【第93話】大樹の村
【第93話】大樹の村
森の奥、開けた場所にそびえ立つ巨大な木のふもとへ向かって歩いていくと、そこには確かに村があった。
そして、最初に目に飛び込んできた光景に思わず足を止めた。
「ナヴィ……あそこの人、魔族だよね?」
「うむ。純魔族じゃな」
ツノを生やした男が重そうな木箱を運んでいる姿が目に入った。
少し離れたところには獣耳や尻尾を揺らした獣人が数名集まって何かを話している。
そして奥の畑の方には遠目でも分かる巨体の女性が巨大な鍬を振るっていた。
(で、でか……3メートルくらい? もっとデカい気もする)
デズも巨人族だと言っていたけど、彼は2メートルほどだろうか。
彼くらいの大きさの男性は日本でもたまに見かけることはあったが、あの女性は体格が別次元だった。
村に入ってすぐ、魔族の人たちが普通に生活しているのが見えて、その光景に俺はただただ圧倒されていた。
「なんだか人も魔族も多いね。小さな村って聞いてたけど、思ったより賑やかなところだ」
「そうじゃな。まさかこうも魔族がいるとは我も予想外じゃ」
辺りを見渡しながらそんなことを二人で話し村の中心へ歩いていると──逆にこちらが見られていることに気づく。
こちらの視線が失礼のないようにと気をつけていたつもりだったが、なぜか俺たちの方がジロジロ見られていた。
ちなみに、ナヴィはまったく気にしていない様子だ。
「主殿、肉じゃ!串焼きじゃ!」
ナヴィにぐいぐいと引っ張られ…もとい、引きずられて串焼き屋へと向かった。
二人分の串焼きを注文すると、店主は一瞬驚くような表情をしつつ串焼きを準備する。
「お兄さん方、旅の人かい?」
焼きたての串焼きを差し出す店主に声をかけられた。
「ええ、先ほどこの村に着いたばかりです」
受け取った串焼きをナヴィへ渡しながら答える。
ナヴィは受け取った串焼きを早速食べ始めていた。
「あ、そうだ。宿がある場所ってどの辺りか分かりますか?」
「あー、宿か……そうだな。とりあえず、向こうの大きな建物に行ってみるといい」
教えてもらった方向へ歩き、村の中でもひときわ大きな建物の前に立つ。
(……ここが宿代わりってことなのか?)
ドア横の呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと、ゆっくりと扉が開いた。
「……おや?この村に旅の方とは珍しい」
現れたのは、長い耳を持つ老人だった。
落ち着いた身なりに透き通るような白髪。特徴的な耳のこの人は、おそらくエルフなのだろう。
……この人も俺たちを初見で旅人だと気づいたな。
先ほどの串焼き屋の店主もそうだった。
「実は宿を探していて……串焼き屋の方からこちらを紹介されまして」
すると老人が柔らかく微笑む。
「なるほど、そうでしたか。ではどうぞ中へ。そちらの魔族のお嬢さんも」
ナヴィがコクンとうなずき、フードを外して入室する。
(ナヴィが魔族って気づいてたのか)
老人は椅子に腰を下ろし、自己紹介をしてくれた。
「私はこの“大樹の村”の村長、ハルラスといいます。見ての通りエルフです」
「俺はアキオです。こちらはナヴィ」
「うむ」
「この村は、人間と魔族が共に暮らしている珍しい場所でしてな。あまり外から人が来ることがないのですよ」
ハルラスは軽く笑いながら話を続ける。
「村の中心に、大きな木があるでしょう?村では御神木として扱っている木なのですが、アレは少々特殊な性質でしてね」
「特殊な性質、ですか?」
「ええ、本来あり得ないのですが、あの木は魔力を持っているのです」
「ほう、魔力を持つ木か」
「御神木からは特殊な魔素が漏れ出ておりまして、人の“方向感覚”を少し狂わせるのですよ。その影響で、御神木のふもとにあるこの村には外から人が来ることができないのです」
「え……でも俺とナヴィは来れましたけど」
「この方向感覚のズレは人族と魔族でそれぞれ“方向のズレ方”が違っていましてな。あなた達のような人族と魔族の夫婦や、互いに信頼を寄せた人族と魔族の組み合わせであれば、互いのズレが嚙み合って村にたどり着けるのです」
「なるほど……って、ふう──ッ!?」
思わず変な声が出た。
「おや、違いましたかな?あなた方の波長を見た限り、てっきりそうなのかと」
「い、いや俺たちは──」
ゴスッ。
言いかけた瞬間、横っ腹にナヴィの肘打ちが刺さった。
「ハルラスとやら、特殊な目を持っておるようじゃな?」
「ええ、生まれつきでしてね。色々と視えるせいで若い頃は苦労しました」
ふたりはニコニコと雑談を続け、俺はその隣で横腹を押さえて悶絶していた。
その後、ハルラスは村に空き家があることを教えてくれ、滞在中はそこを使ってよいと案内してくれた。
村を歩くあいだも、どこからともなく視線が飛んできた。
(……なるほど。この視線も単に珍しい新顔だから見られてるだけか)
そんなことを考えながら案内された空き家に到着し、扉を開けた瞬間──
「うわっ……」
「む……これは……」
中は想像を軽く超えるレベルで荒れていた。
長年使われていなかったらしく、
埃、蜘蛛の巣、よく分からない塊、そしてまた埃。
「……これは、骨が折れそうだなぁ」
「ぬぅ…気合を入れて掃除する必要があるようじゃな」
俺とナヴィは同時にため息をついた。




