【第77話】馬車に揺られて
【第77話】馬車に揺られて
薬草摘みを終え、俺たちは再び馬車に乗り込んだ。
荷台の中では、御者が丁寧に積み上げた薬草の束が葉を揺らしている。
昼下がりには森を抜け、車輪はぎしぎしと軋む音を響かせながら街道を進んでいった。
「護衛とは聞いてたが、随分強い嬢ちゃんだなぁ!」
先ほどの戦闘を直接見たわけではないが、無傷で魔物を撃退したことに興味を持ったのかリックがにやりと笑ってナヴィに声をかける。
しかしナヴィはというと、フードを深くかぶったまま視線を外に向け、まったく取り合う様子がない。
というか、気にしてすらいないようだった。
なんとなく感じてはいたが、ナヴィは俺以外の人物に興味を示す素振りを見せることはあまりなく、他人と積極的に会話を交わそうとしない。
――やはり彼女の経歴を思えば、人間社会に良い印象を持てないのだろうか……ふと、そんな考えが頭をよぎる。
「申し訳ない、人見知りな子で」
俺がフォローを入れると、リックはにかっと気さくな笑いを見せる。
「いーよいーよ、気にしないでくれ。さては、嬢ちゃんは寡黙なタイプか?いや、それとも急にイケメンなお兄さんに話しかけられて緊張でもしてるのか?」
冗談めかして言うリック。
その言葉を聞いたナヴィはフードの隙間からチラリと彼の顔を見た直後、鼻でふんっと小さく笑った。
「…………ひ、人見知りな子で……」
また同じ言葉を繰り返す俺に、リックは「あ、ああ……気にすんなよ!」と苦笑しながら誤魔化すように手を振る。……意外と堪えているようだった。
「ごほん。まあ、こんなご時世じゃ他人を警戒する方が普通だからな」
リックの言葉に、俺はふと以前聞いた話を思い出した。
ここ数年で、魔族との争いや襲撃が増えている――そんな不穏な噂だ。
「えっと、俺たちは田舎から出てきた身なのであまり詳しくないんだけど……最近は治安があまり良くないのかな?」
何気なく尋ねると、リックは肩を竦めた。
「こうやって移動するのに護衛が必要な程度には悪いな」
前方の御者からも声が飛んでくる。
「マルシャの街でも、あまり良くない噂が広まってますからねぇ」
「良くない噂ですか?」
俺が聞き返すと、御者は少し声を落とした。
「なんでも、最近“裏ギルド”ってのが幅を利かせているみたいでしてね。禁制の薬を若者やごろつきに捌いてるそうですよ。今回私が摘んできた薬草は、その治療薬に使われるみたいで。お客さん方も、マルシャに着いたら人通りの少ない道は避けたほうがいいですよ」
「……ありがとうございます。気をつけます」
裏ギルドといういかにも物騒な単語が飛び出す。ヤクザやマフィアみたいなものだろうか。
馬車の中に少し重い空気が流れた。
ナヴィも特に反応はせず、興味もなさそうにただただ外を見ている。
ナヴィと違って貧弱な俺は特に気を引き締めなくては……と思いつつ、重い雰囲気を変えるため別の話題を探した。せっかくの旅路でこのまま沈黙が続くのも好ましくないからね。
「そういえばマルシャの街には初めて行くんですが、何か食べ物で名物とかあったりしますか?」
御者は俺の質問に対し楽しげに言葉を返してくれた。
「もちろん!マルシャは酒と肉料理が有名でしてね。交易都市ですから様々な品物が集まりますが、その中でも安価で質の良い肉がよく出回るんです。どの店に入っても、美味しい肉料理にありつけますよ」
「おー、肉料理ですか。いいですね」
肉料理という単語に、隣に座るナヴィの肩がぴくりと反応した。
よし、とりあえず街に着いたら肉の旨そうな店を探そう。そう心の中で決める。
軋む車輪の音と、遠くで響く鳥の声。
俺たちを揺らす馬車は、不穏な噂を背にしながら、マルシャの街へと進んでいった。




