【第88話】ガルド・グレイモア②
【第88話】ガルド・グレイモア②
「それじゃあ――俺たちで悪者退治といくか!」
リックが地を蹴り、真っ直ぐに突っ込んだ。
ガルドの大きな拳が、風を裂く。
しかしリックは重い一撃を難なく飛んで躱し、飛び越えざまに、指先から魔力弾を放つ。
「貫穿弾ッ!」
すれ違いざまに放たれた魔力弾が腕と脚に直撃する。
だがガルドは微動だにせず、その威力を鼻で笑った。
「マジかよ!?今のを受けて立ってるのか!」
驚きながら着地するリックへ向かって、ガルドの巨体が動いた。
振り向きざまに放たれる攻撃、リックは横に飛んでギリギリで回避する。
ガルドの拳はそのまま床を叩き割り、部屋中に衝撃が走る。
「危なっ!恐ろしい威力だな!」
リックは距離を取りつつ続けざまに魔力弾を撃ち込むが、ガルドは微動だにしない。
「ちょこまかと動き回りやがって……擦り潰してやるッ!」
怒号とともに地面を踏み鳴らす。
床板が砕け、破片が飛ぶ。
ぶちかましのような突撃を飛んで躱すリック。
リックの背後にあった椅子が無惨に砕け散る。ガルドの一撃ごとに部屋が壊れていく。
「ハッ!そんな単調な攻撃が当たるかよ!」
二人の激しい攻防に屋敷の中はものの数秒で戦場になっていた。
そんな戦いを目の当たりにしながら俺は自分の異変に気づいた。
二人の動きが目で追えている。軌道が読めている。
《思考の指輪》<思考能力向上>
使用者の思考力、感覚、把握能力を向上させる。使用を繰り返す事でLvが上がる。最大Lvは5。
おそらく思考速度を上げるこの遺物の影響なのだろう。
――これなら、俺も少しは役に立てる!
ガルドの攻撃はさらに激しくなる。
リックは必死に避けるが、足場の悪さで徐々に体勢を崩していた。
そして――
「っ!しまった――!」
瓦礫に足を取られ、リックの着地が一瞬遅れた。
待ってましたと言わんばかりに、大振りの拳が唸りを上げて迫る。
「リック!右!」
俺は地面を蹴り、多腕の指輪を発動する。
展開した魔力の腕を床へ叩きつけ、反動で一気に加速した。
俺の声を聞いたリックが上体を右に逸らす。
二本の魔力の腕を束ねて一本の巨大な拳を作り、そのままガルドの拳へ正面からぶつける。
ズドンッッ!!
激しい衝突音と共にガルドが吹き飛び、その巨体が壁に叩きつけられた。
天井から木屑がパラパラと降り注ぐ。
「……お、思ったより上手くいった」
リックも無事なようで、後ろで息を整えていた。
だが――。
「……カスどもが、調子に乗りやがって……!」
瓦礫の中から立ち上がるガルド。
足元に金属の筒が転がる。
三本目の薬を注入したガルドの体は、皮膚が鋼のように黒く硬化し、筋肉が更に膨張していた。
「おいおい……いよいよマジで化け物じゃねぇか…?」
リックの頬に冷や汗が流れる。
その直後、背後から怒号が響いた。
「ガルドォォォ!!」
デズが猛スピードで突っ込んできた。
怒りをそのままぶつけるような体当たりが直撃する。
衝撃で壁が崩れ、二人の巨体がそのまま裏庭へ落ちていく。
「うおっ!壁ごと行った!?」
壁の大穴から吹き込む夜風。
そこから下を覗き込むと、大男二人が殴り合っていた。
一撃ごとに地面が割れ、砂煙が舞い上がる。
「デズのおっさんもタフだねぇ」
「しかし……倒すっていうか、どうやって止めようか、あれ」
「あー……俺の“とっておき”なら止められる。……が、少し時間がかかるんでな、時間稼ぎを頼んでもいいか?」
「……なんとかやってみる」
返事を聞いたリックは笑いながら俺の背をバンッと叩き、壁の大穴から飛び降りた。
俺もリックに続いて飛び降りる。
2階とはいえそれなりの高さだが、衝撃は魔力の腕で殺して着地する。
飛び降りた先では、デズとガルドの殴り合いが続いていた。
一撃ごとに重い音が響く。
威力は互角に見えるが、蓄積しているダメージはデズの方が大きい。
ガルドの拳をガードしたデズの体が大きく後退する。
「ははは!どうしたデズ!この程度かッ!」
「ちっ、クソガキが……!」
体勢を崩したデズへ向かうガルドの隙を狙って、リックの魔力弾が横っ腹に撃ち込まれた。
撃ち込まれた方角を見るガルド。
その瞬間、俺は魔力の腕を使い地面を押しのけ一気に跳躍する。
「これでも……喰らえッ!」
二つの腕を組み合わせて、頭の上から目一杯魔力の拳を叩き込む。
ズドン――!!
巨体の頭が地面へ沈み、土煙が舞う。
「……効いたか?」
というかやり過ぎたか?
首とか折れてないよね……?
なんて思ったのも束の間、首をゴキゴキと鳴らしながら立ち上がるガルド。
青筋を浮かべるガルドの視線が俺に向いた。
「カスが……調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
怒り狂ったガルドが爆発するような勢いで突進してくる。
俺は魔力の腕を地面につき、反動で身体を跳ね上げる。
風を裂いて上空へ。すれ違いざま、背後から腕を振り抜く。
今なら――やれる気がする!
ドガガガッ――!!
魔力の腕を“三本”、同時にフルに回転させ、宙からガルドへ一方的な連撃を叩き込む。
殴りつけたガルドを足場代わりに、三本の腕で攻撃の流れを保ちながら上空から優位を取り続ける。
ガルドは被弾しながらも魔力の腕を掴み俺を叩き落とそうとするが、掴まれた直後に魔力の腕を消し、また背で展開させて攻撃を繰り返す。
思考の指輪の効果を実感する。まるで本当の手足のように、背中から展開した魔力の腕を自在に操ることができる――!
「よし、いいぞ!アキオ!」
離れた場所でリックの右腕が光っているのが見えた。
その腕には視認できるほどの魔力が渦を巻いている。
(よし!あとは……)
攻撃の手を緩めて着地し、地面に膝をついて息を整える。
俺の様子を見たガルドは思った通りこちらへ突っ込んでくる。
「へばったか!間抜けがァッ!」
「間抜けは……お前だッ!」
次の瞬間、地面が盛り上がり、距離を詰めようとしたガルドの足が止まる。
俺の背から地中で伸ばし進めた魔力の腕が、ガッチリとその足首を掴んでいた。身をもって体験したゴーレム戦の真似だ!
「リック!捕まえた!」
「ナイスだ!――喰らいなッ!雷装・魔装弾ッ!!」
魔力を纏ったリックの右腕から、雷のような光が奔る。
魔力弾が放たれた直後、轟音とともに夜空を裂くような閃光がガルドを包み込んだ。
ズドォン!!
閃光と爆音が一瞬で夜を切り裂き、裏庭を揺らした。




