夏の日
夏の夕暮れ時。神社の階段に座りながら佳代は言った。
「いい天気じゃね、かっちゃん。」
佳代の隣に座りながら勝太郎が答える。
「ああ、そうじゃな。」
神社の木々からセミの鳴き声がこだまする。
「こんな時代なのに、セミは全然関係ないんじゃね。かっちゃんと一緒じゃ。」
「セミには戦争も関係ないじゃろう。」
「明日・・・だよね。本当に行っちゃうの?」
勝太郎はその問いに目を伏せ、しばらく2人の間に沈黙が流れた。
「お国のためじゃ」
ささやくように勝太郎は言った。
「お国のため、お国のためって何やの!?なんで、みんなそう言って飛んで行っちゃうんよ?」
「佳代、落ち着け」
「落ち着いてられないよ!20歳になったら嫁に来いって言ったのはだれよ!?かっちゃんじゃろう!わたしの誕生日覚えてる!?」
「・・・明日じゃったな」
「そうよ、私がどれだけ明日を楽しみにしてたと思ってるの?それが今じゃ、明日なんてこなければいいって思っとる。私は永遠に19歳のままでいいから。永遠にかっちゃんと結婚できなくてもいいから!だから!・・・・だから、死なないでよ。行かないでよ。かっちゃん。」
「のう、佳代。聞いてくれ。皆は天皇様のため。お国のため。といってあの戦闘機にのるじゃろう。じゃがな、本当のことを言うと、わしはそんな風には思っとらん。わしはな、わしの大事な家族や生まれ育ったこの町、そしてお前を守りたいから戦闘機にのるんじゃ。」
「・・・・かっちゃん。嫌じゃ。行かんといてな。私と一緒に逃げようよ。」
不意に佳代は立ち上がり、勝太郎の腕を引っ張る。しかし、佳代の力では勝太郎を引き起こすことはできない。
「覚えてるか、佳代。ガキの頃、みんなでよくこの神社で遊んだのう。ヤスにハヤオ、ヨシオにわしと佳代。いたずらばかりしとったからのう。何回住職に殴られたことだか。」
「覚えているよ。今思うとあの頃が一番楽しかった。」
「じゃがな、ヤス、ハヤオ、ヨシオは皆行ってしまった」
「だから!私はかっちゃんまで死んじゃうのがたえられないの」
「今だから言うぞ。あいつらは皆お前のことを好いとった。じゃから、あいつらはお前を守りたい思うてアメリカの戦艦に突っ込んでったんじゃ。じゃからな、佳代。お前は生きろ。おれたちの気持ちをくんで
よぼよぼの婆さんになるまで生きてくれ。わしらは、あの世でよぼよぼのお前をみてわらっとるから。頼むぞ、どんなに醜くなっても佳代は佳代じゃ。生き延びてくれ。」
「何よ、もう!」
「それじゃあ、達者でな。」
そういうと、泣き崩れる佳代に笑顔を残して勝太郎は去って行った。翌日、勝太郎は戦闘機に乗り込む。佳代が見守る中、勝太郎は離陸し、神風となり空へと消えていった。いつまでも、空を見つめる佳代。その胸には、新たな決意が芽生えていた。
絶対に生き延びる。みんなの分まで生きるんだ。婆サンになるまで生きてやるんだから。でも、あの世で再会した時、よぼよぼの私でも愛してくれるよね?
それは、小さな奇跡。過酷な戦争の時代を強く生き抜くという決意を4人の男がその命をもって佳代にめばえさせたのだ。
だが、その翌日1945年8月6日。勝太郎が守りたっかたそのまち・広島に原子爆弾が投下される。佳代は直撃はまぬがれたものの、肌はただれ、片足がちぎれてしまった。しかし、そんな状態になってもなお、生き延びようと、川のほうへと這って進んだという。そして、川の手前10m程の所でこと切れたそうだ。
・・・佳代、・・佳代、佳代
誰かが私を呼ぶ声がする。夏のセミのような声が。ごめんなさい。勝太郎さん。でも、私がんばったのよ。だからね、だから・・・




