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新天地到着

フィオナナンシーと、説教使(パンフィロロドリゴ使)は激しく口付けを交わしているように見えた。互いに唇を開き、開いた口腔をぴったりと合わせている。二人のわずかな間隙から、わずかに濁った粘液が流れていた。

二メートルの長身をもつ説教使が、標準的な女子高校生のフィオナナンシーを両腕の中に抱えている様子は、大人と子供のようだった。

「ぐふっ!」

フィオナナンシーの体が、苦しげに身もだえした。喉が何かを飲み込むように蠢く。固く閉じたまぶたからこぼれた涙がほおをつたう。眉根に深く皺が刻み込まれていた。説教使を押しのけようとするフィオナナンシーの身体を、強靭な腕力で説教使が押さえ込んでいた。赤銅色の手が、フィオナナンシーの後頭部を万力のようにつかみ、微動だにさせない。

「ううっ! ぐおっ!」

フィオナナンシーの全身がぶるぶると震えた。喉の奥に異物を押し込まれたように、呼吸が途切れる。まぶたが開き、水色の大きな瞳がせわしなく上下左右に動いた。苦悶に紅潮していたフィオナナンシーのほおが、急速に蒼ざめる。

「くっ、くっ……!」

痙攣する喉が奇怪な音を漏らした。フィオナナンシーの全身から力が抜けていった。両手足がゆっくりと垂れ下がってゆく。首筋に隆起していた筋肉の緊張が消えた。丸く開いていた双眸に、眠るようにまぶたが静かに下りる。わずかな空間を駆け回る小動物のように駆け回っていた瞳が動きを止め、日没のごとくまぶたの裏に隠れてゆく。フィオナナンシーの鼻から、湿った甘い声音がかすかに漏れた。

「あうぅ……」

説教使の顔がマリアアリスから離れた。丸く開いたフィオナナンシーの唇から、粘液にまみれた異様なロープ状の物体が伸びている。その先は、同様に説教使の口の中に繋がっていた。ロープは、ふんだんにオイルをまとわせているようにてらてらと光り、黒色の表面全体に筋張った紫色の細い紐が絡みついた長い円筒状の肉塊だった。

異様な物体は、長々とフィオナナンシーの口の中から大蛇が身をひねるように這い出て、説教使の口中に全て吸い込まれた。DT次元人独特の栄養摂取器官であった。口付けと見えていたものは、DT次元人の食餌行動だった。

開拓軍の目指すAO次元は、説教使のようなDT次元人が栄養として吸収できる食物がなかった。そこで、DT次元人の特殊な食餌器官を利用し、AO次元人の消化器官で生成される栄養物質を吸収するという方法が考案された。しかし、いまだ開拓地化の端緒についたばかりの現状では、AO次元から現地人を協力者として多数連れてくることは困難だった。

代替案として、AO次元人と似た消化器官を有し、AO次元でも現地の食物で生存できるHF次元人の使用が考えられた。HF次元人は消化器官内で、DT次元人が必要とする栄養素を生み出さないという問題があったが、AO次元人の消化器官内で栄養物質を生成する微生物を、HF次元人に注入することで解決された。これが燦ディアゴゴンサロ学苑で行われた接種の意味だった。接種を受けたHF次元人は通称、“シチューカセローラ”と呼ばれた。

太いひも状の食餌器官を口腔から胃腸内に直接挿入するという方式の為、DT次元人の食餌行動は、HF次元人にとっては激しい苦痛と窒息死の危険をともなうものだった。その精神的、肉体的負担を軽減する為、“シチュー鍋”には、“天使のささやき(ラ・ボス・デ・ウン・アンヘル)”という商品名で一般的に知られる手術を施している。

“天使のささやき”とはもともと終末期医療において臨死苦痛を除去する目的で開発された医療技術だった。脳内に微小機械ピコロボットを挿入、微小機械は肉体の極端な衰弱を感知し、快楽物質の大量分泌を促すことで、死に瀕した人間から不安と恐怖、苦痛を取り除くのだった。

DT次元人の食餌行動の際、気管がDT次元人の消化器官によって閉塞し、窒息した“シチュー鍋”は、瀕死におちいる。そのとき作動した“天使のささやき”によって苦痛は消失する。フィオナナンシーが垣間見せた恍惚の理由はこれだった。

実際に心臓が停止するには至ってはいないが、開拓軍に参加する生徒たちの“天使のささやき”は作動基準が緩く調整されており、かつ同じ苦痛を繰り返して受けているとその苦痛に対して作動しやすくなるという性質を持つため、徐々にDT次元人の食餌行動に対して快楽を得られるようになりつつあったのだった。

説教使の舌(食餌器官)を引き抜かれたフィオナナンシーは笛のように喉を鳴らした。肩を上下させて空気を吸い込む。顔を伏せ、背中を揺らして激しく咳き込んだ。もはや身体を支える力さえ消耗してしまったように、泥の塊のように床にくずおれる。疲労しきったフィオナナンシーへ、説教使は穏やかな声をかけた。

「ごちそさまでした。今日もありがとござまーす」

「おそれいりますう……」

フィオナナンシーは消え入るようなしゃがれ声で答えた。喉を異物でふさがれ、呼吸困難で苦しんだ名残か、生気を失ってくすんだ顔に、フィオナナンシーは喜色すら浮かべていた。苦悶の果てに脳裡を貫いた圧倒的な快楽と解放感の余韻に浸っているのだった。

「それでは(あ)、部屋にー、お帰りなーさい」

脱力したフィオナナンシーのからだを、大きな褐色の手のひらが軽く叩いた。いまだに朦朧とした様子で、フィオナナンシーは体を起こそうとする。しかし、床についた腕はがくがくと震え、ほとんど身体は持ち上がらない。脚も同様に、おもりでもつけたように動きが鈍い。床をはいずるフィオナナンシーの面差しには、まだ愉悦の色が明瞭に残っていた。金色の瞳は焦点が定まっていない。

説教使は、拡張知覚の遠隔会話機能シエロプを起動させた。説教使の眼前に、四角い板状の空白が展開される。

教:『食事が終わりました。どなたか、フィナさんを迎えに来ていただけませんでしょうか? よろしくお願いいたします』

白い背景に、茶色の文字列が表示される。言葉を想起するだけで文字列を生成する装置デバイスを使用して、文章を画面に入力していた。言葉のなまりははひどいが、文章は申し分なかった。

すぐに、黄色い文字列が表示された。

さ:『いいよ☆ラジャ~♪』

さなええりなだった。すぐに部屋のドアが開く。さなええりなの金髪がのぞく。文字色は各人の髪色に合わせてあった。

「すぐきたー!」

満面の笑みを見せて、さなええりなは声高に行った。説教使は悠然とうなずきかけた。

「部屋まで連れててあげてくださーい。足がたたたないみたいでーす」

さなええりなが部屋に入る。背後から、浮かない面持ちでマリアアリスがついてきた。乱れたピンク色の髪の毛に指を突っ込んで頭をかいている。

「あーあ。なんかダルーい」

説教使はにこやかそうに顔の表情を作った。興味深そうにマリアアリスに話しかける。

「体調、すぐれませんのか?」

マリアアリスは憂鬱そうに答える。

「つか、体調ってより、気持ち的にってとこ。なんかアガんないっーか……どーでもいーけど」

説教使は、さなええりなを見た。

「さなさんは、いかがか?」

さなええりなは明るい表情を説教使に向けた。

「さなは大丈夫だよっ! 元気―!」

説教使は目を細め、さなええりなにうなずいた。

「それでは、おねがしまーす」

二人の少女は答えを返す。

「ラジャー!」

「はいはい」

二人がかりで、床に寝そべったフィオナナンシーの体を起こす。フィオナナンシーはくぐもった声でつぶやいた。

「ごめんなさあい……体に力がはいんなくてえ……」

いたわるようにさなええりなは言った。

「わかるよー! さなも全然しっかりできない! 昨日ちょっとなった!」

「マリはなんないんだよね。“天使のささやき”が効いてくんないの。ただ苦しいだけ」

フィオナナンシーは見た目こそ女子高生だったが、実は男なので三人の中では一番身体が大きい。マリアアリスとさなええりなは苦労してフィオナナンシーを立ち上がらせた。

「失礼しまーす!」

退室の際、さなええりなは元気そうにあいさつする。マリアアリスはもごもごと口元を動かしただけだった。三人はよろめきつつ狭い廊下を進む。上下左右を木製のような質感の壁が包んでいた。

廊下の曲がり角から、数人のDT次元人が現れた。三人の少女を見て、けたたましい声を上げる。素早く近づき、三人を取り囲んだ。三人は、見上げるばかりの偉丈夫のDT次元人たちにひるんだようだった。顔を恐怖に引きつらせて立ちすくむ。

上から覗き込むようにDT次元人たちは腰をかがめ、彼女たちに強い口調で何事かを言っていた。

三人の視界に、突然四角い空白が出現した。説教使の計らいで、彼女たちにはDT次元の技術テクノロジーを応用した拡張知覚が実装されていた。起動した機能は、DT次元とHF次元の翻訳機能だった。空白に翻訳された文字列が表示される。

?:『ヘイ、そちらは言葉わかるですか。』

?:『家畜は人の住居に入るべきではありません!』

?:『家畜小屋へ速く返ってください!』

「はぁ? ちょっと意味わかんないんですケド……家畜って、何?」

マリアアリスは眉をしかめてDT次元人を睨んだ。さなええりなは脅えきった様子でフィオナナンシーにしがみついた。

「わたしたちのことー? ひっどーい!」

圧倒されて身を寄せ合う三人に、いっそう居丈高にDT次元人が詰め寄る。

?:『それは聞かれません? オイ!』

?:『適当にしてくださいよと、ブタ』

?:『それは殺すでしょう?』

さなええりなは弱り果てたようすで声をあげた。DT次元人たちが使用している言葉は多数の俗語が混じっているらしく、翻訳機能が意味の通る文章を作成できていない。

「ますますなに言ってんのかわかんなーい!」

DT次元人がさなええりなの腕をつかんだ。肉が押し潰されるかのような強烈な圧力に、さなええりなは苦痛の悲鳴を上げる。

三人の背後で、扉が開く。床に重々しい足音が響いた。DT次元人たちは吸い寄せられるように音の方向へ目をやった。説教使が温和そうな笑顔を張り付けて立っていた。DT次元人たちに声をかける。

教:『それは一ですか』

?:『あ? 何、あなた。呼ぶのを得てこの中に来てください。』

?:『奇怪な瞳がこっちに見ないでください。』

?:『入る部屋の中で自慰行為をどうですか? オカマ』

説教使は静かに頭を下げた。

教:『すみません。彼らは私の追随者です。失礼があるなら、私は代わりに謝罪しましょう。』

三人を囲んだDT次元人たちは、大きく口をあけて声をあげる。魁偉な容貌を除けば、笑っているようにも、少女たちには見えた。

?:『おお、それは会いますか。だったら座席はずすのはあなたです。また、これら三匹にはわたしたちからビジネスがあります。』

?:『それは聖職者の社会的位置で、財産持ちとしてることにあります。聖職者はお金が必要としないはず?』

?:『約一匹の動物が減少しても、それは心配ではありませんかどうか。さようなら!』

DT次元人は顔を見合わせて爆笑したようだった。さなええりなの二の腕をつかんだ握力がさらに強まった。骨がきしんだかと錯覚するほどの痛みに、さなええりなは悲鳴を上げた。

「痛いよー!」

血相を変えたマリアアリスが、DT次元人を押しのけようと身じろぎした。説教使に向かって切迫した声をかける。

説教使センセー!」

説教使は静かな雰囲気をまとったまま、彼女たちに歩み寄った。DT次元人の一人が説教使につかみかかる。

?:『暴力とあなた、それ!』

両腕をつかまれながら、説教使は一切抵抗しようとしない。

教:『考察をありがとう。それらをリリースしてください。』

どすん、と鈍い音が説教使の腹部から聞こえた。DT次元人の握りこぶしが説教使の腹部にめり込んでいた。説教使はうめき声を漏らし、体をかがめる。DT次元人の哄笑が廊下に満ちる。

突然、DT次元人の一人が、説教使を殴りつけていた仲間の肩をつかんだ。

?:『その程度がいいでしょう』

肩をつかまれたDT次元人は、相手に尋ねた。

?:『それの理由がある? この聖職者は戦えない、オカマです』

?:『それを見たのは、ある開拓地化軍隊の兵士。彼は背く場合、不快かもしれないほど残虐な兵士でした』

別のDT次元人がいくぶん落ち着いたような低い声音で行った。

?:『現在、彼は背く場合、恐ろしいかもしれません。私たちはすぐに戻りましょう。』

黙って仲間を見ていたDT次元人は、説教使の体を離した。説教使は体をふらつかせながら、その場に立ち尽くす。嘲笑とも取れる短い笑いを残し、DT次元人たちは去った。

説教使様センセー! 大丈夫―!」

さなええりなは心配そうに説教使に話しかける。

「ちょっとシャバくね? 説教使様センセー、なんかいきなり出てきてフツーにボコられてるから、逆にビックリだし」

マリアアリスは辛らつに言う。説教使の顔が動いた。顔の上に作った笑みは不完全だった。

「ごめなさい。こわ(あ)かたでしょー。でもあの人たちも悪気あるぎは(あ)ないんでしょー」

「ゼンゼンあったっつーの!」

マリアアリスが反駁する。気まずそうにさなええりなはマリアアリスと説教使を見た。床に座り込んでいたフィオナナンシーが沈んだ声を出した。

「すうっごくイヤだったあ。何言ってんのか、何やろうとしてんのかさっぱりわかんないんだもおん」

恨みがましく説教使を見る。かすかに震える脚で立ち上がろうとした。気付いたさなええりなが手伝う。マリアアリスも手を差し出した。説教使はいたわるような手つきで彼女たちの背中に触れた。

「船には、あいう人もいます。なにかあたら、センセーを呼んでくださーい。シエロプとか使て」

説教使に送ってもらい、三人はあてがわれた部屋に戻った。

パンフィロロドリゴ使(説教使)と彼女たちが開拓軍の輸送船に乗り組んで、すでに一週間が経過していた。説教使との顔合わせの後、マリアアリス、さなええりな、フィオナナンシーの三人は、燦ディアゴゴンサロ学苑のボランティア実習生として第三陣開拓軍に参加することとなった。目的地までは、およそ十日ほどかかる予定とのことだったが、正確な日程は説教使にもわからないようだった。定期便ではないため、現状では正確な航路や日程はまだ明確になっていないとのことだった。

三人は、与えられた共同の部屋に無事戻り、安堵したようにおのおのくつろぎ始めた。

部屋は寝室、居間共用の一室のみだった。床は木とプラスチックの中間のような、細かい複雑な文様が浮き出た固い物体が敷き詰められている。壁や天井も床と同じ材質で構成されていた。

フィオナナンシーは壁際の三段ベッドの真ん中に這い込んだ。ごろりと寝そべる。DT次元人は身長が200センチほどあるので、天井が高い。体を抱くようにして、目を閉じる。ほどなく静かな寝息を立て始めた。

さなええりなは椅子に腰掛け、拡張知覚で電子書籍を開いた。何もなかった空間に四角い空白が展開、文字列が表示される。説教使が三人に渡した“清典ビブリア”だった。DT次元を無から構築したとされる“かみ”の“”の生涯と、遺した言葉を、四人の修身士がそれぞれに書き留めたという本だった。説教使の信仰する宗教の教義が記載されている。

三人の少女はディメンズ校の生徒であることから、体面上は説教使見習いだった。とはいえ、学校の教育カリキュラムにDT次元の宗教に関する学習時間がないため、三人とも、清典の内容については無知だった。近頃、さなええりなは清典に興味を持っていた。清典に描写されている守の児、“家須賀”の清廉、慈悲深い言葉や行動が、心を覆い尽くす不安や恐怖から護ってくれるような気がしたのだった。さなええりなは密かにこの世界を美しい城のガラス細工であるかのように考えていた。両親と妹の死によって、さなええりなの城は大半が瓦礫と変じてしまったが、いまだ中央部分は頑強に残存していた。これが存在する限り、さなええりなの様々なものに対する共感は喪失しないのだった。

床にじかに座ったマリアアリスはタバコをくゆらしている。フィオナナンシーはすでに文句を言うことはなくなっていた。一週間の共同生活で、彼女たちは互いに譲れる部分は許すすべを身につけつつあった。なにより、彼女たちの庇護者として説教使が統率力を発揮していることが三人の間で発生した軋轢に対する抑止力となっていた。

マリアアリスは拡張知覚で音楽を聴いていた。うっとりと目を閉じ、頭を揺らす。

突然、眠りに落ちていたフィオナナンシーが凄まじい絶叫を放った。二人はぎくりと顔を三段ベッドに向ける。近くに座っていたマリアアリスが苦々しげに顔をしかめ、フィオナナンシーの様子をうかがった。フィオナナンシーは目を固く閉じ、ぎりぎりと歯軋りする。玉のような汗が額にびっしり浮いていた。

「どうー?」

かすかに心配そうな眼差しを、さなええりなはマリアアリスに向ける。マリアアリスは苦笑を浮かべた。

「大丈夫みたい。何回言っても、絶対認めないんだから」

さなええりなもつられて笑った。

「いっつも驚かされるー。悪い夢でも見てんのかなー?」

「多分……でもこいつみたいに、起きたら夢を完全に忘れてるって珍しくね?」

「カワイソーだよねー」

マリアアリスは鼻先で嘲笑した。

「ただのバカじゃね? 夜中とかメーワクだよ」

さなええりなは困ったように微笑を浮かべた。

それまで寝ていたフィオナナンシーがもぞもぞと起きた。

「トイレ行ってくる」

よそよそしく二人に言った。二人は呆れたように顔を見合わせた。

一日一回、説教使の食餌行動時以外は、彼女たちの行動は自由だったが、輸送船内部での行動範囲は近くにある説教使の部屋と、自室内に限られていた。彼女たちの食事は説教使が決まった時間に持ってくる。トイレと風呂は説教使の部屋にあった。

フィオナナンシーがベッドから降りようとした時、獰猛な肉食動物の咆哮のような音が室内に響き渡った。三人は驚いて顔を見合わせた。異様な音は、船内の乗組員に注意を喚起するための警報サイレンだった。

サイレンは数度にわたってうなりを上げた後、唐突に途切れた。少し間をおいた後、DT次元の言語でなにごとかの朗読が始まる。三人の拡張知覚で、翻訳機能が自動的に起動した。

?:『緊急放送です。本船は、あと一時間程度でAO次元に到着します』

「ええっ! マジで?」

マリアアリスが大声を上げた。

「やりぃ! もう超々(スーパー)狭い部屋でじっとすんのは、おわりーっ! イェス!イェス!イェス!」

両手を挙げて飛び上がった。マリアアリスの喜びが伝染したのか、さなええりなも笑顔を浮かべ、嬌声を上げた。

「だよねー! さな初めて外次元見るの! すっごく楽しみー! ンフフッ」

「ほおんと、長かったよお。でも早めに着いてよかったあ」

フィオナナンシーはほっとしたような面持ちで言った。さなええりなが話しかける。

「そうだよー! センセー、後三日くらいって言ってたよねー! なんかすっごく急!」

「とりま、ゴタつかなくて良かった。オトコと同室ってフツーありえねーし。でも耐えた!」

興奮した面持ちで言うマリアアリスに、フィオナナンシーは抗議するように鼻を鳴らした。

「あるわけないでしょお。ちゃあんと避妊薬メンズピルしてるんだからあ」

「ホントかよ~? 最近、急に一人でトイレ行ったりしてんじゃん。抜いてんじゃね?」

マリアアリスの嘲笑に、一瞬フィオナナンシーは言葉を失った。ほおにさっと朱色がさす。

「アタリかよ!」

マリアアリスはあきれたようにフィオナナンシーを見た。さなええりながきょとんと二人を見る。

「ねー! それってどういうことー?」

マリアアリスは軽蔑の眼差しをフィオナナンシーに向けた。

「チェリいことしてんじゃねーよ! ゼッテーこっち来んなよ、エア乙女」

顔を真っ赤にしたフィオナナンシーは、むっとしたようにほおを膨らませた。怒ったように言う。

「ばあか! フィナはちゃあんと相手を選ぶんだからねえ。マリだけはないからあ!」

マリアアリスは笑いながら舌を出した。

室内の管理システムから、合成音声が流れた。

『パンフィロロドリゴ使が来訪しました。ドアを開放します』

音もなく開いたドアから、説教使が姿を現した。三人は雑談をやめ、説教使の周りに集まった。それぞれ競うように説教使の体にしがみつく。説教使は相変わらず仮面のような微笑を浮かべていた。

「みんなさん、オメデトーござまーす! もう着くでしょー」

説教使の腕に抱きついたマリアアリスが言った。

「ねー、マリ早く外出たいんだけどぉ」

フィオナナンシーも説教使のもう片方の手にぶら下がる。

「フィナもお! お部屋の中はもう疲れたよお」

フィオナナンシーが甘えたような声を出す。説教使はそれぞれに微笑みかける。背中におずおずと体を寄せたさなええりなの頭に、大きな手のひらをそっと乗せた。

「さなも……」

さなええりなははにかむような表情で言った。

説教使はかがみ込んで三人に話しかける。

「ダイジョブだよー。もすぐ着くから、少しのガマン大事」

「ええ~? 待ちきれないよお」

「もーすぐだったらさぁ、船から陸地とか見えんじゃね?」

「記念に写真とりたいー!」

「そーですねー。いまは到着の準備が忙しので、もちょとしたら、甲板に出てみましょかー」

「Yeah!」

「OK~!」

「いやったーあ!」

三人の少女たちは華やいだ声をあげた。


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