【第72話】贅沢な一日
【第72話】贅沢な一日
「……ここ、だよな?」
クレイから手渡されたメモを頼りに、カルナの町の一角を歩いていた。
俺とナヴィの視線の先には、やけに立派な宿がそびえ立っている。
「ふむ……他に見当たらぬし、ここで間違いなかろうな」
カルナの町は活気もあるが全体的に落ち着いた町並みで、どちらかといえば庶民的な造りが多い。
しかし、メモを頼りに訪れたこの宿だけは異様なほどに豪華で、町の空気から浮いて見える。
俺は入り口で一瞬立ち止まり、場違い感に首を傾げた。
「……いや、やっぱりここじゃない気が……」
「そうか?我は逆に確信したのじゃ。半魔の娘はこういう洒落たところを用意しそうじゃからな」
そう言うナヴィを連れて半信半疑で中へ入る。
受付にてクレイからの紹介を伝えると、応対してくれた女性が丁寧に頭を下げた。
「お待ちしておりました。三泊分のお部屋をクレイ様から手配いただいております。ご案内いたしますね」
そう言って鍵を用意した受付の女性に案内され、エントランスから奥へ進む。
通された廊下も、床には分厚い絨毯、壁には精巧な彫刻、天井の灯りは魔道具らしく、淡い光が空間を満たしていた。
「おお……まるで別世界じゃのう」
「うう……場違い感で肩身が狭い」
受付の女性が鍵を使い部屋の扉を開くと、中の様子にさらに驚かされる。
外観からは到底想像できない広さ。というか、建物に対して広すぎる気がする。
「当宿は遺物によって建物の空間が拡張、部屋毎に隔離されており、各部屋にプライベートプールと大浴室を備えております」
受付嬢が淡々と説明を続ける。
さらに机の上に置かれた小さな銀のベルを指さした。
「お食事やご要望がございましたら、備え付けのメモに記してこのベルを鳴らしてください。内容が瞬時にフロントへ伝わり、対応させていただきます」
おお、まるでホテルの内線電話みたいなサービスだ。
一通り説明を聞き終わり、隣のナヴィが満足げに胸を張る。
「ふふん、我らに相応しい宿じゃな!あやつも気が利くのう!」
「庶民の俺にはちょっとスケールがデカすぎるかなぁ……」
宿に着く前に昼食は既に済ませていたため、ひとまず荷物を置いて休むことにした。
ベッドに寝転がったナヴィは、何やらごそごそとメモに文字を書き、ベルをチリンと鳴らす。
すると、書いたメモがふわりと光に包まれて消えた。
「ん?何か食べ物でも頼んだの?」
「くふふ、さて、なんじゃろなあ」
俺が首を傾げていると、ほどなくして小包が二つ届き、ナヴィに片方を投げ渡される。
中身は――水着だ。どうやらレンタルで頼んでいたらしい。
「では、着替えてくるぞ!」
そう言って浴室の脱衣所へと消えるナヴィ。
――とりあえず、俺も着替えるか。
ひと足先にプールに足を運んでみたが……学生以来まともに入っていないし、こういうプライベートなプールで何をすればいいかよくわからん。
……とりあえず備え付けの大きな浮き輪ベッドを水に浮かせて寝転んでみた。
心地よい揺れに身を任せると、不思議と緊張が解けていく。
(……最近は遺跡やら移動やらで、こうしてのんびりする時間もなかったな)
ぷかぷかと浮きながらそんなことを考えていると、部屋の扉が開く音がした。
正直、もう展開は読めている。
どうせ大人の姿で、刺激的な水着姿なんだろう。
心臓を落ち着けつつ視線を向けると――
「……おや?」
そこにいたのは、普段の子供姿のナヴィ。
しかも子供用だからか布面積の多いスク水のような姿だった。
(……子供姿とは言っても10代後半くらいの見た目だから目のやり場に困りはするけど)
「受付には大人用を頼んだはずなのじゃが、宿に来た時の姿がこの姿だったせいか、子供用の水着が届いてしもうた……」
不満そうに呟くナヴィを見て思わず笑いが込み上げてくる。
「~~っ、あ、主殿!笑うでないわ!」
「うわあっ!」
顔を真っ赤にしたナヴィはプールへ飛び込み、俺が浮かんでいた浮き輪ベッドを思いっきりひっくり返した。
からかった代償に俺は空中で3回転くらいしてプールの水面に叩きつけられた。
そのあとは、ナヴィが浮き輪に飛び乗ろうとして沈んだり、俺の浮き輪ベッドを奪おうとして一緒に沈んだり。
プールサイドに備え付けられた小さなバーカウンターを見つけたナヴィが魔道具のグラスに飲み物を注ぎ「ほれ、冷えておるぞ!」と得意げに笑ったり。
挙げ句の果てには「この水、温めて風呂にするのじゃ!」と言い出したので全力で阻止したり。
気づけば、二人で時間を忘れて遊んでいた。
日が傾き、夕食の時間になった。
メニューを選んだメモを用意してベルを鳴らすとメモが消え、しばらく時間を置いたのち、テーブルに置いたベルがチリンと音を立てる。
すると空間が一瞬光って豪華な料理がテーブルに並んだ。
「うお、すご……これ絶対高いだろ……」
席に座り料理を目の前にした途端、その豪華さに気後れしてしまう。
「支払いは半魔の娘がしてくれるのじゃ。遠慮はいらぬ!」
颯爽とテーブルに着いたナヴィはナイフとフォークを持ち、手慣れた手つきで肉料理を切り分け一口食べる。
するとナヴィは目を輝かせ、フォークを突き刺した肉をこちらに差し出してきた。
「主殿も食ってみよ!」
……完全に「あーん」の形。
平常心を装い口を開くと、口に入った瞬間――
「っ!?か、辛っ!!?」
舌が燃えるような辛さに悶絶する俺を見て、ナヴィはけらけらと笑っていた。
食事の後は浴室を順番に使う。
ちなみに、以前の“乱入事件”以来、俺はナヴィより後に風呂に入るようにしている。
入浴後は広すぎるベッドに二人並んで横になり、自然と次の目的地の話になった。
「ガレンの町は……さすがに戻りづらいね」
「うむ、それに馬車だけで行ける場所が良いのう。徒歩は面倒じゃ」
「んーそうなると……少し遠いけど、馬車で行ける交易都市があったよね。たしか名前は……うーん、ちょっと地図を――」
ふと、返事がないことに気づく。
顔を上げると、ナヴィはすでに目を閉じ静かに寝息を立てていた。
「今日は贅沢な一日だったけど……こうして隣で寝顔を見られる時間が、何より贅沢かもなぁ」
そんなことを呟きながら、寝落ちした相棒に毛布をかけた。




