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ACTOR  作者: あまた
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第4話

「いやぁ、桜我くんも性格が悪いねぇ。あーんな嫌がらせをするなんてねぇ。」

街を歩きながら、白露と桜我が話していた最中。白露は、悠真の話を切り出した。

「ええ。俺はあいつの事が嫌いですから。」

桜我は淡々と告げた。

「ふうん。でも、そう何回も上手くいくかなぁ?」

「……何が言いたいんです?」

「別にぃ?」

白露は目を逸らし、下手な口笛を吹く。分かりやすく怪しい様子だ。

「……はぁ。言っておきますが、あいつはただの喧嘩慣れしただけの素人です。期待するだけ無駄ですよ。」

「そっかぁ。」

二人は、他愛もない会話に戻る。もっとも、会話と言っても白露が一方的に喋っているだけだが。


「さて、本当にそうなのかな……?」




「よお、昨日ぶりだな。」

俺は桜我に挨拶する。だが、桜我は俺の方をチラッと見るだけで、すぐにそっぽを向いて歩き出した。

「おい、無視すんなよ。」

またもや反応は無し。それどころか歩くスピードが少し上がった。このまま置いてかれそうな勢いだったので、仕方なく桜我に着いて行くことにする。


「なあ、いい加減なんか言えよ。」

歩いてる途中も、俺はずっと桜我に話しかけていた。返事が返ってくることは無い。だが、俺は口を止めることは無い。

「ここら辺、なんか牛丼屋が多いな。」

「なんで俺たち、執行官なんて名前なんだろうな。」

「今日、気温35度もあったんだってなー。」

とにかく、何でもかんでも思いついたことは全部口に出していた。その時だった。


「つーか、なんでお前昨日からずっと制服着てんだよ。他に服持ってねえのかよ。」

ただちょっと疑問に思ったことを言っただけだった。これが何か触れちゃいけないようなことなのか、それとも我慢の限界だったのか。

桜我が足を止め、振り返った。眉をひそめ、分かりやすく不機嫌な顔をしていた。

「いい加減口を閉じろ。俺にその煩わしい声を聞かせるな。不愉快極まりない。言いたいことは以上だ。2度は言わせるな。」

それだけ言ってまた歩きだそうとした。喋るなとは言われたが、悪いが今日のオレは言われたことを守れるようないい子じゃない。

「なあ、なんでお前は、そんなに俺のことが嫌いなんだ?」

その俺の一言で、桜我は再び足を止める。

「なんで?なんで、と聞いたか?」

桜我の足は動かないままだ。どうやら、俺と会話する気になってくれたらしい。

「2度は言わねえぞ。」

「……言ってくれるじゃないか。いいだろう。教えてやる。」

桜我は俺に背を向けたまま話し始める。

「お前の目的は、弟の病気を、白脳病を治すこと。違うか?」

「あ……?急に何言って」

「それも、10年以上も行方不明の弟の、か?」

「だから何が言いてえんだよ。」

「何故、生きていると思うんだ?はっきり言って、生きている可能性はほぼ0だと思うが。」

「何が言いてえんだよテメェは……!」

なんなんだ、こいつ。なんで俺が嫌いかを聞いたら、逆に遥斗のことを聞き返してくる。しかも、生きている可能性はほぼ0だと?ふざけんな。あいつが死ぬわけ……!

「そうか。まあ想定通りの反応だな。まあいい。答えなくても、お前のことを見れば分かる。」

桜我は俺の方へと振り向く。あいつは俺を睨んでたし、俺も同じように睨み返していた。そして、桜我が口を開いた。


「どうするつもりだったんだ?」


「……あ?」

「お前は、どのように100億なんて大金を得て、どのようにして警察でも見つけられない弟を見つけるつもりだったんだ?」

「そ、それは、必死こいて働いて、必死こいて探しゃあいつかは……。」

「……要するに考えなしってことだな。やはり、俺はお前が嫌いだ。」

「はぁ?んでそうなんだよ!」

「……お前みたいな馬鹿は、具体的なことは何も考えない癖に、目標だけは人一倍でかい。何も考えてないから、自分がやった事の重さも理解できない。」

「だから、何言って……!」

「何故、銀行強盗なんてしたんだ?」

「んで、それまで知って……!」

「お前の弟は、人に迷惑かけて、いや、もしかしたら誰かの人生を壊してまで手に入れたかもしれない金で助けられて、喜ぶような人間なのか?」

「っそれは……!」

んなこと言ったって……。仕方ねえだろ……。そうしねえと、あいつが……。

「お前のやったことは、弟のためを思ってのことなんかでは決してない。全部、自分の勝手でやった事だ。なのに、それを弟の命のためなんて言って、全部弟のせいにして、自分には何の責任もありませんってか?随分と笑わせてくれるな。」

俺は、何も言い返せなかった。反論したかった。自分のためなんかじゃないって。だが、いくら考えても、なんて言えばいいのかが分からなかった。

違う。違う、はずなんだ。俺は、遥斗の、ために……。




その時、俺の脳内に浮かんできたのは、遥斗の顔だった。


両親は共働きで朝から家にいないことが多く、そういう時は俺が遥斗に飯を作ったりしていた。だが、あの日の俺は、突然高熱を出してぶっ倒れた。

あの時、遥斗が俺の看病をしてくれたんだ。

「おにーちゃん!おかゆ、できた!」

部屋に入ってきた遥斗が、俺に食器を差し出してくる。

「ありがと……。」

食器を受け取り、お粥を口に運ぶ。……お粥とは思えないほど甘かった。多分砂糖で味付けをしたのだろう。それも、大量の砂糖で。

「美味しい?」

「……ああ!」

そう言って頭を撫でると、満面の笑みを浮かべた。……この顔が見れるなら満足だ。

それに、料理なんて一切したこともない遥斗が、頑張って作ってくれたんだ。その事実だけで、腹いっぱいだ。

「……本当に、ありがとうな。俺のために、わざわざ……。」

「ん!にーちゃんが困ってたら、僕が助けてあげる!だから、何時でも僕を呼んでね!」

なーんて言って、本当に嬉しそうにしてたな。

本当に、あいつは優しいやつだったなぁ……。

なのに俺は、俺は……。


…………最低だな。




「何も言うことが無いなら、この話はもう終わりだ。」

「……俺。」

それは、息を吐くくらい小さな呟き。ただ口から漏れ出ただけの俺の決意。

「俺、もう後悔しちまった。昨日決めたばっかなのにな。」

「……今度は何だ?また別の言い訳でも思いついたか?」

「だから、だから俺は……。」


「俺は、今度こそ」

「キャアアアアアアア!」

悲鳴が街中に響き渡った。俺と桜我は悲鳴の元へと走り出した。




そこにいたのは、血まみれの女だった。まだ乾いてない血で全身が覆われ、髪も服も、肌さえも元の色が分からないほど真っ赤に染まっている。女が1歩歩く度に、垂れ落ちた血が地面を汚す。それを辿ると、道端に血溜まりと、その真ん中に血まみれの肉の塊がある。こんな異様な状況の中、女は、

「これで、あなたと一緒……!」

なんてブツブツ言いながら笑っている。完全に頭がイカレてやがる。

「マジか。……これって、殺人、だよな。」

「殺人現場を見るのは初めてか?異能犯罪なら、原型をとどめていない死体なんてよくある。」

桜我の言う通り、死体を見るのは初めてだ。”裏”で働いてた頃も、殺しが起こるような仕事はしたことは無い。

だが、そこまで大したこともないな。血の匂いが少し不快だが、それくらいしか感じない。

「あの死体の状況からして、かなり危険な異能を持ってるのだろう。面倒だから、怪我しないよう気をつけておけ。」

桜我は急にそんなことを言い出した。怪我されると面倒、ねぇ。


昨日聞いた通りだな。


「止まれ。EXEの執行官だ。それ以上動くなら、お前を拘束する。それが嫌なら大人しく自首することだ。」

「だ、れ?あなたたちも、私たちの、邪魔を、するの……?」

桜我の警告を無視し、女は歩みを止めない。それどころか、

「死ね。」

異能で俺たちに攻撃を仕掛けてきた。

女の体から、トゲのような突起が、幾つも生えてくる。トゲが一定の長さに達したその時。トゲが勢いよく射出し、俺たちに向かって飛んできた。

トゲの雨が俺を襲う。数が多すぎる。避けきれない。

「あっぶねぇ!」

俺も、異能を発動する。手が黒く変色し、長い三本の爪に変形する。

オレは手を上にあげ、そこから爪を隙間の無いようにピッタリとくっつけ、下に垂らす。そのまま姿勢を低くして、爪を地面に突き刺して固定する。これで、爪の盾の完成だ。

爪に当たったトゲが、金属音を立てて弾かれる。俺の横や上をトゲが通り過ぎ、地面やら壁やらに刺さる。そのまま攻撃が止むまで、トゲが爪を越えて俺に当たることは無かった。

一方、桜我はと言うと。

桜我はポケットから石を取り出すと、軽く上に投げた。その石は数cmほど上昇したところで停止し、軌道を変え真横に吹っ飛んだ。

桜我は、それを掴んだ。

普通ならその時点で石は動きを止める。だが、そうはならない。そのまま桜我ごと石が吹っ飛び、そのままトゲの攻撃範囲を抜ける。

「あ、れ?なんで?なんで?なんで?」

女はわけが分からないって感じの様子だ。攻撃が防がれるなんて、思っても無かったんだろう。

「次が来る前に仕留める。お前は昨日と同じように大人しく見ていることだな。」

桜我が俺の元へと歩いてくる。また、昨日みたいに、俺には何もさせないであの女を倒すつもりなんだろう。


だが、俺はこの時を待っていた。




俺は、異能を発動したまま、左手を上げ、右手は前に突き出す。

「……何だ、それは。」

桜我が聞いてくるがそれを無視する。んな事に答えてるほど余裕が無いんだ。俺でも、”これ”は流石に怖えんだよ。


昨日、白露に聞いたことはふたつ。一つ目は、もし手が無くなるような怪我を負っても、治すことは出来るのか。もう一つは、実際にそんな怪我を負った時は、その後の仕事はどうするのか。


白露の答えは、手を欠損しても治すことは出来る。そして、重傷を負った際は、本部に戻り治療を受けないといけない、だそうだ。


それを聞いて俺は、ついテンションが上がっちまったよ。完璧じゃねえか。




「……お前の言う通りだよ。あいつのためなんかじゃない。全部、俺の勝手だ。遥斗に生きてて欲しいって、そんな俺のわがままなんだ。」

「俺は、優しいお兄ちゃんでありたかっただけの、クズだよ。」

「急になんだ。俺の行ったことに同意しておけば、止めてもらえるとでも思ったか?」

「違ぇよ。ただ、俺は今までの後悔も全部背負って、その上で、もう後悔しない生き方をするってだけの、それだけの話だ。」


───だから、もうあいつのせいになんてしない。


「今までやってきたクソみたいなことも、今からやるクソみたいなことも。全部。全部!」


───ごめんな、遥斗。こんな……。


「俺の勝手で!俺のためにやる事だ!」


俺は左手を振り下ろし、右手の手首をぶった切った。


「なっ!まさか!」

「そのまさかだ!俺は馬鹿だけどよ!走るよりこっちの方が速いことくらいは分かんだよ!」

そのまま振り下ろした左の爪を振り上げた。その爪がもう片方の爪を弾き、爪は回転しながら前に吹っ飛んでいく。

「チッ、面倒なことを!」

桜我はポケットに手を入れようとする。

「おっと手が滑ったぁ!」

なので、俺は残った左の爪を地面に突き刺し、この前の銀行強盗にやったみたいに、地面を破壊しその破片で攻撃する。

桜我はそれを後方に跳んで避ける。だが、今回は1回じゃあ終わらない。何度も、破片を飛ばして桜我の妨害をする。

「調子に、乗るな!」

桜我は足を軽く振った。すると桜我の履いていた革靴が脱げ、前に飛んだ。それと同時に、破片が襲いかかる。……が、桜我は前に跳んで回避しながら、脱げた靴をキャッチする。そしてそのまま靴を投げた。そう、投げたのだ。


やられた!


靴は俺の予想通り急加速しながら直進する。クソ!石じゃなくてもいいのかよ!

俺の爪は既に女のすぐ目の前まで迫っていた。だが、靴の速度は凄まじかった。瞬きする間に女との距離は半分くらいにまで縮まっていた。

だが、爪ももう数cmといったとこまで近づいている。

ここで、俺は異能を解除した。両手が、元の人間の手に戻る。俺の爪は、鉄すらも軽く引き裂く。人に当たれば、結果は言うまでもないだろう。だから、解除しないといけない。

まあ、そんなことはどうでもいい。桜我の靴が、更に近づいている。もう、次の瞬間には女に直撃しそうな勢いだ。


「負けたまま、終われるかよ…!」




「俺は、こいつに勝てねえと先に進めねえんだよ!」




次の瞬間、女の顔面ど真ん中に、俺の右手が直撃した。




女は、拳が当たった衝撃で後ろに仰け反りながら吹っ飛んだ。その直後、額のあった場所を靴が通り過ぎていった。

そして、仰向けで倒れたまま、女は気絶した。


「はっ、ははっ!ざまあみろ!俺の勝ち、だ……。」

俺は笑いながらぶっ倒れた。視界が滲む。思考が定まらない。手を切り落としてから、ずっと出血したままだったから、貧血なんだろう。

「本当に、何がしたいんだお前は。わざわざたった1回の勝利のために、手を犠牲にするなんてな。」

「とりあえず、本部に戻るぞ。お前は知らないだろうが、重傷を負ったら本部に戻らないといけない。」

桜我は俺に近づいてくる。どうやら、こいつはまだ気づいてないらしい。

「知ってるよ、んなこと……。そもそも、俺が負けたままなのが気に食わなかっただけで、元からこれが目的だ。」

「それはどういう……いや、待て。」

桜我は一瞬眉をひそめた。だが、俺の目的に気づいたのか、ハッとした表情を浮かべた。

「そうか。お前は、最初から……!」

「やっと気づいたのかよ。そうだよ。俺の目的は、お前に勝つことじゃない。」


「全部、ただの嫌がらせだ。」


「ずっとお前に話しかけていたのも、お前の攻撃を邪魔したのも、こうやって手をぶった切って本部まで戻んなきゃいけなくしたのも。全部、全部お前への嫌がらせだ。鬱陶しくてしょうがないだろ?」

「さて、お前は頭がいいから、これ以上は言わなくても分かんだろ……?」

「……俺がお前に”嫌がらせ”を続けるなら、お前も俺に嫌がらせをする。だから、今後は二人仲良くやろう、といったところか?」

「正解。言っとくが、俺はお前のバディを辞めるつもりなんてねえ。選択するのは、お前だ。」

「もし俺が了承しなければ、毎回肉体の一部を切り落とすつもりか?何故、そこまでする。どう考えても、俺の提案を飲んだ方が良いはずだ。そもそも、そんな嫌がらせをしても、俺もお前もろくに成果を上げられず共倒れするだけだというのに。本当に理解できない。」

桜我は、まるでこの世のものでは無いものを見るような目で、俺の事を見てくる。

「言っただろ?俺は、俺のためにクソみたいなことをやるってよ。それに遥斗は関係ねえ。俺はただ、自分のやりたいことをやっただけだ。」

「そのやりたいことが、これか?なら、救えないな。本物のクズだ。」

「それでいい。お前がそう思うなら、それが俺なんだろうな。それで?どうすんだよ?」


「俺と共倒れするか、一緒に仲良く仕事する、の……」


流石に意識を保つのも限界だったらしい。俺は喋っている途中で気絶した。


「本当に、なんなんだこいつは……。」

気絶した悠真を見て、桜我はため息を漏らした。

「とりあえず、止血しないとか……。」




「ったく、なんで俺がこんなことを……。」

桜我は、止血を終えた悠真を背負ったまま歩いていた。桜我の身長は悠真よりも一回り小さく、筋力にもかなりの差がある。そのためか、桜我の足取りはふらついていた。

そんな中。途中で起きていたのか、はたまたただの寝言か。悠真がポツリと呟いた。

「遥斗、ごめん、なぁ。こんな、最悪、な、お兄、ちゃん、で……。」

その呟きは、桜我にも聞こえていた。そして、少し経ち、桜我も呟く。

「なんなんだよ、お前は。急に、そんなことを言い出しやがって……。」


「本当に、最悪だな。お前は……。」

言っていることとは裏腹に、その声は柔らかかった。


雨が降っていた。

それは、桜我の肩だけに降る、迷惑な雨だった。




目が覚めると、ベッドの上だった。また、輸血パックが俺の右腕に繋がれており、それでここが病室だと分かった。

その右腕の先。俺の右手は、完璧に元通りになっていた。手を開いて閉じてと繰り返すが、違和感も無い。すげえな、異能って。

周りを見渡すと、部屋にはベッドの傍の椅子に座った桜我と、少し遠くの机で、パソコンを打つ白衣の女がいる。パソコンはモニターが無く、代わりに空中にウィンドウが投影されている。オッサンが使っている旧型のものでは無い、最新型のパソコン。初めて見たな。

「起きたか。調子はどうだ?」

俺が起きたことに気がつき、桜我が声をかけてくる。

「あー……まだフラフラすっけど、まあ元気。」

「そうか。……一応言っておくが、ちゃんとお前の手柄と報告しておいたからな。」

「あー、おう。」

普通なら嬉しいはずなのに、妙に気まずかった。なんというか、桜我の様子が変……。

それで、暫くどっちも黙っていたが、桜我が口を開いた。

「ひとつ、聞いてもいいか。」

「……んだよ。」

「共倒れするか、仲良く仕事するか、だったか。俺が共倒れを選んだとして、だ。俺には、お前が何も出来ないような、そんな嫌がらせだって出来る。例えば、以前お前を捕らえた時のように、動けなくしたりな。そうしたら、お前はどうするつもりだ?」

「ああ?んなもん、そん時に考えて何とかすりゃあいいだろ。俺は馬鹿だからよ。前から考えとくより、後から考える方が性に合ってる。」

それを聞いて、桜我は初めて、ふっと笑った。

「なるほど。確かに、馬鹿みたいな答えだな。」

「あ?何笑って」

「だが、馬鹿だと自覚してるだけ、他よりはマシだ。」


「いいだろう。俺の負けだ。今後は、仲良くやろうじゃないか。」

そう言った桜我の瞳は、真っ直ぐと俺を見ていた。

「は?」

「どうした?何か不満か?」

「いや、まあ、別にいいか……。」

本当はもっと悔しがった感じを想像してたから、肩透かしっつーか、なんつーか……。まあ、結果オーライってやつか?


「そうか。では、自己紹介をしよう。俺たちは、ちゃんとした挨拶の一つもしてないからな。俺は、神上 桜我だ。これから、よろしく頼む。」

そう言って、桜我は俺に手を差し伸べる。

「ああ。俺は朝霧 悠真。ま、よろしくな。」

俺はその手を取り、握手を交わした。


「……そうだ。せっかくの機会だ。お前の弟のことを、聞かせて貰えないか。何故弟のためにここまで出来るのか、少し興味がある。」

「遥斗のこと?まあ、別にいいけどよ……。」

聞かせろって言っても、どういうことを話せばいいんだ?

別に、普通の日常のことでも話せばいいのか?なら、あの看病の話でも……。


「あれ?」




あの時、どういうことがあったんだっけ?


いや待て。よーく思い出せ。あの時は、俺が遥斗に看病されて、

なんで看病されることになったんだっけ?

どんなことをしてくれたんだっけ?

俺たちは、どんな会話をしてたっけ?

どれだけ考えても、なにも出てこない。


いや、これはちょっとだけ間が悪かっただけだ。ただ偶然記憶が飛んだだけ。そうだ。他の話なら、詳細に思い出せるはずだ。

遥斗の異能が暴発した話とか、二人で川に遊びに行った話とか、夜にこっそり散歩した話とか。

そうだ。こんなにも色々な思い出があるんだ。話すことなんて、大量にあるはずだ。ある……はずなんだ。


「なんでだよ……。なんで何も出てこないんだよ……。」


ついさっきまでは鮮明に思い出せたはずの、4年間の記憶。それが一瞬にして、全て消え去った。


待て、なんで、違、違う。忘れるわけ、無い。無いのに。俺、俺……!


荒くなった息が、収まらない。


俺の脳内に浮かび上がったのは、いつか病院で見た、自分では何も考えられなくなったガキたち。




俺はこのまま、遥斗のことすら忘れて───。




「やることが増えたな。」

その一言に、顔を上げた。すると、桜我がため息をついていた。


……そうだな。忘れたなら、思い出さねえとだよな。


俺の目標は三つ。

遥斗を見つける。

100億円を稼ぎ、白脳病の薬を買う。

そんで、昔のことを思い出す。


俺は両手で頬を叩き気合いを入れる。

窓の外に映る夜空は、雲ひとつない快晴だった。




同時刻。川島医院。

診察室の中で、パソコンを打つ男。この病院唯一の医師。川島 士郎。御歳60歳である。

彼はとあるサイトを見ていた。

「へぇ、採用が1人だけなのは10年前までで、今じゃ普通に毎年10人以上は採用……ねぇ。」

それは、EXEに関する情報がまとめられたサイト。

「マジかよ。俺悠真のやつに嘘ついたみてえじゃねえかよこれじゃあ。ま、あいつはどあせ覚えてないだろうがよー。」

独り言を漏らしながら、画面をスクロールする。

「10年前に前任の社長さんが行方不明、ねぇ。それで、これが今の……。」

そこに映っていたのは、ある男性の顔写真。川島と同じくらいは歳をとっているように見えるが、川島とは真反対だった。同じ白髪でも、川島はボサボサに伸び、写真の男は短く整えられている。男は骨格もきれいで、目はつり上がっている。当然のように髭も処理されている。いかにも紳士、といった感じの男だ。

「名前はっと。なになに?浮月 総司、ねぇ。」


またまた場所は変わって、白露の自室。必要最低限の家具以外は何もないような、質素な部屋だ。

そこで、ベッドに腰掛けながら、白露が社員証に向かって話しかけていた。

「ええ。ちょうどいます報告が来まして。悠真くん、結構上手くやれてる見たいですよ、”ボス”。」

「勿論です。彼は、いや彼らはこれからもっと成長しますよ。もしかすれば、彼女にすら匹敵できるほどになる日も、来るかもしれません。」

「ええ。僕が、彼をしっかりと鍛えます。なので、ボーナスとか出してくれたり……あ、ダメ?はーい。」

「まあ、期待しておいて下さい。進展があれば、また報告します。」

通信を終え、白露は社員証をほおり投げた。そのままベッドに横になり、目を瞑る。




世界は、ゆっくりと動き出す。

起動音は、まだ誰にも聞こえていなかった。

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