【第35話】バレンツの丘:地下遺跡探索②
【第35話】バレンツの丘:地下遺跡探索②
カルナの町を出発した俺たちは、再び徒歩で森を進んでいた。
行き先は、冒険者ギルドで依頼を受けた小規模遺跡――バレンツの丘の地下遺跡だ。
森の小道を進んでいくと、数日前に野営したあたりへと差しかかる。
「お、ここって…前に野営した場所のすぐ近くじゃないか」
見覚えのある倒木や岩を横目に進んでいくと、やがて木々の間から、開けた場所が見えてくる。
視界が開けた先には、名前の通り小高い丘が広がっていた。
丘の斜面には、苔に覆われた古びた石造りの扉がぽつんと建っており、表面にはかすれた文様のようなものが刻まれている。入り口からは、かすかに冷たい空気が流れ出しており、異質な空間である事を肌で感じ取る。
「おお…思ってた以上に“遺跡”って感じだなぁ…」
正直、こういうのはもっと簡素な穴とかだと思ってた。
こうも仰々しい扉まであるとは。
「ふむ……空気が澱んでおるな。容易な遺跡じゃと聞いておるが…」
隣のナヴィが、何やらぶつぶつと呟いていた。
彼女の呟きが気にはなったが、立ち止まっていても始まらない。
……よし、まずは遺跡の調査内容を再確認だ。
今回の目的は、あくまでこの遺跡の「マッピング」だ。
構造が複雑でありながら規模が小さく危険性も低いため、後回しになっていた遺跡の内部構造を、事前に調べておくというもの。
後に本格的な調査隊が派遣された際の効率化と安全確保が目的らしい。
俺たちはそのための道具として、白紙の地図と、魔力が込められた指輪を支給されていた。
この指輪をはめた者が遺跡内を歩くと、その移動経路が自動で紙に描き込まれていく……という、わりとすごい魔道具だ。
「また指輪か。行く先々で女子から指輪を貰うのう、主殿は」
「こ、これは借り物だから…」
ナヴィの圧を感じつつ指輪をはめると、すぐさま紙の中央に起点となる印が浮かび上がった。
どうやら、ここが地図のスタート地点らしい。
そして、遺跡へ入る前には注意事項がある。
受付のお姉さんが丁寧に説明してくれた、二つの重要なポイントだ。
一つ。罠の存在。
この世界の遺跡には、未知の魔術や過去の文明が残した魔法装置が存在することがある。
例えば、元は移動用だった魔法陣も、踏み抜いてしまえばパーティを分断する転移トラップになりかねない。
そのため、常に互いの状況を把握しながら行動すること。
そして、侵入者排除のための罠――いわゆる攻撃系の防衛装置もあるかもしれない。
どんな罠があるかは調査の一環なので、未知のものに出くわした時は“冷静に、臨機応変に”とのこと。
二つ目。遺跡の崩壊リスク。
中には魔物が住み着いていることも多いらしく、戦闘になる可能性も高いらしい。
だが、戦闘の際は派手な攻撃や強力な魔術は厳禁とのことだ。
遺跡そのものが古いため、崩落や構造破壊の原因になりかねない。危険なのはもちろんだが、それ以上に“歴史的価値のある建造物を壊すな”というお達しだ。
これに関しては現代人の感覚としても納得だ。文化財を破壊するような真似はしたくない。
ちなみに戦闘を任せることになるナヴィは、この説明を受けている時明らかに不満そうな顔をしていた。
うーん、暴れるのが好きなのだろうか。
そんな感じで、注意事項を今一度胸に刻みつつ、俺たちは遺跡の扉の前に立った。
石の扉には取っ手がなく、どうやって開けるのかと悩んだが、近づいただけで軋んだ音を立ててゆっくりと開いていった。まるで、俺たちを歓迎するかのように。
その先には、地下へと続く石造りの階段。
湿った冷たい空気が吹き抜け、何かがひっそりと蠢いているような気配すら感じる。
「それじゃ、行こうかナヴィ。俺にとってはこれが異世界初の冒険だから、相棒として頼りにしてるよ」
「うむ、任せよ!何が出ても我が守ってやろうぞ!」
心なしか、ナヴィの目がいつもよりも輝いて見えた。
側から見れば"美少女に守られるおっさん“という情けない絵面ではあるのだが、それでも俺にとっては彼女の背中がとても心強い。
小柄な彼女が先頭に立ち、俺たちはゆっくりと階段を下り始めた。




