酒宴
さなええりなは、しつらえられた席に身を縮めるように座り込んでいた。傍らには、ずっと空いたままの豪奢な椅子が置いてあった。
開拓地にある大半の建物のような急拵えの安普請ではない、立派な会議室だった。第一陣開拓軍の司令部では、宴会が催されていた。
時刻は夜だったが、宴会場には多数の照明器具が使用されている。DT次元の技術で製造された、化学反応を使用する燃料不要の明かりだった。
兵士や、開拓事業に従事するDT次元人たちが一同に集まり、酒を酌み交わしている。酩酊したDT次元人の皮膚はよりいっそう滑らかさを増して、つやつやと光を反射していた。
長い金属製のテーブルが幾列にも並び、その間に椅子にかけたDT次元人たちがひしめいている。
くつろぐDT次元人の間に開いた狭い通路を縫って、捕虜と思しき現地人とHF次元人の下働きが、忙しげに行き交っている。食料や酒、DT次元人用の粉末タバコ(ラペー)を次々と運び、空いた容器を提げている。皆、一分たりとも粗相の無いように必死の形相だった。
DT次元人はほんのわずかでも下働きの失敗を見つけるや否や、すぐさま重い罰を与える。仲間がたちまち死に瀕する有様をまぢかで何度も見せ付けられてきたのだった。
すでにさなええりなが目撃したうちで三人が罰を受けていた。食料を床に落としたHF次元人は、その場でくびり殺された。食器を床に落としたり、酒をテーブルにこぼしたりした現地人は容赦なく殴り倒され、自力で立ち上がることができなくなった。
さなええりなは恐怖のあまり、目の前の食料に手をつけることができなかった。砂漠をさまよっていた間にずっと口にしていた強い薬品臭のする携帯糧食や、現地人から奪った青臭い食料とは違い、よく焼いた肉の塊だったが、失敗を恐れ、どうしても手が出なかった。周囲のDT次元人たちは、下働きに対する冷酷さとはうってかわって、さなええりなに恐ろしく親しく優しい態度で接していたが、さなええりなは疑心暗鬼の塊と化して、ほとんど身動きできなかった。
宴会もたけなわになった頃合に、わっと場内が歓声に沸いた。司令官が現れたのだった。
司:『どうだ? 皆、楽しんでいるか?』
鷹揚に、司令官は周囲の兵士に声をかけた。形式上の最高権力者、第一陣開拓軍の総督が声高に話しかけた。
総:『遅いぞ! 乾杯の音頭をとってくれ!』
司:『失礼をいたしました。どうも雑用が尽きません』
司令官はさなええりなの脇にある空席に到着すると、容器に入れた酒を掲げる。短い挨拶を滑らかに述べた後、高らかに宣言した。
司:『……峻烈かつ豊穣な新天地、大いなる地に産声を上げたばかりの幼い国……われらが新帝国の繁栄を願って! 乾杯!』
広い部屋が、しんと静まり返った。
沈黙の帳を、兵士たちの凄まじい歓呼が破った。
兵:『乾杯!』
兵士の喝采を受け、司令官は意気揚々と応える。総督と兵士以外のDT次元人は不安げな面持ちを賛意の笑顔に替えて、拍手を送った。
席に着いた司令官は緊張しているさなええりなのうなじを撫でた。
司:『緊張しているのか。明日からさらに忙しくなるぞ。今ぐらいくつろいでおけ』
さ:『ワタシ、ソノ……』
司:『お前たちの力には正直、驚いている。訓練すればとてつもない戦力になるだろう。ひょっとすると現地人もすばらしい力を秘めているのかも知れん。これは隠れた金の鉱脈だ……。今のところ本国はそれに気付いていない』
司令官は上機嫌でさなええりなに話しかける。
司:『ついてきてくれて嬉しいぞ。お前は最も賢明な判断をした。なかなか利口だった』
さなええりなはぎこちなく愛想笑いを浮かべる。
親密そうにさなええりなを腕に抱く司令官の鋼鉄のような筋肉に押しひしがれ、苦痛に耐える。鉄の塊を飲み込んだように胸底が重かった。司令官の様子をうかがい、おずおずと尋ねる。
さ:『センセー、ドウナッタ、デスカ?』
司:『尋問中だ。まあ、そのうち会わせてやる』
さなええりなは、わずかに視界に光が差し込んだような気がした。気が弛んだのか、ふとフィオナナンシーの面影が脳裡をよぎる。ぎくりと胸が痛んだ。川の中で触れ合った時の優しさと、直後に逃げ去る姿が何度も繰り返される。頭が熱を帯び、がんがんと内部から打ち鳴らされているように痛んだ。
司令官は、さなええりなの浮かない様子を見てとり、質問する。
司:『仲間が気になるか?』
さ:『ハイ』
司令官にさなええりなは探るような視線を向けた。司令官は気さくに微笑んで、さなええりなの背中を手のひらで軽く叩いた。
司:『心配するな。近いうち一緒になるさ』
さ:『アリガトウ、ゴザマス』
安心と同時に、フィオナナンシーが自分を裏切ったという怒りや、悲しさがしぶとく居座っていることに気付いた。マリアアリスのことを真剣に心配する余裕のない自分自身を恥じた。陰鬱に顔を伏せる。部屋の明るさや喧騒とは裏腹に、さなええりなの心中は泥沼のごとく淀んでいた。
司令官が手に持っている容器を突きつけてきた。なみなみと液体が満たされ、平たい発泡がふたのように容器の上部をつつんでいる。
さなええりなの胸元に容器を突きつけていった。
司:『飲め。飲んでみろ』
さなええりなは仰天した。突然の難事に心底逃げ出したい衝動に駆られる。一瞬ですらふりかえることもなしに逃走したフィオナナンシーの背中を思い浮かべる。さなええりなは自分の内部を探り、そのような器用さも思い切りも何一つないことに気付いた。現状を耐えることしかできなかった。
さ:『イダ、ダ、ギマ、ス』
雫をこぼしながらゆらめく杯がほおに押し付けられた。さなええりなは両手で杯を掲げる。
自分の頭蓋骨ほどの大きさはありそうな大振りのカップに満たされた液体に視線を落とす。金色のやや粘りを帯びた透明な液体が丸い表面を見せていた。陽気を支えた手の動きに反応し、丸い水面が波立った。
液体からは鼻をつく異臭が漂ってくる。
司:『さあ。飲んでみるんだ。なかなか夢中になるぞ』
不安げに司令官の表情をうかがう。しかし、外次元人である司令官の面貌はおおむね人類に似てはいても色や大きさが異なる。なにを考えているか読み取ることはできなかった。
観念し、さなええりなは杯をあおった。
胸の悪くなるような刺激が口中を満たす。反射的な嘔吐感が全身を波打たせた。胸から競りあがってくる圧力を渾身の力でねじ伏せる。その原動力は司令官の機嫌を損ねることへの恐怖だった。
懸命にいに落とし込んだ液体は石でも飲み込んだような重みで体を苛む。
しかし、唐突に体が軽くなっているような感覚を覚えた。同時に最近味わったことのない安心感にひたされる。あたりを見回すと、柔らかな雰囲気につつまれたほの明るい穏やかな世界が広がっていた。司令官の姿が見える。威圧感を与える威容がいまはまるで精緻な技術で制作されたブロンズ像のような高貴な気配をまとっていた。
司令官の大きな手が伸び、さなええりなを抱き寄せる。鋼鉄のような指の感触に混じって不思議な悦楽が伝わってきた。
さなええりなは嬌声をあげたような気がした。しかし、自分で自分の行動が把握できなくなっていた。




