適性試験
燦ディアゴゴンサロ学苑は、都下ののどかな田園地帯に囲まれた広い土地に建てられていた。
晴れた真夏の青い空の下、見渡す限り広がる田んぼが、午前中の日差しの中で緑色に輝いている。その只中に、外次元の先端科学を取り入れた超近代的な異形の巨大建築物が幻のようにそびえ立っていた。
学苑は、一神教的な宗教を前面に強く押し出した世界観を持つDT次元の影響下にある。入学した時点で生徒は入信したというしるしとなる儀式、清別を受け、布教を行う“説教使”の助手、 “修身士“としての地位を授かる。とはいえ、授業として教義を教わることは無く、大半の生徒は、外次元の布教活動にほとんど携わることなく学苑を卒業する。
燦ディアゴゴンサロ学苑の校舎裏は、機材の倉庫として利用されており、普段人が立ち入らない場所だった。そのため、一部の生徒が授業をサボったりするための集合場所として利用されていた。
今も校舎裏には、数人の女子高生がたむろしていた。いずれも制服を改造し、髪、目、肌を染色し、高価なアクセサリーや小物を身につけて、おしゃれに余念が無い。
「どう?」
そのうちの一人が、首と尻尾の無い馬のような機械にまたがっていた。DT次元から学苑に支給されている戦騎だった。ディメンズ校は、生徒たちに自次元で開発された兵器の取り扱いを教えているところも多い。体育の授業と称して、軍事教練を行う場合さえあった。燦ディアゴゴンサロ学苑でも、訓練は頻繁に行われていた。
本来なら厳重に格納されているべき異世界の兵器を、彼女たちは学内に持ち出しておもちゃとして扱っていた。
戦騎に乗った女子高生は、ピンク色の髪を振り乱し、水色の目を輝かせていた。四脚歩行の後部二脚だけで戦騎を歩かせている。前部を自分の体重をかけて持ち上げ、戦騎は直立しているかのようだった。周囲の女子高生から賞賛の声が上がる。
「おっ、スゲー」
「やるじゃん、マリ」
「でしょ?」
意気揚々とマリと呼ばれた女子高生は戦騎から仲間を見下ろす。ぐるぐると戦騎を周回させた。戦騎の足が石を踏んだ。四脚ならば問題なくバランスを復帰させることができたはずだが、無謀な乗り方の現状ではなすすべも無かった。
マリが悲鳴を上げた。直立状態だった戦騎は、まっ逆さまに転倒した。マリは地面に放り出される。背中から地面に落ち、数回転がった。仲間が固唾を呑んでマリを見守る。
「痛ってえ、頭打った~」
体をさすりながら、マリが体を起こす。周囲からどっと笑い声が湧き起こった。
「ムチャし過ぎだって、バーカ!」
「戦騎ぶっ壊さないでよ!」
マリは地面に座ったまま一緒に笑い声を上げる。
そこへ、新たな声が割り込んだ。
「命の泉!」
中年男の教師が顔をしかめて立っていた。髪の毛を染め、だらしなくはおった服の下から、刺青が覗いていた。足元はゴムぞうりを履いていた。集まっている女子高生たちへ、侮蔑の視線を投げかける。だみ声で呼んだ。
「命の泉、マリアアリス! 返事しろ!」
戦騎から投げ出された女子高生が不審そうに返事した。
「……はい」
“命の泉”とは名字で、養育された“国民創生施設”の名称がそのままつけられていた。名前は一時期流行したつけ方に従って、“マリアアリス”と命名されている。普段は省略し、友人からは“マリ”と呼ばれていた。
教師は声を張り上げる。
「高原荘、ここみみさえ!」
「はーい……」
緑色の髪の毛を長くたらしたここみみさえがけだるそうに立ち上がる。
教師は、横倒しになった戦騎をちらりと見た。
「ほどほどにしとけよ」
ぼそりと残りの女子高生に言い捨てた。
「来い!」
マリアアリス、ここみみさえの二人を引き連れ、教師は道々、説明を始めた。
「テメーらの成績が布団の中の小っちぇえダニより遥かにしょぼいってことはわかってるよな? 売春婦予備軍ども。今のテメーらはそこらに落ちてる犬だか人だかわかんねー野ぐそに湧いてるうじむしよりバカだ。だが学校としちゃテメーらみてーなクズを社会の真っ只中に下痢便みてーに撒き散らし(シャワリング)ちまうわけにはいかねー。クズはクズでも何かしらの役には立つクズとして世の中に還元し、貢献しないといけねーワケだ。これがおれたち社会人ってモンだ。尊敬しろよ? で、ただのクズでそれ以外何者でもないテメーらには、特別に夏期講習を受けさせてやろう」
マリアアリスがここみみさえに言った。
「マイララモーナ(マナちん)が二週間くらい前に、合宿講習とかに参加してたよ」
「マジで? カンケーあんのかな?」
「うるせえ!」
顔を真っ赤にして、教師は怒鳴りつけた。が、生徒は平然としている。会話を続けた。
「外次元行くって言ってた」
「いーなー! ここみみさえ(こみ)も海外旅行行きたーい!」
「ね! いーよねー。帰国子女じゃん!」
「テメーら? ナメてんのか? おお?」
「つーか、さっきからうっせーんだよ、ジジイ。アルツハイマーかよ?」
マリアアリスは冷たい眼差しで教師を見据える。ここみみさえが教師を嘲笑した。
「図に乗ってっと、あたしのカレシにボコらせんぞ? あいつ真剣で容赦ねーから、オメーフツーに死ぬぜ?」
教師は顔を真っ赤にして舌打ちした。
「便所どもが抜かしくさって! そのうちひっでえ目にあうからな! 覚えとけ……」
「はーい」
ふたりは笑いながら、声をそろえて返事をした。
ディメンズ校は、外次元との文化交流が目的とされていることから、建物にはDT次元の文化を象徴するような建物がいくつか存在する。祈念堂もその一つであった。
そこでは、DT次元人の文化および宗教を布教するための説教使が、宗教的な内容の説教を行う場所だった。広さは数百人を一度に収容できるほどの収容能力がある。説教自体はほとんどなく、創立記念日などの学校行事の際に行われる程度だった。それ以外では、祈念堂は休み時間中に使用できる喫茶室のように使用されていた。
授業中の現在、祈念堂にはほとんど人はいない。授業をサボっている生徒の姿もちらほら見られるが、祈念堂は生徒以上に教師の溜まり場になっているので、成績の悪い生徒は避ける傾向にあった。
祈念堂の中で、女教師と女生徒が向かい合っていた。
金色の髪と、碧玉色の瞳の女生徒は、陰鬱な表情を浮かべてうつむいている。
女教師は義務的な口調で言った。
「これはあなたにとってもすごくラッキーな話なんですよ、名架矢さん。一学期に一度も授業に出たことの無いあなたが、夏期講習に出るだけで平均点までもらえるんだから」
「でもー……共同生活なんてー、まだとてもできそうにありませんー」
泣き出しそうな声で、名架矢さなええりなは訴えた。
四ヶ月前に事故で両親と妹を亡くし、孤児の身の上となったばかりで、いまだに精神的に立ち直れて居ないのだった。孤児となった時点で燦ディアゴゴンサロ学苑へ入学することとなったものの、入学以来、学生寮の個室にずっと引きこもって一度も授業に出ることが無く、成績は最下位となっていた。
「いつまでもそうしているわけにもいかないでしょう? 学校は皆に勉強を教えるところであって、勉強ができない生徒を置いておくわけにはいかないの、わかりますよね?」
「勉強だったらー、テストさえしてもらえればそこそこは大丈夫なはずですー。前の学校では成績は上位でしたー」
か細い声で抗弁するさなええりなへ、教師は困ったように説明する。
「テストだけ受けてればいいわけじゃないんですよ。共同生活ができないとダメなんです。あなたはうちへはいった理由がやや特殊でもあったから、現状は個室が与えられていますけど、そのうち共同部屋に格下げされます。どの道、共同生活は避けられないんですよ。不登校が続くと。」
さなええりなはうなだれた。
沈黙が続く。女教師はうんざりしたようにため息をついた。
「どうしてもイヤというなら仕方ありませんが、その場合は夏休みが終わると同時に、学生寮一階の共同部屋に移ってもらいます。大丈夫ですか? 普通のご両親がいて、普通の学校に通っていたあなたには、いきなり共同部屋は大変かもしれませんが……」
さなええりなは顔を伏せたまま黙っていた。膝を握った両手が震えている。
教師は淡々と言葉を継いだ。
「ディメンズ校では基本的に生徒間のことにあまり上から口出ししない方針になっています。生徒の自主性、自立心を育てる為に……なので、生徒間のトラブルに私たちはタッチしません。全て自分で解決してくださいね」
冷淡な教師の言葉に、さなええりなは眉根を悲しげに寄せた。喉から搾り出すように声を出した。
「行きますー……夏期講習―……」
教師はさなええりなに顔を近づけた。
「なんですか? はっきり言ってください」
さなええりなは観念したように顔を上げた。必死の面持ちで教師の無表情な顔を見つめる。
「夏期講習にー、参加しまーす」
教師は初めてにっこりと微笑んだ。優しげな手つきでさなええりなの手を握る。
「そうですか、よく決断できましたね。此処だけの話、あなたはほかの生徒と違って頭が断然いいから、先生たちもみんな期待しているんですよ。講習なんていってもたいしたことはしませんし、あなたなら問題ないと思います。がんばってくださいね」
何ヶ月も重圧になっていた不登校という問題を帳消しにする決断を下し果せたことと、そっけなかった教師に親しげに話しかけられた嬉しさで、さなええりなはすっかり舞い上がった。
夕刻、都下のカラフルなホテルの一室へ、一組のカップルが休憩の為に入室した。
ほどなく、照明を落とされ、橙色の小さな照明のみが点灯する薄暗い室内に、荒い息遣いが聞こえていた。
広いベッドの上に、大柄な男がリズミカルに蠢いている。体の下に、細い肉体を組み敷いていた。一見、高校生程度の女子高生に見える。悩ましげに紺色の頭髪を振り乱し、乱れた姿を見せ付けていた。
ベッドの脇には燦ディアゴゴンサロ学苑の制服が几帳面に折りたたんである。いくつもアクセサリーがぶらさがったかばんが床においてあった。枕元のサイドテーブルで、携帯情報端末のアラームライトが明滅する。
「あ」
寸前までため息と共に甘い声をあげていた女子高生は、平静そのものの声を出した。
「通信来たあ」
太った男の体を乗せたまま、器用に上半身をうねらせて、携帯情報端末を取り上げた。耳元に端末を押し当てる。
端末から声が聞こえた。
『七国、フィオナナンシーさんでいらっしゃいますか?』
「はあい。フィナでえす」
明るい口調でフィオナナンシーは通話を始める。腰を動かしていた中年男が、抗議した。
「おいおい、気が散っちゃうよ。電話はカンベンしてくれないか? ちゃんと金払ってんだからさ」
フィオナナンシーは申しわけなさそうに男に向かって、拝むように両手を合わせた。
「ごめんねえ。学校からなのお」
「学校……!」
不服そうだった中年男の顔がさっと紅潮した。突如、体の動きを早める。息がいっそう荒くなり、全身から脂っぽい汗が滲み出した。
フィオナナンシーは男の果敢な奮闘をよそに、至極冷静に通話を続けた。
『こちらは燦ディアゴゴンサロ学苑、教務部です。夏期講習の参加についてのご回答をまだ頂いておりませんので、連絡差し上げました』
「期限っていつまででしたっけえ?」
『本日の十八時までです』
「え。じゃああとお、十分くらいですよねえ」
『この場でご回答頂ければ、参加は可能です。必要な書類は明日以降作成しても結構ですので』
「えええと、じゃあ後十分は悩んでもいいんだあ」
『早くしてください』
「いいよお。参加しまあす」
『それでは明日、担任教師の方に資料を取りに言ってください』
フィオナナンシーは通話を切断した。ちょうど同じときに、体を揺すっていた男の動きが止まった。
フィオナナンシーはせせら笑うように言った。
「もう済んだあ?」
中年男は深々とため息をつきながら、ベッドに突っ伏した。弱々しく声をあげた。
「だってフィナちゃんがあんまりにもクールだったから、ちょっと困らせてやろうと思ったんだよ」
「バカだねえ」
うるさそうに男の体を押しのけ、フィオナナンシーはベッドを降りる。その足の間に、しおれた男のモノがぶら下がっていた。フィオナナンシーは女装した少年だった。ジェンダーフリーが常識となっている世の中では、ごく当たり前の光景になりつつあった。
制服を身につけ、手早くメイクを仕上げたフィオナナンシーは多少背が高めのかわいらしい女子高生そのものだった。
学苑にDT次元より派遣された説教使、パンフィロロドリゴ使は、校舎内の教師控え室でくつろいでいた。DT次元人としてはごく普通の身長二百センチの体を長々と長いすに伸ばしている。ビニールのようななめらかな褐色の肌が光を反射していた。その姿かたちはHF次元の黒人男性によく似ていた。
説教使(パンフィロロドリゴ使)の眼前には、拡張知覚によって、空中に三つの画面が展開されている。説教使のみに見えている光景だった。脳内に埋め込んだ装置によって、あたかも実在する映像表示機器を見ているかのように画像を閲覧することができる。現在展開されている画面は、いずれもこの夏の第三陣開拓軍に参加する従者の候補への面接映像であった。
第二陣開拓軍から一切の通信が途絶したとの報を受けたDT次元(本国)は、急遽、第三陣開拓軍の募集を開始した。定時連絡すらなくなったことから、開拓軍には何らかの深刻なトラブルが発生したことが推測された。可及的速やかに救援が必要であり、そのために第三陣の募集が決定された。
第二陣開拓軍には、燦ディアゴゴンサロ学苑から数人の参加者を出していたが、その安否は不明だった。HF次元人の学苑運営側から、学苑の生徒からさらに数人の開拓軍参加者を選別することが、説教使の任務だった。さらに今回の開拓軍には、パンフィロロドリゴ使も参加することになっていた。
学苑運営側との協議の結果、夏期補習という名目で、成績の芳しくない生徒たちから募集をかけることになった。昨日の締め切りまでに、候補者の資料が説教使に送付されている。すでに履歴書は書類で入手していた。
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◎候補者1
名称:命の泉 マリアアリス
性別:女性
所属:高等部 二年 虫組
出自:国民創生施設“命の泉”出身。公立きぼう小学校、公立輝々(きらきら)中学校を経て、本学苑高等部へ入学。家族なし。
能力指数:1122/10000(劣悪)
身体指数:7398/10000(中程度)
付加関数:0.5(素行不良)
総合価値:4187268(きわめて低い)
特記事項:中学校時代の違法アルバイト、代理出産による、妊娠、流産経験にて不妊化の兆候あり。確定時には身体指数修正要。
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◎候補者2
名称:名架矢 さなええりな
性別:女性
所属:高等部 二年 草組
出自:一般的な中流家庭出身。家族なし(昨年、両親、妹と死別)。私立大野小学校、私立樫脇中学校、私立西本高等学校を経て、本学苑二年次、五月より転入。
能力指数:XXXXX/10000(未測定)
身体指数:XXXXX/10000(未測定)
付加関数:0.2(社会性なし)
総合価値:XXXXX(算出不能)
特記事項:入学以来、不登校。能力指数、身体指数ともに未測定。家族との死別した後、社会性を喪失したと推測される。
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◎候補者3
名称:七国 フィオナナンシー
性別:男性
所属:高等部 二年 雲組
出自:産児施設“第七天国”出身。公立第十小学校、公立第二中学校を経て、本学苑高等部へ入学。家族なし(小学生時、姉と死別)。
能力指数:5122/10000(中)
身体指数:5387/10000(中)
付加関数:0.8(性役割に混乱あり)
総合価値:22073771.2(中の下)
特記事項:日常的に異性の衣装を着用。現地(HF)次元の治安維持組織(警察)によって、重篤な犯罪(同種族個体の殺害)を犯したとの嫌疑を受けた経歴あり。
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説教使の前で、同時に面接映像が再生され始める。
====※マリアアリスの画面(以下、マ:)====
マ:マリアアリスは視聴覚(L.L.)教室の椅子に足を組んで座っていた。所在無げにピンク色の長髪をかきあげながら、足先をぶらぶら揺らしていた。興味深そうに、つぶらな水色の目で部屋を見回している。
====※さなええりなの画面(以下、さ:)====
さ:さなええりなはおとなしげに、両手をひざの上に乗せてじっと座っている。豊かな金髪が波打って背中にたれていた。宝石色の瞳がじっと手元を見つめている。いくぶん緊張気味の面持ちだった。
====※フィオナナンシーの画面(以下、フ:)====
フ: フィオナナンシーは腕を組んで椅子に腰掛けている。冷淡そうな金色の双眸を空中に据え、何か考え事をしているように、無表情な面持ちを天井に向けていた。海色の髪の毛がかすかに揺れていた。
質問が始まった。
三人とも、同じ質問音声に答えているので、質問内容とタイミングは一致していた。合成された電子音声が流れる。
――まず、名前から教えてもらえるかな?
マ:「マリアアリス。マリでいーよ」
さ:「さなええりなだよー、さなって呼んで! よろしくねっ」
フ:「フィオナナンシーでえす! 今日はよろしくお願いしまあす! 自分ではフィナって言ってまあす」
――趣味は?
マ:「友達としゃべる。あとぉー、ドライブ? 免許もってねーけど。それから酒。ってこれ、オフレコで!」
さ:「えっとねー! オンラインゲーム(オンゲ)! じゃなくてぇ……ニュースサイトの記事読む! もう一日中読んでる! すっごく面白いよー!」
フ:「普段はサイトのファッション記事チェックしてますう。学校お休みの日はあ、表参道とか行ってショッピングしてますねえ」
――どうしてこの合宿に参加しようと思ったの?
マ:「つか、セーセキ悪すぎだっつってセンセーにいわれてぇー……なんかコルメシヤ? オ? よくわかんないけどなんかそんなの受けたら挽回できるかもって言われてぇ……とりま、補習受けとけっつーか、もうなんかノリで決めたっつーか? アハハ」
さ:「うん、それはねー! さな、ずっと学校休んでたからー、成績がとっても悪かったのね? で、悪い子だと思われたみたい! だからコメルシオ制度を利用して成績を上げときなさいってセンセーに言われた! で、超びっくりして、夏季補習に参加することにしたの! ンフッ」
フ:「えっとお、フィナが申し込みましたあ。こう見えてフィナあ、頭悪いんですよねえ。えへ。で、今って総合価値が結構低くて、学校卒業したらこの先ろくなポジションにつけないなあって気づいたんですよお! なのでえ、センセーにお願いしてえ、夏季補習に参加することにしましたあ! だからあ、補習から帰ってきたら、セレブの仲間入りしまあす!」
説教使はさらに一画面を視界に展開した。
展開された四角い白紙のような空間に、するすると文字が連なる。先日学苑側と会議した際に配布された資料だった。
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教員各位
安知五年 七月 二十五日
燦ディアゴゴンサロ学苑 運営部
表題:燦ディアゴゴンサロ学苑の夏季補習について
対象:成績不振者
概要:外次元で企画された開拓軍へ、対象者を参加させる。
詳細:予定生産実績=参加者の総合価値×予定就労年数-経費
上記計算式にて参加者の経済的価値を算出、先物として
金融商品化。学苑内外から出資を募る。集まった資金
で、開拓軍参加経費を充当する。
※未来信託制度を採用。
参加者が外次元から得る開拓地での配当権を出資者に
分配。代わりに参加者の総合価値に出資者が得た
利益に応じた数値を加算する。
加算基準は後日検討。
特記事項:ハイレバレッジ、ヘッジフリー
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説教使は思案顔でつぶやいた。
「四人派遣されると聞いてましたが……三人分の経費しか出資が集まらなかったのでしょーか。多いほうが助かるのですが」
質問は続いた。
――夏期講習の内容はわかるかな?
マ:「あー、なんとなく。つか、外次元に行くらしーじゃん? 今まで行ったことないしぃ、ちょっと良くね? とか思ってぇ。ダチとかにジマンできんじゃん」
さ:「うーん、知らない! よく分かんない! でも、大丈夫! だってセンセーがそう言ってたから。あんまり心配しないでとにかく参加した先でがんばればいいって! いままでさな、ぜんぜんがんばってなかったから、今度はがんばろうって決めたの!」
フ:「はあい、ベンキョーしましたあ。DT次元からAO次元に開拓船団を出すのでえ、バイトとして参加しまあす。外次元に行くなんて、はじめてなのでえ、緊張してまあす」
――誓約書を認証したら、接種を受けてもらうことになるけど、経験ある?
マ:「あるわけないし」
さ:「ないよー!」
フ:「まだでえす」
――場合によっては体を壊しちゃうかもしれないってこと知ってるよね? それでも大丈夫?
マ:「あー、いーよ。ぜんぜん気にしてない」
さ:「大丈夫ー!」
フ:「がんばりまあす」
――じゃあ、別室に準備されてるので……
マ:マリアアリスはすでに医務室に移動している。怪訝な面持ちで目の前に小さなコップを掲げていた。透明なコップの中には、半透明の黄色い液体が半分ほど入っていた。片方の眉を上げ、カメラの外にいるらしき人物に言った。
マ:「見た目ビミョーなんですケド」
マ:カメラ外の人物がなにかくぐもった声で言った。マリアアリスは、憮然と鋭い視線を向ける。つかの間、にらみつけた。再び何者かに促されたように声が聞こえた。マリアアリスは意を決したように、コップに唇をつけ、一息に中身をあおった。
さ:医務室にいるさなええりなはにこにこと愛想笑いを浮かべ、コップを受け取る。
さ:「なんかー! どんな味がするのか楽しみかもー!」
さ:促されるままにさなええりなはコップを口元まで運んだ。コップの中身から異臭を感じたのか、一瞬ためらいをみせる。笑顔をこわばらせながらも、コップの中身を飲み干す。
フ:神妙な面持ちでフィオナナンシーはコップを受け取った。
フ:「これ飲んじゃったらあ、下手すると死んじゃうかもしれないんですよねえ……」
フ:硬い面持ちで両手でコップを持ち、まじまじと見つめている。周囲から声が聞こえた。フィオナナンシーは無表情にうなずいた。静かに手を上げ、コップに口をつける。液体が唇の先に触れた途端、コップから口を離した。画面外をうかがうように見る。不明瞭な言葉が聞こえた。フィオナナンシーは硬く目を閉じ、コップに口をつける。両目を硬く閉じ、一息に液体をのどの奥に放り込んだ。
説教使は驚いたように眉をひそめた。
眼前の三画面すべてで、少女たちが苦悶にのたうち回っていた。
席から転がり落ち、床の上で悶え苦しむ。周囲のいすや机の脚にぶつかり、床に激しく嘔吐した。普段は決して出さないような、全身から搾り出すようなすさまじい悲鳴を発していた。
動画が停止した。開拓軍参加候補者のプロフィールはここで終了していた。
説教使の視界に、学校関係者との通信用の画面が開いた。ディメンズ校に派遣される外次元人向けの簡単な質問対応部署と接続した。シエロプの画面に質問が文字入力される。
教:「こちらは説教使のパンフィロロドリゴです。第三陣開拓軍への参加候補者の映像を拝見しました。彼女たちにはいつあえますか?」
質問対応部署の回答が、画面に表示される。
メ:「今すぐ可能です。彼女たちは接種の副作用で体調を崩したため、現在、療養棟に収容されています。第二待合室までお越しいただけますでしょうか」
シエロプに回答が表示される。
説教使は、ふと思いついたように、シエロプ画面に質問を追加した。
教:「接種を受けた対象者は三人でしたか? 先日は四人と聞いていましたが?」
間髪をいれず、メサから答えが返ってくる。
メ:「四人です。一人は副作用で死亡しましたのでプロフィールは送付しておりません」
説教使は納得したようにうなずいた。
燦ディアゴゴンサロ学苑、療養棟。
第二待合室に、フィオナナンシーがいた。透過カーボンの小テーブルを擬牛皮を張ったソファが囲んでいる。フィオナナンシーは療養棟に入った際に着せられた淡黄色のゆったりとした服をまとい、ソファに深々と腰掛けている。可憐な容貌は、冷淡な面持ちで窓の外を眺めていた。手に持った紙パックの飲料をテーブルに置いた。
薄いタペストリー状のドアが開いた。音もなく、ドア枠に素早く収納される。疲れた面持ちのマリアアリスが現れた。フィオナナンシーと同じ淡黄色の病衣を着けている。フィオナナンシーを見つけ、挨拶する。
「こんにちは(こんち)」
マリアアリスは気さくそうに、口の端に笑みを浮かべた。部屋に入ると、背後でドアが自動で閉じる。
「こんにちはあ」
フィオナナンシーもにっこりと微笑を浮かべ、言った。
「あ~あ。まだ寝てたのに、なんか急に呼ばれてさぁ」
マリアアリスはフィオナナンシーの斜め向かいのソファにどっかりと腰を下ろした。親しげに話しかける。
「あ、あたしマリアアリス。マリでいーよ。よろしく(よろ)」
フィオナナンシーも笑顔で応じる。
「フィオナナンシーでえす。フィナって呼んでくださいねえ」
「もしかしてさぁ、そっちも夏季補習の人?」
「そうだよお! お仲間ですかあ? ボランティア参加のお」
「そーだよ。マジでよろしくね。あともう一人ダチが参加するんだ。外次元旅行とかってちょっと楽しみじゃね?」
「がんばろうねえ」
マリアアリスはポケットから紙製のケースを引っ張り出す。DT次元製のニコチン紙巻煙草だった。国内での喫煙は違法だったが、治外法権のディメンズ校内では許されている。
タバコの先端に張り付いているシールをはがすと、点火薬が花火のような音を立てて発火する。マリアアリスは深々と一服した。
恍惚とした面持ちで、盛大に口から煙を吐き出すマリアアリスを、フィオナナンシーはとがめるように見た。鼻と口を手のひらで覆う。
マリアアリスは不思議そうなようすで水色の瞳を、不機嫌そうなフィオナナンシーに向けた。
「なに?」
「くさあい。やめてよお、部屋の中でえ」
フィオナナンシーは顔をしかめて言った。マリアアリスは携帯灰皿に灰を落とす。平然とした態度で言った。
「じゃ、一本だけにしとくよ」
続けて煙を吐き出した。フィオナナンシーはむっとした様子で押し黙った。室内の管理システム(ホメオスタシス)が室内の煙を感知し、窓の上部が自動的に開いた。
再びドアが開いた。さなええりながおどおどとした様子で立っている。室内から、マリアアリスが声をかける。
「こんち」
怖気づいた様子で、さなええりなは部屋に入った。困惑したようにドアの前に立ち尽くす。マリアアリスと、フィオナナンシーにちらりと視線を向け、すぐに顔を伏せた。
室内の二人は目を丸くして、さなええりなを見た。マリアアリスが怪訝そうな声をかける。
「何で立ってんの? こっち来て座れば? つか、誰?」
さなええりなはあわてたように言った。
「大丈夫―! わたし(さな)、ここがスキなの! ちょうど立ってたい気分!」
探るような目で、さなええりなを見ていたフィオナナンシーが訊ねた。
「あのお、夏期補習の方?」
「そうそう! そうなのー! 夏季補習受けに来た!」
かたわらからマリアアリスが言った。
「じゃー、仲間じゃん? あたし、マリアアリス」
さなええりなはマリアアリスが指に挟んでいるタバコに目をやり、たじろいだように目を伏せる。あわてて言った。
「うん! よろしくー! あ、あの、わたし、さなええりな! さなって呼ばれてる! こちらからもよろしくお願い! ンフフッ」
フィオナナンシーが満面の笑顔で言った。
「フィオナナンシーでえす」
さなええりなは引きつったような硬い笑顔を浮かべて、うなずいた。
その時、ドアが開いた。
「皆そろっています」
パンフィロロドリゴ使と、その通訳兼秘書の女性准教師だった。声の主は准教師だった。准教師は、さなええりなに事務的な声音で言った。
「椅子にかけなさい」
さなええりなはあわてたようすで椅子に向かう。フィオナナンシーの横にかけた。
地味な准教師の横に、DT次元人の説教使がいる。頭部ひとつ、両手両脚という体躯はHF次元人と同じだった。ひょろりとした長身に、滑らかなプラスチックのように光を反射している濃い褐色の肌がはりついている。体の大きさに比べて、小さめの頭に説教使独特のぴったりした帽子をかぶっていた。ごつごつとしたブロンズ像のような魁偉な顔の口元に、笑みを貼り付けている。
ディメンズ校でDT次元人を見るのは、朝礼の壇上がその大半を占めている。壇上で、“説諭”と称する、DT次元人の重要視している宗教について短い解説をするのだった。
姿こそ見知っているが、日ごろ間近に眼にすることのないDT次元人の姿に、三人の生徒は圧倒されたように沈黙した。説教使は深く通る声を出した。
「皆さん(みんなさん)、こんにちは(こにちあ)。パンフィロロドリゴーと、申します(もしまーす)。今日は(きょうあー)、よろしくおねがいします(よろすくおながしまーす)」
三人の生徒は、上の空の様子で返事した。
穏やかな調子であいさつし終えると、説教使はゆっくりとした動作でテーブルの前のソファに座った。巨大な手足を小さく折り曲げるようにちんまりと体を縮める。その横に准教師が並んで座る。
「全員そろいましたね」
あっけにとられていたマリアアリスが、我に返って言った。
「あれ? もう一人来んじゃないの?」
准教師がそっけなく答えた。
「夏季補習の参加者は三人です」
「こみたん……ここみみさえは? 一緒に接種受けたんだけどぉ? なんか病室も教えてくんないから遊び行けないしぃ……」
不満げにマリアアリスは言った。准教師はぶっきらぼうに答える。
「参加者は三人です」
一瞬、怒りの表情がマリアアリスの顔をよぎる。が、すぐさま自分の感情をかき消すように、マリアアリスはソファの背もたれに体を投げ出した。タバコを携帯灰皿に押し込む。新しいタバコをくわえた。愚痴をこぼすように独り言を言った。
「なんだよ、あいつ……一緒に行こーっつったくせに。ま、いーや、先に行った友達もいるし……」
ふんぞり返るようにマリアアリスは足を組んだ。タバコの先端からシールをはがし、点火する。
さなええりなは恐ろしげにマリアアリスを見た。フィオナナンシーは怒ったような声をあげた。
「あー! さっき一本だけって言ったのにい!」
マリアアリスは突然大声を上げた。
「うっせー! 一本ぐれーでがたがた言ってんじゃねーよ!」
全員が、驚いた様子でマリアアリスを見た。
マリアアリスは怒りの形相でフィオナナンシーを睨みつけている。フィオナナンシーは無表情な面持ちで目を伏せた。興味を失ったようすで、マリアアリスはフィオナナンシーから顔をそむけた。
准教師がおびえを見せながら、二人をたしなめる。
「ちょ、ちょっとやめなさい! 説教使様の前で何を……」
准教師が言い終わらないうちに、フィオナナンシーはテーブル上の、飲みかけていた飲料の紙パックを掴み上げる。ストローをマリアアリスに向け、パックを握りつぶした。勢いよく飲料がストローから噴出し、マリアアリスの顔に飛び散った。
「おい? フザっけんなよ……!」
マリアアリスは悲鳴をあげた。目に飲料が入る。まぶたを閉じ、眼をこすった。がたん、と床が音を立てた。フィオナナンシーがテーブルを持ち上げた。
「危ない!」
准教師は悲鳴のような声をあげ、ソファから飛びのいた。かたわらの説教使は薄ら笑いを浮かべたまま、興味深そうに眼前の事態を眺めている。恐怖に顔をゆがませたさなええりなの体が、ソファから転がり落ちた。
頭上に瀟洒なテーブルを掲げたフィオナナンシーの眼前で、状況に気付かないまま、マリアアリスは顔を両手でぬぐっている。マリアアリスの頭に、フィオナナンシーはテーブルを叩きつけた。
マリアアリスはテーブルとからみあうように、ソファごと床に倒れた。外次元の技術がもたらした、軽く頑丈な透過カーボンのテーブルは壊れることなく床を転がる。
何事もなかったかのように、平静そのものの様子でフィオナナンシーはソファに座りなおした。
マリアアリスは両手で頭を抱えてうめき声を上げていた。かたわらに准教師が警戒するような面持ちで近寄った。
「大丈夫?」
「痛ってえ……マジで痛ってえええ!」
床からマリアアリスは勢いよく立ち上がる。准教師は素早く飛びのいた。マリアアリスは床にひっくり返っていたテーブルの脚を持つ。テーブルをひきずり、フィオナナンシーに詰め寄った。怒り心頭の形相で怒鳴りつける。
「殺すぞ! テメー!」
「できるんならやればあ。アホ女」
フィオナナンシーは涼しい顔で言い放った。
マリアアリスは無言で、テーブルを横に振りぬいた。フィオナナンシーはテーブルから身をかわし、ソファから滑り降りる。重たげにテーブルを持つマリアアリスを突き飛ばした。マリアアリスはあっさりと転倒する。
「ばあか!」
フィオナナンシーはせせら笑った。マリアアリスは罵声を上げる。
「クソが!」
逃げるフィオナナンシーに、マリアアリスはテーブルを振り回し、投げつけた。正確にフィオナナンシーめがけて飛ぶ。
余裕の表情を浮かべていたフィオナナンシーは、驚愕の面持ちでテーブルをよけた。ヒールのある靴に足をとられ、床にうずくまった。マリアアリスが素早く駆け寄った。フィオナナンシーの身体は、呆然と床に座り込んでいたさなええりなの背後に隠れた。
泣き出しそうな顔で、さなええりなは悲鳴を上げた。
「やめてよー!」
マリアアリスの手が伸びた。さなええりなの肩越しに、フィオナナンシーの髪の毛を掴んだ。
「悪りぃな」
マリアアリスの手がさなええりなの腕を軽く叩いた。びくりと脅えたようにさなええりなは身をすくませる。マリアアリスはフィオナナンシーの髪の毛を容赦なく引っ張った。
「いたあい! ずるいよお、髪の毛つかむなんて反則でしょお?」
フィオナナンシーは顔をしかめ、わめき声を上げた。その顔を、マリアアリスの靴が蹴りつける。
「痛たあっ!」
フィオナナンシーは顔を両手で顔を隠す。横たわったフィオナナンシーの背中を、マリアアリスはつま先で蹴り上げる。さなええりなは脅えきって体が動かないのか、床に尻をつけたまま座り込んでいる。二人から顔をそむけ、がたがたと震えている。
「いいかげんにしろよお!」
フィオナナンシーがマリアアリスの脚をつかみ、床に引き倒した。二人は床を転げまわり、取っ組み合った。
唐突に、二人の体が引き離された。説教使が二人の腕をそれぞれ片手でつかんでいた。二人とも本能的に説教使から逃れようとするが、びくともしない。
説教使はつややかな褐色の顔に笑みをうかべながら、よく通る低い声を出した。
「そのくらいにするだね、みんなさん。家須賀の言葉、忘れちゃだめーです。『汝の腕を折るものには(あ)、他の腕をも差し出せ』。仲よーく、仲よーく、しましょねー」
フィオナナンシーは無表情に押し黙る。おとなしくその場にたたずんだ。
一方、マリアアリスは激昂したように、説教使を蹴りつける。が、説教使は微動だにしなかった。
「申し訳ありません、お手を煩わせまして……!」
准教師が説教使に脅えたような顔を向ける。手にはマリアアリスの落としたタバコのすいがらを持っていた。説教使は全く変化しない仮面のような顔を准教師に向ける。
「だじょうぶですー。みんなさん、げんきでね。これくらいがいーよ、向こうはたいへんだから」
説教使は荒れた室内を気にする様子もなく、その場の床に腰を下ろした。説教使の手に引っ張られるように、マリアアリスとフィオナナンシーも嫌そうに腰掛けた。説教使は部屋の隅で縮こまっていたさなええりなに声をかけた。
「こっちーに、いらしゃいなさい。あなたさんも」
さなええりなはぎくりとすくみあがった。説教使の背後から、准教師が鋭く言った。
「早く! 言うことを聞きなさい」
「ラ、ラジャー!」
おびえをあらわにしながら、さなええりなは説教使のそばに駆け寄る。蒼ざめた面持ちで、固い愛想笑いを説教使に向けた。
説教使は満足したようにうなずいた。
「これから、みんなさんがガンバッタ、接種が成功しているか、試すです。わ(あ)たしが責任もって、確認します。よろしーくよ」
三人の少女は本能的な不安と恐怖を感じたのか、身構えるように説教使を見た。




