【第52話】個人的な依頼
【第52話】個人的な依頼
しばらくのあいだ、カルナの町でのんびりとした時間を過ごした。
ナヴィは市場で見つけた果物をすっかり気に入り、毎朝「無くなる前に手に入れねば!」と果物屋へ向かっている。
よく考えたら、彼女が街中で一人で行動するというのもこれが初めてな気がする。
俺のほうは、ここ数日は旅の充実のために香辛料や調味料を探して市場を歩き回っていた。
町に滞在できない間は当然野宿なわけだが、宝物庫の指輪のおかげで荷物の制限はない。(生ものなどの時間経過はあるようだが)
そんなわけで、少しでも旅の食生活を豊かにできればと、俺は町で見かけた調味料をいくつか買い集めていた。
木の樹液を発酵させた、どこか醤油に近い香りの液体を見つけたときは、ちょっと感動してしまったくらいだ。
そんな、小さな発見と静かな日常が、しばらく続いた。
――そうして、数日が過ぎた。
そして今日、俺たちはそろそろ次の町へ向かおうと、ギルドへ挨拶に訪れていた。
「やあ、君たちか。……ちょうどよかった。少し時間、取れるかい?」
たまたまギルドの入り口で出会ったクレイに声を掛けられ、いつもの応接室に案内してくれた。
「実は――個人的な依頼をお願いしたくてね」
クレイが提示してきたのは“霧の森”という、名の通り霧の多い地域に存在する森の奥にある遺跡に関する依頼だった。
「ここも比較的最近見つかった遺跡でね、実力のある探索チームをギルドから派遣したんだ。…だが、遺跡の途中で魔物に襲われて撤退。一名が、その際に行方不明になってしまった…私からの依頼というのは、その行方不明者の捜索だ」
「…なるほど。それはいつ頃の話ですか?」
「探索チームの撤退報告がギルドへ報告されたのが六日前、私のところへ話が届いたのは昨日だ」
短い沈黙のあと、ナヴィが口を開いた。
「そこまで日も経っているのであれば生きては――」
「ナヴィ」
ナヴィの口調に棘はなかった。
状況を聞いた上での率直な判断に過ぎなかった…が、俺は軽く手を挙げてナヴィの言葉を遮る。
するとナヴィも場の空気に気づいたのか、バツが悪そうにふいっとクレイから顔を背けた。
「彼女の言う事も間違っていないよ。…だから行方不明者の捜索、というより依頼内容としては現場検証のようなところかな」
「…現場検証?」
クレイは、小さく頷いた。
「その子は、私の数少ない友人でね。絶望的な状況というのは分かっているが…報告にはどうにも気にかかる点があるんだ」
「気にかかる点…ですか?」
「ああ。探索に当たったチームはここ最近で頭角を現したチームなんだが…彼らの証言は整合性に欠けていてね」
「整合性?」
「彼ら曰く、今回行方不明となった私の友人は『自分が引き受けている間に逃げろ』と殿を務めたそうなんだ」
仲間のために自ら囮を買って出たという事か。
「――が、そもそもあの子にそんな勇気と行動力はない」
ん?話の方向性が思ってた流れから変わってきたぞ。
「そもそも、人とのコミュニケーションが下手くそなあの子が探索チームに加入していたこと自体、耳にした時は驚いたものだ。そんな子が咄嗟に身を挺した行動に出るという事自体私には腑に落ちなくてね。大体、あの子はそんな状況になれば腰を抜かして役にも立たないだろう。あれにそんな度胸はないからね」
散々な言われようだが…つまり、“探索チームの証言”自体にクレイは不信感を抱いているらしい。
「こほん、つい口が滑ってしまった。…とにかく、果たして本当に魔物に襲われてそんな状況に陥ったのか…現場の状況を第三者にも確認してほしい、というのが私からの依頼内容だ」
茶化すように言ったクレイの目には、微かに悔しさと寂しさが滲んでいた。
「…あんな子でも私にとっては数少ない友人だからね。少しでも可能性があれば手を尽くしたいんだ。…依頼としては、前金と成功報酬を準備してある。正式なギルド案件ではないけど……」
「報酬はいいですよ。目的地は次の町に向かう途中ですし」
俺はそう答えると、ナヴィへ視線を向ける。
先ほどの失言…というほどではないが、それを気にしているのかクレイに対しナヴィはそっぽを向けたままだ。
「……少し遠回りじゃが、以前の依頼とは違って暴れがいもありそうじゃしの。我も構わぬ」
ナヴィの言葉にクレイは一瞬だけ目を見開き、それから微笑んだ。
「……ありがとう。君たちにしか頼めないと思っていたんだ」
そうして、俺たちはひとつの“個人的な願い”を受け取った。




