復活
空に、薄い雲が帯状に伸びている。
雲は衰え始めた太陽の放つ桃色に染まり、空に濃淡をつけている。AO次元の空の下、粛々と兵団が行進していた。方形に並んでいる。
DT次元より派遣された第四陣開拓軍だった。
第一陣から第三陣まで派遣した開拓軍が全て消息不明となった教訓を生かし、入念な準備期間と物資が惜しみなく注ぎこまれている。後方に兵站部隊を要所に駐屯させ、周囲の地形や状況を把握する全天候監視機構を導入、多数の兵士は最新鋭の兵器で武装している。装甲と複腕を装備し、銃槍を担いで騎乗していた。
度重なる現地人の襲撃はことごとく退けられ、損害は皆無だった。すでに隊列は奥地まで侵入しており、第一陣開拓軍の建設した根拠地まで後わずかの距離まで迫っていた。斥候によって調査された結果、開拓地は、今は無人の廃墟と化していると判断されていた。
開拓地を城壁のように囲む、高い砂丘の頂上が軍勢を見下ろしていた。
橙色を呈する砂の上で、陽炎がゆらめき踊っている。開拓軍の雄姿が歪曲する。
灼熱の日光がじりじりと砂を焼く中、マリアアリスは日陰に身を隠していた。現地人が植物から作った布地で全身を覆い、砂の上に伏せていた。
特殊な布は軽く、強烈な熱を遮断する。布地の内部は外に比べて圧倒的に過ごしやすくなっていた。砂の色と質感に似せてあるため、肉眼ですぐに布と砂地を識別することは困難だった。かつて開拓軍が、現地人の砂漠の待ち伏せをなかなか見抜けなかった要因にはこの布地の存在もあった。
現地人による大規模な砲撃によって、開拓地が壊滅してから数ヶ月が立っていた。染色したマリアアリスの髪の毛と瞳は、元の色を取り戻しつつある。頭髪のピンク色は褪せ、髪の根元は茶色だった。瞳も、水色から黒色を帯びた灰色に変化していた。
現地人の総攻撃から生き延びたマリアアリスは、フベナルルイス使の手引きによって現地人へ投降した。傷が癒えた後は、現地人の一員として、次なる開拓軍来寇に備えてさまざまな作業に従事していた。現在は、現地人の軍隊に所属し、ゲリラ戦に参加している最中だった。
マリアアリスは苦悶の表情を浮かべ、手のひらで口元をきつく押さえていた。うめき声を漏らす。
指の間から、嘔吐物が漏れ出る。声を殺して咳き込んだ。
涙目で唇を乱暴にぬぐった。
拡張知覚の通話機能が動作する。
フ:『準備はいいか?』
フベナルルイス使からの通信だった。開拓軍の監視機構に検知されないよう、指向性の電波を使用している。フベナルルイス使は、根拠地に居た。
マ:『うん。OK』
フ:『体の具合はどうだ? まだ気分が悪いか?』
フベナルルイス使はマリアアリスを配慮する。
マ:『もう直った。超々々々々々々(インフィニティ)快調』
マリアアリスはぶっきらぼうに答えた。このところ吐き気や頭痛がしばしば起こるようになっていた。しかし、マリアアリスは肉体の変調に大して関心を払っていなかった。戦闘訓練の疲労だろうと漠然と考えていた。
さなええりな、フィオナナンシーと戦った後、家須賀の声は聞こえなくなっていた。かつての友人を思い出すこともほとんどなくなった。心の半分以上が凍り付いてしまったかのように感情が動くことがほとんどなくなっていた。
今から思えば、“天使のささやき”が稼働したのかも知れないと考えることさえあった。現在の気分は全く平静そのもので、家須賀を必要とはしていなかった。
マリアアリスはフベナルルイス使に訊ねる。
マ:『そろそろだよね?』
フ:『無理はするな。体を大事にしろ』
フベナルルイス使の返答に、マリアアリスはふてくされた。
マ:『テキトーなこと言って。そんなことちっとも思ってないくせに』
銃槍を小脇に抱え、マリアアリスは激しくゆらめく地表すれすれの空気越しに、幻のように輪郭の滲んだ開拓軍を見る。
わっと開拓軍から声が上がる。
突如、開拓軍の足元が崩壊した。地表が陥没し、深い穴が開く。もうもうと砂ぼこりが立ち上った。開拓軍の兵士たちは、穴の中に転げ落ち、熱い砂に埋もれた。
現地人が慎重に掘り進めた坑道を、落とし穴として利用したのだった。昼間の熱砂を縦横に行き来するため、現地人が開発したトンネルの掘削技術の成果だった。島ジャングルに点在していた現地人たち、およびマリアアリスとフベナルルイス使が無人となった開拓地に集合できたのも、地下に張り巡らされた坑道の力が大きい。
マリアアリスは袋の中から銃槍を突き出し、混乱の極みにある開拓軍に斥力弾を乱射した。
マリアアリスのみならず、開拓軍の四周を囲んだ現地人が次々と斥力弾や、火薬を使用する銃弾を浴びせる。爆音がとどろき、開拓地の大砲からも強力な砲弾が飛来した。
連続して起こる爆発が、開拓軍の兵士を小石のように戦騎ごと吹き飛ばす。応戦もままならず、開拓軍は、巨人のごとく天空にそびえ立つ爆煙の中に閉ざされた。
光る弾丸が、開拓軍を見下ろす砂丘に命中する。すさまじい爆発が起こった。
混乱していた開拓軍は、しかし徐々に統制を取り戻し、反撃を開始しつつあった。火力に劣る現地人の包囲を強引に突破しようと試みる。
マリアアリスのそばに、開拓軍の銃撃が着弾する。轟然と大量の砂が吹き飛ばされた。雨のようにマリアアリスの上に砂が降った。
フベナルルイス使から、連絡が入った。
フ:『接近戦で殲滅する。用意しろ』
マ:『了解』
マリアアリスは体を守る布を剥ぎ取った。照りつける太陽の下に躍り出る。すでに砂丘からは無数の現地人が忽然と出現していた。「徒歩隊、かかれ!」
徒歩隊を率いる現地人の指揮官が指示を叫ぶ。
一斉に怒声をあげ、武器を掲げた現地人の群れは砂丘を走り降った。
マリアアリスの背後に現地人の集団が現れた。いずれも開拓軍から奪った戦騎に乗っている。マリアアリスは彼らが連れてきた戦騎にまたがった。
背後を振り返り、マリアアリスは自分に従う騎兵隊へ目をやる。訓練は何度も行ったものの、実戦はこれが初めてだった。素早く状態を確認する。問題はないように思えた。実際のところ、自分自身が最も不安だった。しかし不要な感情は押し殺す。
銃槍を肩に担ぎ上げ、高らかに声を放った。
「突撃!」
砂を蹴散らし、砂丘から飛び出した。猛然と駆け下りる。その後ろに、現地人の騎兵が続いた。
突如として、マリアアリスは強烈な既視感にとらわれた。
自分の周りだけが過去に戻っているかのような感覚に陥った。
心臓の鼓動が高鳴る。うなじの毛が逆立った。初めての体験だった。
かつての記憶がそして思いが、生々しく復活を遂げる。
親友たちが肩を並べて走っている。行く先には説教使が待っている。マリアアリスの胸に、その時の高揚がよみがえってきた。
――家須賀の言っていたことは嘘じゃなかった! センセーもさなもフィナも生きてる! あたしたちみんな、一緒に生きているんだ!
鮮烈な幸福感にマリアアリスの脳髄が痺れる。
どこからか声が聞こえたような気がした。
『しかり、わたしはすぐに来る』
マリアアリスは我知らず祈っていた。
――アオイ、家須賀よ、きたりませ。家須賀の恵みが、皆と共にありますように。
(完)




