【第7話】死にかけた魔族の少女 その2
※この話は少し重めの内容を含みます。
【第7話】死にかけた魔族の少女 その2
小屋の中に足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、まるでぼろ布のように横たわった、小さな少女だった。
肌は痩せこけ、色を失い、髪もほとんどまともに整っていない。
呼吸は浅く、肩がかすかに上下しているのがやっとわかるほど――
明らかに、限界が近い状態だった。
「おい、どうした兄ちゃん。そいつに興味でも湧いたのか?」
後ろから聞こえる声に、振り返る。
先ほどまで話をしていた奴隷市場の店主が、様子を見に来ていた。
「兄ちゃん。さっきも言っただろう、そいつは“訳アリ”だって。売り物にならないレベルさ。……だけどまあ、もし欲しいって言うなら安くするぜ?」
店主はまるで、値下げシールの貼られた商品を勧めるかのように続ける。
「どうせこのままここに置いといたって、くたばるのを待つだけでね。後処理が面倒なんだ。正直、売れてくれりゃ俺としても助かる」
――その言葉に、カッと頭に血が上った。
目の前にいるのは、今まさに命を落としかけている“人”だぞ。“子ども”だぞ…!
それをまるで“廃棄寸前の在庫”みたいに言うなんて――
けれど俺は、奥歯を噛みしめた。
怒鳴るわけにはいかない。
(……ダメだ、落ち着け。俺の怒りはただの感情論だ…)
(彼は商人として、奴隷商として事実を言ったんだろう)
(この異世界を生きる上で、必要なやりとりをしているだけなんだ)
俺はビジネスマンとして長く生きてきた。
相手の言葉にどれだけ腹が立っても、波を立てないよう細心の注意を払いながら“交渉”してきた。
個人の感情論なんてものは“交渉”には一切不必要だと、若い頃から何度も経験し身に染みているじゃないか。
「――では、この子を。俺が引き取ります」
一呼吸置き、声が震えないよう、気をつけながらそう言った。
俺の予算を知っている彼が“安くする”と言うなら、つまりは予算内で収まるということだろう。
怒りを押し殺し、俺は財布から手持ちの金を取り出す。
提示された額は…1週間分の食費にも満たない程度だった。
「まいどあり。……なあ、ほんとにいいのかい? そいつ、マジでやばい状態だぜ?」
金を受け取りながら店主は顔をしかめて言う。
きっと彼にとっては親切心からの言葉なのだろう。
俺が近づいて少女を抱き上げた瞬間、その理由がよくわかった。
「……軽い……」
異常なまでに、軽かった。
骨ばった体は熱を持たず、まるで命の灯火が今にも消えそうだった。
さらに、触れた手に、嫌な違和感が走る。
手足が……なかった。肘から先、膝から下が……すでに失われていたのだ。
(どうして……こんな子が、こんな目に……)
胸の奥がズキリと痛んだ。
でも今は、理由も、経緯も、今はどうでもいい。
「……大丈夫。もう、大丈夫だからな……」
そう呟きながら、少女の小さな体をしっかりと抱きかかえ奴隷市場を後にする。
俺の手のひらが淡く光を帯びる。
《ヒール》は発動し、少しでも彼女の命がつなげるようにと祈りながら、離れの自宅へと歩いた。
他人から見れば、後のことなど何も考えていない愚かな行動に見えるかもしれない。
でも、俺が“救いたい”と思ったのだ。
それがすべてだった。