【第39話】バレンツの丘:地下遺跡探索⑥
【第39話】バレンツの丘:地下遺跡探索⑥
主祭壇の間に足を踏み入れた俺は、地下とは思えないほどの広い空間に圧倒されていた。
遺跡にもあった光る苔の影響で暗闇ではないが、奥まで見ることができない。
――直後、背後の扉が逃げ道を塞ぐかのように“ゴウン”と重たい音を響かせて閉じた。
「閉じ込められた……!?」
同時に、壁面にある無数の松明に青白い炎が灯り部屋が明るくなった。
――部屋の中央。
そこには、石像のように沈黙している鎧の巨体。
長い年月をその場で過ごしていたかのように、全身がうっすらと塵に覆われていた。
3mはありそうなその巨体は酷くアンバランスなフォルムで、極端に長く太い腕と、極端に短く細い足。そしてずんぐりとした胴体で構成されたその姿は、一目で“パワー系のモンスター”だと分かる。
その異様な巨体を包む金属の鎧が鈍く光る。
ギギ……ギギギギ……。
金属が軋む音が響く。
鎧の関節がゆっくりと動き出し、塵が地面へと舞い落ちた。
「下がっておれ」
ナヴィの声は落ち着いていた。
それどころか、その背にはかすかな高揚を感じる。
俺は彼女の斜め後方へと下がる。
ある程度距離は取るが、万が一の時はすぐ回復を……
――そう思った矢先、ゾクリと背筋が凍る。
「っ――!?」
風が裂ける音と共に視界が黒い塊で埋まる。
気づいた時には目の前に、回避不可な距離に巨大な腕が迫っていた。
はっ、速すぎる――!
ズドンッ!!
と、激しい衝撃音が目の前で起こった。
横合いから突如飛び込んだナヴィがその細腕で、鎧の巨体を物凄い勢いで殴り飛ばしていた。
「妾の物に手を出すとは…よい度胸じゃな!!」
ふわりと目の前に着地するナヴィ。
昂揚しているのか珍しく声を荒げて――しかし口元にはうっすらと笑みを浮かべていた。
殴り飛ばされた巨体は壁に叩きつけられ、強い衝撃音と瓦礫が舞う。しかし、鎧の怪物は何事もなかったかのように、土埃を立てながら起き上がった。
そして、空間を裂くように手を伸ばし――そこから、巨大な鉄塊…戦鎚を取り出した。
そのまま振りかぶると、目にも止まらぬ速さで戦鎚が投げつけられる。
ナヴィは軽く息を吸い、易々と戦鎚を蹴り上げる。
鉄の塊は、宙を舞いながら――
(…っ!…もう敵がそこに!?)
すでに空中に移動していた鎧の怪物が、戦鎚を掴み――
宙をグルリと回転し、その勢いを乗せて振り下ろしてきた。
「っっ――ナヴィ!!」
叫ぶより早く、ナヴィは拳を振り抜いていた。
鉄の塊が、音を立てて砕ける。
爆発のような衝撃が空間を揺らした。
「う……わっ!」
俺は一歩も動けず、その場に尻餅をついてしまう。
風圧だけで呼吸が乱れ、耳鳴りが止まらない。
ナヴィは、その場から宙へと跳んだ。
一回転――そして拳を振り下ろす。
ドガァン!!
地面が陥没した。
敵の頭部が地にめり込み、部屋中が土煙に包まれる。
土煙の中からナヴィは、身についた埃を払いながら無傷で歩いてくる。
「主殿、大丈夫か?」
無様に尻餅をつく俺の隣にしゃがみこむと、片腕でそっと支えるように起こしてくれた。
あれだけの動きで汗をかくどころか、息一つ乱れていないようだった。
――凄い、これがナヴィの本来の力なのか…。
「だ、大丈夫……ありがとうナヴィ」
言葉を返した瞬間、彼女の背後からまたあの音がした。
ギギギ……ギギ……。
「っ、まだ生きてるのか……!?」
鎧の巨体が、ゆっくりと立ち上がってくる。
めり込んだ頭部を引き抜き、再び構えようとするが――
ナヴィはもう、俺の前にはいなかった。
「2発も耐えるとは、頑丈な玩具じゃのう」
瞬間的に巨体の真上を跳躍していたナヴィは、敵が構えを整えるより早くその鉄兜を掴み――
ゴギャッ!!
金属がきしみ割れるような轟音と共に、頭が捩じ切られる。
敵の動きが止まり、そのまま膝から崩れ落ちていった。
しばらくの静寂。
そして、鎧の巨体はゆっくりと、光の粒子となって消えていく――。
(……お、終わった…のか…)
ナヴィは振り返らずに髪をかき上げながら、何事もなかったようにこちらまで歩いて戻ってきた。
そんな彼女を見て、俺はまだ――彼女のことを何も知らないということを再認識するのだった。




