【第6話】死にかけた魔族の少女
【第6話】死にかけた魔族の少女
奴隷市場と聞いて、もっと殺伐とした場所を想像していた。
だが実際に足を踏み入れてみると、そこはどこか妖しげで――活気に満ちた奇妙な空間だった。
規模は思っていたよりも小さい。露店のような区画が並び、その奥には“見せ物小屋”のように檻が設けられている。
もちろん奴隷はその中にいるが、“閉じ込める”というより“並べて展示する”といった様相だった。
(……これが、この世界の“奴隷市場”か)
こういう場所では、呼び込みの店員が声をかけてくるものだと思っていたのだが――
「ねえ、そこのお兄さん。私、どう?」
……まさか、檻の中の“本人”から声をかけられるとは。
ちらりと視線を向ければ、妖艶な笑みを浮かべた女の子が、檻の中から手を伸ばし、俺の腕を掴んで引き寄せてきた。
「お兄さん割と私のイケメンだし…私を買ってくれたら……すっごいサービスしてあげるよ?」
……あっ、これダメなやつだ。
恋愛経験に乏しい俺には刺激が強すぎる。
「す、すみません……えっと…ち、ちょっとあっち、見てきますね」
愛想笑いを浮かべて、そそくさとその場から離れた。完全に逃げた。
すると、そんな挙動不審な様子が目に入ったのか、今度は一人の店主が声をかけてきた。
「よぉ兄ちゃん、奴隷市場は初めてかい?」
うなずくと、店主はこの世界の奴隷制度について説明をしてくれた。
話を聞いたところ、この世界では奴隷への非人道的な行いは禁止されているらしい。
店主は手慣れた口調で説明を続けてくれる。
「契約は最長でも五年。基本的には期間を終えれば、解放される決まりだ。契約の内容にもよるがな。
あと、最低限の衣食住の提供は義務付けられてる。虐待なんかしたら、それこそ違法だ」
……制度としては、俺のイメージしていた“奴隷”よりずっと整っているようだ。“特定の契約付き労働”に近い立ち位置だろうか。
「まあ、中には悪質な連中もいるがな。だが、ちゃんと取り締まりもある。今じゃ昔ほど酷くはねえよ」
(……思ってたより、ずっと健全な制度みたいだ)
少しばかり安心したところで、財布の中身についても相談してみたが…
「その金額じゃ、正直まともに動ける子は難しいね」
まぁ、そうですよね……。
地道にお金を貯めるしかない、あるいはヒーラー自体を諦めるべきか…
そう考えていたその時だった。
ヒュウ、と風が吹いた。
生温かい、嫌な臭いが鼻をつく。思わず顔をしかめながら、臭いの元を辿って視線を向けると――
市場の片隅に、今にも崩れそうな小屋があった。
(……あそこか?)
近づこうとした俺に、店主がぽつりと呟いた。
「ああ、あそこはな。売り物にならなくなった“訳アリ”が一人、ずっといるんだよ。もう何ヶ月も前に搬入されてるんだが……手放すにも処理するにも手間でね」
言葉の割に、声色は重たかった。
小屋の周囲だけ、人の気配が妙に薄い。誰も近づこうとしない。
活気に満ちた市場の中で、そこだけが妙に沈んでいた。
どうしてかはわからない。
ただ、足が勝手にそちらへ向かっていた。
気づけば俺はその小屋の前に立ち、ドアノブに手をかけていた。
カチャリ。
鍵はかかっていない。軋むような音と共に、扉がゆっくりと開いた。
チリン――と、小さな鈴の音が鳴る。
それはまるで、“歓迎”の合図のようで。
重い空気が、そっと肌にまとわりつくような感覚の中――
視線の先に、ぼろ布のような影があった。
崩れるように横たわり、動かない。
だが……その肩が、わずかに上下していた。
息をしている。生きている。
そしてそれは――
小さな、小さな少女の姿をしていた。