1話 3
(犬)
朝、登美子さんは幸せそうな笑顔を浮かべながら家を出た。
あんな顔を見たのは初めてだった。
拾われたときは、登美子さんはイジメられていて、いつも僕に悲しい顔で語ってきた。
そんな時期を知っているからこそ、登美子さんのあの顔を見たとき僕は凄く嬉しくなって、無言で尻尾をふって見送った。
その夜、登美子さんは帰って来なかった。それでもいいと思った。
最近僕が体調を壊すと、心配そうな顔で寄り添ってくれる。何かあるか夜中もちょくちょく起きては様子を見に来てくれた。そんな僕のせいで頑張っている登美子さんにも息抜きは必要だ。存分に楽しんできてほしい。
空腹を忘れるようにいつもより早めに柵の中に入って体を丸める。
発作は突然きた。
夜中、胸の激痛に目を覚ます。息ができなく、視界が歪んでいくのがわかった。
とっさに柵からでると、必死な思いでリビングを抜けようとした。
リビングを出てすぐ左には登美子さんの部屋があった。そこへ行きたかった。
登美子さんは帰っているだろうか。死に姿を見せたいわけじゃない。ただ一言伝えたかった。
体はゆうことがきかなくて何度も倒れる。さきほどまで歪むだけだった視界には白い霧のようなものが見え始めた。
ダメだ今死んでは
そう思いながらも霧は世界すべてを包んだ。
今までありがとうございました
その一言だけ…
必死に前に出した前足は無情にも空を切っただけだった
1話
完




