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幸せの呪い

作者: Tom Eny

幸せの呪い


第1章:孤独な日常と理想の幻想


俺の名前は山田太郎。鏡に映る俺の顔は、歪んだ輪郭、どんよりと濁った目、そして常にうつむき加減でできる影に覆われていた。まるで、誰かが雑に彫り上げた石像みたいだった。恋愛小説だけが、俺が唯一、自分を忘れられる場所だった。物語の清純で愛らしいヒロインたちが、いつか現実の俺を救ってくれると信じていた。


ある日の放課後、帰り道を俯き加減で歩いていると、足元に何かキラリと光るものがあった。手のひらに乗るほどの小さな石だった。全体が鈍い灰色なのに、表面には複雑な模様が刻まれている。特に気に留めることもなく、俺はそれを制服のポケットに入れた。


第2章:理由なきモテ期の始まり


翌日、学校に足を踏み入れた瞬間から、異変は始まった。


いつもなら俺の前ではヒソヒソと聞こえてくる嘲笑の声が、その日はピタリと止んでいた。代わりに、俺が教室に入るたびに、小さな囁き声と、緊張したような空気が満ちるのがわかった。


昼休み、いつものように一人でラーメンをすすっていた。油の匂いと、麺をすする音が寂しく響く。そこに、学校トップ3の美人が次々と声をかけてきた。


…沈黙。


数秒間、俺はただ息をのんだ。目の前にいるのは、現実の人間なのか、それとも俺が夢見たヒロインの幻なのか、区別がつかなかった。


完璧主義者の優等生、斎藤美咲は、頬を染めて隣に座った。その時、彼女のつける甘い香水の香りが混じり、一瞬、俺の世界が華やかに色づいたような気がした。人気者の佐藤花は、周囲の視線を気にせず俺に話しかけ、物静かな文学少女の田中優香は、俺にだけ特別な詩を贈ってくれた。


長年の孤独から解放された俺は、まるで夢の中にいるようだった。美人たちに囲まれ、チヤホヤされる状況に酔いしれた俺は、傲慢になっていった。長年欠乏していた**「誰かに認められる」**という感覚が、俺を特別な存在だと勘違いさせた。


美人たちが俺に話しかけてくるたび、ポケットの中の石は、まるで心臓のようにドクドクと熱を帯びた。その熱は、次第に俺の掌までじんわりと伝わり、冷たかった俺の手のひらを焦がすようだった。俺は無意識のうちに石を握りしめる癖がついていた。その石が熱を帯びるたび、彼女たちの視線はより熱くなり、俺への好意は増していくように感じられた。しかし、このモテ期の理由が、まさかあの石にあるなどとは夢にも思っていなかった。


第3章:理想と現実のギャップ


夢のような日々は、すぐに悪夢へと変わった。


俺が信じていた恋愛小説のヒロインたちは、現実にはそんなに清らかな存在ではなかった。俺を巡って、互いに「仲良し」を装っていた美人たちは、水面下で醜い争いを始めたのだ。


完璧主義者の孤独に苦しんでいた美咲は、俺を**「理想の居場所」**だと信じ、他者に譲ることを許さなかった。 「山田くん、昨日、花とどこにいたの?私には言えないような場所だったのかな?」 美咲は冷たい声で俺を問い詰めた。その表情には、普段の優等生の面影はなく、まるで獲物を狙う獣のような嫉妬が宿っていた。


人気者の虚しさを抱えていた花は、表面的な関係ではない本当の愛を俺に求めた。 「私だけを見てよ!なんで他の子と話すの?」 その悲痛な叫びは、彼女が抱える寂しさそのものだった。


依存的な愛を求めていた優香は、俺の気を引くために、花と美咲の悪口を詩に綴った。 「あなたは私の救世主。この愛を邪魔する人は、みんな消えればいいのに」 その言葉に、俺が信じていた「清らかなヒロイン」像は、嫉妬と独占欲にまみれた醜い本性へと変わっていった。俺は、この光景に背筋が凍るような恐怖を覚えた。


美人たちの笑顔の裏に潜む狂気に、俺は息苦しさと吐き気を覚えた。モテる快感は、もはや恐怖に完全に食い潰されていた。


第4章:最後の謎と悟り


逃げ場のない恐怖に追い詰められた俺は、すべてを捨てて逃げ出そうとした。だが、そんな俺のポケットの中で、あの石が異様に熱く輝いていることに気づいた。そして、石を取り出そうと指を入れると、まるで皮膚に吸い付くかのように石が張り付いて離れない。


その瞬間、俺は自分がモテるようになったのは、容姿や内面の魅力などでは断じてなく、この石の呪いによるものだったことを悟った。石は、美人にだけ作用し、触れた者に異常な執着を生み出す、邪悪なアイテムだったのだ。俺は、石の力を発動させるための媒体に過ぎなかった。


すべての人間関係がこの石によって操られていたことを知り、美人たちの「愛」が偽りだったことに絶望した。長年憧れていた「恋愛」が、自分を幸せにするどころか、深い恐怖と孤独をもたらしたことに気づいたのだ。


第5章:新たな一歩


モテる力を失い、すべてから解放された俺は、文字通り一人になった。美人たちは石の呪いが解けた途端、俺への興味を失い、冷たく去っていった。傲慢な態度を取っていた友人たちも、俺を避けるようになった。


深く絶望し、再び孤独な日常に戻った俺は、心の中で強く誓った。「もう女はこりごりだ」と。恋愛小説のような夢は、現実では悪夢でしかなかった。


しかし、そんな俺の前に、一人の女性が現れた。彼女の名前は木下さん。クラスでは目立たない、ごく平凡な女の子だった。彼女は、俺がモテ始めた頃も、そして今、すべてを失って孤独になった俺に対しても、変わらず接してくれた。


「山田くん、元気ないね。…よかったら、今日のノート、見せてあげようか?」


彼女の言葉に、俺はしばらく言葉が出なかった。俺がこれまで見てきた女性たちの声とは全く違う、何の飾りもない、ただ優しい声だった。


「…ありがとう」


俺は、震える声でやっとそう言った。彼女は美人ではなかった。特別な魅力もなかった。しかし、彼女の手のひらは、石のような熱はなかった。ただ、ほんのりと温かかった。その温かさが、俺が何よりも求めていた「愛」の温度だと、ようやく理解した気がした。


俺は、もう「恋」に焦がれることはないのかもしれない。だが、静かな日常の中で、一人の人間として、誰かと向き合うこと。それこそが、本当の幸せに繋がる第一歩なのだろう。…そして、木下さんの手を取った俺に、石はもう、何も語りかけなかった。

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