき声を上げた。

「マイララモーナ(マナ)ちん……?」

恐怖に脅えた目で、さなええりなとフィオナナンシーは地面に横たわった人影を見た。さなええりなが気遣うようにマリアアリスに話しかける。

「知ってる人……?」

マリアアリスは答えず、地面に膝をついた。つやを失った緑の髪を恐る恐るかきあげる。白茶けた横顔が現れた。開いた口は半ば砂にうずもれ、歯がのぞいていた。濁った黒い瞳が、恍惚に浸っているかのように、まぶたに半ばほど隠れている。

マリアアリスの顔色が変わった。震える声で叫んだ。

「マナ! おい! 何やってんだよ、起きろよ!」

フィオナナンシーが口元をハンカチで覆い、眉根を寄せてのぞきこんだ。

「生きてるのお……?」

マリアアリスは横たわったマイララモーナの体を揺さぶった。マリアアリスの手に、冷たく湿った制服の下から粘土のような感触が伝わってきた。ひんやりと指先が冷える。マイララモーナはすでに死んでいた。

呆然と死体を見下ろすマリアアリスの両目から涙がこぼれる。悔しそうに歯を食いしばった。

「信じらんないよ……こっち来たらダベろーとか思ってたのに……なんで? なんでこんななっちゃってんの?」

説教使は車輪架のカルロススハイツ使に向かって頭を垂れた。祈りの言葉をつぶやく。

悄然とした四人に、走ってきた輸送船の乗組員が声をかけた。

「説教使様! あっちもひどいです!」

「何事ですか?」

説教使は、促されるままに乗組員についてゆく。その後を、さなええりなとフィオナナンシーが追った。マリアアリスは一人、かつての友人の遺骸の前に力なくひざまずいていた。

「ここ! ここ!」

「これは……」

説教使は絶句した。背後の二人はその場に凍りついたように立ち止まった。

白い砂に縁取られ、円形の黒い沼のようなくぼみが広がっている。表面にきらきら光る赤い紐が網目のように伸びていた。空を覆ったもやにさえぎられた淡い日光が反射し、赤いひもの表面がちらちらと輝いた。赤いひもは虫だった。長い体をくねらせ、伸び縮みさせながら、どす黒い表面を這いずっている。もつれ合い、黒い地面を構成しているのは、DT次元人とHF次元人のおびただしい腐乱死体だった。

広い穴に、無数の死骸が無造作に放り込んであった。数人の乗組員が砂を取り除いている。死体の上に薄く砂が被せてあったらしく、まだ穴の広ささえわからない状態のようだった。穴から、異音とともに黒い渦が舞い上がる。大量のこぶし大の甲虫が空に舞い上がった。耳障りな羽音を響かせ、穴の周囲を乱舞した。

猛烈な臭気が、鼻の奥を一撃した。鼻孔から這い込む空気に対して全身が拒否反応を起こし、胃腸が波打つように蠢いた。

「うっぶ!」

「がはぁ……!」

さなええりなとフィオナナンシーはその場にしゃがみこんだ。体を折り、激しく咳き込む。胃の底が焼け付くように痛み、体の奥から押し出されるように吐瀉物がのどを駆け上った。耐え難い不快感に打ち負かされ、二人は噴水のように嘔吐した。

説教使は、眉をしかめて穴の内部に視線を向けた。赤い虫は日光を避けようとしているのか、死体の奥にもぐりこもうとうねうねと蠢いた。絡み合った死体に、膨れ上がった裂け目が見えた。外傷のように見える。

「彼等は、第二陣開拓軍の参加者ですか?」

輸送船の乗組員は血の気の失せた灰色じみた顔でうなずいた。

「多分そうだと思いますけどねー……」

説教使は、自分の胸元を指した指先で円を描いた。祈りの言葉をつぶやく。説教使ははっと身を固くした。背中の衣服を何者かが掴んだのだった。

驚愕の面持ちで背後を振り向く。泣き顔のマリアアリスが立っていた。説教使はいたわるような声で言った。

「おおう、ごめなさーい。あなたたたちのこと、ちょとあすれてたよー。ちょと、びくーりし過ぎたよ。センセーだめだね」

説教使の顔を見上げ、何か言おうとしたマリアアリスは唐突に両手で口を押さえた。肩をすくめる。が、かろうじて嘔吐には至らなかった。再び説教使を見た。

「センセー……!」

再びマリアアリスの体が波打つように揺れた。今度はそのまま地面にくずおれる。声をあげて、猛烈に吐いた。

背後から、蒼ざめたさなええりなとフィオナナンシーが幽霊のように生気を失った様子で現れた。説教使は言った。

「これから、この人たちを少し片付けましょー。つらいけど手伝てくださーい」

さなええりなとフィオナナンシーは浮かない顔で視線を説教使から外した。

「うわああああ……!」

マリアアリスがうずくまったまま、泣き声を上げた。驚いたように、後ろの二人は目をやった。さなええりながマリアアリスの背中に手をやった。

「へいきー……?」

マリアアリスは涙とよだれで汚れた顔をあげた。

「センセー! マナのことお祈りしてあげてよぉ!」

説教使は神妙にうなずいた。

「守の下で彼等は久遠に安らぐでしょー。そして、センセーだけではなく、皆で祈りましょー。マリ、さな、フィナ、あなたたたちも、センセーと共に守の児のしもべなのですから」

三人はいまさら自らの身分を思い出したように、説教使の顔を見上げた。


車輪架にかけられていた説教使と、燦ディアゴゴンサロ学苑の死体は、多数の死体が捨てられていた穴に一緒に埋められた。穴の中身が露出しないように、こんもりと丘のように積み上げられた砂の前で、説教使をはじめとして、三人の見習いと、船の乗組員たちが顔を伏せて祈りの言葉を唱えていた。

少女たちは憔悴しきっていた。異臭を放つ死骸を、あるいはかつて友人だった者の冷たい体を手で運び、腐敗した死体の山に横たえ、姿が見えなくなるまで砂をかけ続けた疲労が、彼女たちの精神を打ちのめしているようだった。祈りの言葉を唱える声は、抑揚が無く虚ろだった。顔色は血の気が失せて不健康そうに白く変貌している。済ませたばかりの埋葬の光景を何度も繰り返しているのか、双眸は焦点が定まらず、虚ろに曇っていた。

彼らの背後で、砂を踏む音が幾つも重なり合った。

「説教使殺しの下手人を捕まえたぞ!」

得意げな大声が、響き渡った。

祈りを捧げていた人々は、怪訝な面持ちで声の方向に目を向けた。

周囲の偵察に出ていた斥候隊だった。数人の兵士が、身長と同じくらいの長い棒を携え、戦騎にまたがっている。背中に背負ったランドセル状の薄い箱から、複数の関節で折れ曲がった平たい棒が延びて戦騎と繋がっていた。いずれもDT次元の主力軍用兵器だった。

第三陣開拓軍は急募ゆえに、寄り合い所帯の上に、物資も貧弱だった。しかし、第二陣開拓軍が突然消息を絶った理由を調査する際の危険にそなえて少数の兵器を搭載していた。

マリアアリス、さなええりな、フィオナナンシーの三人も、開拓軍の参加が決まってから、数日の間、一通り兵器の使い方を訓練されていた。

長い棒は、銃槍フシール・イ・ランツァと称する、銃と槍を兼ねた兵器だった。接近戦では柄の内部から発振する斥力波によって刀身を形成する。斥力が物体のみならず光を完全に反射することによる虹色の波紋が特徴だった。また、斥力波を圧縮した弾体を射出することで、携帯擲弾発射機グレネードランチャーとしても使用する。護身用に、威力は落ちるが携帯が可能な銃刀フシール・イ・エスパーダも装備していた。

戦騎は、荒地、整地ともに踏破する為の乗り物だった。舗装された道路では四輪、凹凸の覆い場所ではタイヤが変形した脚によって走行する。両手で扱う操作装置が上部に設置されている。

また、二本腕の人間が武器と戦騎を同時に使用する為に、兵士は背中に複腕機構ブラゾス・プルラレスを装着、もう一対の腕として、戦騎を操縦する。DT次元の一般的な兵士のスタイルだった。

「見ろ! こいつら、近所にのん気に住んでやがった」

彼らの騎乗する乗り物に鎖が縛り付けられていた。その先に、十数人のAO次元人が両手を背中側に縛められ、数珠繋ぎになっている。DT次元人と比較して、背丈は半分程度と小柄で、肌色は透き通るように白い。風になびく髪は、青みを帯びた銀色だった。体格は、HF次元人に酷似していた。いずれも強引にひっぱってこられたのか、肩を苦しげに上下させていた。赤みを帯びた瞳が、上目遣いに周囲を見回している。

説教使は、珍しく怒ったように兵士のほうへ走り寄った。

「まだ告別の祈りの最中です。邪魔しないように」

兵士は意外そうに説教使を見下ろした。

「おいおい、説教使さん、ご機嫌ナナメだな」

説教使の前に、ぞろぞろと兵士が集まってきた。

「どうした? もめてんのか」

兵士の一人が、大声を上げた。

「とっととあいつらどうするか決めちまおうぜー」

兵士たちは説教使にそっけない視線を向け、戦騎に乗ったままその場を離れた。鎖につながれた現地(AO次元)人を引き連れてゆく。彼らのあとを、さきほどまで告別の祈りに参加していた船の乗組員の半数が追った。

説教使は声を張り上げた。

「待ちなさい! 最後まで祈りに参加しなさい!」

立ち去りながら、乗組員たちは答えた。

「悪いけど、あっちのほうが気になってね」

「お祈りは説教使さまがやってくれるから、おれたちはもういいだろ? ちゃんと墓も作ったしさ」

「とりあえず、おれらの仕事も残ってるし」

説教使は悲しげな面持ちで、立ち去る人々の背中を見送る。残った少数の人々を見まわした。

「では、続きを始めます。守の元に誘われた人々の憩いを願って、守の愛に感謝いたしましょう」

説教使は砂の丘へと戻った。

ほどなく、どよめきが聞こえてきた。潮騒のような声の中に、ひときわ鋭く耳をつんざく悲鳴が空気を震わせた。

告別の祈りを捧げている人々は、声の方向へ目をやった。

兵士が人垣となって、現地人の捕虜を取り巻いている。捕虜のうち一人が、地面に押さえつけられ、口の中に太い棒をねじ込まれていた。苦悶にわめき声を上げ、地面のうえを砂まみれになって身をうねらせている。現地人の消化器官から、DT次元人が栄養素を摂取できるかの調査だった。調査済みの現地人は、激しい苦痛に消耗しきって横たわったまま、力なくあえいでいた。兵士の声がもれ聞こえる。

「そいつはどうだ?」

「だめだ! どうしてだ? 栄養素がゼンゼン足りねえぞ。こんなんじゃ、こいつは“シチュー鍋”失格だ」

「たぶん、年寄りだからだな。年寄りとガキはゴミと一緒だぜ」

説教使は、告別の祈りを早々に切り上げた。

重苦しい面持ちで、人々は巨大な墳墓の前から解散した。

説教使は、三人の見習いに言った。

「これかーら、人に会いますので、いっしょに行きましょー」

フィオナナンシーが訊ねた。

「だれえ?」

「兵士たちの隊長さんと、総督です」

フィオナナンシーはうなずいた。マリアアリスは泣き腫らした顔で、ぼんやりしていた。さなええりなも、いまだに凄惨な光景の衝撃から立ち直れていないようだった。悄然とうつむいている。

少女たちを従え、説教使は砂浜に立てられた簡易建築カーサ・プレファブリカーダに赴いた。

簡易建築のそばに、後ろ手に縛られた現地人の捕虜が座り込んでいる。周囲に、見張りの兵士が武器を構えて立っていた。その周りを、乗組員たちが見物している。現地人が、DT次元人の食料代わりになるかどうかの調査が継続していた。現地人の金切り声が、ひっきりなしに周囲の空気を貫いている。その光景を、脅えた面持ちで三人の少女たちは見つめた。

説教使とその従者たちは簡易建築へ入った。

中に、第三陣開拓軍を統括する総督が居た。部屋の内部には、折りたたみ式の机と椅子がしつらえられていた。

総督は説教使を歓迎するように立ち上がった。

「こんなむさくるしいところまでおいでいただいて、恐縮だな。何か御用か?」

「現地人の捕虜を得たようですが、どうなさるおつもりでしょうか? そもそも彼らをあのように動物のように扱うなどとは、許されることではありません」

「いつもと同じ扱いをしているつもりだが? 食料供給源として、そして人足としてな。それが何か?」

「彼等はわれらと同じように人として接するべきです。中央者の御勅令を存じていらっしゃいますか? 先ず現地人に我らの守を教え、我らと同じ守の児のしもべとしなければならないことを」

総督は若干うるさそうに目を閉じた。

「わかっているよ。司令官にはそう命じてある。降伏勧告状レケリミエントを捕虜に閲覧させるようにきちんと命令してあるさ」

「降伏勧告状?」

総督は机の引き出しから、束ねた紙の書類を引っ張り出す。その中から、大き目の厚紙を引き抜いた。説教使の前に差し出す。紙には、大きい文字で以下のように記してあった。


A.O.B.C.(AO次元)の蒙昧なる蛮族たちへ告ぐ

われらは守とD.T.K.I.P.C.(DT次元)の支配にについておまえたちに知らせにやってきた。ただちにわれらが中央者に服従せよ。さもなければ、即刻、戦を仕掛けるものとする。


総督は説明した。

「現地人たちにはこれを見せ、その反応を見てからしかるべき処遇を決定するようにしている。彼等はそれに歯向かったと聞いている……だが正直そんなことが必要とは思わんね。あの大量の死骸、第二陣開拓軍の全滅は明らかに現地人の仕業だ」

説教使は、ひときわ大きな声をあげた。背後の少女たちはびくりと身を震わせる。

「現地人といっても、様々な種類があるはずです! 彼らが第二陣開拓軍を襲った確証があるでしょうか? さらに、突然こんなものを見せられて承服するものが存在するでしょうか? あまりにムチャな方法です。“ためにする”と言っても過言ではないでしょう」

総督は心外そうに反駁する。

「この方法と、書状の文面も中央者に了承を得ているよ。知らないのか? あなたがた説教使は中央者から直々に勅令を授かっている立場ではないのかね」

「おっしゃるとおりです。しかしわたしは降伏勧告状に関する話を知りません。そして、あなたのおっしゃることが信じられません。中央者が承諾したのは事実ですか?」

「勅令書を確認してくれ。拡張知覚で公文書のライブラリを確認できるからな。番号は“まつとしきかはいまかえりこむ”だ」

総督はいらだったような表情を浮かべる。説教使は拡張知覚で公文書のライブラリを展開する。総督の言うとおり、降伏勧告状の使用を許可する数日前の書類があった。

説教使は動揺したようにつぶやいた。

「しかしこれは……あまりに無法です……」

「無法も何も、初めに我らの仲間を殺したのは現地人だ。仮に奴らがむごい扱いを受けたとしても、自業自得だよ。なぜ外次元人の肩を持つ?」

総督は軽んじるような目を向ける。

すさまじい叫喚が部屋に響いた。その後を、おおぜいの歓声が追いかける。建物の外からだった。

「これで、失礼します」

説教使は血相を変えて部屋を辞した。屈辱にまみれた面持ちに顔がゆがんでいた。外に飛び出す。あわてて少女たちがあとを追った。

外では、乗組員たちが大声で喝采していた。

怪訝そうな顔で、教師は人垣を眺めた。一瞬、通り過ぎようとするが、思いなおしたように群集に向き直った。人垣の間から、彼らの熱狂している光景を垣間見る。説教使は息を呑んだ。

現地人が、砂地に這いつくばっていた。膝から下がなくなっている。両足の丸い断面から流れ落ちる赤い血が白い砂を黒く汚していた。

「何をしているのです!」

説教使は輸送船の乗組員たちを掻き分け、人垣に囲まれた空間にまろびでた。穂先が虹色に輝く銃槍を手に提げた兵士が説教使に目を向けた。背後に司令官らしき人物が立っている。不審気に言った。

「なんだ?」

説教使は、背後の三人に声をかけた。

「ここにいてくださーい!」

両脚を斬られ、横たわる現地人のそばに駆け寄る。少女たちは呆然と立ち尽くし、説教使の背中を見送った。

「やめなさい! 彼らに苦痛を与える正当な理由がどこにあるというのですか?」

説教使は、足を切られた現地人と兵士の間に割り込んだ。あっけに取られた兵士は棒立ちになる。事態を見守っていた司令官が答えた。

「こいつらは降伏勧告状を拒否した蕃教徒だ。しかも食料としても荷駄としても役に立ちそうに無い。かなりの年寄りらしいんでな」

「それは理由になりません。降伏勧告状の内容を彼等は理解できているのですか? 理解できたとして、あのような高圧的で一方的な宣言に素直に従うでしょうか?」

説教使の眼前に立つ兵士がせせら笑った。

「まーあんま細けーことはわかんねーけどよー。中央者さまがそうしろっつってんだからいーじゃねーか。実際、あいつら意味わかってねーかもしんねーけど、おれらにはカンケーねー。それに仲間が殺されてたカタキとらなきゃなんねーだろーがよー」

司令官が続ける。

「正式の手続きは踏んでる。何が問題だ?」

爆発しそうな感情を無理に押し殺すように、説教使は歯を食いしばった。呼吸を整え、穏やかな声を出す。

「百歩譲って彼らが、守を拒否した、とします。しかし相手が蕃教徒といって荷駄に劣る待遇をしてもよいということにはなりますまい。まして傷つけるなど! 守の児は『汝らの敵を愛し、汝らを苛むもののために祈れ』とおっしゃいました」

司令官と捕虜たちを囲む兵士たちが声高に笑い声を上げた。追従するように乗組員たちも笑う。司令官が言った。

「それは守を信じる者の間の話だ。蕃教徒にはあてはまらんよ。『清き物を狼に与うな。宝石を豚に投ぐな……足にて踏み潰し、むき返りて汝らを噛み破らん』と言う。AO次元人は狼、豚の類さ。説教使さま、さしずめあんたの慈悲は清き物、宝石じゃないか? もったいないぞ」

さらに群集から笑いが起こる。多分にそれは、説教使への嘲りを含んでいた。説教使は反駁する。

「それは違います。『兄弟にのみ挨拶すともなんら勝ることなし、異邦人すらそうするであろうから。さらば汝らの守のごとく汝らも完全であれ』との教えがあります」

司令官は苦笑した。

「しかしAO次元人はその異邦人ですらないのだ。中央者はそう判断されたのだ。我らは中央者に生かされている存在だ。それに逆らうほどの理由がこの世に存在するか? 説教使さまとて、中央者の後援なくば開拓地に来ることどころか、本国での生活すらままならなかったはずだ。違うか?」

説教使は苦しげに押し黙った。顔色がどす黒く変貌している。すさまじい憤懣が内部で荒れ狂っているようだった。

司令官は親しげな口調で、説教使に言った。

「かつて我等の(DT)次元をあまねく支配した光芒の大帝国は、民を治めるに、“パンとサーカス”を与えることを心がけたそうだ。どこも同じさ。これから始めるのは、慰安のための見世物サーカスだ。……やれ!」

司令官の命令を受け、説教使の兵士が銃槍を構えなおした。

「どけよ。仲間のカタキをとるんだからよ!」

説教使は頑なにその場にとどまった。光の乱反射で虹色を呈する槍の穂先を携えた兵士を真っ向から見据えた。

「あなたは弱きものへの憐れみを感じないのですか?」

兵士はきょとんとした表情で言った。

「んなわけねーっつーの。シャベーこと言ってんじゃねーよ、バーカ! むしろ、ジタバタすんのがオモれーからやってんだよ」

「では、まずわたしを殺すがよかろう」

説教使は言い放った。

固唾を呑んで成り行きを見守っていた三人の少女たちが悲鳴を上げた。

「センセー!」

説教使は、少女たちに切迫した視線を向けた。声を抑えるように、と身振りで示す。

兵士は戸惑ったように説教使を見た。背後の司令官へ振り返る。司令官は平然と言った。

「開拓地では事故がつきものだ。これも事故だろうな。構わずやれ」

兵士は勢いを取り戻した。銃槍の穂先を説教使に向ける。槍を突く前に、後ろに引いた。説教使は観念したようにうつむき、車輪架を握り締める。

「センセー!」

マリアアリスが人垣から飛び出した。うさぎのように駆け、説教使の体にしがみつく。さなええりなとフィオナナンシーはあっけにとられてその場に足をすくませた。

兵士の銃槍が突き出された。穂先はマリアアリスと説教使を共に串刺しにしようとしていた。

説教使の双眸が鋭い光を放った。目にも止まらぬ速さで、マリアアリスを銃槍の切っ先からおしのける。同時に長い柄の下をかいくぐり、一息に兵士に接近した。一瞬のうちに、兵士の腰に吊るされた銃刀フシール・イ・エスパーダの柄をベルトから抜き取った。スイッチをONにする。銃刀の柄から発振した斥力波によって、刀身が瞬間的に形成される。刀身が形成された空間の空気が押しのけられ、爆竹が破裂するような衝撃音が周囲の大気を振るわせた。

兵士の身体は凍りついた。地を這うように身構えた説教使の手に、兵士の銃刀が握られ、その切っ先が兵士に突きつけられていた。

あたりがしんと静まり返った。

「司令官……!」

うめくように兵士が声をあげた。恐怖に顔が引きつっている。日光を反射し、虹色に輝く刀身が、微動だにせず兵士を指していた。

司令官は苦渋の表情を浮かべた。兵士たちに目配せする。

我を忘れて説教使と兵士の対峙する様子を見つめていたさなええりなは、ぎょっと身をすくめた。荒々しい力が、彼女の肩を抑え、腕をつかんだ。圧倒的な力によって、まるでおのれが綿にでもなったかのようにいとも簡単に体をひきずられる。さなええりなの倍はある兵士が、彼女の体を捕獲していた。本能的な恐怖に突き動かされ、悲鳴が口からほとばしった。

「いやーっ! やめてよー!」

屈強な兵士に拘束されたのは、フィオナナンシーも同様だった。暴力的な腕力に脅え、引き攣れたような叫びを放つ。

「やあだ! はなしてえ!」

さなええりなとフィオナナンシーは数人の兵士に取り押さえられていた。小動物のようにもがく。近くにいた乗組員たちがさっと逃げ散った。説教使は失態を歯噛みするような苦しげな表情を浮かべた。

司令官は渋い顔で、銃刀を構える説教使に警告した。

「武器を下ろせ。さもなくば貴様の“シチュー鍋”兼修身士を殺す」

兵士が色めき立ち、銃槍を構える。立て続けに破裂音が湧き起こった。槍衾が、説教使とマリアアリスを囲繞した。

説教使は立ち上がる。片腕にマリアアリスを抱え、じりじりと兵士から距離を置いた。銃刀を油断無く構える。

フィオナナンシーの顔すれすれに鋭い銃槍の穂先が迫った。目を閉じ、顔をそむける。血色を失った紫色の唇が左右に引き締まった。さなええりなの口が丸く開き、荒い息をついた。緑色の瞳がすがるように説教使を見やる。唇がぶるぶると震えた。かすれた声が漂い出た。

「セ、センセー……」

説教使の額に、汗の玉が浮いた。ためらいがちに言う。

「守の児はおっしゃいました。『我汝らを遣わすは、羊を悪獣のなかに放り込むが如し』、と。我ら守のしもべにとって死は常に覚悟の上……」

説教使の視線が、さなええりなとフィオナナンシーの脅えた顔の上を這う。声が弱々しく途切れた。

司令官が冷徹に兵士たちに言う。

「ぼやぼやするな、とりあえず一匹殺せ! せっかく二匹いるんだ。人質としては一匹残せば充分だ!」

兵士たちは目を見交わした。

「どっちにするよ?」

「どっちでもいいけど……この黄色いほうとかどう?」

「早くしろ!」

鞭のような司令官の叱咤が飛んだ。兵士たちはぞっとしたような顔で司令官を盗み見た。

「あーもーこっちでいいわ!」

あわてたようにさなええりなを地面に投げ出す。さなええりなは砂の上にしりもちをついた。泣き出しそうにゆがんだ顔で兵士を見上げる。脚ががくがくと震えていた。

兵士たちはさなええりなに槍を向けた。さなええりなはぜいぜいと喉を鳴らした。全身の皮膚を無数の針で刺し貫かれるかのような恐怖の感覚に声に鳴らない悲鳴を上げる。逃げようと体を動かそうとするが、体のどこかが空回りしているかのようにまるで力が入らない。ざくざくとかかとが地面の砂に溝を掘った。

叫び声が響き渡った。

「待ちなさい!」

説教使の大声が悲痛な響きを帯びてみんなの耳朶を打った。褐色の顔は苦悶のあまり、灰色っぽく変色していた。銃刀の切っ先をふらふらと下げる。がっくりと頭を垂れた。

「修身士には、危害を加えないでください……その子たちは、まだ見習いに過ぎないのです」

力なく言う。司令官がいまいましげに答えた。

「だったら武器を捨てていただこうか」

説教使が食い下がるように声をあげる。

「誰も殺さないと守に誓ってください……!」

「わかったから刀を捨てろ、愚か者が!」

司令官の鋭い叱責に、説教使は身をすくめた。銃刀の柄を地面に放り出す。斥力波によって作られていた虹色の刀身が消え、柄だけが砂の上に落ちた。

ずかずかと司令官が説教使歩み寄る。厳しい目付きで、説教使の固くこわばった横顔を睨みつける。説教使いのこめかみがぴくぴくと痙攣していた。司令官はぶっきらぼうに言った。

「全くご立派なことだな? え? パンフィロロドリゴ。久しぶりに会ったというのに、やってくれるじゃないか。ええ?」

説教使は名を呼ばれて、司令官に頭を下げる。卑屈に視線を地面に落とした。司令官は続けた。

「一体、説教使なんぞになってどういう風の吹き回しだ? 箔でもつけたかったのか?」

説教使は低い声で答える。

「いいえ……わたしは信仰に目覚めたのです」

「そこが一番よく分からんな。お前は部下の中でも格別に凶暴なやつだったじゃないか。HF次元人だって何百人も殺していたはずだ。なぜいまさら一人や二人助けようとする?」

苦しげな声を、説教使は喉の奥から搾り出した。

「わたしは、懺悔しました。過去の悪業を償っているのです」

司令官は侮辱するように鼻を鳴らした。

「すっかりかぶれちまったな。バカバカしい、つきあってられん」

立ち去りながら、司令官は兵士たちに声をかけた。

「説教使さまを痛めつけて差し上げろ、二度とはむかう気が起こらんようにな! 修身士とやらは放って置いてやれ。それから、捕虜は煮るなり焼くなり好きにしろ」

「はっ」

兵士たちは説教使に詰め寄った。その中から、先ほど説教使に銃刀を突きつけられた兵士が進み出た。歯を噛み鳴らし、説教使をにらみつける。説教使は、マリアアリスをかばうように抱いた。兵士が槍の柄を説教使に振り下ろした。

くぐもった悲鳴を上げ、説教使は地に脚を突いた。マリアアリスは説教使の腕の下から這い出た。

「センセー! 大丈夫?」

説教使に抱きつくマリアアリスを、兵士が力ずくで引き剥がす。無造作に砂の上に投げた。地面に這ったマリアアリスの体の上に、兵士の靴がのしかかる。

「オメーはここでじっとしとけ」

言いながら、兵士は容赦なく靴底に体重をかけた。体を押しひしぐ苦痛にマリアアリスは身もだえする。

さなええりなは、金色の髪の毛を縛めのように手でつかまれ、引きずり回された。フィオナナンシーは岩のような手で体を押さえつけられたまま、立ちすくむ。

「頭の弱えーバカどもを口先でごまかしやがって! このペテン師が!」

「人死にで商売してーんだったら本国に帰れ! こんな僻地じゃ命に一円の価値もねーんだ、誰が死んだってお布施なんかもらえねーぜ! 物乞い坊主!」

うずくまる説教使を、兵士たちが銃槍の柄で滅多打ちにする。初めはとばっちりを食うことを恐れ、遠巻きにしていた乗組員たちが近寄り、嘲りながらその光景を眺めていた。

「センセー! ごめんなさい! ごめんなさい!」

マリアアリスは地に伏し、声を張り上げて泣いた。さなええりなも、恐怖で声を殺しつつ、涙を流しながらしゃくりあげている。フィオナナンシーは能面のように無表情になり、憎悪に満ちた目を周囲の兵士に向けていた。

さんざんに打ち据えられ、説教使は地面に伏したまま、動かなくなった。低くうめき声をもらしている。体中、砂や血で汚れきっていた。のろのろと身じろぎする。

兵士たちは飽きたように伸びをした。一人が言う。

「あ、ヤベー。ションベンしたくなっちまったわ」

別の兵士が下卑た笑い声を上げた。

「ここでやっちまえよ」

「そーするか」

兵士は、下半身を露出し、排泄器の先端を説教使へ向けた。さっと茶色の汚水が噴出し、説教使の背中にしぶきを散らす。

兵士だけでなく、観衆までもが爆笑の渦に包まれた。遠まきに様子をながめていた総督と司令官も失笑した。

数人の兵士たちが、説教使の体に放尿する。悪臭を放つ液体で、説教使の全身が濡れそぼった。

「おい、修身士だろーが、師匠と一緒に修行しろよ」

兵士は、マリアアリスの体を脚の下から引きずり出した。生温かい液体にまみれた説教使の体の上に突き飛ばす。

手のひらと、脚が尿に濡れ、冷えてゆく感触がマリアアリスの肌を粟立たせた。あまりのことに自分の身に起こったことだとにわかに実感がわかず、呆然と座り込んだ。さなええりなとフィオナナンシーが次々とマリアアリスの横に投げ出される。三人は、脅えたように体をこわばらせた。

「覚えとけッ! DT次元人おれたちはな、こうやって小便するんだーッ!」

哄笑と共に、三人の頭上へ温水が雨のように降りかかった。数人の放尿が一斉に注がれていた。熱い湯のような感触と、鼻をつく異臭が嘔吐を催すほどの嫌悪感で神経をかきむしる。汚染された液体が体内に侵入することを必死に避けようと、固くまぶたを下ろし、唇を閉じた。呼吸を止め、両手で顔を覆った。肌の上を這う液体の流れがおさまるまで、三人の身体は石のように凍りついていた。

排泄の済んだ兵士たちはゴミのようにうずくまっている説教使とその修身士をせせら笑う。

「あーあ、マジくっせー。サイテーだな、こりゃ」

「あんまり騒ぐと、今度はクソでも食わそーぜ。逆グルメ(ガストローノモ)大会とかな? 一番マズいモン食わした奴が優勝とかどう?」

兵士たちは爆笑した。じゃれあうように互いに小突き合う。

「グルメ大会の前に、料理ショー始めるわ」

兵士たちはAO次元人たちを説教使の前に引きずってきた。そのうちの、両脚を失った現地人を、説教使に見せ付けるようにそばへ近づける。

現地人は大量に血液を失い、すでにその意識は混濁していた。弱く長い呼吸が砂まみれの鼻と口から漏れている。

腫れたまぶたの下で、説教使は充血した目を動かした。かすかに説教使の体が動く。丸く膨れ上がった唇が蠢いた。

「彼らに……無体なことを……」

声を聞いたマリアアリスは怒ったように声をあげた。

「センセー! もーほっとけよ! そいつらかばったりしたせいで、こんなに……」

「しいっ! しずかにしてよお」

フィオナナンシーが厳しい顔でマリアアリスを黙らせる。脅えた表情で周りの兵士の様子をうかがう。さなええりなは、しゃくりあげながら、説教使の手を握り締めていた。

兵士は炸裂音と共に、銃刀の刀身を伸ばした。

「じゃー初めは刺身といくか」

周囲から拍手喝さいが起こる。


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