【第62話】指輪に食いつくノイラ
【第62話】指輪に食いつくノイラ
「……お、そうじゃ。忘れるところであったわ」
ナヴィが、ぽんと手を打った。
小さな体で胸を張り、こちらを見上げてくる。
「主殿、首飾りを出してもらえるかの」
「首飾り?……ああ、なるほど」
俺は宝物庫の指輪に意識を向けつつナヴィの首元に手を添える。
すると、彼女の首元に淡い光と共に蒼玉の首飾りが現れた。
「うむ、悪くない」
ふふんと満足げなナヴィ。
この首飾りは防御力が上昇する他に、敵視上昇の効果もある。
きっと俺の他に非戦闘要員が増えたことに対する彼女なりの配慮だろう。頼れる相棒だ。
すると、やり取りを横で見ていたノイラの好奇心に揺れる瞳が俺の指輪に向けられる。
「す、少し前から思ってたのですが……その指輪、ま、魔道具じゃなくて遺物でしょうか…?」
「うん。以前、別の遺跡で手に入れたものでね。収納用の指輪で…」
「っ、やっぱり!す、すごいです……!」
「うおっ!?」
肯定した途端、瞳を一層輝かせて身を乗り出してきた。
キラキラとした目で俺の手を取ると、下から横からと宝物庫の指輪を観察するノイラ。先ほどまでのオドオドした雰囲気は吹き飛んでしまった。
…そして距離がちょっと近い。
というか、かなり近い。手に興奮した息遣いがわかるほどの距離だ。
「……ほう。主殿、随分と懐かれたものじゃな?」
「いや、ちょっと待って。そういうのじゃないから」
「女の興味を物で釣るとは、罪作りなやつよのう」
ナヴィがじと目で睨みつつ、俺の腕を小突いてくる。
冤罪だ…!
「さて、戦闘について整理しておこうか」
気を取り直し、俺は二人に視線を向ける。
…ノイラの視線をまだちょっと指輪に感じる。あと、ナヴィの圧も感じる。無視だ無視。
「基本的に戦闘はナヴィが担当。万が一ナヴィが負傷したら、俺が回復する。ノイラは俺の後方で待機だ」
「……わ、わかりました…あの、一応……強化魔術も、少しなら使えますけど……」
「要らん、中途半端な強化は感覚が狂う」
「あぅ…そうですか…」
ナヴィがぴしゃりと即答する。
断られたノイラは俯いてしょぼしょぼと縮んでしまう。
………く、空気が重い。
「あー…そうだ、ナヴィは戦う時いつも拳だけどさ、なんかこう…必殺技とかないの?」
「必殺技?なんじゃ藪から棒に」
「いやほら、魔法がある世界なんだしナヴィも何か出来るのかなーって思って」
しょげて俯いているノイラにチラリと視線を向ける。
視線に気づいたナヴィはバツの悪そうに後ろ頭を掻く。
「……あるにはある。が、今のままでは使えん。この状態では魔力をそこまで精密に扱えんからのう」
「なるほど」
適当に出した話題だったけど、あるんだ必殺技…。
いつか見てみたいなぁ。いや、そういう使わざるを得ない場面には遭遇したくはないんだけども。
そんなやり取りをしていたら、俯いていたノイラもいつの間にか顔を上げこちらを見ていた。
「こほん。それじゃあ、準備はこのあたりで――」
俺たちは転送用魔法陣の上に立った。淡い光が足元を満たし、やがて視界が白に包まれる。
次の瞬間、遺跡の奥――転送先の空間に到着した。
ひんやりとした空気、そして……目の前に立つ“それ”に、俺は息をのむ。
まるで遺跡の壁の一部と見間違えそうな、無機質な外殻。
体躯は人型に近いが、異様に長腕が目を引く。関節の数も明らかに人とは異なる。
さらに、その表面には――遺跡の壁面や魔法陣とは違う、呪紋のような模様がびっしりと刻まれていた。
「ゴーレム、だよね……?」
「うむ、上の階でも見たやつじゃな。…少々アレより大きいようじゃが、所詮は土人形じゃ」
ナヴィはふっと口元に笑みを浮かべ、肩を回して一歩前に出る。
その小さな背中は、いつも通り頼もしく見える。
俺たちは戦闘の邪魔にならないよう後方に下がる。
次の瞬間、ゴーレムがぎしりと軋む音を立て、こちらへと動き出す。
その無機質な視線が、確かに俺たちを“敵”として捉えているのを感じながら。




