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プロローグ

地球の存在する次元(H.F.O.A.)へ、複数の異なる次元からの来訪者が出現して数年の時が経った。

遭遇デスクブリミエントと同時に始まった外次元勢力との戦争に敗北したH.F.O.A.(HF)次元は、いくつかの土地を“開拓地”として割譲した。

HF次元極東地域の一画をなす島国、日本では外次元勢力の定めた“開拓地”は存在しないものの、外次元との相互理解、円滑な交流を目指して設立された外次元交流局オーディメネクション・ボードの指示により、多種多様な計画が試みられた。

そうした状況で、幼少時から外次元交流の専門家を育成する為と称して外次元交流オーディメネクション学校スクール、通称ディメンズ校が多数創設された。

外次元および政府の全面的な援助を得たディメンズ校であったが、早々に深刻な生徒数不足に陥った。

経営危機に瀕した学校は、人口調整施設と提携し、大量に生徒を増やすことに成功した。

国民から定期的に採取した精子と卵子を使用し、子供を生産する“国民創生施設ファブリカ・ウマノス”から、ひとりで生活することが困難な者を除き、低能力判定された児童が流入した。

さらに、妊娠、出産、育児という女性の社会活動を阻害する要因を排除する為設立された“産児施設ウテロ”も生徒の主要な供給源となった。“産児施設”では、受精卵をあずかり、人工子宮で乳幼児まで育成する。その間に受精卵を託した夫婦から“育児免許”が剥奪される、あるいは失踪、死亡などで誕生した幼児を引き取れなくなり、行き場を失った子供が、ディメンズ校に引き取られた。

そのほか、事故などの理由で天涯孤独となった孤児も入学の対象となった。

これらの経緯で“社会に不要な子供”が生徒のほとんどを占めることとなったディメンズ校は、学外の人々からは偏見の目で見られるようになった。さらに、外次元から派遣される教員は数が少ない上に、HF次元の文化に対する理解が低く教育者としての適性に欠けている者が大半であることが、周囲からの蔑視に拍車をかけた。

実際に、ディメンズ校の生徒たちは、管理の行き届かない学校が多いこともあり、刹那的、享楽的な生活を送る者が極めて多かった。

次元間での外交関係の妥協点として生まれたディメンズ校と、そこに廃棄された児童たちに、まともな関心を持つ者は皆無だった。政府は事なかれ主義に徹し、外次元は生徒を国益の為に消費する物資とみなしていた。

そうした典型的なディメンズ校の一つ、“さんディアゴゴンサロ学苑”では、密かに生徒が苛烈な宗教戦争に駆り出されつつあった。


HF次元極東暦、安知あんち五年 七月二十日。

外次元オーディメンズのうちの一つ、A.O.B.C.次元。

近年新発見され、HF次元と同じく開拓地として各外次元から非常に有望視されている豊穣な次元だった。

色とりどりの草木が生い茂る熱帯のジャングルのただなか、別の外次元、D.T.K.I.P.C.から派遣された開拓軍フエルサ・デ・ラ・コロニサシオン、は絶体絶命の窮地に追い込まれていた。

周囲を武装したA.O.B.C.(AO)次元人の大群によって完全に包囲されていたのだった。

事前に取得していた情報では、開拓先のAO次元は、いずれも温度、湿度ともに高いが、それを十分に補うほどの、豊富な食料に恵まれた肥沃な土地のはずだった。なにより開拓軍に非常に協力的な現地人によって、当座の宿泊地や食料には事欠かない予定だった。しかし、甘い期待はすべて裏切られた。

開拓軍が到達した地帯は、不毛の荒野であった。

砂漠の海の中に、あたかも島嶼部のごとく、植物が幾重にも絡み合って繁茂したジャングルが散開している。いずれの場所も苛烈な気候に支配されており、HF次元で徴発した地球人の従者を、たった数日で多数失った。

HF次元人の従者は開拓軍の中核をなすD.T.K.I.P.C.(DT)次元人の健康を維持するための微生物を体内に飼っており、その喪失は開拓軍にとって深刻な事態だった。

なにより現地調達できる労働力および生活、食料調達の手段として当てにしていた現地人の姿が一人として見当たらないことが最も痛手となった。

焦燥した開拓軍は後続の開拓軍船団を待ちきれず、HF次元人の摂取可能な食料を求め、内陸へと足を踏み入れた。内陸部には先行し、広大な開拓地を築き上げている第一陣の開拓軍が存在するはずだった。彼らの成功のうわさによって、今回の開拓軍も編成され、派遣されたのだった。

しかし、敵対的な現地人による奇襲攻撃を受け、開拓軍は旅程をほとんどこなすこともできずに、ジャングル部に逃げ込むことを余儀なくされた。

現地人の武装は原始的かつ貧弱なものだったが、地の利を生かした不意打ちと、圧倒的多数によって開拓軍はたちまち追い詰められた。いまや、開拓軍はほどなく来たる破滅の時を、息を潜めて待っていた。


武装したDT次元人のそばに、背の低いHF次元人がぴったり寄り添うようにつきしたがっていた。

何人ものDT次元人と、HF次元人が、鋭いとげを持つ葉が密生した草むらにうずくまっている。

異なる次元の人間であったが、姿は似通っている。次元間を移動する物体は、それぞれの次元における位置づけが似た物体に近いものへと変換される。DT次元人、HF次元人、AO次元人はいずれもそれぞれの次元で生物学的なヒエラルキーの頂点に立っている生物であるため、似た姿で次元に現れていた。各次元での頂点の立ち方によって能力差はあるが、基本的な身体構造は同様に構成されている。次元間最適化遷移現象だった。

DT次元人は武器を構え、おびえた目つきで、草の合間から見えるジャングル外の景色を見据えている。体の小さなHF次元人は、疲弊しきったような白茶けた面持ちで、うつろな目つきをかたわらのDT次元人に向けていた。みな、年端も行かぬ少女であり、同じデザインの衣服をまとっている。ディメンズ校、燦ディアゴゴンサロ学苑の制服だった。

全員の制服が、皮膚から流れる血で黒く汚れている。DT次元人より圧倒的に脆弱なHF次元人にとって、草むらの固く鋭い葉はかみそりに等しかった。しかし、はるかに頑強なDT次元人は、従者であるHF次元人の様子にはまったく無頓着だった。

「ぎゃっ!」

ジャングルの外から、銃声が音高く響き渡った。

悲鳴を上げたDT次元人の頭部は、上半分が消失していた。傷口から赤い血液が泉からあふれる水のように流れ落ちている。寄り添っていたHF次元人は狂気に陥ったような悲鳴を上げた。

「ひいいいいいいいいいいいい!」

ゆっくりと崩れ落ちてゆくDT次元人の体を押しのけ、血にまみれながら身もだえする。乾燥し、ひび割れた口の端から白い泡が吹き出していた。両手で頭を抱え、硬くまぶたを下ろして奇声を上げ続けた。

開拓軍の潜んだジャングルを囲繞する砂漠から、無数の銃声が沸き起こった。現地人の武器は、火薬で弾頭を射出する貧弱なものだったが、四脚歩行する機械、兵士の移動用に使用する乗り物の戦騎カバージョを奇襲によって喪失し、武器弾薬も尽きた開拓軍に対するには十分に過ぎる威力を有していた。

次々と開拓軍は現地人の武器によって打ち倒されていった。

悲鳴と叫喚が錯綜する中、何者かが声高な早口で周囲に語りかけていた。

「気を静めなさい、祈るのです! 守に祈りをささげるのです!」

DT次元人の説教使だった。胸元にぶら下げた車輪の形を模したペンダント、車輪架を頭上に掲げ、叫んでいた。

「死ぬ前に業を悔悟しなさい! 守の裁断は迫っている!」

DT次元人の間に動揺が走った。幾人かは反射的に懐に持ち歩いている車輪架を探った。武器を放り出し、胸元に手のひらを当て、ひざまずいて祈りをささげる。しかし、大半は剣呑なまなざしで、説教使をねめつける。

「クソ役立たずのクソ説教使がまた、クソおっぱじめクサってやがる! 死にクサれ(ベテ・ア・ラ・グロリア)! オカマ(マリコン)!」

「あいつらは時と場所ってもんすらわきまえられねーみてーだな! もう、あんなボケ(インベシル)に付き合ってらんねー! 元はといえばあいつらについてきたのがまちがいだったんだ。逃げるぞ!」

説教使は草むらを飛び出し、説教の語句を連呼しながら、周囲に声を張り上げている。なにゆえか、敵に全身をさらしている説教使に弾丸が当たる気配はない。

DT次元人は重荷になる武器を捨てた。そばにいるHF次元人をやみくもに捕まえた。HF次元人は悲鳴を上げる。

「いやっ! やめて!」

「お願い、待って! 草が痛い!」

「そんなに強く握らないで、痛いよぉ!」

講義するHF次元人の腕を強引に引っ張り、草むらの中を駆ける。DT次元人の一人が焦燥した声を上げた。

「ちくしょう(メカグェン)! シチューカセローラ、少しは黙りやがれ!」

最初に倒れたDT次元人のそばにいたHF次元人は、いまだに切れ切れに甲高い悲鳴を上げていた。

「俺のいる場所までばれちまう! 静かにしろ!」

DT次元人のこぶしがHF次元人の顔をとらえた。顔がゆれ、焦点を失った両目が中を泳ぐ。血の気を失った唇から、真っ赤な血液が流れ出した。人形のようにまっすぐ体を硬直させ、地面に倒れこんだ。

DT次元人は忌々しげに舌打ちした。怒りの声を上げ、HF次元人を蹴りつけようと足を上げた。

「ばっ!」

異様な悲鳴が、DT次元人の口からほとばしった。

DT次元人の上体がのけぞった。信じられないといったように、呆然と空中をにらむ。茶褐色のさびたような空の色が、DT次元人の頭上に果てしなく広がっていた。

DT次元人の体が振動した。無数の弾丸が全身を貫き、真っ赤な飛沫を飛散させた。DT次元人は断末魔の悲鳴を、苦痛にゆがんだ唇から搾り出した。

「くぅぅうう……!」

硬い草木の生えた悪臭を放つ、湿った地面に突っ伏した。

その前を走るDT次元人たちが、ジャングルから飛び出した。

見えない何者かに突き飛ばされるかのように、DT次元人は横に転がった。砂地に身を丸めてうずくまる。体の下に黒いしみが広がる。大量の血液が、砂地にしみこんでいた。胴体がほとんど引きちぎれる寸前まで破壊されていた。内部から噴出したゼラチン状の物体が地面に広がった。力を失った四肢が、だらりと砂の上に伸びている。苦痛に引きつった顔の中で、せわしなく動き回っていた瞳が、動作を止めた。DT次元人は、異郷の地で非業の死を遂げた。

背後でひきずられるように付き従っていたHF次元人は、愕然と立ちすくんだ。恐怖にゆがんだ血まみれの顔を左右にめぐらせる。きびすを返し、再びジャングルに戻ろうとしたとたん、胸部が爆発するかのように吹き飛んだ。衝撃のあまり分断された腕が宙を舞い、砂地をすべる。HF次元人は、砂漠に突っ伏した。着弾の衝撃で、制服は砕片となって吹き飛び、あざと血だらけの背中があらわになっていた。倒れたHF次元人は、もはや微動だにしなかった。

後に続く開拓軍も、現地人の射撃に撃ち倒されていった。HF次元人も、同様におびただしい銃弾を受け、血の海に沈んだ。

草むらに潜んでいたDT次元人たちは、的確な現地人の射撃にひとりずつ葬られていった。

やがて、生きている開拓軍は、叫び続ける説教使と、かすれた声をもらし続けているHF次元人のみになっていた。

いままでまったく姿を見せなかった現地(AO次元)人は、身を隠していた砂漠のほんのわずかな隆起からぞくぞくと姿を現した。

現地人は死体を片付け、生存者の説教使とHF次元人の少女の二人を一箇所に集めた。

現地人はみな小柄で青白く、薄く軽い衣服に銃身の長い銃器を携えていた。静かな目で、説教使とHF次元人を見据えている。

説教使は車輪架を現地人に突きつけ、狂ったようにわめきちらした。

「あなたがたの奉ずる蒙昧の蕃神を捨てなさい! 守の裁断は迫っている! この世界にひとりたりとも異境の神の存在をゆるすことはできないのです。なぜなら、たった一人でも異神を信仰するものがこの世に存在した場合、われらが守は、われわれごとこの世界を破滅させるからです! 当然あなたがたも例外ではありません、それに時間ももう残されていません、いますぐ! いますぐ、悔悟するのです」

現地人は無表情に説教使を見上げた。DT次元人の説教使は、つややかな光沢を帯びた強靭な皮膚を紅潮させ、倍ほどもある高みから現地人を見下ろしていた。必死の形相から、吹き出た汗が滴り落ちている。

現地人が説教使を取り囲む。複数の腕が説教使の体を引き倒した。

呆然と見上げるHF次元人の目前で、説教使はすさまじい悲鳴を上げた。


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