【第37話】バレンツの丘:地下遺跡探索④
※普段より少し長いです
【第37話】バレンツの丘:地下遺跡探索④
ギギギギ……と、耳をつんざくような金属音が静寂を破った。
扉の前に佇んでいた西洋甲冑の内の一体が、わずかに首を傾け、ギリギリと関節を軋ませながら、まるでこちらを見据えるように動いた。
(まずい…動き出している)
冷たい汗が背筋を伝う。息をのむ間もなく、隣の鎧もガシャン、と音を立てて揺れた。
そして――。
ドン、と床を踏みしめるような音が響いたその瞬間、壁際に並ぶ全ての甲冑が、一斉にガシャアッ!!と、咆哮のごとき金属音を立てて走り出した。
「主殿、そこを動くでないぞ!」
ナヴィが踏み込んだ。小柄なはずの彼女がまるで暴風のような勢いで、鋼鉄の群れへと飛び込んでいく。
拳が振るわれ、足がしなやかに薙がれるたび、鎧たちが勢いよく宙を舞う。
ただの鉄塊とは思えない巨体なのだが、まるで紙細工のように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、潰され、地面にめり込んでいく。
「うお、ぉ……」
息を呑む音さえ彼女の巻き起こす轟音に掻き消される。
それほどまでに、ナヴィの動きは圧倒的だった。流れるような身のこなしに、力強さと鋭さが混在している。
(すごい……)
思わず心の中で呟いた。
旅の道中で彼女の戦いを見てきたはずなのに、今目の前で起きていることは、まるで別物に思えた。
しかし――。
ふわり、と。
ナヴィに吹き飛ばされ、バラバラになったはずの甲冑の破片が、空中に浮かび上がった。
「……ん?」
俺の声が漏れる。
金属片が吸い寄せられるように集まり、パズルのピースのように正確に噛み合い――
次の瞬間には、元通りの“敵”として復活していた。
「ナヴィ!後ろ!」
咄嗟に叫んだ。
蘇った甲冑が、ナヴィの死角から襲いかかる。
――が、ナヴィの身体はくるりと回転しながら宙を舞う。
肩越しに迫る刃をヒラリと避け、逆に相手の頭を地面に向かって蹴り潰すように足を振り抜いた。
ガッシャアァァァン!!
背後から襲いかかった甲冑は真上から地面に叩きつけられる。
爆音とともに、鎧は床にめり込み、再起不能なほどに変形し潰れた。
――が、動き出している甲冑それだけではなかった。
ナヴィが四方八方に吹き飛ばした甲冑達は次々と体勢を立て直している。
こちら側に吹き飛ばされ、バラバラになっていた二体の甲冑も、同じように復活し――
「うわっ!やっぱりこっちに来たか……!」
反射的に走り出す。
見れば、こちらに迫ってくるのは二体の甲冑。動きは鈍重だが、その手は大振りな剣と斧があり、一撃でも食らえばひとたまりもないのは明白だった。
俺は逃げながら状況を整理する。
(ナヴィが戦ってくれてるけど……相手が何度でも復活するとなれば、いくら彼女でも限界があるはずだ)
倒しても倒しても、蘇る敵。
力任せでは、いずれ押し切られる。
(何か、方法があるはずだ……!)
奥の扉を開けて逃げるか?…いや、それは危険すぎる。もし奥にも敵がいたら、逃げ道を失うだけだ。
走りながら周囲を見回す。
ふと目に入ったのは、部屋の四隅に立つ獣の石像だった。
炎が灯ったまま、じっとこちらを見つめているようにも見える。
(……あの火、さっき動き出す直前に点いたような……?)
甲冑たちが動き出す直前、部屋の四隅に設置された“獣の石像”に、青白い炎が灯ったのを思い出す。
(もしかすると、あれが起動のトリガーか!?)
近くの石像に向かって駆け出す。
背後でガチャガチャと音を立てて迫る鎧の音が聞こえていたが、こちらの方がまだ速い。追いつかれる前に――!
荷物から水筒を取り出すと、炎の灯った石像に勢いよく中身をぶちまけた。
ジュワッ……と水蒸気の音が響く。
瞬間、石像に灯っていた炎が消えた。
「……どうだ……?」
緊張と期待を胸に、背後を振り返る。
その瞬間、追いかけてきていた二体の甲冑から、ふっと力が抜けたように動きが止まる。
勢いのまま数歩だけ前に踏み出したその巨体は、制御を失ったままガシャリと崩れ落ち、バラバラと床に散らばっていった。
――だが。
崩れ落ちるその直前、片方の甲冑が、握っていた剣を最後の力でこちらに向かって放ってきた。
「……くっ!」
身体をひねって避けようとするが…剣の先端が左腕を大きく切り裂いた。
服が裂け、鋭い痛みとともに血が噴き出す。
「――ッ!!!」
声が出ない。
焼けつくような激痛が腕に走る。意識が一瞬だけ、真っ白になった。
まともに動かせない感覚に、膝が一瞬だけガクンと揺らぐ。
(ヤバい……これは、マズい……!)
脂汗が滲み出る。動悸が激しい。
震える利き手で血の流れる腕を押さえながら、《ヒール》を発動する。
淡い緑色の光が腕を包み込み、痛みが一気に和らいだ。
凄まじい速度で傷口が癒えていくのを感じつつ、呼吸を整えながら、すでに動かなくなった甲冑を見た。
やはり――四隅の石像が、奴らの“核”だ!
「ナヴィ!あの石像を――!」
叫ぼうとしたその瞬間、ドゴォン!!と、凄まじい音が部屋中に響き渡った。
「……うわっ……」
思わず体が竦む。
そこには、ナヴィが拳を振り下ろし、鎧の残骸を完全に地面へと埋めている光景があった。
原型など一切残っておらず、ひしゃげた甲冑が床に突き刺さり、飛び散る破片は煙を上げて散っている。
(……な、なんかもう、石像とか関係ないレベルで破壊してる……)
視線を巡らせると、壁や床にめり込んだ甲冑の残骸がいくつもあった。中には、頭と胴体が別の場所に突き刺さっているものまである。
…な…なるほど、倒しても復活するなら動けなくするか、復活できないレベルに壊せば良いと…。
ナヴィはその中心で、肩を軽く回しながら「ふぅ」と一息ついていた。
「ナヴィ、ありがとう。お疲れさま。怪我はない?」
戦闘を終えた彼女に、俺は歩み寄って声をかけた。
ナヴィは一瞬、ぽかんとした顔をしてから、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……ん、うむ! あれぐらい、我にとっては朝飯前じゃ!」
得意げに胸を張るその様子は、どこか誇らしげで――けれど少し照れているようにも見えた。
ナヴィの体に目立った傷はない。が、頬に小さな切り傷を見つけてしまう。
「あ、顔に傷が…ヒールしておこうか」
「ん?こんなもの、放っとけばすぐに治るのじゃ。別に……」
「可愛い顔に傷が残ったら困るからね。念のため、だよ」
言って、俺はそっと手をかざす。
ヒールの光が静かに彼女の頬を包み、傷はゆっくりと消えていく。
ナヴィはしばし黙っていたが――やがて、ふにゃりと柔らかく微笑んだ。
「ふふ……心配性じゃな主殿は」
その表情がなんだか妙に嬉しそうで、俺の胸が少しくすぐったくなる。
――と、その時。
ナヴィの視線が、俺の左腕に吸い寄せられた。
「……む?」
彼女が眉をひそめ、袖口に指を添える。
裂けた布地と、服に滲む血の痕を見つけたのだ。
「あ、えっと……」
その瞬間、ナヴィの顔から表情が消えた。
「主殿……これは、いつの傷じゃ」
「あー…さっきね。斬られそうになったというか……かすっただけだよ。ヒールはかけたから、もう治って――」
「かすった、で済む跡ではないじゃろう」
低く、絞り出すような声だった。
ナヴィは俺の腕をそっと引き寄せ、裂けた袖の下を確認する。
傷はすでにヒールで綺麗に塞がっている。それでも、ナヴィの顔から険しさは消えなかった。
「……主殿に傷を負わせてしまうとは……不覚じゃ。すまぬ」
「いやいや、それは違うよ。動くなって言われたのに動いたのは俺だし…」
「…でも、我のせいじゃ……」
ナヴィはぽつりと呟いたかと思うと、そのまま俺の胸に顔を押しつけるように、きゅっと抱きついてきた。
「ちょっ……ナヴィさん?」
「すまぬ、主殿………」
突然の密着に慌ててしまうが、胸元に顔を埋める彼女の声には、冗談や甘えではない“真剣な反省”がにじんでいた。
「……もっとちゃんと、主殿を見ておれば……」
そのまま、彼女は押し黙ってしまう。
――ふと、過去に部下の子が、自身の失敗に落ち込んでしまった時を思い出した。
俺は一度深呼吸してから、静かに言葉を口にする。
「ナヴィ。君が戦ってくれたから、俺は助かったんだ」
「……」
「完璧じゃなきゃいけない、なんてことはないよ。失敗は誰だって経験することだし…俺は、君が戦ってくれてたのをちゃんと見てたから」
ナヴィの小さな体が、ぴくりと動く。
「俺も、もう少し君の動きに合わせられるように頑張るよ。だから、次は――うん、一緒に気をつけよう。な?」
しばらくの沈黙ののち、ナヴィはようやく顔を上げた。
「……主殿は、優しすぎるのじゃ……」
「はは、お互い様だよ。俺を守ってくれてありがとうね、ナヴィ」
潤んだ瞳のナヴィの頭を撫でる。
そのまま彼女が落ち着くまで、ゆっくりと頭を撫で続けた。




