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達磨と時計の二重奏

作者: 柊らみ子

 それは、カウンタよりも一寸奥まった所にある小さな部屋での事。見落としやすい場所に扉があるからなのか何なのか、店主、計時辰以外は滅多に入らない謎の部屋の一つである。

 計時辰(はかりじしん)はいつもの様に、時計達と楽しく談話しながら彼らの修理をしていた。彼らとの会話は時辰に取っての日常であり、また数少ない楽しみの一つでもある。

 ――ふと。

 ぱたぱたと、不思議な足音が聞こえた。

 時辰は顔を上げ、足音の主を探す。ぱっと見には、誰かがいるようには見えない。彼は小さくため息をつくと、手に持っていた懐中時計をそっと脇に置き、足の踏み場も無さそうな程時計の部品が散乱している床へと視線を落とした。

 ぱたぱたぱたぱたと、やはり、聞こえる。心成しか、先程よりも足取りが速くなっているようだ。

 ちらり、と目の端に赤い何かが映ったような気がした。

「達磨さ~ん。はしゃぐのは一向に構わないですけどね、部品を壊さないで下さいよ。ここにあるのは年代物の時計ばかりで、部品一つ手に入れるのだって大変な物ばかりなんですから」

「大丈夫じゃき。みぃーんな我輩よりも大きい物ばかりなりよ。壊そうったって壊せないなりよー」

 ……そういう問題じゃなくってですね。

 そう突っ込みたいのは山々だったが、言った所で止めるような達磨でも無い。それに確かに、手のひらサイズの達磨が少々踏んだぐらいで壊れるような柔な部品はここには一つも無いと自信を持っていた。

 それに、時計達も気にしていないと言っているし。

 時辰は目を細め、ふぅと息を吐き出すと椅子に背中を預けた。先程は確認出来なかった達磨の姿が、今は丁度大きな柱時計をよじ登っているお陰ではっきりと視認する事が出来る。登られている柱時計も、別段嫌がっている風では無い。むしろ、自分の大きな針にくっついてきていた子供達が懐かしいと懐かしがってさえいる。 

 達磨は頂上にちょこんと座ると、顎に手を当てているようなポーズを取った。そして一寸だけ小首を傾げるような動作も付け加える。実際は、顎も首も無いわけだから、起用な事をする達磨だなーと店主はのほほんと見つめた。

「……そういえば、この部屋って壊れた時計ばかりなのじゃき。これ全部、これからご隠居が直すんじゃきか?」

「ええ、まぁ、そうですねぇ。直す物もありますし、そのままの物もあります」

 時辰の答えに、達磨は更に首を傾げた。全く以って器用な達磨である。

「直さないでくれと言っている時計は直しません。あくまでも、相手の意思を尊重して直すんですよ」

「じゃあここは、時計の病院ってわけじゃあ無いんじゃきね。我輩、すっかりそう思っておったばい」

「うーん、病院……と言えば病院でしょうかねぇ。時計の修理をするのはいつもこの部屋ですし、壊れた時計はまずこの部屋にやってきますしねぇ」

「じゃあ、ご隠居は時計のお医者さんじゃきね」

「まぁ、時計の事はよく知っていますから」

 そう言って、先程脇に置いたままの懐中時計を手に取った。一体いつ作られたのか分からないような鈍い光沢と、その外見にはおよそそぐわない様な力強い時を刻む音がアンバランスなのだが何処か調和している。

「さて達磨さん。僕はこれからこの時計を元気にしてあげなくちゃなりません。この部屋の事は分かったと思いますし、探検するなら他の部屋にして頂きたいんですがよろしいですかねぇ」

 達磨は分かったのじゃき、とこれまた起用に頷いて、柱時計から身軽に飛び降りた。余裕を見せ付けるかのように空中で一回転なんぞしてみせる。

 ――までは良かったが。



 ……ぱき。



 狭い室内に響く小さな小さな、一つの音。

 ぴく、と柔和な店主の顔が一瞬引きつった……ように見え。

 達磨は先程とは全く違い、そろそろと足音をさせないように壁伝いに扉へ向かい。

「じゃ、じゃあ我輩は裏庭で枳季(きり)達とお茶でも楽しんでくるなりよ」

 と早口に言うとそそくさと部屋を後にした。部屋を出た後は小さな手足をフル回転させての猛ダッシュで裏庭へと向かう。

 一方、残された時辰はと言うと。

 無言で音が鳴った辺りへと近づき。

 その時計の怪我の具合を確かめ確かめすると――。



 ――思いっきり、号泣した……という専らの噂である。

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